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いらっしゃいませ おでん屋でございます。
大根、牛すじ、ちくわにはんぺん...各60円で販売しております。
60円がないお客様には特別に、おでん1つにつき怖い話1つで販売しております。
今日は食べすぎて60円分足りなくなってしまった橋本さんのお話です。
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物心ついた時から、石が好きだったんだよ。
石って言っても宝石だとか隕石だとかそんな特別なもんじゃなくて
普通にそこらに転がってる石なんだけどよ。
自分なりに丸みとか形とか艶とか...まぁ、こだわりがあったんだよ。
そんな自分好みの石をずっと拾い集めてたんだけどな、
ある時会社のバーベキューをした河原で
ひらべったくて楕円形のスベスベした色の薄い石を見つけたんだよ。
俺はその石が気に入ってすぐに拾って財布の中にしまったんだ。
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家に帰って財布から出して柔らかいタオルで磨いてな、
石専用の棚なんてもんを昔作ったんだが、そこの一番目立つ所に置いたんだ。
他の石と比べると特に特徴のないよくある普通の石なんだが、見ていて飽きない不思議な魅力があったんだ。
その後コンビニで酒を買ってきてTV見ながらひとりで晩酌してたんだけどよ、どうもTVの調子が悪いんだ。
映像が時々ほんのちょっと途切れて間に何かが一瞬映ってるような気がしたんだよ。
速すぎてちゃんと見えなかったから気のせいかもしれないけどよ。
特に何もせず晩酌を続けて、買ってきた酒も無くなった頃にはもう2時過ぎだった。
昼間のバーベキューで疲れてたしもう寝ようと思って布団に潜ったんだ。
電気消して、掛け布団めくって...めくったらよ、なんか顔が見えたんだよ。
部屋は暗くてカーテン越しにうっすら月明かりが入ってる程度で、
そんなハッキリ見えたわけじゃないんだけど、顔だって思ったんだ。
ビックリして反射的に掛け布団でその顔隠して急いで電気つけたよ。
酔ってんのか?って思ったけど、というかそうであって欲しかったんだけど、
1発で針に糸通せちゃうんじゃないかってくらいに酔いは冷めてた。
明るいと落ち着くもんで、さっきの顔は布団のシワだったんじゃないかと思い始めたんだ。
いい歳した男が情けないが、そっと掛け布団をめくったんだ。
電気つけたままな。
そしたらよ、顔はなかったんだけど石があったんだ。
その日に拾って数時間前に棚に置いたはずのあの石。
顔よりは怖くないけどなんか気味悪くてよ、どうせ次の日も休みだしまたコンビニ行って酒買ってきて、朝まで飲むことにしたんだよ。
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気が付いたらテーブルに突っ伏して寝ててな、もう昼過ぎだった。
起きたら昨日のあれは夢だったんじゃないかと思えてきて
びびってた自分が馬鹿みたいで、勢いよく掛け布団をめくったんだ。
そこには石も顔もなかった。
棚を見に行くと石は昨日置いたまま、ちゃんとそこにあった。
いや、置いたままじゃねぇな。
石には顔が出来てたんだよ。
...酔ってマジックで書いたわけじゃねぇぞ。
ひらべったくてスベスベだった石の片面に凹凸が出来てて、
それが上手いこと顔みたいになってるんだよ。モアイ像みたいな。
流石に怖くなってその石を近所の公園に捨てに行ったんだ。
砂場近くのベンチの横に石をそっと置いた瞬間、石が笑ったように見えたんだ。
笑ったっていっても、好意的な笑いには到底見えなくて
汗で背中ビッチャビチャにしながら立ちすくんでたんだ。
すぐに立ち去りたいのに動けないでいると、
公園で遊んでた5歳くらいの男の子がこっちに走ってきてその石を拾ったんだ。
男の子は石を滑り台から滑らせて遊ぼうとしたみたいで、滑り台をのぼっていったんだ。
でも一番上までのぼった滑り台から滑り落ちたのは石じゃなくて男の子だった。
しかも階段側から落ちたんだよ。
近くに他に大人はいなくて、流石に石怖いから助けませんなんて言ってる場合じゃないしすぐに駆け寄ったよ。
肩と腕擦りむいてて頭にたんこぶも出来てたけど、とりあえずは大丈夫そうだった。
家に帰ってお母さんに落ちたこと言いなさいって言って、その場でその子を見送った。
男の子を見送ってる途中から滑り台上の石が気になってたまらなくてな、
怖くて見られないんだけど、もし見たら目が合っちまうような気がしたんだ。
石が視界に入らないよう滑り台に背を向けて公園を出ようと一歩歩いた瞬間、
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カランカランカランッて高い音がしたんだ。
振り向かなくてもわかる。石が滑り台を滑ったんだ。
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俺は無意識に走り出してた。
公園から遠ざかって走るのもしんどくなってきた頃、
目の前にあった自動販売機で缶コーヒーを買って飲みながら
(もう大丈夫 もう大丈夫...)と心の中で自分に言い聞かせてたよ。
そうこうしてる内に少し落ち着いて、歩いて家に帰ったんだ。
家ってやっぱ安心するもんで、家に着いた俺は安心感でいっぱいだった。
男の子には悪かったけど、きっと持ち主にだけ変な事が起こるんだろう。
もう持ち主は俺ではないし、最後に石に触れたのも俺じゃない。
勝手に言い訳じみた理由をたくさん考えて自分はもう大丈夫だって結論に至った。
でも、全然大丈夫じゃなかったんだ。
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部屋の隅から コツンッ て、音がしたんだ。
音のするほうを見ると棚から石が1つ落ちてたんだ。
その石はさっき捨てたあの石...じゃなくて、元々持ってた違う石。
顔も何もないけど気味が悪いだろ?
でも長年かけて集めた石達だし、石自体は好きなままなんだ。
捨てようなんて思えなくてそっと棚に戻した。
それから毎日、1日に何度も棚から石が落ちるんだ。
同じ石じゃなくいろいろな石がただただ落ちる。
会社から帰ってきたら大体10個近くは落ちてる。
毎日拾って戻してたんだが、ある日その中にあの顔のある石が混ざってたんだ。
流石にそれはもう持っていたくないだろ?
だから人にあげてしまおうと思ってな...
..............へへっ
それじゃあ、ごちそうさま。
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そう話し終えた橋本さんはタマゴをサッと食べ、
笑っているようにも威嚇しているようにも見える顔のある石を置いて帰っていきました。
作者おでん屋
あぁ、なんて迷惑。