長編8
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【1話】繰り返す【店長】

大学のサークルメンバー4人で廃病院に探索に行った。

そこは様々な曰くのある場所で窓から誰かが覗いて居ただの、備品を持ち帰ったら「返せぇ」等と呻くような電話が掛かって来ただの。

どこにでもありふれた噂のある病院だ。

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現地に到着したのは日付の変わる少し前だった。

郊外にあるそこには周りにまばらに住宅がある程度で

木々に囲まれ街灯も無く、いかにも出そうな雰囲気を醸し出していた。

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病院の駐車場に車を止め、降りると同時に病院の全景を見渡す。

大型の病院ではない、白い長方形の3階建てだ。

建物の真ん中に入口があり、その左右に病室があるのだろう左右に3個ずつ窓が付いている。

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病院を眺めていると1人の仲間が叫んだ。

咄嗟にそいつの方を見ると1つの病室を指射している。

指の先は3階の右から2番目の窓だ。

そこにソレは居た。

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暗い。

周りは明かりも無く、すぐ隣に居る仲間の顔さえおぼろげに見えるような夜の闇の中、ソレだけはハッキリ見える。

男だ。

病院服を着た男が窓際に立って居る。

1人が叫びながら車に逃げ込んだのを皮切りに、他のみんなも一斉に車に滑り込んだ。

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「って言う体験を私の大学のサークルの先輩達から聞いたんですけど・・・店長聞いてます?」

仕事中なのにも関わらず唐突に怪談話をし始めたコイツはウチの店のバイトだ。

2ヶ月程前、大学の2回生に上がる直前ウチの店で働きたいと言ってきた。

バイトを雇うつもりはなかったが、ウチの様な仕事に興味があるとの事で時間のある時にでも手伝って貰えればいいか・・・と言う思惑で雇い入れたのだが。

これがまたオカルト好きで、大学ではオカルト系のサークルに所属して居る。

俺もその手の話は嫌いではないので、少し前に怪談話で盛り上がったのをきっかけにこう言った話を振ってくるようになった。

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客も居なく閉店の作業をしながら茶器を洗う俺に向かってカウンター越しに身を乗り出しながら喜々としてそんな話をしてきたが。

「あぁ、聞いてるよ。それでお前は行かなかったのか?」

オカルト好きなコイツの事だてっきり一緒に行ったのだと思ったが。

「友人と丁度遊んで居て。行けませんでした。」

それはさぞかし残念だっただろう。コイツだったら飛びついて行きそうな話だからな。

「あ、店長って車ありましたよね?」

満面の笑みだ。嫌な予感しかしない。

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「あるよ。店まで来るのも車だ、知ってるだろ。」

「連れて行ってください!」

ほら、嫌な予感が当たった。

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俺は郊外に向けて車を走らせている。

断らなかったのはなんだかんだ俺もこう言うのが好きなんだろう。

現地に向かう途中その病院ついての話を色々と聞かされた。

院長が自殺だの、患者が飛び降りただの、曰く付きの場所にはよく有る尾ひれの付いた噂話ばかりだ。

そんな話を聞いていると現地に到着した。時刻は22時を少し回ったくらいだ。

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病院の駐車場に車を付け、車を降りる。

「あそこの窓みたいですよ。」

彼女の指射した先を目で追う。

3階の右から2番目の窓だ。

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そこにソレは居た。

暗い。

周りは明かりも無く、すぐ隣に居る彼女の顔さえおぼろげに見えるような夜の闇の中、ソレだけはハッキリと見える。

男だ。病院服を着た男が窓際に立って居る。

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彼女が息を飲んだ。

「逃げましょうよ。」

隣で呟いているが無視する。

彼はそこに立って居るだけだ、これ以上入って来るな。と言う様な害意は感じないし嫌な感じもしない。

感じるのは春の残滓を感じさせる心地良い涼しさだけだ。

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違和感と言うのには違うかも知れない。

だが少しなにかほんの少しだけ気になって俺はソレから目が離せない。

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どれ程見ていただろうか、数秒数分かもしれないしもっと長かったかもしれない。

