「…はい、はい、分かりました。それでは、駅前の鷹狩り像の前で2時ですね。よろしくお願いしまーす。」
会話を終えると、俺は舌打ちをしてスマホをポケットに仕舞った。
「くそ、あの耄碌ジジイ。待ち合わせ場所コロコロ変えやがって…。」
俺の名は左繰優馬。雑誌記者だ。
といっても、担当するのはB級オカルト雑誌。収入は大したことないし、特ダネがとれなければおしまい、というギリギリの生活をしている。
元々はオカルトやUMAに興味があってこの業界に入ったのだが、調べれば調べるほど出てくるガセネタに嫌気が差し、今ではこの仕事は食いつなぐ為の綱でしかなかった。
「ああ…。」
自然と溜め息が出る。
調べればガセネタ、調べなくてもでっち上げというこの状況。
黙ってても情報がバンバン入ってくる方法はないものか。そうすりゃあの耄碌にへこへこしなくても、一生情報には困らない。
そんな方法があれば、俺は魂と引き換えにでも手に入れようとするのに。
「お兄さァん、ちょっと見てかない?」
甘ったるい声が聞こえたのは、その時だった。
声のした方角を見ると、紫色のベールを身に付けた占い師風の女が微笑んで手招きしていた。
「…俺っすか?」
「そうよ、そこの二枚目のお兄さん。」
二枚目…。そう言われて悪い気はしない。よく見れば女の方も、出るとこは出たメリハリのある体つきのいい女だ。
俺は興味半分下心半分、女に近づいた。
「あんたは何、占い師か何か?」
女はふっくらとした唇を僅かに吊り上げた。
「そうねえ…。『魔女』とでも言っておこうかしら?」
「はあ?」
「あなたの願い事を叶える、魔法使い…。どう?」
いい女と思ったが、それは身体と顔だけか。
きっと変わり種のキャバレーか、ぼったくりバーかどこかの客引だろう。真っ昼間からとは珍しいが。
「…あの、俺忙しいんすよ。あんたみたいな女の相手してる暇はないっつーか…。」
女は眉をひそめた。
「あら、誤解しないでくださる?あたし、あなたの思っているような下等な商売してないわ。」
俺は自分のスケベな考えを見抜かれたようで、少々恥ずかしくなった。
「す、すみません。でも、いきなり魔女だなんて言われても…。」
「まあ、それはそうよね。それはあたしの説明不足だわ、ごめんなさい。」
女は自分のことについて話し始めた。
自分には困っている人間を助ける力があるということ、それによって今まで沢山の人間から悩みを取り除いたということなど。
正直、にわかには信じがたい話だった。
しかし、女が次に発した一言で俺は仰天した。
「あなたの今欲しいものは、超人的な情報収集能力。そうでしょ、左繰優馬さん?」
「…え?」
今の今まで考えていたことを当てられた上に、フルネームまで。ネームプレートは外しているはずだし、間違えられやすい読みも正確だった。
「驚いてるようね、左繰さん。分かった、タネを教えてあげるわ。」
女は懐から細い竹の筒を取り出した。
「管狐って知ってる?」
一度調べたことがあった。管を扱う人間の言うことを聞いて、物を盗ってきたり病気を振り撒いたりする妖怪だったと思う。
「…まさか、その竹筒に?」
女は頷いた。
「ええ。さっきのあなたの情報も、この子に探らせたものよ。」
笑ってしまうような、現実味のない話だった。しかし、俺は実際それを体験している。
「今はあたしが主人だけど…。もしあなたがこの子を買い取るって言うなら別。少々値は張るけど、これから入る莫大な収入のことを考えたら悪い話ではないと思うわ。」
俺は女が差し出した管を手にとってみた。
それはただの竹筒というには少し重く、ほんのりと暖かかった。
「…幾ら?」
「幾らなら買う?」
女が俺の手から筒を取り上げ、言った。
「あなたの出す金額によるわよ…。この子は有能なスパイなんだから、出すとこに出せば相当の値がつくの。安く買い叩かれるより、そっちのほうがずっといいもの。あたしだってお客は選ぶわ。」
商売上手な女だ。俺は舌打ちをして、財布を取り出した。
今月の生活費全て。
「これ以上は出せないっす。これでも、俺にとっては大金なんすよ。」
女は値踏みするような顔つきで、俺の財布の中を覗き込んだ。
「あら、あなた本当にお金ないのね。」
俺はこの女に弄ばれているのか。
むっとして、俺はその場を立ち去ろうと財布をしまいかけた。
「ちょっと、待ってよ。冗談。」
女は俺の腕に絡み付き、身をくねらせた。
