「三途の川なんかあるんかな?」
軽い気持ちで聞いた私に、祖母はひと呼吸間を置いた後、じっと私の目を見つめて言いました。
「ある」
その真剣なまなざしに、私はちょっと驚いたのです。
「三途の川は、ほんまにあるんやで。三途の川は、ものすごくきれいな川や。流れは穏やかで、水面は鏡のように光っているんや。そしてその川の上に一本の橋が架かっている。おばあちゃんは、その橋を渡ったんだよ」
祖母は一度死んだと言いました。
重い心臓の病気で、一度心停止した、と。
祖母は三途の川の橋を渡りました。
川向こうには何人かの人が祖母を迎えてくれて、祖母はその人たちについていったそうです。
しばらく行くと、突然祖母の体はがくんと下に落ち、そのままどんどんどんどん落ちていきました。
ざぁーーーっという感覚で落ち続けたのです。
するとその先に、ひとりのおじいさんが手を出して祖母を待っているではありませんか。
祖母は手を伸ばし、おじいさんの手をしっかり握ると、力いっぱい引き上げたのです。
「その人は、地獄に落ちとったんや」
その瞬間、私はなぜか、ぞぉ〜っとしました。
「偉い人なんやけど、地獄に落ちとったんや。おばあちゃんはその人を助けてきたんやで」
それから、祖母とそのおじいさんは、また何人かの人に案内されて、きれいな御殿に着いたそうです。
長い渡り廊下をいくと、広い広い大広間があって、そこに祖母とおじいさんにはお膳が用意されていました。
二人が座ると、どこからともなく手が現れて、二人の前のお膳にお料理を置いていきました。
その腕はひじから下だけで、パッパッと現れてはサッと消えてしまうのだそうです。
そうしておじいさんは、実に満足げに舌鼓を打ちながらそのお料理を食べていたのだそうです。
それから後の話を、私は忘れてしまいましたが、たしか娘である私の母の声が祖母を呼び戻した、というように聞いたと思います。
そのおじいさんが誰なのかも、祖母はわかっていたようですが、教えてはくれませんでした。
私は、三途の川はあると言ったときの、祖母の真剣なまなざしを忘れることができません。
祖母は天国があるとは言いませんでした。
でも、「地獄と三途の川はたしかにあるのだよ」と、それだけは念を押すように私に言いました。
本当に霊感が強かった祖母の言うことは、私はすべて信じています。
作者無希