【夢の終わりに】
【山西和宙の手記】
こんな話を誰かにしたところで夢想家の戯言、もしくはキチ○イの与太話などとなじられても仕方がないだろう。
だが、俺の話は夢か現か、いや決して幻ではなかったのだと思っている。
この手記は決して誰かに見せるものではなく、俺自身の確かな体験を証明する為のものとしてここに記すことにする。
昭和というひとつの時代が終わりを迎えようとしていたころ、日本海に面した小さな港町を俺は自動車で走っていた。
当時でさえ、どことなく寂れた雰囲気のなんとも言えないような町並みが、この齢になりしきりに懐かしく思い出されるのだが
思い出すその港町には、不思議に人々の活気ともいえる命がなかった。
死の影とでもいうのか、何かこう暗い水面に落ちた灯がさっと消え入るような、虚しい儚さで満ちていた。
当時、俺はその港町の寂れた1件の平屋を買い、この町で運送業の仕事に携わっていた。
バブル真っ盛りの時代であったにも関わらず、こんな田舎町にはその恩恵も行き届いておらず、その日暮らすので精一杯だった。
その年の7月、蝉がやかましく鳴きちらし、自動車の排気ガスが鼻につき、むせかえるような暑さで頭がぼんやりとしていた。
俺の運転する自動車が急なカーブを曲がろうとした時、急に視界が真っ白になり、次に気がついた時には俺は車内で気を失っていた。
「ここは・・。」
俺は唸るように窓の外を見た。
あたりに民家は無く、獣道が続く荒れ果てた場所に車ごと辿り着いていた。
「これは夢なのか・・。」
つい先刻まで海に面したアスファルトの道を暑さと蝉の鳴き声に憔悴しながら車を走らせていたというのに・・。
まるで一瞬にしてどこか知らぬ土地へ瞬間移動してしまったようだった。
ただその場にぼんやり立ち尽くしているわけにはいかず俺は先に何があるかも分からない獣道を歩いた。
車で通るには細く道が整備されていない為、歩くしかなかったのだが、何とも言えぬ不安と焦りが俺の足を早めた。
いくら歩いただろうか、額に流れる汗が頬をつたいぽたりぽたりと流れだしたころ、灯りを見つけることができた。
どうやら人里が近くにある。
しかし、違和感に気づくのにそう時間はかからなかった。
「なんなんだここは・・」思わずそう口にだすほど民家は一昔も前の作りで、今でもそのような造りの家が無かったとはいえないが、街路灯もなければ、道も整備されていない昔話にでも出てきそうな景観なのだ。
ふと目にとまった石碑に滝俣村と記されている・・。
「ここは一体どこなんだ。」そうつぶやきながら、俺は辺りを見まわし明かりのついている民家の戸を叩いた。
「すみません、すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」焦りのせいか自然と戸を叩く手は強くなる。
がらがらと今にも壊れそうな戸が開き、怪訝そうに中から着物姿の女が顔を覗かせた。
「すみませんお伺いしたいのですが。」俺は女に問いかけるが、着物姿の女はきょろきょろと辺りを見回すだけで俺に見向きもしなかった。
まるで俺の姿見えていないようではないか・・。
しかし、次の一言でそれは確信に変わった。
着物姿の女は「いやだわ、狐か狸の悪戯かしら。」と吐き捨てがらがらと戸を閉めたのだ。
俺の姿は見えていない、手あたり次第、他の民家にも同じようにあたってみたが誰も俺を認知できる者はいなかった。
途方に暮れた俺はとぼとぼと村の中を彷徨った。
夜の闇が迫り、空腹と渇きが限界に達した頃、井戸を見つけ駈け寄った。
冷たい水が喉を潤し、生き返るような活力がどこからともなく湧いてくるような気がした。
ふと、そばに小さな掲示板があることに気がつく。
そこには手書きで【尋ね人】と書かれた紙が貼られていて、村田睦美ちゃんを探していますと書かれていた。
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【尋ね人】
村田睦美(8歳)ちゃんを探しています
7月2日 夕刻
富田村まで使いに出ていた睦美ちゃんが夜になっても帰らず
通報を受けた警官が捜索するも発見に至らず。
今日まで行方不明となっております。
どのような些細な情報であってもかまいませんので
情報をお持ちの方は下記まで連絡して下さい。
滝野村 駐在所 ××××-××