「仕方ないわね、持ちあわせの半分でいいわ。どう、乗る?」
「ま、マジで!?」
もはや迷うことはなかった。俺は財布の中の半分をきっちり女に渡して、管を買い取った。
ー
家に帰り、俺は早速管狐を試すことにした。
管の両端には筆文字の書かれた紙で封がしてある。それを剥がすと、中からネズミのような小さな獣が顔を覗かせた。
「ひょー、マジかよ‼」
これが伝説の管狐…。早速仕事を頼んでみようか。
「よし、新しい主人からの命令だ。世の人々が熱狂するような、すごいオカルト情報を掴んでこい!」
管狐はぴょんと管から飛び出すと、そのまま目にも留まらぬ速さで俺の目の前から消えた。
暫くすると、何かの紙束を咥えた管狐が目の前に現れた。
「お!流石、仕事が早いな。」
紙束を受け取り、目を通す。
「こ、こいつぁすげぇっ!ほとんど警察のXファイルじゃねぇか~ッ‼」
押された「極秘」「重要」の印に、躍る「内密」「他言無用」。ライター心をくすぐる言葉の数々に、興奮が押さえきれない。
「よ、よくやったっ!お前は最高の『記者』だぜぇーっ‼」
管狐は嬉しそうに跳び跳ね、辺りを駆け回った。
「そうかそうか、嬉しいか!よし、カニカマか何か食うか?」
先の明るい俺の人生に、祝杯でも上げよう。
俺は冷蔵庫から冷えたビールを取り出し、一気に煽った。
ー
今、一番キテる雑誌といえば?
…そう、俺の「週間ミスティック」!
他のオカルト雑誌とは違うリアリティー、情報量。これが俺の雑誌のウリだ。
俺自身も「若きイケメン編集長」として、テレビに雑誌に引っ張りだこだ。モテるようにもなったしな。
今日も雑誌取材の帰り。モデルの女の子達の連絡先も大量ゲット。
浮かれながら歩いていると、何者かに肩を引かれた。
振り向くと、いつのまにか管狐が表に出ていて俺の肩を必死に引っ張っている。
「何だ、どうした?エサなら買ったぞ。」
しかし、管狐は引っ張るのをやめない。
「何だよ、しつこいな!」
俺は肩から管狐をひっぺがし、カバンに押し込んだ。
「あらあら、随分と乱暴な事するじゃない?」
声をかけられ、びくりとした。管狐を見られたか。
恐る恐る顔を上げると、そこにはあのときの自称「魔女」の女が立っていた。
「あなた、随分と有名になったようねぇ。おめでとう。」
「あ、はい。お陰様ですっかり大物っす!」
女はゆっくりとこちらに歩いてくると、妖しく微笑んだ。
「でも、気を付けなさいな。そろそろその子も成熟する頃よ…。」
「は?成熟?」
俺の質問には答えず、女は踵を返して去っていった。
「何だったんだ、あれ…。」
まあいい。成熟したって、消えちまう訳ではないだろう。
さっさと帰って、メシにしよう…。
ー
翌朝目が覚めて、俺は驚いた。
「…増えてる」
管狐が、二匹に増えていたのだ。
そうか、成熟っていうのは子供を産むって意味だったのか。納得だ。
しかし、増えたところでどうってことない。むしろ、働き手が増えて仕事が倍はかどる。
その後も、管狐はどんどん増えた。少々エサ代はかかるが、それ以上に収入が入る。
「最高だ…。」
呟いた目の前で、管狐が子供を産んだ。
この調子でどんどん増えれば、俺はオカルト界の革命児にもなりえる。
流れた情報によって不幸になる奴?いるわけがない。
部屋中に溢れ返った管狐達にエサをやる。
「72、73、74…。74匹か。随分増えたな。」
今日は、今まで調べてきた警察のXファイルに何故か必ず関わっている男を取材する。
アポはとっていないが、管狐のおかげで居場所は分かる。
どうやら今日の仕事の帰り、「六花」という喫茶店に寄るようだ。
俺は管狐達を管に仕舞い、夜に備えて身支度を始めた。
ー
待ちに待った、夜。
俺は喫茶店のカウンター席に座り、コーヒーをすすっていた。
店内の様子を伺う。
マスターは女性で、中々の美女。客は二人、この時代には珍しい着物の男とその連れであるらしい華奢な青年だ。
しかし、二人はどういう関係なのだろうか。顔立ちに少し似たところはあるが、会話の様子から見ると兄弟ではなさそうだ。
どれ、少し管狐に探らせてみるか…。
カウンターの陰になるように管を操り、後は少し待つだけ。
5分ほど待つと、手元に毛皮の感触を感じた。
カウンターの下を覗くと、何か鳥の羽根のようなものを咥えた管狐がいた。
(なんだこれ…。)
ただの鳥の羽根には見えなかった。普通よりずっと大きく、半透明。マス目の模様がついた、長方形の羽根だった。
(これは?)
