私が事件を起こしたのは、前回の覚醒話のすぐあとの夏休み。
同じクラスの友人・京子は、夏休みと冬休みは母方の郷里へいつも帰っているそうで、小さな農村に祖父と祖母が暮らす家があるんだそうです。
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しかし、小さな農村なので夏休みや冬休みに京子が向こうで友達を作ろうとしても、閉鎖的なためか「余所者」として扱われ、せっかく都会を離れて田舎へ行っても一緒に遊ぶ子がいないのでつまらないんだとか。
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運が良ければ従兄弟姉妹達が同じタイミングで来ていて遊ぶそうですが、たいていは一人ぼっち。
それで、私に白羽の矢が立ったわけです。
「一緒に行こう」と。
私が自分の両親に話すと、子供達だけで行くわけじゃないから、と承諾してくれました。
「ただし、京子ちゃんトコで迷惑をかけるようなことはするなよ」と、しっかり釘を刺されたのは言うまでもありませんが…。
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京子は私が一緒に行くのがよほど嬉しいのか、新幹線でもしゃべりっぱなしでした。
京子の両親からも「一緒に来てくれて、ありがとうね」と言われました。
毎年ほぼ一人ぼっちなためか、田舎に行くのをぐずるそうです。
新幹線の窓の外はビル街の風景から徐々に田園風景へと変わっていきました。
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目的地で新幹線を降りると、駅周辺は栄えていて賑わっていましたが、バスに乗って農村地帯へ入ってくると【となりのトトロ】の世界のような風景が広がります。
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舗装された道路の両脇には田畑、畦道では農家の夫婦が腰を下ろし、【鎮守の森】という言葉がぴったりな森に囲まれた神社へ続く階段前の鳥居のそばをランニングシャツに短パン姿の男の子達が駆けていき、木材で作られた屋根付きのバス停から行商人のお婆ちゃんがバスに乗り込んできたり…。
ハマっ子の私には、物珍しくてしかたありませんでした。
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京子のお爺ちゃんお婆ちゃんが住む家は、すぐ裏が森で、目の前が畑、バス停からは歩いてたっぷり20分はかかる場所にありました。
藁葺き屋根の、いかにも【田舎の木造建築】という感じのデカい家でした。
部屋の数は8つくらいあると言います。
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小川が家の目の前にあって、雪解け水のせいか夏でもヒンヤリ冷たく、野菜や果物が冷やしてありました。
「よう来た、よう来た。お友達も、お上り」
優しそうなお爺ちゃんとお婆ちゃんに迎えられ、着替えのたっぷり入った重いリュックを下ろすと、お婆ちゃんが冷たい麦茶を持ってきてくれました。
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バス停から汗だくになって歩いて来たので、もうガブ飲みです。
少し遅めの昼食は、よく冷えた素麺とスイカ。
その後は疲れが出たのか、京子と一緒になって涼風が入ってくる縁側のそばで昼寝をしてしまいました。
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眠りに落ちる間際、でっぷり太った茶トラ猫が横向きで寝る私の顔の前に腰を下ろすのが見えました。
《…願わくば、そこでオナラだけはしないでおくれ…》
目が覚めたのは、夕方とはいえ空は真っ赤な夕焼けと夜の群青が絶妙なコントラストを描いた頃。
茶トラ猫はいつの間にか、私の腕を枕にしていました。
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夕飯は野菜がゴロゴロ入ったカレー。
夕飯が済むと、檜の浴槽がある広いお風呂に入り、お爺ちゃんが部屋に蚊帳をセッティングしてくれて、縁側にはブタちゃんの陶器の中に蚊取り線香。
その日の夜は、京子と夜遅くまでおしゃべりをしながら寝ました。
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田舎の生活は都会っ子の私には楽しくて、毎日が新鮮でした。
盆踊りに行ったり、川で水遊びをしたり、トウモロコシの収穫を手伝って食べたり、時にはカエルを捕まえて悲鳴を上げる京子を追いかけ回したり…。
田舎へ来て一週間ばかりが経った時、村にあるお寺さんで子供向けに暑気払いをやるとのことで、水着を着てお爺ちゃんに連れられ、お寺さんへと行きました。
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なぜに水着?と思いましたが、お坊さんに案内されて小さな滝を見た時に納得しました。
普段、滝行で使っている場所を暑気払いで子供達に開放してくれる、というのです。
水着の上に白装束といいますか、修行着を羽織って、5つに分かれた滝の1つ1つにそれぞれ1人ずつ打たれに入り、冷たさに慣れた頃に滝から上がる、といった感じでした。
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…これが良くなかった。
そのお寺の滝は、山から雪解け水を引いているのですが、「霊峰」と呼ばれる霊験あらたかな山神様の水だったのです。
あとで、同じように滝で暑気払いした高校生が有名私立大に進学が決まった、とか、不妊治療中の女性が跡継ぎを授かったこともある、というような話を聞きました。
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「それさぁ…、早く言ってよ~!」と、某CMのように言いたくなりました。
しかし、時すでに遅し。
その時に何も知らない私は、のんきに「冷て~!気持ちい~!」と、滝に打たれてはしゃいでおりました。
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その日の夜のことです。
縁側でかき氷を食べていた私のところへ、地元の子らしい男の子が畑の方から近付いて来ると、「おめぇ、いいもん食ってるなぁ。俺にも少し、食べさせて」と言いました。
私は「うん、いいよー」と答えて、男の子にかき氷を渡しました。
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男の子は器を受け取ると、私の隣に腰を下ろしてシャリシャリと食べ始めました。
「近くの子?」と私が尋ねると男の子は頷き、「おめぇは、都会から来たのか?」と尋ね返してきました。
「そうだよ、ここの家に毎年遊びに来てる子の友達なんだ」
そう私が言うと、「ふぅん」との返事。