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「かわいそうにねぇ・・もう1週間だよ。」
「まるで神隠しにでもあったみたいだねぇ。くわばらくわばら。」
近くを通った男女が掲示板を目にし、ひそひそと話して俺の横を通っていく。
俺は当てもなくただ村を徘徊し、タイムスリップしてしまったこの時代から元の時代に戻ることをぼんやり考えていた。
そして、すっかり夜もふけった頃、「大変だぁー。」「見つかったぞ。」「おい早くしろおお。」「女は来るな!男衆早くこっちだ。」
幾人もの男の怒号や叫び声が夜の闇に轟く。
声がするほうに俺の足も自然と運ばれていく。
滝俣村のはずれに位置する不動滝と呼ばれる、大きな滝の下で村田睦美ちゃんの遺体が見つかったのはその夜のことだ。
村は大騒ぎで、警官やら、自警団のような団体が滝のまわりをぐるりと囲んでいた。
「遺体は首を絞められていたんだってよ。」
「こんな村で殺人事件が起きたのかい?」
「おらぁ、あの日見たんだよ不動滝の辺りをうろうろしてるあの新参者の作家の姿を・・」
そんな野次馬たちの声を聞きながら、俺も村田睦美ちゃんの無残な姿を凝視していた・・。
紫色に腫れ上がった首筋に真っ白に変わり果てた肌色が妙に艶めかしく、身震するほどの戦慄を覚えた。
その時また急に視界が真っ白になり、俺の意識は遠くの彼方へと消え入ったのだ。
次に意識を取り戻した時に俺は滝俣村駐在所と書かれた看板の前に立ち尽くしていた。
「それであんたがその時に不動滝でそいつを見たというんだね。」
「へぇ間違いねぇです。あの新参者の作家など気取った男が確かにそこにいました。」
どうやら警官と村の男が何やら事情聴取のようなことをしているようだ。
「確かその作家を名乗る男は早坂某といったな・・。」
警官が住民台帳のようなものをひろげ確認していた。
俺はそっとその場を後にしてまた村をふらふらと彷徨っていた。
この現象に終わりはないのか、俺はこのまま永遠にこの過去に閉じ込められてしまうのか・・。
言いようのない不安が胸中によぎる。
村では、村田睦美ちゃん殺しの容疑者として、自称作家を名乗る早坂某という男の噂がどこを歩いてもしきりに聞こえてきた。
俺にはそんな事よりも、これが俺の見ている悪夢でいつか目が覚めた時にまた自分のいた時代に戻り、また変わりない生活が訪れることを
心で祈るばかりだった。
そんな思いに耽っていると、前方にまたあの掲示板が目に留まった。
【尋ね人】と書かれた掲示板は以前のものとは異なっており、俺は食い入るように掲示板へと見入ってしまう。
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【尋ね人】
中津川ゆきちゃん(9歳)
7月10日・・・昨夜、家で寝ていたはずの中津川ゆきちゃんがいないことに
母親が気づき通報。
捜索隊が村中を探したが見つかっておりません。
どんな情報でもかまいません。
中津川ゆきちゃんを見たという方は下記に連絡されたし。
滝野村 駐在所 ××××-××
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またしてもこの村で行方不明者がでたのだ。
俺が掲示板を見ていると、村人がぞろぞろと掲示板の前に集まってきては口々に何かを話している。
「また幼い女の子が」
「可哀想に・・たぶんもう生きてはいないだろうよ。」
「きっと、あの作家だよ犯人は。」
「警官は何をやってるんだ、さっさとあのイカれた作家を捕えねえのか。」
いつの世もこうした狂った人間がいることは歴史が証明している。
俺はその一角を垣間見ている。
俺の意識がそんなことを考えているとまた遠のいていく・・そしてまた視界が真っ白になる。
まばゆいほどの光を浴び俺は再び目を覚ました。
村の高台にある鐘の音がカァーン、カァーンと響き、耳に不快な余韻を残す。
夜空に真っ赤に燃え上がった炎を見て俺の意識は覚醒した。
「今度は何なんだ・・。」
辺りは悲鳴と喧騒が混じった声が飛び交い、俺を幾人もの村人が通過する。
「火事だぁああああ。」
「飛び火する前に消化しろおお。」
「あの作家の家が燃えてるぞー。」
俺は走った。村人たちを追い越し、燃えている早坂某という作家の家まで息を切らしながら走った。
