仄暗く狭い室内に、男が膝を抱えて座り込んでいる。
男の口は小さく動き「カノン・・・助けなくちゃ・・・」等と呟いている。
ジメジメした室内が男の醸し出す雰囲気により更に陰鬱な物になっている。
男にはやるべき事がある。
否、あったと言うべきだろうか。
此処に居てはそれは叶わぬ事。
失意の底に沈みながら、二度と会えない彼女の事を思い続ける事しか男には出来なかった
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「厨二病男がストーカーして逮捕、しかも1回脱獄とか・・・って近所だし!うわぁ」
新聞を読みながら倉科が呟く。
「うわー、2chも祭りだー、特定班動いてる!」
ストーカー事件にここまで盛り上がれる日本は今日も平和だ。
「お前は何でも楽しめるヤツだな、で?事件の内容は?」
放っておくと五月蝿いので倉科に話を振ってみる。
容疑者であり自称正義の味方陸は、ここではない世界からお姫様カノンと共に此方に逃げて来た。
しかし彼らを敵国のレオンが追いかけて来た。
カノンはレオン(或いはその従者)により心を操られて彼らの側に付いてしまった。
陸は彼らからカノンを救い出す為に戦っているのだ---と、供述している。
実際の所は幼馴染の3人であり、カノンとレオンは交際していて、それに嫉妬した陸がストーカーをしただけの事件らしい。
「店長・・・ファンタジー小説好きでしたよね?」
「ああ、好きだ。」
ファンタジーに限らず本は基本的に何でも読むが、異世界は特に好きである。
「だめですよ!店長はこの世界の人間ですよ!
天空の勇者の血とかないですからね!クリスタルを巡って旅に出たりとかしないで下さいよ!」
コイツの方がよっぽど厨二ではないのか?しかしまぁこれは・・・
「おもしれぇ」
「え?」
思わず口から出た言葉に倉科が反応する。
面白い・・・か、確かに俺らしくなかったかも知れないな・・・
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「え?」
店長は確かに面白いと言った。
普段ならアホらし、とかそんな言葉を呟くんだけど。
だからこそ私の口からは、そんな言葉しか出てこなかった。
「何が・・・面白いんですか?」
恐る恐る店長に聞いてみる事にした。
「お姫様奪還だよ、やってみようぜ?」
返ってきたのはそんな答えだった。
馬鹿なのかこの人は?お姫様なんて妄言でしかないのに。
「いやいやいや、陸はストーカーだってカノンさんが!」
新聞にもネットにもそう書いてあるのに何を言い出すのかと。
「心、操られてるんだろ?」
「・・・あ」
そうだ、カノンは心が操られていると陸が供述している。
カノン、並びにその周囲が供述したことは全て洗脳によるものだとしたら・・・
「で、でも!陸はこっちの世界じゃ能力が使えないって!だから心を操るなんて出来な---」
「陸は能力を使えなくされたんじゃねーの?」
「は?」
なんなんだこの人は、私の語彙がどんどん少なくなっていく。
「レオンが、カノンを手に入れる為に陸を殺したとしたら?
ああ、犯罪だ逮捕されて終わり。この世界から帰れない。
自分が犯罪者になりたくなりなら、陸をそう仕立て上げりゃいいんじゃねーか?
邪魔者は居なくなり、自分は正義の味方、大手を振ってカノンと歩けるな。」
私の思考回路が破裂しそうになる、有り得ない、異世界なんて有り得ない。
店長の言う事もわかるけど、頭が理解してはいけないと警告をあげる。
「なんてな、冗談だよ。異世界なんてあるわけねぇだろアホらし。」
いつもの調子に戻った店長が、私の肩を叩く。
「え、えー」
「でもそう考えた方が浪漫があるだろ?」
そう言った店長の顔は、新しい遊び道具を見つけた少年の様にキラキラしていた。
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そう、異世界なんて有り得ない。
そんなのは小説やゲームの中だけ。
だって、心霊現象でさえ私の好奇心はこんなに高まるのに。
もしそんなものが存在するなら---
だからこそ、あの店長との会話があって数週間が過ぎた時の朝刊で「収監中の陸と、保護されていたカノンが突然失踪」なんて記事を見つけても何も思わない事にした。
作者フレール
皆さま明けましておめでとうございます。
新年1発目からよもつ先生の作品からビビっときてしまったので。
よもつひらさか先生作
『奪還』http://kowabana.jp/stories/27876
私の妄想垂れ流しシナリオです。
すいませんよもつワールドぶち壊しました。
後悔はしていません。
よーし!店長シリーズも書こう!