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「先輩お疲れ様です、お先に失礼します」
「お疲れ様。明日も宜しくー」
上司に向かって軽く頭を下げ職場を出た。今日一日の仕事がやっと終わり顔が綻ぶ。
外は既に真っ暗、空気は冷たく吐く息が白くなる。空気の冷たさが鼻をつき、ツンと少し痛んだ。
「そういえば冬ってこんなに寒いんだな」
冬を過ぎると春がきて夏がきて、冬の寒さがどれほどのものなのか忘れる。
冬は寒いが、この寒さは嫌いではない。人々の服装や街を包む冬の寒さ、冬の風や匂いが好きだ。
忙しなく行き交う人びとを観察しながらのんびり歩いていると、不意に人とぶつかった。
「うあっ」
「...」
ぶつかった相手は若い男で、黒いキャップにマスクをしていた。マスクのせいであまり表情が見えなかった。全体的に黒い服装の男だった。
「ぶつかってすみません」
相手に向かって謝ると、一瞬相手の目がニィと笑った様にみえた。笑っている目の奥に鋭さを感じたが、目を逸らさずにじっと見た。どこか見覚えのあるような気がしたが、きっと気のせいだろう。
相手は何も言わずに去って行った。
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夕食の食材の入ったレジ袋を両手に下げ、その重さに腕がだんだん辛くなってきた。
「重い!買い過ぎた、今日明日と一人だった事忘れてた...」
自分の記憶力を恨んだ。手帳のメモ欄の他に手にも書いてあったのにこの有様である。
「あら、今日は随分買い物したのねぇ。それにしても買い過ぎじゃない?」
近所のおばさんがレジ袋を指さしながら言った。
おばちゃんの言う通り!買い物し過ぎちゃいましてね、いやー参った。と言おうと思ってやめた。
「あはは、今晩は人を呼ぶので多めに買ったんです」
くだらない嘘をついた。
ニコニコしたおばちゃんに手を振り自宅へ急いだ。
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食後の食器を片付け終わり、ソファーに寛ぐ。
時計を見ると9時30分
「ふぁ~ちょっと早いけど今日はもう寝るか」
天井に向かって伸びをすると肩がバキバキと音をたてた。肩を回したり揉んだりしてもなかなか凝りは治らない。
夕食の食材を買った後に寄った薬局で買った入浴剤の事を思い出した。確か、肩凝りに効くとかその他云々が表記されていたはずだ。
「効いたらいいな...肩凝り治したい」
湯を沸かし、肩凝り云々の入浴剤を投入した。
湯はだんだん黄緑色の様な黄色い様な、そんな色に変わっていった。湯が一杯になるまで携帯で肩凝りに効く入浴剤を調べた。幾つか出てきた入浴剤は先程薬局の店頭に並んでいた物ばかりだ。
「この青いやつにすればよかったかな、これ入れたら湯が青くなるのかな。今度買ってみるか」
携帯に気を取られていた為、湯の存在を忘れていた。気が付いた時には遅く湯が溢れてしまった。
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ベッドに入る頃には時計は10時30分をさしていた。
携帯のアラームを設定し、部屋の電気を消した。
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shake
sound:32
ブーッ ブーッ ブーッ ブーッ
眠りを妨げるバイブ音が鳴った。携帯の時間をみると11時00分をしめしていた。
「ぐっすり眠ってたのに...誰からのメールだよ」
確認するとそこには光秀の名前があった。メールは1件だけではなく、数分前にもきていた。
”もう寝”
”もう寝ちゃった?悪いんだけど、今日泊めてくれないかな?”
メールを閉じ、再び目を閉じた。明日は朝早いのだ、悪いが泊められん。
意識がだんだん遠のいていく。
shake
sound:32
再び携帯が鳴った。着信の主の名前は”光秀”
寝惚け眼で携帯を見つめ、瞼をゆっくり開けたり閉じたりを繰り返す。はっきりと覚醒していない頭は、この着信はきっと夢だ 夢だから放っておこうという判断をした。
再び目を閉じるとまた意識が遠のいていく。
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shake
sound:14
ドンドン!
遠くでドアを叩く音がする。きっとこれも夢だ。
sound:14
ドンドン!
まだドアを叩いている。しつこい夢だな。
sound:16
ピンポーン ピンポーン!