管狐は床を走り、青年の方を指し示した。
(まさか…。そいつの羽根なのか!?)
人間に擬態するUMAなのか?もしそうだとしたら、興味深い。
このネタを世間に発表すれば、また俺は世間で騒がれる。UMA生け捕りなんて、俺にしか出来ないだろう。
「女将サン。ちょっと。」
俺は女マスターをそばに呼び、さりげなく尋ねた。
「あの、向こうに座ってる二人はどういう人なんすか?」
「ああ、あの人。」
彼女は微笑み、カウンターに肘をついた。
「うちの常連さんですわ。着物の方は小説家さんですのよ。」
「へぇ…。」
聞きたいのはそっちじゃないんだけど…。
「隣の子は?大学生くらいの歳に見えるけど、あの子も小説家?」
「まさか。あの子は…。」
そこまで言いかけて、彼女は口をつぐんだ。
そして取り繕うような笑顔を見せ、続けた。
「…あの子は見習いの子ですわ。お客様の個人情報をあまり喋ってしまうのもいけないから、私からはこのくらいしか教えられませんけど。」
彼女もあの青年の正体を知っているのか?
「もしどうしてもお知りになりたいなら、直接お聞きになってみたらどうかしら。先生は気のいい方だし、あの子が心を開きさえすれば話してくれるかもしれませんわ。」
なるほど…。
俺は二人に近づき、声をかけた。
どうやら女マスターの言ったことは本当のようだ。男も青年も感じはいいし、話もできる。オカルト雑誌記者だと言ったら、とても喜んで食いついてきた。
さて、そろそろ切り出すか…。
「そうそう、この間道端で珍しいものを拾ったんすよ。」
俺は例の羽根を二人に見せた。
「面白いでしょ。どう見ても普通の鳥の羽根じゃないっすよ、これ。きっとUMAっすよ、UMA!」
「…。」
青年の顔色が変わっていた。ビンゴか。
「実はこれ、このお店の近くで拾ったんすよ。こんな羽根を持つ鳥がこの街の近くにいるかもしれないと思うと、興奮しますよねぇ~?」
さらにカマをかけてやると、青年が泣き出しそうな顔で小説家の着物の裾を掴むのが見えた。未確認生物の分際で、一丁前に怯えてやがる。
「俺の予想っすけど…。その鳥、たぶん人間に擬態してここらに住んでますよ。こんなでかい鳥、いくらこの辺が田舎とはいえ目立って仕方ないっすから。」
「擬態?」
今度は今まで何の反応も示さなかった小説家が、眉をひそめた。
「擬態というのは少し違うかもしれませんね。人をとって食うつもりではないでしょうし。」
中々口を割らないな。もう一押ししてやろうか。
「いや、分からないっすよ?もしかしたら意外なくらい近くにいて、大人しいふりをしながら今も人間を狙ってるかもしれません。」
場の空気が凍った。
「…。」
目つきの鋭くなった小説家が、皮肉めいた笑みを溢す。
「あなたこそ、自分の好奇心に食われてしまわないようお気をつけください。」
「…はあ?」
「好奇心は猫を殺す。聞いたことありません?」
どことなく状況を楽しんでいるようなその口調に、俺は若干気圧された。
「…小説家さん。お話できて楽しかったっす。ありがと。」
「いえ、こちらこそ。」
俺は小説家に挨拶を済ますと、そそくさと店を出た。
何だ、あの男は…。気味悪い。
今日は何だか取材どころではなくなってしまった。Xファイルの男に会うのはやめだ。
俺は家に帰ると、すぐ床に寝転がった。
管狐達にメシをやる気力もない。
身体の上に、管狐達が集まってくる感触がある。
「悪いなお前ら、今日はその辺にあるもん適当に食ってくれ…。」
俺はそのまま眠りに落ちた。
