黒い雲の隙間から、朧月の光が差し込む夜のことです。
荒れ果てた古い城で、一風変わった演奏会が開かれておりました。
どこが変わっているかと申しますと、楽器を演奏し、歌を歌っているのは人間ではなかったのです。
七体の美しいドール達がテラスに集まって、思い思いの楽器を手にし、人がおよそ聞いたことも無い、妖しくも美しい旋律を響かせておりました。
黒いドレスを纏った銀髪の長姉シルヴァと、黄色いドレスのカナリアがヴァイオリンを奏で、赤いドレスのルビーがチェロを、青いドレスのサファイアがホルンを担当し、紫のドレスのブルーベリーがトランペットを吹き鳴らし、白いドレスのクリスタルはピアノを弾き、ワインレッドのドレス姿のスカーレットが豊かな歌声を響かせました。
彼女たちの演奏が始まると、森の動物たちはじっと動きを潜め、木々や風までもがその響きに耳を傾けているかのようでした。
時に情熱的に、また権威を示すような、またその後には静かな小川のせせらぎのように、まるで全てを包み込むような楽の音に、天までもがその星々の運航を忘れてしまうかのようでした。
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何者かが近づいていることに気がついたのは、シルヴァでした。ぱたりと主旋律が鳴り止んだことで、皆動きを止めて長姉に視線を向けました。
「城門の近くね。誰かいるわ」
「私が見て参りますわ」
シルヴァの声に、スカーレットが真紅のドレスの裾をさっと翻して門に向かいました。
「スカーレットお姉様、待って下さいよ!!」
スカーレットはルビーとサファイアが追い付くのを待って、三人で城門に続く石畳を歩きました。蔦が石畳を覆い尽くすように走っているので、靴音は湿っぽいものでした。
門の前で、三人は同時に足を止めました。門の向こう側から、何者かの気配と、荒い息が聞こえてきました。
「一体この夜更けに、どこのどなたかしら?」
スカーレットの言葉に、扉の向こうから声が返ってきました。
「旅の者です。一夜の宿をお願いできませんか?」
スカーレットはその声を聞くと、首を傾げました。
「不思議な声ね」
スカーレットは軽やかに城門の上に飛び上がり、門の向こう側にいる者たちを見下ろしました。
視線の先には、ロバ、犬、猫、鶏がいました。
「珍しいカルテットがあったものね」
声に反応して見上げたロバが答えました。
「話すと長いけど、僕らはみんな仲良しさ」
「うんにゃ、うんにゃ」
猫が脚で耳の後ろを掻きながら相槌を打ちました。
鶏がコケッと甲高い声で鳴きました。
犬はブルッと鼻を鳴らしました。
「ご覧の通り、旅で難儀していて・・・」
「少し待っていて頂戴」
スカーレットは門の側で待機していたルビー、サファイアの二人の元に戻りました。二人に簡単に説明し、ここで城門を見張るように言い残しました。
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スカーレットの報告を受けたシルヴァは、彼らを迎え入れるよう指示しました。
「珍しいお客さま達ね」
シルヴァが旅の一行に話しかけました。
「美しい演奏が聞こえてきたもので、ついここまで足を運んでしまったんだけど・・・出来れば、側で聞かせて貰えないかな?」
「ええ、そうね・・・構わないかしら?みんな」
妹達は次々に肯定の返事をしました。
七体のドール達の演奏が、再び森の中の城に響き渡りました。それは先程の演奏とは異なり、儚げで悲しい気持ちを呼び起こさずにはいられない旋律でした。その上空では、風に吹かれた黒い雲が、身悶えしながら幾つもの断片に引き裂かれていきました。
ひとしきり演奏が終わると、ロバ達は彼女らの演奏に感激と感謝を伝えました。
続けてロバは言いました。
「実は、僕らは混声合唱団なんだ」
「あら、そうなの?」
シルヴァが聞き返しました。
「お礼と言ってはなんだけど、僕らの歌も聞いて貰えるかな?」
「ええ、喜んでお願いするわ」
今度は、一頭と二匹と一羽の合唱が始まりました。
それは世にも奇妙な合唱でした。まるで四つの楽器がてんでばらばらに演奏しているようでありながら、自然なハーモニーを作り上げていました。
最後には、ロバの上に犬が、その上に猫が、更にその上に鶏がのり、ラストを高らかに歌い上げました。
ヒヒンニャーニャーワワンコケッコー!!
