私が10年間、誰にも語れなかった過去を書かせて頂きます。
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事の発端は、私が小学6年の夏まで遡ります。
当時、私は東京に住んでおり、小学1年から6年までの間、春夏冬の長期休みを利用して、毎年母の実家へ帰省していました。
祖父母の家は、車で6、7時間程の山奥にあります。
小さな集落で、当時から周辺では過疎化が問題視されていたようですが、山の麓には学校もあり、少なからず子供はいました。
また、集落は非常に閉鎖的であったため、部外者が来ることもなく、人為的な危険性はありませんでした。
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そのため、私は祖父母の家に行く度に、近くの川や山中へ遊びに行くのがお決まりでした。
外へ一人で遊びに行くことに対して、祖母は「ケガしねぇか。迷わねぇか」と心配してくれていましたが、両親は家で騒がれるよりは良いだろうという料簡でした。
何より、私は家よりも外で遊ぶ方が好きでしたし、年に3度も帰省しているので、集落周辺にも完全に認識されており、おかげで友達も何人かできました。
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その友人の中でも特に仲良くしていたのが、「マサ」と呼ばれていた男の子です。
彼は、私が集落で初めて友達になった子で、彼の仲間に「この子は東京から来たんだぜ」と紹介してくれました。
私が彼と知り合った小学2年の冬休みから、毎年帰省する度に、彼らと川遊びや虫取り、雪遊びなどをして楽しく過ごしていました。
そして、小学6年の夏に帰省した時も、これまでと同じように皆で遊ぶ日々を送っていました。
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そんなある日、私と彼の二人しかいない日がありました。
始めのうちは、いつものように川遊びや虫取りをして遊んでいたのですが、少し遊び疲れて来たので休憩しようということになり、近くにあった木陰で休むことにしたのです。
小学生最後の夏ということもあり、彼はいつになく饒舌で、「将来のこととか考えてる?」「中学生になっても遊べるよな?」など、色々な会話を交わしたことを覚えています。
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しばらくは他愛のない会話を楽しんでいたのですが、彼は唐突に「なぁ...ここよりもずっと上の方に、誰にも使われてない納屋があるの知ってる?」と、私に聞いてきました。
私が「知らない。何で誰も使ってないの?」と尋ねると、彼は「詳しいことは分からないけど、もう大分前から使われてないらしいよ。俺の母ちゃんが子供の頃から、既に誰も使ってなかったって。俺の友達でも見たことあるヤツはいないし、実際にあるのかは確かじゃないんだけどね」と教えてくれました。
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私は「そうなんだ。何で使われなくなったんだろうね。いらなくなっちゃったのかなぁ?」と、さほど興味もない口調で言ったのですが、彼はそんなことはどうでも良いらしく、「せっかくだし、探検に行ってみね?」と提案してきたのです。
彼は「今まで納屋については一度も話してなかったよな。他の皆がいたからね。俺らの部落じゃ行っちゃいけないことにってるし、誰もその話しには触れないよ。まぁ人様のもんだしな。でも、今日は二人しかいないし誰にもバレずに行けるよ!それに、もし納屋があるなら、お宝があるかもしれない!」と、声高に語りました。
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彼の説明によると、空き家だったとしても他人の所有地へ勝手に入るのは、集落では固く禁じられているとのことでしたが、人里離れている納屋であればバレることはないだろうし、部落外出身である私しか一緒に行ける仲間がおらず、納屋の存在を確かめるには絶好の機会とのことでした。
私は暫くためらいましたが、小学生最後の夏ということもあり、良い思い出になればと承諾しました。
彼は「それなら早速行こうぜ!母ちゃんの話だと、確かあっちの方だよ!デカいカヤブキ屋根らしいから、すぐ見つかるだろうし!」と喜び勇んで、私を納屋へと誘導しました。
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しかし、彼自身も納屋へ行くのは初めてのため、何度も道に迷ってしまい、目印となる茅葺き屋根を見つけ、ようやく納屋へ着いた時には日が傾きかけていました。
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目の前には、鬱蒼と生い茂る草木の中に、深く黒ずんだ納屋だけが佇んでおり、片側の側面が夕日に照らされていました。その光景は異様なほど不気味で、今すぐにでも帰りたいと感じたのを覚えています。