ー
「ここですか、失踪したオカルト雑誌編集長の家というのは。」
木菟と深山は、一件の家を前にして神妙な顔をしていた。
「見たところ普通の綺麗な家ですが…。家の住人について、詳しく教えてくれますか?」
深山は胸ポケットから手帳を取り出し、内容を読み上げ始めた。
「左繰優馬、27歳。職業はオカルト雑誌編集長、最近自身の手掛ける雑誌の人気が急上昇して、失踪直前まで『イケメン雑誌記者』としてテレビ出演もしていた。」
「テレビ出演?」
深山は頷き、溜め息をついた。
「リッコもドハマリしてるぜ、かっこいいって。全く…。そんなテレビの中の男に憧れなくても、身近に男前がいるのが分からんかね?」
「え、誰のことですか?晴明さん?」
「馬鹿、俺だよ。」
思い切りキメ顔をして自分を指差した深山を無視して、木菟は左繰の家の戸に手をかけた。
「…ん、鍵が開いています。」
「あ?そんなはずねぇよ、家宅捜索のときに閉めたきりだぞ…あれ?」
すんなりと開いた戸を見て、二人は顔を見合わせた。
どちらからともなく、左繰の家に入る。
薄暗い室内でぼんやりと、一台のパソコンが光を放っている。
「あれー、パソコンは回収したはずなんだがな…。」
深山が首を捻りながら、パソコンをいじる。
「あーくそっ、これだから機械は嫌いなんだよ、勝手に動きやがって…。…っ!?」
「どうしました、深山さん?」
パソコンを覗き込んだ木菟が目にしたものは、無数のファイル。
「すごい量の情報ですね。これを全て一人で収集するなんて、人間業ではありませんよ。」
「こいつは俺の報告書…。左繰優馬はどこでこれを?」
その時、突然パソコンの電源が落ちた。
黒い画面に、深山の強面と木菟の呆けた顔が映りこむ。
そして、二人を後ろから睨み付ける赤い目が二つ。
「な、なぁ。この、怪談話にありがちな生暖かい風…。」
「…来ましたね。」
木菟は微笑み、デスクに置かれていた竹筒を手にした。
「全く…。あれほど警告したのに。左繰優馬さん。」
「何、左繰…!」
空気を切る気配がして、赤い目の持ち主が二人の前に回った。
それは蛇のような獣のような、巨大な生き物だった。三角形の耳には、グレイ型宇宙人のピアスが光っている。
「さ、左繰は妖怪だったのか!?」
「そんなファンタジックな事あるわけないでしょ、深山さん頭大丈夫ですか?」
木菟は手の竹筒を深山に見せた。
「管狐を知っていますか?」
「?」
首を振った深山に、木菟は説明を始めた。
「管狐というのは、主に東日本に伝わる小さな獣の姿をした妖怪の一種です。伝承では、普段はこのような管の中に入っており、主人に仕えて物を盗ってきたり敵に災いを運ぶと言われますが、時にオサキギツネという憑き物として扱われる事もあります。恐らく、彼…。左繰優馬さんは質の悪い管狐に手を出してしまったか、扱い方が不十分だったのでしょう。」
「それじゃ、左繰優馬は管狐を使って情報収集をしていたが、扱いきれなくなって憑かれた…ってワケかい?」
木菟は頷いた。
「獣憑きでは、憑かれた者の姿まで様変わりしてしまう場合があります。ここまで変わってしまうのも珍しい事ですが…。それだけ憑き物が多いのでしょう。」
「元に戻せるのか?」
さあ、と木菟は肩を竦めた。
「私は飽くまで小説家です。拝み屋ではありませんから、憑き物落としは専門外です。」
「何だよ、肝心なところで…!」
歯軋りをした深山は、拳銃に手を伸ばしかけてやめた。
「できるだけ弾は使いたくねぇ。理由書を書くのも面倒なんでな。おい先生、今の左繰に言葉は通じるのかい?」
