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中編3
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いちろう

いちろうはあまり感情を表に出さない子でした。

いちろうの写真はどれも無表情でさりげなくピースをしているのですが、楽しいのか退屈なのかわからないといった具合で家族を困らせるのでした。

学校ではいちろうの周りにはいつもたくさんの友達が集まり段々といちろうも感情を表に出すことができるようになっていきました。

しかし、いちろうは全ての生徒に好感を持たれていたわけではありません。いちろうのことをよく思わない生徒もいました。

ある日、いちろうは学校へ行きいつものように校庭で遊んでいるとクラスメイトらしき人物がいきなり声を掛けてきました。

「おい。お前いつも無表情だよな。」

その声の主は学校でも悪さばかりしている生徒の一人でした。太っちょで体格が大きく上級生のように見えるのでその太っちょの前では皆顔が強張るのでした。しかし、いちろうは顔色ひとつ変えず頑として無表情なのでした。それが太っちょには気にくわないらしく、いちろうは太っちょに目をつけられてしまいました。

それから、学校ではいちろうの持ち物がなくなることが多くなり、大抵それらは隠されていました。いちろうは太っちょの仕業だと思いました。しかし、太っちょはいちろうの物を隠す以外は何もしてこなかったのです。

いちろうは太っちょに声を掛けられたときあの体格で人をぶん殴ったらどうなるのだろうと思うと同時に、太っちょに殴られる覚悟をしていました。

いちろうは自分の持ち物を隠されることよりも、なぜ太っちょが暴力に走らないのか気になって仕方がありませんでした。

そのときいちろうは太っちょに自分をぶん殴らせようと決心しました。

なぜいちろうはそう決心したのか自分でもわかりませんでした。ただ、そうするべきだと思ったのです。しかし、大きな問題がありました。

いちろうは人が人を殴りたくなる感情を知りません。いちろうは叔父さんならなんでも知っていると信じていたので聞いてみることにしました。

「いちろう。犬がなぜ吠えるのか知っているかい?」

いちろうは黙って首を振りました。

「やつら犬は人に忠誠なんだ、だが犬にも好き嫌いがある。好き嫌いというより忠誠するにたるか人に向かって吠えて確かめているんだよ。」

「犬は人の心を専門とする科学者みたいなもんでね。やたら吠えているのは実験している最中なんだよ。」

どんな実験なのかと尋ねると叔父さんは言いました。

「人が怒るのか怒らないのかの実験さ。」

その夜いちろうは、怒りの感情を理解しました。

いちろうは太っちょの怒り狂った顔を見るのが楽しみで仕方ありませんでした。

学校へ行くといちろうは科学者になったつもりで太っちょにこう言いました。

「おい。実験台。」

太っちょは突然のことに驚いたのか何も言い返せませんでした。

いちろうは上機嫌で廊下をスキップしました。

太っちょは何やら考え込むような不安げな表情をしていました。

そして太っちょにつきまといあの言葉を来る日も来る日も浴びせ続けました。

「実験台」

太っちょはいちろうの目的がわからないのか怯えるような怒りに震えるような表情になり、とうとう学校を休むようになりました。

いちろうは思いました実験は失敗だ。

太っちょはガリガリに痩せ細り上級生のような体格はもうそこにはありませんでした。

いちろうは人が人をぶん殴るところを見たかっただけなのです。

いちろうは何も悪くないのです。

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mamiさんお読みいただきありがとうございます。

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