その四重奏は、心地よい大小の鐘の重なりにも似て、不思議と聞く者の心を暖かくしていきました。
合唱が終わると、ドール達は拍手して彼らを讃えました。
「珍しいけど、とても印象に残る素晴らしい合唱だったわ」
「ありがとう。僕らは、ブレーメンで楽団としてやっていく積もりなんだ」
「うん、だにゃ」
「ブレーメン?」
シルヴァは、困惑した様子で言いました。
「詳しく聞かせて貰えないかしら?」
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城内の暖かな部屋に通された彼らは、これまで経験したことのないもてなしを受けました。
ロバには乾草や麦、犬と猫にはミルク、鶏には穀類が与えられました。
その後猫は柔らかなソファークッションの上でゴロゴロ喉を鳴らし、犬はフカフカの絨毯に寝そべって、既に寝息を立てておりました。鶏は犬の側でちょこんとうずくまり、これもまた目を閉じて首をかくん、かくん、とさせておりました。
ロバは柔らかい藁の上で寛ぎ、シルヴァがそのたてがみを丁寧に梳いておりました。
気持ち良さそうに目を細めながら、ロバは人間に用済みとされて追い出されたこと、途中で似た境遇の犬、猫や鶏と出会い、仲間になったこと、そして盗賊との死闘、楽団を結成して大きな都市ブレーメンで一旗揚げたいことなどを説明しました。
これまでの旅路について、あらましを聞き終えたシルヴァは、同情の籠もった眼差しでロバを見つめました。
「大変な旅でしたのね・・・ここからブレーメンだとまだ大分あるわね・・・今夜はゆっくりお休みなさい」
ロバがヒヒン、と鳴いてお礼を言いました。
部屋のランプを落とすと、月光が彼らの姿を照らしておりました。
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翌朝はやく、陽も昇らぬうちに、彼らは旅立ちました。
ドール達は城門から彼らの姿が見えなくなるまで、じっと見守っておりました。
「お姉さま」
スカーレットがシルヴァの側に寄り、小声で尋ねました。
「教えて差し上げないんですの?」
「あら、何を?」
銀色に輝くロングの髪をかき上げながら、シルヴァが答えました。取り澄ました様子に、スカーレットが少し拗ねたように唇を尖らせました。
「お分かりの癖に・・・それにしてもいつ、気付くのでしょうね、あの者たち・・・」
スカーレットの青い瞳が、音楽隊が去った方向に向けられました。
「自分たちが、既に死んでしまっていることに」
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その夜、ロバから聞いた話を元に、ドール達は森の中を進みました。そして、荒れたボロボロの小屋と、その中で酒を呷る十人程の盗賊達を見つけました。
ドール達は窓の下に陣取って、盗賊達の会話に耳を傾けました。
「今日は旅の行商どもから随分とふんだくれましたね。何人か見せしめに殺したら、奴ら震え上がって大人しくなりやがって・・ぷっ、くふふ」
「全くだぜ、ゲオルグ達があの動物どもに殺られてさえいなければ、全員逃がさずに身ぐるみひっぺがしてやれたんですがね」
ひょろ長の男が愛想笑いを浮かべ、酒瓶をラッパ飲みしながら言いました。
「ふん、老いぼれの畜生ども・・・まさかあんな奴らに五人も殺られるとは思わなかったが・・・」
テーブルに立てかけられた猟銃をさすりながら、親分と呼ばれた髭の男がひっく、としゃっくりをして言いました。
「こいつがあれば怖いもんなしだぜ!!」
「全くでさぁ!!ギャッハッハ!!!」
それだけ聞けば十分でした。突然窓から乱入してきたドール達に、盗賊達は反応が遅れ、次々とほふられていきました。
スカーレットが手にした戦斧が、窓に背を向けていた男の頭を真っ二つに叩き割りました。
ルビーとサファイアは手にした棍棒で、向かい合う男達を思い切り殴りつけました。