「さあ、どうでしょうね?」
「ちっ…。前にも言ったかもしれねぇがな、俺は男に焦らされるのは嫌いなんだよ。」
「ふふ、すみません。」
木菟はまるで緊張感のない笑みを見せた。
「でも、管狐を元の管に戻すことならできるかもしれませんね。それで左繰さんを食い荒らしていた管狐が抜ければ、可能性はあります。」
「全く、先生も回りくどいぜ。」
深山は木菟から竹筒を奪い取り、左繰に向けた。
「左繰優馬。テメェのような誇りのない男、久々に見たぜ。取り巻きを山のように従えて、お山の大将気取ってるような奴はなぁ!」
そして彼は、左繰を…というより、左繰の身体を覆う74匹の管狐を睨み付けて怒鳴った。
「おい貴様等!今すぐウチに帰らねえと、俺が貴様等一匹一匹の舌ベラ引っこ抜いて塩漬けにして、酒のつまみに食っちまうぞっ!」
「‼」
明らかに管狐達がざわついた。
次の瞬間には、管狐達は我先にと管に向かって吸い込まれていった。
最後の一匹を吸い込むと、深山はにやりと笑って管を握り潰した。
「ゴーストバスターズ!一回やってみたかったんだよな。」
木菟も、残された左繰を見下ろして微笑んだ。
「団体を攻める時はまず下っ端から…。親玉は意外と大したことないんですよね。」
ねぇ、と木菟は左繰に目線を合わせてしゃがみこんだ。
「75匹目の管狐は、あなただったのですね。」
ー
朦朧とする意識の中で、俺は男の声を聞いた。
団体を攻める時は…とか、75匹目の管狐は…とか。
しかし、記憶にきっちりと刻み付けられたのはその次の言葉。
「その身を特ダネの対象にやつしてまでも、手に入れたかったものとは何ですか?お金ですか、それとも名声ですか?あなたがまだ己の力で生きていたとき、目指していたものにはなれましたか?」
そうか…。
俺がなりたかったのは、「記者」だ。
「UMAはいる!」って夢を追って、ついに見つけたはずだったのに。真実を伝える記者に、なれたはずだったのに。
全く、どこで間違えたんだろうな…。
俺の意識は、そこで完全に途絶えた。
ー
『次のニュースです。先日の失踪事件で世間を騒がせたイケメン雑誌編集長、左繰優馬さんが、芸能界からの引退を宣言しました。左繰氏曰く、『自分の力でどこまでいけるかもう一度試したい』とのこと…。』
「えー!左繰さんもうテレビ出ないのー?」
朝食のパンを取り落として、深山の娘である律子が大袈裟な溜め息をつく。
「もったいなーい、あんなイケメンで仕事のできるカリスマ編集長、ほかにいないよー?」
「だからこそだろ、リッコ。」
向かいで朝食をとっていた深山が、テレビ画面を横目で見ながら言った。
「あいつは飽くまで『オカルト雑誌編集長』だ。それ以上でもそれ以下でもねえ。だから、オカルト雑誌編集長としての仕事をするのさ。応援してやれ、それが本当のファンてもんだぜ。」
「何よぅ、エラソーに!」
律子は唇を尖らせた。
「それを言うなら、お父さんだって刑事でしょ。刑事は刑事の仕事してりゃいいのよ。」
「馬鹿。お前の前では『父親』だよ。お前にとって大切なことを、お前に教える義務がある。」
深山はそう言い残し、煙草を咥えて家を出た。
「…もー、かっこつけちゃって!」
律子は窓から顔を出し、叫んだ。
「行ってらっしゃーい、お・と・う・さ・ん‼」
作者コノハズク
木菟シリーズ15弾です。今回は趣向を変えて被害者目線でいってみましたが…。馴れないことはするものではありませんね。難しいです。