12月24日、深夜零時頃──
男は愛娘の枕元にそっとプレゼントの箱を置いた。
まだ四歳のその寝顔を眺めていると、仕事の疲れも全て吹き飛んでいく。
男は家庭を共に築いてくれた妻に出会った日のことを思い出していた。
それは今から八年前のこの日──
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今日はクリスマス・イヴ。
街は子供連れの家族や若いカップル、無論お年寄りのご夫婦まで様々な人々でごった返しておりました。
そこかしこにクリスマスソングが流れ、更には大小の装飾品を吊るしたクリスマスツリーが街に華やかさを添えています。
とある中華料理屋の前に、長蛇の列ができていました。その列の中、二人の高校生の男子が寒そうにしながらぼやき声を上げているようです。
「ったく、なんでクリスマスにこんなとこ並んでるんだよ、俺ら・・・」
「お前がここでいいって言ったんだろ、山田・・・繁華街はリア充多くて嫌だって・・・」
「んなこと言ったってよ~、佐藤・・何が悲しくて野郎同士で、しかも中華料理とか・・」
「まあ、いいじゃん。ここもそれなりに旨そうだし・・にしても、ここどこなんだろう? いつの間にか迷い込んでしまったが・・ちゃんと帰れるよな?」
「大丈夫だろ・・そんなに長時間歩いたわけじゃないし、適当に歩いてりゃ知ってる道に出るって」
二人の視線の先を、仲の良さそうなカップルが腕を組んで歩いて行くのが見えました。
「ああ、リア充爆発しろ!!」
「ちっくしょ~~~!!」
カップルの姿が見えなくなるのを待って、二人して悪態を吐きました。これが二人の日常なのです。
そんなこんなでようやく二人が店内に入った頃には、既に陽は沈んで辺りは闇に呑まれていおりました。寒々とした外とは違って一歩店内に入ると、そこはぽかぽかと温かく、程よい喧噪に満ちていました。
「いらっしゃぁ~い、キヒヒヒヒヒヒヒ!!!」
妙にハイテンションな店主の声が響きました。白いコック帽には『ロビン・ミシェル』と赤字でデカデカと印字されています。
「二名様、こちらへど~ぞ!!」
ショートカットの綺麗なお姉さんに案内されて、二人は相席に座りました。お姉さんが水を運んで来てくれた後、メニューを広げました。
「なあ・・あのお姉さん、可愛くね?」
「ああ。まじで大当たりだ。来て良かった。名前、『猫宮』って言うらしいぞ」
「やるな、お前・・・あの一瞬で!!」
メニューで顔を隠しながら、ひそひそとウェイトレスに視線を走らせながら頷き合う二人。実にいやらしいです。
「さて、何を食うかな。『クリスマス・特別メニュー』か・・
何々──
○ヤンバルクイナの唐揚げ:一皿100円
・・・ヤンバルクイナ?」
二人は顔を見合わせます。
「なあ、ヤンバルクイナって絶滅危惧種じゃなかった?」
「だよな。やばくね? つうか偽物だよな・・・だよな?」
「・・・でもうまそうだぜ」
確かに、写真にはこんがりと良い具合に揚げ上がった唐揚げが皿に盛られています。
「まあいいか。他には・・
○ダゴンの砂肝炒め:980円 (見るからに怪しいwww誰が喰うんだよwww)
○麻婆豆腐丼・クトゥグアスペシャル:1000円 (火を吐けるほど激辛です!!まじで燃えるぜ!!)
○五目チャーハン・クトゥルフスペシャル:1000円 (筋肉つきます!!どんな大男もワンパンで沈められるぞ!!)
○シン・ガッジーラの放射能肉団子:2000円 (口からビームが出せるようになるはずだ!!君も挑戦!!)
○16歳JKピチピチ巫女の噛み噛み酒 (720 ml):30000円 (好きなあの子と体が入れ替わったり!?うほ、鼻血が・・)』
二人の間に沈黙が流れました。
「・・・なあ、これ・・クリスマスと何の関係が?」
「さあ・・? つうか、説明書きひでえな。『誰が喰うんだよww』とか、店側が書くことかな?」
「・・・もう突っ込むのはよそう・・俺、麻婆豆腐丼・クトゥグアスペシャルにする」
面倒臭くなった山田君がまず決めると、佐藤君もすぐに決めました。
「じゃあ、俺は五目チャーハン・クトゥルフスペシャルにする。にしても、このシン・ガッジーラの放射能肉団子って何だ?」
「・・・俺に分かる訳ないだろ」
二人は猫宮さんに注文をした後、メニューについて尋ねました。
「あの・・・これ、何ですか?」
「ああ、シン・ガッジーラの肉団子ね。あちらのお客様が食べてらっしゃるわ」
猫宮さんがカウンター席を指差しました。二人が視線を向けた先には、肉団子を食べているサラリーマン風の男性の姿がありました。
美味しそうなあんかけ肉団子を蓮華ですくい、ふうふうしながら頬張っているのが見えます。
「う、うめ~~~!!!」
ボッ!!