逃げ出そうとしたひょろ長の男にはクリスタルが飛びかかり、背後から鋼の糸を首に巻き付けてギリギリと締め上げました。
ブルーベリーは鎌を振り回して首を跳ね、カナリアはクロスボウで矢を射かけました。
盗賊の親分は、猟銃に弾を込め、ドール達に狙いを定めましたが、すばしこい彼女らを捉えきれないようでした。
幾度か撃ち込んだものの、全て狙いは外れ、何発かは仲間に当ててしまいました。
「くそっ!!」
弾を込め直して再び銃口を彼女らに向けた時、シャキン、と音がして、銃身が半分からなくなりました。シルヴァが手にした長剣で、銃身を叩き斬ったのです。
唖然とする親分に、シルヴァが巧妙に急所を外して突きを入れました。
うぐっ、と苦痛に顔を歪め、仰向けに倒れたところに、シルヴァがのし掛かって尋ねました。
「ねえ、王子様?動物達はどこ?」
「ぐ・・・げほっ・・な・・何のとこだ?」
シルヴァが、親分の体を抉るように、剣をこね回しました。
「い、痛え!!や、やめろ!!」
「ねえ、動物たちは、どこ?」
シルヴァの、普段はグレイの瞳が銀色に輝き始めました。言わねば殺す、と言わんばかりの殺気を感じ取った親分は白状しました。
「こ・・小屋の裏だ・・・少し離れた場所に捨てた!!」
すっ、と剣を抜いたシルヴァは、親分の胸ぐらを掴んで、引きずり始めました。
「は・・・放せ!!」
「案内して貰うわ」
見ると、子分達はドール達に全員殺されておりました。あちこちに血まみれの、酷いのになると原型すら留めない肉塊と化した彼らを見て、親分の顔はたちまち蒼白になりました。
命乞いをする親分に言われた場所を探すと、木々の茂みの奥、小さな谷底に、死後数日と思しき動物たちの亡骸を見つけました。
ロバも犬も猫も鶏も、満身創痍で、あらゆる場所を切り裂かれ、骨を砕かれ、あるいは焼けただれておりました。
「何故、殺したの?」
シルヴァの問いに、親分は腹部から流れる血を必死に抑えながら答えました。
「あ、あそこは俺たちの根城なんだ!!それをこいつらが・・・こいつらが悪いんだ!!」
「あら・・・でもあなた達、その根城から繰り出しては旅人から金品を巻き上げているのでしょう?」
シルヴァの口から、ふふふ、と冷ややかな笑い声が漏れました。シルヴァだけではありません。他のドール達も、口々に親分を罵りながら笑い始めました。
「こんな奴牢獄がお似合いよね」
「むしろ火刑台よ」
「棺すら勿体ないわ」
「そうね」
アハハハハ
ウフフフフ
キャハハハハ
七体のドール達の高笑いが、夜の森に響き渡りました。
「情けをあげるわ。ありがたく受け取りなさい」
シルヴァが、長剣を振り上げました。
「や、やめろ!!た、助けてくれ!!」
「そうやって命乞いをした者たちを、あなたは何人殺してきたのかしらね」
ひゅん、と銀色の輝きが走りました。
親分は目を見開いて硬直しておりましたが、やがてその首がごろん、と転がりました。
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その後、ドール達は動物たちの遺骸を手分けして運びました。遺骸には蛆がたかり、悪臭を放っておりました。ドール達は蛆を除き、腐った手足が落ちないように、慎重に支えながら移動しました。
その場には他に、盗賊の仲間のものと思われる死体が数体転がっていましたが、ドール達は目もくれませんでした。
そして、ブレーメンに続く道の途中、見晴らしの良い小高い丘の頂上に、動物たちの墓を作ってあげました。
四つの木組みの十字架の前で、七体のドールが両手を組んでかしづいておりました。
「無事にたどり着けると良いわね・・・ブレーメンへ」
シルヴァの、優しい声が響きました。
雲間に覗く月が、昨夜と変わらず朧な光を彼女らに投げかけておりました。
作者ゴルゴム13
第一話【古城の宴】(http://kowabana.jp/stories/25837) の続編です。欧州のどこか、深い森の古城に住む七体のドール達のお話。