「やかましい!!」
騒音もといチャイムに目が覚めた。携帯の時計を見ると12時03分をさしていた。
着信履歴が2件あった。
眠い目をこすりながら玄関へと向かう。ドアスコープを確認せずに開けた。
ドアの前には長身の男が済まなそうな顔をして立っていた。
「今何時だと思う?」
「12時過ぎ、かな?」
「正解、おやすみー」
ドアを閉めようとすると相手が咄嗟に足をドアの間に入れ、閉めるのを拒んだ。
「ごめん、泊めて?」
「カプセルホテルでもビジネスホテルでもラブホテルでも泊まれるだろ。こんな時間にアポなしでダイレクトに来んな!」
急な来客のせいで眼が冴えてしまった。
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冷蔵庫の烏龍茶とみかんを渡し、自分はベッドに入った。
暫くすると寝室に奴が入ってきた。
「あのさ、DVD観てもいいかな?」
手元DVDにはタ〇タ〇ックの文字が。
「みっちゃん、それ、好きだもんね。いつも泣きながら観てるよね、今日も泣きながら観ていいよ」
この時、自分は眠気が最高潮に達しており、会話するのが面倒な状態だった。頭でよく考えず、適当に喋っていたことだろう。この辺りの会話の記憶は曖昧だ。
「泣かないよ」
「嘘嘘、泣くね」
「泣きません」
「泣いてもいいよ、誰も居ないから.....ふぁ~眠い」
「絶対泣かない」
「泣けよ」
ピンポーン
sound:16
不意なチャイムの音にびっくりし、互いに肩をびくっと動かした。携帯の時計を確認すると、1時を過ぎていた。誰からも連絡がきていない、こんな時間に家を訪ねてくるのは光秀以外は思いつかなかった。部屋を間違えたのだろうと思い無視していると、またチャイムが鳴った。
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sound:16
ピンポーン
また無視していると数回チャイムが鳴った。
sound:16
ピンポーン ピンポーン ピンポーン ピンポーン
「チャイム押し過ぎ、近所迷惑だよ」
光秀は玄関へ行き、ドアを開けに行った。自分がドアを開けるのは少し怖かったので、開けに行ってもらってありがたかった。ドアを開けるまでチャイムは鳴りやまなかった。
「うるさいよぉ~」
隣の住人だろうか、悪態をつかれた。
「夜遅くにすみません!」
謝ったが、相手から何も返答はなかった。
玄関の方で話している声が聞こえ、その後ドアを閉める音と寝室へ歩いてくる足音が聞こえる。
ガチャ・・・
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shake
「うるさいよぉ~」
少し開いたドアの隙間からニョキッと伸びた首を揺らしながら目が左右に向いた顔がこちらを見ていた。声はくぐもった声と雑音を混ぜたような、とても人が出せる声ではなかった。
「ぎゃぁああああああああああ!」
びっくりして叫ぶと、名前を呼ばれた。
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「大丈夫?どうしたの?」
不安そうな表情をした友人が立っていた。心臓はバクバク鳴り、冷汗が出た。
さっき部屋から聞こえた”うるさい”という声は、ドアの隙間に居た”あいつ”のものだったのか。この部屋は壁は薄くはない、隣人の声が聞こえることはない。ということは、部屋の中から声がした事になる。いつから部屋の中にいたんだ?まだ部屋の中にいるのか?怖い考えが次々に浮かぶ。
とりあえず、玄関に盛り塩をして様子をみることにした。
自分は寝室で寝て、光秀はリビングで寝た。
さっき玄関で対応していた相手は誰だったのか考えていると、眠気がやってきて意識がだんだん遠のいていった。
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翌朝、リビングへ行くと光秀の姿はなかった。リビングを歩きまわると、どこか違和感を感じた。表現し難いが、まるで誰も泊まっていないような空気感だった。確かめる為、昨晩の来客に電話をかける。
4コール目位で相手は出た。
「おはよう、まだ4時だけどもう起きてるんだね」
あくびをしながら相手は気だるげに答えた。早朝の電話は非常意識だの文句を言っている。
「朝早くから悪い、みっちゃんいつ帰った?」
「ん?仕事の事?昨日は遅くなっちゃったから2時過ぎに家に着いたよ。お客さんがさぁ...」
おかしい。2時過ぎはチャイムが何度も鳴ったり”変な物”をみたりした時間だ。
相手の話が本当であれば、一体誰が泊まりにきたんだ。誰がチャイムを鳴らしたんだ。あれは夢だったのか。
「夢じゃないかな?疲れてるんじゃない?ゆっくり休みな」
「あ、うん。そうだな、きっと夢をみていたのかもしれない」
「ねぇ....チャイム、鳴ってるよ....」
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shake
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sound:14
ピンポーン ピンポーン ドンドン!ドンドン!
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music:6
心臓がバクバク鳴り出し、じわっと冷汗が出てきた。
受話器を耳に当て、光秀と話しながら玄関のドアへと近づいていく。
玄関をみると、昨晩やった盛り塩があった。
やっぱり泊まりにきたんじゃないか。内心ホッとし、ドアへと近づいた。
盛り塩を近くでみてみると、上の方が黒っぽくなっていた。
「チャイム押し過ぎ、近所迷惑だよ」
「みっちゃん、昨日も同じこと言ってる」
「僕は泊まってないよ」
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shake
「うるさいなぁ~」
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部屋の中から声が聞こえた。
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作者群青
誤字脱字などございましたらご指摘頂けると幸いです。コメント頂けると嬉しいです。
部屋の中から声が聞こえたあとに、びくびくしながらドアを開けたら誰も居ませんでした。
ドアの前にばら撒かれたように砂があって、それをみて更にびくびくしました。僕が数年前に住んでいたマンションでの出来事です。怖い出来事はこれきりで、引っ越すまで特に何も起きませんでした。あれは、なんだったのか謎です。