と音がして、青白い光が走りました。
感動の余り、思わず叫んだ男性の口から青白いビームが飛び出たのです!!
ビームは厨房の店長に向かって真っすぐ飛んでいきます。直撃する直前、店長は中華鍋でそれを防御し、赤く焼けたその中華鍋を使って早速チャーハンをこさえ始めました。おお、さすがプロ、お見事です!!
「な、なんだあれ・・」
二人は目を丸くしました。
「じゃ・・じゃあ、この、16歳JKピチピチ巫女の噛み噛み酒って?」
「それは、書いてある通り。でも、誰と入れ替わるか分かんないし、戻れなくなるって噂があるし・・・それにアルコール入りだから、高校生は駄・目・よ」
猫宮さんのウインクにキュンとなった山田君は、涎を垂らしそうになりながらは、はいと頷きました。
見渡して見ると、他にも妙なものがちらほらあるようです。
隣のテーブルの餃子の中に、何やら人型のモノがいます。それが外に出ようともがいているようです。土木業者っぽいおっちゃんがそれを口に放り込んで咀嚼した瞬間、口の中から
『ぎゃー』
という悲鳴が聞こえました。またその向いでラーメンを啜っている人を見ると・・
『キ~ギチュ~~』
ラーメンの麺が奇声を発しながら、うねうねと意志を持って動いているようで・・・。
「・・・」
「・・・」
二人は何も気が付かない振りをしました。暫くして、二人の前に料理が並びました。
「ごゆっくり」
と言って立ち去る猫宮さんに「あざーす!!」と答え、二人は改めて目の前の料理を眺めました。
「すげえ!!」
「美味そう!!」
麻婆豆腐丼・クトゥグアスペシャルは真っ赤に光り輝いて、ぐつぐつと煮え立っています。
豆腐から何かが飛び出しているのは気のせいです。何かの魚類っぽいのが泳いでいるのも気のせいです。
一方の五目チャーハン・クトゥルフスペシャルはもりもりのご飯にモリモリの肉塊がふんだんに混ぜ込まれています。その肉が何やら紫がかっていたり、青白かったりするのは気のせいです。何かの触手っぽいのが蠢いているのも気のせい、気のせい・・・
二人は
「頂きます!!」
と声を合わせ、勢いよく掻き込み始めました。
「おお、熱い!!!」
「漲ってきた~~~!!!」
二人は目の色を変えて夢中になって頬張りました。
「おらおら!!!こんなGが入ったモンを喰わせやがって!!」
突然、店内に大声が響きました。
見るとヤーさんぽい男がイチャモンをつけて騒いでいるようです。なんと猫宮さんが怒鳴られているではないですか!!
目の色を真っ赤に変えた山田君が立ち上がりました。
「俺、行ってくる」
「俺も」
山田君と佐藤君が、ひたすら頭を下げる猫宮さんを庇うように男の前に立ちはだかりました。
「んだ?お前ら!?」
「ここでは他のお客さんに迷惑だ。店の外で話つけようぜ」
佐藤君が男の胸倉を掴んで引きずり出しました。
よく見ると佐藤君、シュワちゃん並みにムキムキに!!一体いつの間に!?これも五目チャーハン・クトゥルフスペシャルの効果なのか!!
佐藤君が、男を店の外に投げ飛ばします。
「て、てめえ!!これでも喰らえ!!」
恥を掻かされて激高した男の手にピストルが!!
あ、危ない!!
ズキューン!!
「な・・なんだ!?」
しかし、驚愕の余り目を見開いたのは男の方でした。
佐藤君が指で何かを摘まんでいます。そう、銃弾を指で止めたのです!!