途中であの掲示板が目にとまる。
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【尋ね人】
山西和宙
×××
×××
×××
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そこには確かに俺の名前が書かれていた。
詳細までは見てはいないが、今度は俺が行方不明者として掲示板に載っていたのだ。
ぜぇぜぇと呼吸が乱れている。
心臓が今にもはり裂けそうだった。
さっきまで罵声や悲鳴をあげていた村人たちはいつの間にか消えて跡形もなくなっていた。
燃え盛る炎がぱちぱちと音をたて早坂某の家を包み込んでいる。
俺はその家の前でへたり込んでしまった。
もう何が何なのかわからない。
俺の思考はすでに考えることを忘れ呆然と燃えていく家を見つめていた、その時だった。
不意に何者かの気配を感じ振り返ると、そこに大きな紙袋を被り、目の部分だけがくり抜かれそこから異様にぎらぎらと光る目を見開かせた
男が右の手に血の付いた金槌を持ったまま立っていた。
俺はとっさに逃げなければと思った。
しかし体が金縛りにあったように動かなかくなった。
じりじりと男が近づいてくる、俺はもうだめだと思い目を瞑って神に祈った。
「助けてください、助けてください。」
目を瞑っていても異様な気配でわかる。
男は俺の目の前に立っている。この男が早坂某なのか?
ビュンという風切り音と友に金槌が振り下ろされる。
その瞬間俺の意識がまた遠のいていく・・・。
気が付くと俺は港町の外れにある休憩所にいた。
何が起こったのか皆目見当がつかない。
しばらくして、ここが現代で今いる場所が今日の仕事で呼ばれた所の近くだと思い出した。
時計を見ると約束の時間をとうに過ぎている。
焦りながら俺はエンジンをかけ車を走らせると、ふと道のよこにある看板に目を奪われた。
【ここから5キロ先、滝俣の不動滝】
後に調べてみると、この港町は旧城下町として知られ滝俣村という村は確かに実在した。
しかし、事件録を辿ってみても行方不明になった女の子や、早坂某という作家の名前はどこを探しても見当たらなかった。
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【宵闇の向こう側】
私にはたった一人、生涯において親友と呼べる人がいた。
私だけしか知らない、私だけの親友。
彼女の名前は、三原亜須美
私を助けてくれたのは彼女だったのだろうか・・・
私は城岩家のただ1人の子でした。
親族の誰もが、男の子をと熱望していたといいます。
しかし私は女の子として生まれてしまいました。
私を産んで間もなく体の弱かった母は亡くなり、父は私が3つの時に再婚しました。
城岩家は名家としてこの土地に根付いた一族であり、私の部屋からは町と海とを眺め下ろすことができました。
かっては城主として君臨し、この土地を支配してきたそうなのです。
そして、この町の名も城岩町と呼ばれ町が合併した今も町名だけはそのまま残っているのです。
しかし、かつてに比べれば城岩家は下り坂ですが、有り余る土地からの賃料で莫大な不労所得を得ることができる。
今を凌ぐ過去の城岩家とはどれほどだったのか・・と思う。
そんな家に生まれながらにして、私は弱い子だったのをまだ記憶の隅に覚えています。
何か事あるごとにわんわんと泣き、夜になると何かに怯え、長い夜を震えながら過ごしたのでした。
そんな私に父はよくこう言い聞かせられていました。
「穂香。新しいお母さんがこのまま男の子を産まなければ、この家を守るのはお前だよ。お前には学門の才がある、良く学び必ずこの城岩の家を守るんだよ。」
私は実際、勉強が嫌いではなかった。
何より学校というところが楽しかった、同い年の友達と関わることができるのだから。
でも、新しい母は私の交友を認めてくれませんでした。
ですから、私は家に友達を連れてくることはできませんでした。
新しい母は私が友達と遊びたいというといつもこう言うのでした。
「あの子には穂香といる価値がないわ。あんな子と関わるのは今後一切禁止です。」
そして城岩家の妻としての権威を存分に振るい、母は私の友達を遠ざけました。