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私が名乗ると、その子も「俺はツヨシ」と、素っ気なくでしたが答えてくれました。
そこへ、「何?誰と話してるの?」と、花火のセットを手にした京子が来ました。
「ツヨシ君って男の子。近くの子だって」
私がそう言うと、
「え?どこにいるの、その男の子」
京子は辺りをキョロキョロ。
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私は目の前にいる男の子を示して、
「私の目の前にいるじゃん」
と言いました。
しかし京子は、
「やだ、脅かすのナシだよー」
そう言うんです。
それで私は、悟りました。
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私がツヨシ君を見やると、彼は肩を竦めて畑の方へと走り去って行きました。
食べていたはずのカキ氷も量が減った形跡はなく、彼が生きた人間じゃないと確信しました。
今まで、霊を見たりすることはあっても接触されたことはなかったので驚いたのは言うまでもありません。
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「どしたー?花火やらんのかー?」
縁側で話し込む私と京子のところへ、お爺ちゃんが水の入ったバケツと花火に使うロウソクを持ってきてくれました。
「お爺ちゃん、なんかね、ツヨシって子が来たとか変なこと言うんだよ」
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京子がお爺ちゃんにそう言うと、お爺ちゃんは大層驚いて私の目線に合うようにしゃがむと、「おめぇさん、視えるのか?」
と聞いてきました。
『外では視えるって言っちゃダメよ』と母から言われていたものの、その時は素直に頷きました。
「そうか…、ツヨシはまだ成仏しておらなんだか…」
お爺ちゃんは肩を落とすように呟くと、ポツリポツリ話してくれました。
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ツヨシ君は畑の向こうにある若夫婦の家の一人息子だそうで、昨年の秋に亡くなったんだそうです。
ツヨシ君はヤンチャ坊主で山を駆け回っていましたが、冬籠りの支度をするため山から下りて来たタヌキやイノシシが作物を荒らすので狩りに出ていた猟師の撃ったライフルの流れ弾に当たって亡くなったんだとか…。
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ツヨシ君が亡くなってから、畑のトウモロコシが風もないのに揺れたり、窓をノックする音が聞こえたりと奇妙なことが続いてるそうです。
お爺ちゃんは「まだ死んだことに気付いてないんじゃないか」と言いました。
…と、そばにいた京子が「花火!花火!」と騒ぐので、お爺ちゃんは苦笑しながらロウソクに火をつけ、庭で花火をやってから早々に床につきました。
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翌日の夕方、ツヨシ君はまた来ました。
京子は縁側に座る私の後ろで昼寝をしていて、それに気付いたツヨシ君は声をひそめるように「…俺のこと、知ったんだな…」
と言いました。
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私が頷くと、頭をポリポリ掻いて「分かってんだ。俺が死んだ時、病気で先に死んだ婆ちゃんがお迎えってヤツで来たから。…ここにいちゃいけないのも、知ってるんだ。でも、なんか…寂しかったんだ。他のヤツらは、元気に遊んでんの見たら…。俺だけ死んで、悔しかった」
「ごめんね、視えるのに…何もしてあげられなくて」
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申し訳なく思って私が謝ると、ツヨシ君はなんだか照れ臭そうに笑いました。
「…いいよ、別に。俺のこと視えるヤツいて嬉しかったし、話せたの…おめぇが初めてだったから…。でも、行くよ。これ以上、婆ちゃん待たせてらんねぇから。…ありがとな」
はにかんだ笑顔を見せると、ツヨシ君は儚い蛍の光のように消えていきました。
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ことの顛末をお爺ちゃんに伝えると、「そうか…、知ってたのか…。そうか、そうか…」と涙ぐんでいたのを今でも覚えています。
その後も田舎生活を満喫し、家に帰ってきてからふと気付きました。
ツヨシ君の件があってから、ただ視えるだけではなく、あっちからコンタクトを取ろうとしてくるのが増えたのです。
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それは、家に帰ってきても続きました。
私は母に、「幽霊から話しかけてきたりする」と打ち明けました。
母が私に「田舎で何かやらかしたのか」と、なんだか人聞きの悪い質問をするので、お寺さんで滝に打たれて暑気払いしてからそうなったことをいうと、「霊峰の水で身体が清まっただけじゃなくて、力が強くなっちゃったのね」と困ったように言いました。
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私は母に、その道の偉い先生の元へ連れて行かれました。
ことの経緯を話すと、先生は私の高まった霊力を抑制してくれました。
それから、己の身が危険に晒された時の身を守る守る祝詞や抑制した霊力の解放法等を教え込まれ今の私に繋がっています。
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でも一番大切なのは「興味本位で、そこで眠っているもの達を起こさないこと」だと、そこは徹底的に教え込まれました。
なので、よほどのことがない限りは自ら心霊スポットには行かないようにしています。
事故物件の判定を友人から依頼されても、まずはネットで調べてから該当がない場合の万一の確認のみ引き受けてます。
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映画「シックス・センス」にもあるように、「視える」ということは本当に大変なんです。
ましてや、主人公のコール君や私のように「霊と接触できる」となれば危険も付きまといます。
「視えない」ことがどんなに幸せか、少しでも理解していただけたら幸いです。
[おわり]
作者ゼロ
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
増強事件を思い返すと、最初に接触してきたのが悪意のない少年で良かったと心底思います。
映画「ポルターガイスト」の少女のように、強い霊力を自分では制御できないがために悪霊に目を付けられ利用される、なんてことも無きにしも非ずだからです。
「視える人には視える人なりの苦労」があるので、やっぱり視えない方が幸せだと私は思います。
次は、「霊なんかいるわけない!」と豪語していたうちの父ちゃんが霊を信じるきっかけになったお話を書きたいと思います。