ソレが動いた。

窓枠に手をかけ体を乗り出すように窓から身を出した。

そしてソレは頭から真っ逆さまに。

落ちた。

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声を出す間もなかった。

嫌な音がした。

何かが潰れるような、折れるような、それでいて弾けるような。

隣の彼女は叫びながら車に逃げ込む。

が、俺はそれとは逆の病院に向かって走り出した。

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3階だ、それ程高くないとは言え頭から落ちれば無事には済まない。

後ろの車から俺を呼び止める声が聞こえて来るが、構ってはいられない。

もし・・・もしもだ、俺達の見たアレが人間だったら。

そう思うと放って置いて逃げる事は出来ない。

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俺の杞憂はやはり杞憂に終わった。

ソレは動き出した。

潰れた頭で、体の節々はあり得ない方向に曲がっているにも関わらず。

身体を引きずりながら病院に戻って行く、すぐそこに居る俺には目もくれずに。

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ソレが病院の奥に消えて行っても俺はしばらく立ち尽くしていた。

ふと真上にある病室を見上げる。アイツはあそこから落ちた。

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居た。

落ちる前の姿となんら変わらないまま窓際に立って居る。

窓枠に手をかけ体を乗り出すように窓から身を出した。

そしてソレは頭から真っ逆さまに。

落ちた。

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俺の目の前で弾けた。

しばらくするとまた動き出す。

身体を引きずりながら病院に戻って行く。

先ほど全く同じ光景が目の前で繰り返されている。

俺は踵を返し、頭の中で起きたを整理しながら車へと戻った。

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「帰るぞ。」

車の中ではここに連れて来た張本人が震えてる。

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「さっきのは何だったのでしょうね。」

帰りの車内で落ち着きを取り戻したのかそんな事を聞いてくる。

「俺は霊能力者でもなければ坊さんでもないからな。わからん。

まぁ、仮説を立てるとすればだ。

一般的に霊とは生前の行動を繰り返したり死ぬ直前の行動を繰り返したりと言われているよな?

行きの車内で患者が飛び降りた噂があるとか言ってたが。まぁ、そう言うことだろう。」

ここまで言えば気付いたんだろう。

「じゃあアレはずっと死ぬ直前の飛び降りを繰り返しているんですか・・・」

「まぁ、あくまでも仮説だ深く考えるな。明日も学校だろ?帰ったら早く寝ろよ?」

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虫達の鳴き声とエンジン音の中、微かに何かの潰れるような鈍い音が聞こえた気がして俺はアクセルを少し強めに踏み込んだ。

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次の日の夜。

店を閉めた俺は自室にてくつろいで居る。

ここからは自分の時間だ、何者にも邪魔されず明日の為に英気を養おう。

ピリリリリリ・・・

そんな安らぎの時間は携帯の電子音に破壊された。

ディスプレイにはバイトのアイツの名前。

時刻は22時を少し回ったところだ。

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流石に2日連続で心霊スポットは勘弁して欲しいものだが。

溜め息を吐きながら通話ボタンを押す。

「店長助けて・・・!」

そんな彼女の絶叫と共に嫌な音が聞こえた。

何かが潰れるような、折れるような、それでいて弾けるような。

昨日も聞いた音だ。

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最悪の状況が脳裏をよぎる。

「おい!どうした倉科!大丈夫か!」

「店長・・・音が・・・昨日の音が・・・」

掠れるような声が帰ってくる。

どうやらコイツが落ちたのでは無いようだ。

「今家か?すぐ行くから待ってろ。」

車の鍵を掴み家を飛び出す。

倉科の家の場所は何度か送った事もあるので知っている。

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家のドアを開けた彼女は焦燥仕切って居る。

またあの音が聞こえた。

「てんちょ~・・・」

泣きそうな顔だ。

「あぁ、俺にも聞こえる。車に乗れ、行くぞ。」

「行くって何処にですか・・・」

「昨日の病院だ。」

そう言った時の絶望に打ちひしがれたような顔は忘れられそうにない。

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病院に行く前に店に寄っていく。

これでどうにかなるかは解らないが、必要な物を備品庫から引っ張り出し車に戻る。

車の中では倉科が耳をふさぎながら震えて居る。

「なんでこんな事になったんですかぁ・・・」

病院に向かう道中半泣きでそんな事を聞いてくる。

昨日の車内で喜々として病院の曰くを語っていた時とは別人のようだ。

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「昨日帰りの車内で繰り返す男の話をした時、お前なにを思った。」