何度繰り返しても同じこと、最も親しかった子は城岩町を離れることにすらなりました。
また子どもだった私を新しい母は容赦なく孤独にしていきました。
物心ついた頃には、私は母に魂を抜かれ母の操り人形のような日々を過ごしていました。
私は強い人間ではない・・友を失い、あたたかく抱きしめてくれる本当の母を思い、いつからか新しい母を恐れて生きるようになりました。
時が過ぎて、私が13歳になった日のことでした。今でも鮮明に覚えています。
家の裏にある焼却炉で私はゆらゆらと揺れる炎を見つめていると、使用人の奈美さんがその日焼却するごみを運んで来た。
そのごみの中に、本当の母が使っていた櫛や着物、その他母の思い出の品が混じっていたのです。
私は奈美さんに向かって「待って。それはお母さんのよ。」と叫びかけよりました。
奈美さんは「奥様からの命令ですので・・」と冷たく言い放ち本当の母の品々を焼却炉に投げ入れたのです。
私は悔しさと悲しい気持ちで涙が止まりませんでした。
しかし、新しい母に魂を抜かれ人形のように生かされてきても涙だけは枯れずにでたことが驚きではありました。
その晩、憔悴しきったわたしは部屋でうつら、うつらとしていると、すっと襖が開き誰かが私の部屋に入ってくるのです。
月明かりにぼんやりと照らされてその顔ははっきりと見えました。
大きな瞳に均整な顔立ち、およそ10人が見れば10人とも美人だと言わんばかりの女の子でした。
一方で私は戸惑いを隠せないでいました。
この子は誰なんだろう、一体どこから来たのだろう。
考えあぐね、呆然としている私にその女の子が話しかけてきました。
「泣いていたの?」
透き通り、抑えられた声。
ストンと胸を衝かれた様な気がした。
目の前の誰かもわからぬ女の子に心の奥底を見られたような気持だった。
月が闇夜を照らし、庭の松のぐねりと歪んだ姿が恐ろしくはっきりと見える晩で、時折吹いてくる涼しい風が私の首筋をひやりとさせていました。
私があまりに長く黙っていたので、目の前の女の子はおもむろに顔をあげて私を見据えてきました。
大きな黒々とした瞳が真正面から私を捉えると、私はもう何も言える気がしなくなっていました。
「私は三原亜須美。よろしくね。」女の子は私を見ながらそう答えました。
この子の名前なんだろうか・・ 亜須美。素敵な名前・・。
「わ、わたし穂香・・城岩穂香。」
私も何とか、それだけ言って頬に血が昇るのを感じました。苦しいような、恥ずかしいひとときでした。
しかし、それがきっかけでしょうか・・・不思議と私と亜須美という女の子はぽつりぽつりと一言、二言ずつ会話を交わせるようになりました。
そしてその晩、私と亜須美は語り合いました。いえ、私のほうが一方的に話をしていたのかもしれません。
亡くなった本当の母のこと、城岩という一族のこと、私が魂を抜かれた人形のようになってしまったこと。
どんな話でも亜須美はうんうんと頷いて、時折口元に優しい笑みを浮かべ聞いてくれました。
それを破ったのは僅かな足音と月明かりに照らされた影、それに不意にかけられた言葉でした。
「穂香。起きていたのか。」
襖を開けたのは父でした。
それまで優しそうにしていた亜須美が一瞬ためらったような表情をしたのを私は見ました。
しかし見知らぬ子が深夜、私の部屋にいるのにかかわらず、父は「体に差し支えるんだから早く寝なさい。」とそれだけ言って襖を閉めて行ってしまいました。
月明かりに照らされた父の影が薄くなる。
そして私もいつの間にか深い眠りについていました。
その次の日の夜も、また次の夜も宵闇が迫り月明かりがぼんやりとうつしだされる頃になると亜須美はいつの間にか私の部屋にいて、私に話しかけてくれました。
そうして、私たちは親友になったのです。
それからの数年、本当に幸せでした・・・。
私が中学を卒業して高校に入学したころ、私はいつかこの家を出て亜須美と一緒に暮らしたいと語るようになっていました。
しかし、両親は私がこの家をでることを快くは思っていないことも知っていました。
「穂香はこの家の跡取りだから。」そう言われて一蹴されるのがなんとなくわかったのです。
だけど、私には亜須美がいる。
毎晩、二人きりで私の話を聞いてくれる。
亜須美は私の喜びを喜び、悲しみを悲しんでくれました。
だから私はもう1度前に進もうと心に誓ったのです。