「戦闘力5のゴミめ」
にやりと笑った佐藤君の横で、山田君が真っ赤な頬を大きく膨らませました。
「ギャ○ック砲!!」
山田君が口から火を噴きました。男の髪が燃え上がります。
「ひ・・ひぃ~~~!!」
男は頭を抑えながら、泡を吹いて逃げ去って行きました。
「ふん」
「汚ねえ花火だ」
二人は店に戻り、勘定を済ませて立ち去ろうとしました。
「ま・・待って!!」
猫宮さんの声が響きました。
「あ・・あの・・あなた達、ありがとう・・・とっても格好良かったわ。良かったら・・また来てくれる?」
山田君はドギマギしながら答えます。
「え・・? あの、はい!!」
「本当? 嬉しい!!」
猫宮さんが山田に抱き付きました。
「ん?」
佐藤君が首を傾げます。今、猫宮さんの瞳孔が細くなり、歯がギザギザに、そして猫耳が頭から生えたように見えたのですが・・・
目の錯覚だと自分に言い聞かせました。そして、携帯の番号を交換し合う二人を佐藤君は嬉しそうに眺めていました。
「良かったな、山田!!」
「お・・おう、ありがとう」
少し歩くと、少し洒落た店がありました。看板には
『ラ・暗黒・ロビンカフェ』
とあります。中を覗くと、どうやらアルコールも出すタイプの大人向けカフェのようでした。
ドアには【開店休業状態】の札が掛かっています。
「なんで中途半端にフランス語なんだ?」
「知るかよ・・・しかも開店休業って・・やる気あるのかここ?」
「さあな。でもいい匂がするぜ・・・なあ、この際クリスマスだし、ケーキでも食ってくか?」
「あ・・・ああ、そうするか」
ガラスのドアを開けると、ウェイトレスのお姉さんが席に案内してくれました。ネームプレートには『犬走』とありました。猫宮さんと違って黒髪ロングの大人しそうな人でした。年の頃は18~20といったところでしょうか。
「なあ・・今度のは綺麗だな・・・」
「ああ、ありゃ俺のタイプだ」
二人はまたしてもひそひそ話を始めます。男子高校生の脳内はこんなものです。むしろ健康的です。
店内はどこかゴシックな内装の為か少し怖い雰囲気がありました。
二人の他には、三人のお客さんたちがテーブル席に座っておりました。両親と、十歳くらいの少年の三人家族です。見ると、少年が駄々を捏ねているようでした。
「俺、PS4が欲しいの!!DSとかだせえよ!!」
「これこれ、もう買ってしまったのだから、文句言わない」
「武史君、今年は我慢してね」
ははん。どうやらこの少年、プレゼントが気に入らなかったようですね。
そこにマスターが顔を出しました。
「マスターのロビン・マイケルでぇす。向こうの店のロビン・ミシェルとは宿敵でぇす」
マスターが良く分からない自己紹介を始めました。というか、マイケルとミシェルって呼び方が違うだけでは? なんて突っ込みは無しでお願いします。
マスターはコーヒーの銘柄の説明をした後、少年を怒鳴り付けました。
「うっせえぞガキが!!そんなに欲しいならテメエで稼げ!!少し頭冷やしてろや、この野郎!!」
マスターが少年の頭をぐい、と掴み、店内の噴水(豪勢な店ですね!!)に放り込みました。
バシャバシャをもがく武史君。すると・・・
「あなたのお子さんは、こちらの綺麗な武史君ですか?それともこの腐れ切った武史君ですか?」
泉の女神が現れました。右手に綺麗な武史君、左手にさっきの残念な武史君を抱えています。
「き、綺麗な武史君です!!」
お母さんがすかさず答えます。
「お、おい、お前・・・」
旦那の制止を振り払い、奥方は綺麗な武史君の手を掴み取りました。
「ありがとうございます。そっちは好きになすって下さい」
「分かりました」
女神は暴れる健君を無理やり抑えながら泉に戻っていきました。
「大丈夫だよ、父さん」
綺麗な武史君が眼鏡を押し上げながらにやりと嗤いました。
「あんなのより、僕の方が優秀だよ。大きくなったら世界を支配して楽させてあげるからね」
「まあ、素敵だこと!!頑張ってね、武史」
母親は強く頷きました。
そして、暗黒ロビンカフェの裏側では──
泉の女神が赤い衣服に身を包んだ男に汚い武史君を突き出していました。
「ほら、これでいいかい?」
「ふん、汚いがまあよかろう。金貨五枚でどうだ?」
「十枚」
「くっくっく・・女神様もえげつないねえ」
「清純で飯は食えねえんだよ、さっさとよこしな」
「ほら」
ジャラジャラと金貨を手渡す赤服の男。喚く武史君を受け取った男は少年を袋に押し込みました。武史君が袋の中で暴れて叫んでいましたが、赤服が袋ごと蹴飛ばすと静かになりました。
「さて、こいつをどこに売り渡すかな・・・キヒヒヒヒヒヒ!!!!」
「あんたも大概じゃないか・・・」
「まあな・・くっくっく・・」
「ウフフフフ・・・」
「「わっはははは!!」」
赤い服の男は橇に乗り込みました。
「さて、このサタン・クロース、今年はどんなナイトメアを送り届けてやろうか・・・サンタの野郎と勝負だぜ!!」
サタン・クロースはニヤリと気味の悪い微笑を浮かべました。
その夜、我儘な子供の失踪事件が相次いで起こりました。目撃談によると、橇に乗った赤い服の大男が子供を無理やり大袋に詰め込んで飛び去っていったというのです。
何でも、
『世界の浄化じゃ~~~ギャッハッハ!!』
と喚き散らしていたとか。女神さんがいたら取り替えてくれたのに、残念!!