「なにって・・・」

「死に続ける事に対して少しでも可哀想だとか思っちまったんじゃないのか?」

俺の言葉にハッと息を飲む。

「波長でも合っちまったんじゃないのか。だから忘れろって言ったのに。まぁ音だけで良かっただろ、感覚まで共有してたら。なぁ?」

「笑いながら言わないでくださいよ・・・」

少しでも場を和ませようとしたが失敗だったみたいだ、泣きそうだ。

そんな車内の中でもあの音はまだ聞こえ続ける。

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しばらく車を走らせると病院に到着した、昨日と同じ位置に車を止めて店から持ってきた物を引っ張り出す。

量が多いので少し倉科にも持たせる。

「これでどうするんですか?」

不安そうに聞いてくる。

「どうなるかは俺にもわからん、除霊なんかできんしな。」

「なんですかそれ・・・」

「まぁ、終わらせてやろうぜ。」

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件の窓を見ると丁度ソレは窓枠に手をかけた所だ。

「行くぞ。」

言うや否や病院に向かって走る。

入口を通った時後ろからまたあの音が聞こえた。

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1階はロビーだろうか、閑散とした空間が広がっている。

階段を駆け上がり2階を飛ばし3階まで登り切る。

件の病室に辿り着く、入口は壊れていて開きっぱなしだ。

中は4人程が入院出来るような広い空間だ。

アレが飛び降りる窓は割れている、そこから夜風が吹き込み肌を撫でた。

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「よし!やるか。寄越せ倉科。」

店から持ってきた物を受け取り窓際に近づく。

複数枚ある中から1枚を持ちあげ窓枠に張り付ける。

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ベニヤ板だ。

それを釘と電動ドリルで固定して行く。

「ちょ、なにするんですか。」

横で倉科が騒ぎ出す。

お前が助けてくれと言って来たんじゃないか。

「飛び降り続けるなら飛べなくしてやればいいだろ。ほら、お前もやれ。」

もう1つのドリルを手渡す。

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廃墟の窓を勝手に塞ぐのだ、見つかったら怒られるだろうか。

ふと、そんな良心的な事を思うが振り払う。

少しずつ窓を塞いでいると電動ドリルの音に交じって聞こえて来る音がある。

何かを引き摺るような音。

アレが上って来ている。

「来てますよ!上ってきてます!」

知ってる聞こえてるいいから手を動かせ。

音が大分と近づいて来た。もう3階に到着しただろうか。

相も変わらず隣で騒いでるヤツが居るが構わないもう終わる。

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最後の1枚を取り付けた。

ふぅ、息を1つ吐き脱力する。

ふと気配を感じ病室の入口を見る。

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ヤツが居た。

潰れてはいないしどこも折れてない。

なるほど、病室の前で元に戻るようだ。

若いな、20代半ばくらい俺と同じくらいだろうか。

ソレはゆっくりと此方に歩を進めてくる。

隣の倉科を横目で見るが震えて居る。

動かない俺と倉科の横を通り過ぎてそいつは窓の前に立った。

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だが、飛べない、窓枠に手を掛ける事も出来ない。

ただそこに立ち尽くすだけだ。

しばらくすると輪郭がぼやけ出した。

まるで霞がかかったかのようにソイツは消えて行った。

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終わったか・・・

横で倉科が膝から崩れ落ちた。

手を差し出し。

「帰るぞ。」

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帰りの車内で

「滅茶苦茶しますね。」

そんな事を言われた。

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「祟られても知りませんよ?アレは成仏したんでしょうか?」

「どうだろうな。俺には解らん。」

「えー」

「そもそもあれは霊なのか?残留思念・・・とでも言った方がいいんじゃないか。」

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世の中には俺達には理解出来ないような、化学でも解明できないような事が沢山ある。

きっとこれもそんな中の1つなのだろう。

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虫の鳴き声と車のエンジン音だけが聞こえる静かな田舎道を走り抜けた。

もう、あの音は聞こえなかった。

Concrete
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私も、りこさんと同じ事を思いました。
とても面白いです。

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小熊さん、来道さん、りこさんコメントありがとうございます。
これからもマイペースで書いて行きますので。
気が向いた時にでもご一読頂ければ。

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店長掘れ、惚れる!

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