高校では必死に勉強を頑張りました。
両親を説得するため、亜須美のため、何より私の幸せのために。
ある日の晩でした。
私は期末テストの勉強をしていると、その晩も亜須美が来てくれました。
「勉強の邪魔をしてはいけないから」と言って本を読み始めました。
私は机に向かって、亜須美は座椅子にかけて気ままに本を読む。こうしたときはたまにあって、お互いに黙っていて風の音や虫の鳴声が部屋を満たすだけで幸せでした。
しかしその日、私は思いつきのように亜須美に聞いてみました。
「その本、何を読んでいるの?」
亜須美は手の中の本を見せてくれました。【夢の終わりに】というタイトルの私が知らない本でした。
私が首をかしげていると亜須美はくすりと笑い「これは小説よ。」と言いました。
そして悪戯っぽい目で、「穂香も読んでみない?きっと楽しいと思うよ。」
素敵な提案だけどテストを控えた私はためらっていました。
「でも・・」
「大丈夫よ。テスト勉強の合間に気晴らしで読めばいいじゃない。」
そして私は亜須美から本を受け取りました。
亜須美が貸してくれたのは、早坂正彦という作家の夢の終わりにという短編集で、これはどんな内容なのだろうと戸惑い、やがてのめり込むようにページをめくり最後には熱中していた。
怖さの中に現実があり、幻と現実とが交錯する幻想の世界。
私は早坂正彦の話に翻弄され、得体の知れぬ恐怖にどこか冷徹な印象を得ました。
「どうだった。」次の日の晩に亜須美に問われ、一言で「驚いたわ」と答えました。
「そうね、じゃあひとつ教えるわ。」亜須美が私の反応に満足したように切り返します。
「この夢の終わりにという短編集はね作家の早坂が本当に殺人を犯すごとにそれをインスピレーションとして物語を作ったの。」
私は唖然とした「それって・・。」
「うん。昭和初期のとある村で幼女の連続失踪事件が起こったの。その犯人がこの作品を書いたのよ。」
、
私は思わず左右を窺った。誰かがどこかでこの会話を聞いているのでないかと、どきっとしたのです。
しかし誰もいるはずはなく、部屋には私と亜須美の二人きりだと確かめてから安堵のため息をつきました。
その時、私の心の中で何かが変わり始めていました。
罪は時として人々に多くの共感を与えるのではないか、許されぬことへの渇望。
まだ見ぬ私の奥底に眠る何かが産声をあげたような瞬間でした。
外はさわさわと雨が降り続いていました。
そして歳月は夢のように過ぎて、わたしもひとつの岐路を迎えることになったのです。
私が高校に通っている間、父と母には1人の男子が生まれました。私にとっては弟になります。
そして私は高校を卒業してから大学へ進学したいと打ち明けるようになっていました。
以前とは違い両親も寛容で父も「穂香が望むなら好きにさせよう。」と言って大学進学を許してくれたのです。
こうして私は城岩町をでることになりました。
もちろん亜須美も一緒です。
私は自分の器量で運命を切り拓いたのです。
その晩わたしは亜須美と喜びを分かち合いました。
「これからもずっと、ずっと一緒にいてね。何があっても離れないでね。わたしもあなたを離さないからお願いね亜須美。」
この日、私は涙をぬぐいながら亜須美と抱き合ったのを今でも覚えています。
しかし私が城岩町を離れたのは3か月に満たなかったのです。
6月の梅雨が濃くじめじめとした時期でした。
私は新聞記事のひとつに目を釘づけにされた。
記事はひとつの事故を報じていました。
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6月×日
百合本郷市城岩(旧城岩町)国道7号で飲酒運転のトラックと乗用車が追突
乗用車を運転していた城岩義弘さんが病院に搬送されたが死亡。
トラックの運転手も重症を負い意識不明の重体。
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何かの間違いであってほしかった。
父が事故で亡くなった・・・
私は電車とバスを乗り継いでふらふらと城岩の実家に帰った。
駅には出迎えもなく、見慣れたはずの我が家も暗い影を落としたように静まり返り、不吉を思わせるようでした。
悪い夢をみているような気分だった、こんなとき亜須美が私を支えてくれる。