でも、金貨が何枚かばら撒かれていたことは内緒です。
両親は表向き嘆き悲しんだものの、実は内心ほっとしていました。
「ああ、いなくなって良かった。あんなの育てるなんて無理」
「次はもっと良い子を産んでくれよ」
「ええ、あなた、頑張るわ」
多くの夫婦の間でこのようなやり取りがなされ、彼ら・彼女らは新婚初夜のように初々しい気持ちで愛し合いました。良かったですね!!(おい!!)
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話が大分それました。
佐藤君はレアチーズケーキを、山田君はミルフィーユを『ロビン・ブレンド』なるコーヒーで流し込みました。
その途中でマスターのロビン・マイケル氏がテーブル席にわざわざ訪れました。
ギロッと二人を睨みつけると、若本則夫のような渋い声で言いました。
「マスターのロビン・マイケルでぇす。向こうの店のロビン・ミシェルとは宿敵でぇす」
二人は「は、はい」と大人しく頷きます。
「野郎同士でンメエエリイィ・クリスマアァスゥ!! ブワワワワ!! 負け犬共、指咥えて眺めてるだけじゃ、欲しいものは一生手に入らないんだよ!!」
ゲラゲラ馬鹿にしたように去って行きました。
「何だよ、あの店主。客に向かって・・・」
「でも・・言いたいことは分かるような・・・」
二人が考えていると、犬走さんが話しかけてきました。
「ごめんね。マスター、いつもああなの。でも悪気は無いのよ。気にしないで。ところであなた達、高校生?」
「ええ、そうです」
「よくここに来るの?」
「いえ、初めてです。ここ、何て町ですか?」
「ここは・・・『ロビン町』よ」
「ロビン町?」
「ええ。地図にも載っていない町。誰が名付けたのかも、いつできたのかも全てが謎なの。この町に入れるのは、偶然か、あるいは一定の条件を満たした者だけ・・・」
「条件?何です、それ?」
「ふふふ・・・知りたい?でも、教えてあげない。あなた達はここの住人じゃないから・・でも、代わりにおまじないをしてあげる。ここに縁がある人が、いつでもここに来れるように・・・」
犬走さんがペンダントを外し、二人の間でゆ~らりゆ~らり揺らし始めました。
「エル・プサイ・コンガラガルゥ・・・」
犬走さんの囁くような声が耳に心地よく響きました。ついうっとりとなっているうちに・・・
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気が付くと、俺と佐藤はいつもの繁華街の外れにいた。
そして、どこで何をしていたのか殆ど覚えていない佐藤を家まで送り、俺は家路を急いだ。
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そして今──すやすやと静かな寝息を立てる娘の頭に、ぴょこっと猫耳が立った。もふもふと撫でると気持ちよさそうにふにゃ~とした顔になる。起こさないようにそっと部屋を後にして、俺はリビングのソファに座った。目の前には静かな夜景が広がっている。
俺にとって、思い切って購入したこのマンションこそが幸福の詰まった宝箱のようなものだ。静かな夜空を見上げながらブランデー入りのグラスを傾け、幸福な気分に浸る。
そんな俺の隣にそっと座った妻の猫宮・・・じゃなくて山田寧子が肩に頭を預けてくる。
ロビン町に縁があった俺は記憶を失うこともなく、その後も度々そこを訪れた。猫宮さんとも徐々に距離が近づいて行き、大学二年の頃には付き合い始めていた。
佐藤の方は、ムキムキの筋肉ボディを手に入れたお蔭でラグビー選手になった。女にもてすぎてやばいとか会うたびに自慢している。ならさっさと結婚しろよ(笑)
寧子の猫耳がくすぐったい。人前では出さないよう気を付けなさいといつも言っているのにしょうがない母子だ。まあいい。今日は二人で過ごす出会い記念日・・・クリスマス・イヴだ。
夜空を『ギャーッハッハ!!』と豪快に笑いながら走り抜けるサンタもどきの幻を眺めながら、寧子の耳を優しく撫で撫でする (いやらしいな、おい!!)。
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そこは地図にも載っていない町。
ふと気が付くと、いつの間にか迷い込んでいる場所。
多くの人はそこで摩訶不思議な出来事に遭遇するが・・・町から一歩出ると、その記憶も途端に曖昧になり、
「はて、夢でも見てたのかしらん」
と狐につままれたような顔をして振り返る。しかしそこには、ごく普通の町が広がるばかり。さっきまでいた筈の店や通りすらなくなっているのだ。
その町の名は──
作者ゴルゴム13
一部修正しました。