いつもどんな時でも亜須美は私の支えだった・・
お通夜が終わったその日の夜、亜須美は現れなかった、次の晩もまた次の日も・・・。
わたしは漠然とした不安を覚え、泣き崩れました。
やがて葬儀も終わり、実家の片づけをしている私を母が一瞥してふんと鼻を鳴らしたのです。
私は総毛立ちました、幼少のころ母に抱いた恐怖、魂を抜かれ操り人形のように生きてきた日々が鮮明に脳裏をよぎったのです。
このときはっきりわかりました。
母は私をこの家から追い出そうとしている。
「穂香さん」
「はい。」
「お父さんがなくなった今、あなたの学費を援助することはもはやできません。あなたももう大人です。これからはあなた自身1人で生きていくように。」
母は低い声でそういうと蔑むような目で私をみてから睨みました。
「はいわかりました。」
痺れる体からふりしぼってそれだけ言うのが精いっぱいでした。
私は城岩の家から絶縁されたのです。
それからの日々をどう表わしたらいいだろう・・・。
地獄は生前犯した罪を何万回も鬼たちによって繰り返される場所だという、でも私のいたところは地獄ではなかった。
古いアパートの一室、大学も中退し、貯金もとうに底を尽きて今月でこの部屋も追い出される。
何日も食べていませんでした。
本当の母を失い、父も、そして最愛の友である亜須美も失った私は生きる気力を失っていました。
亜須美。
亜須美。
亜須美。
私は頭の中で友の名前を呼び続けました。
飢えと、極度の心身喪失によって私は意識も薄れかけもう起き上がることさえ困難になっていました。
死・・・・。
脳裏にその1文字がよぎります。
「亜須美・・。」
どこから湧いてきたのか、衰弱しきった体から最後に振り絞ってでた言葉でした。
私の生の中でたった1人心を分かち合った者の名前。
やがて薄れようとするする意識の中で私の耳に言葉が届きました。
「ここにいるよ穂香。三原亜須美はここにいるよ。」
幻聴・・・でもそれでもいい。
最後に亜須美の声が聞けてよかった。
私は気を失いました。
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私は三日三晩生死の境を彷徨ったらしい。
私の衰弱は激しく一度は心臓も止まったと聞いています。
目を開けたとき最初に見えたのは、大学の同じゼミの人たちの顔ぶれだった。
「ああよかった穂香さん。」
「よかったよかった。」
目に涙を浮かべているのは田口さんだ。
白石さんは私の手を握り安堵している。
みんなが帰った後、看護婦さんが私の体を気遣い話してくれた。
「先日あなたのご実家で事件があって、心配した同じゼミの学生さんたちがあなたのアパートを訪ねたのよ。そしたら鍵があいててあなたまで倒れているじゃない。みんな大騒ぎだったのよ。」
「私の実家で・・一体何が?」
不意に看護婦さんは言いづらそうにしていたが、意を決して話し始めた。
「あなたの母と弟さんが何者かに殺されたの。詳しい話は警察の方が後からきてしてくれると思うわ。」
しどろもどろした態度であったがそれだけいうと、私の点滴を変えそそくさと看護婦さんはいなくなりました。
疲れていたのでしょうか、そして私はまた深い眠りにつきました。
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その後、警察の方から詳しい事情を聞きました。
私が意識を失った日の夜、私の実家で母と弟が何者かに殺されたらしい。
母は背後から後頭部を殴られ一撃で即死、まだ幼かった弟は家の裏にある焼却炉に生きたまま投げ込まれたそうです。
警察では押し入り強盗の犯行とみて捜査をしているということでした。
そして何より衰退したとはいえ城岩家の莫大な財産は1人残った私に引き継がれるそうです。
満月の光が私を照らしている。
私は城岩穂香。
そしてもうひとつの顔は三原亜須美。
私たちはいつも一緒、これからもずっと死ぬまで一緒。
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【参考文献】
【アニメ】怪物王女 著 光永 康則
【怪談DVD】稲川淳二の怖い話(赤錆村の怪) 著 稲川淳二
作者M.H
チェックしてないので誤字脱字などあるとおもいます、すみません。