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私が「え...これ...なの?」と独り言のように呟くと、彼は「あった!ほんとにあったんだ!俺らが遠くまで行かないように、大人達が創った嘘だと思ってた!」と一人喜んでいます。
見るほどに気味が悪く、一刻も早く帰りたかったのですが、彼が楽しそうであることに加え、私に喜んでもらおうと頑張っている姿を見ると、とても「帰ろう」とは言い出せませんでした。
そのため、私は納屋の鍵が開いていないことだけを切に願っていましたが、その希望はすぐに打ち砕かれました。
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「おい...!鍵開いてるぞ!早く入ろうぜ!」と彼が言い出したので、見てみると、錆びた鉄の鍵には無理矢理壊されたような形跡がありました。誰かが同じような目的で入ったのでしょうか。しかし、余所者が納屋の存在を知っているはずはありません。
考えれば考えるほど混乱してきたので、私は思いきって「ねぇ...やっぱり入っちゃまずいよ。持ち主が来るかもしれないよ」と伝えたのですが、彼は「平気だって!俺の母ちゃんが子供の頃から誰も使ってなかったんだから!」と、聞く耳を持ちません。それどころか、「ライト持って来てないんだし、日が暮れないうちに早く早く!」と納屋へ入るのを急かしてきます。
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この時、私には別の不安がよぎりました。
ただでさえ日が傾きかけていて、今から戻っても辺りが暗くなり始めることは間違いない。ましてやあれだけ迷った道を、明かりもない状態で無事に帰れるのだろうか。
私は、こうなったら早く探索を済ませて、さっさと引き上げようと考え、意を決して納屋へ入ることにしたのでした。
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納屋の中は、外見以上に広く感じました。納屋というよりは、古い家屋に近かったかもしれません。
また、埃や煤だらけで物が散乱していたものの、子供が並んで歩ける程度の足場は残っており、格子から差し込んでいる夕日だけでも、十分に探索は出来そうだと感じました。
彼も「流石に荒れてんなー。お宝あるかな」と言いながら暫く探索をしていましたが、「んー何もなさそうだなぁ」と一人ごちたので、漸く帰れると思ったその矢先、「あ!梯子があるじゃん!」と言うと同時に梯子を登って行ってしまいました。
私はついて行くのが精一杯で、「まってよ」とすぐ後に続きました。
二階へ上がった時の光景は、今でも忘れることができません。
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階段を上がると、近代家屋の屋根裏部屋のような構造で、すぐに部屋へと繋がっていたのですが、1階とは打って変わって異様なほど重苦しい雰囲気が漂っていました。
辺り一面には満遍なくお札が貼られ、天井の四隅を囲むように注連縄が垂らされていたことは、今でも鮮明に覚えています。
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そして部屋の中央には、今にも崩れそうな観音開きの仏壇のようなものが固定されており、その左右には黒ずんだ盛り塩や蝋燭も置いてありました。
私は半泣きになりながら、「ここヤバいよ!絶対来ちゃいけないとこだよ!もう帰ろうよ」と言うと、「分かったって!ちょっと見たらすぐ帰るよ。でもさ、やっぱり気になるじゃん。大人達が寄せつけなかった理由がさ」と、彼は一歩も引きません。
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私は階段を上がったすぐ側で、震えながら見守っていることしか出来ませんでした。
そして、彼が部屋を二周りほどした時、突然その仏壇のようなものが後ろに倒れたのです。
私は心臓の鼓動が部屋中に響いたのではないかと思った程で、彼も「わっ!びびった〜。足あたったかなぁ」と少なからず驚いた様子でしたが、私が見ていた限りでは、仏壇は独りでに倒れこんだように見えました。
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私は相変わらず「もう帰ろうよ」と繰り返し言っていたので、彼も気が変わったのか「そうだな。何もないしな。結局、親がここに寄せつけなかった理由って何だったんだろ。まぁそれなりに楽しかったから、別にいっか」。
そう言って、彼が倒れた仏壇を起こした時、倒れた衝撃で壊れたのか観音開きの扉が外れ、中から黒い塊が出てきました。
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彼は「あっ!何かでてきた!」と言いながら、すぐにその塊を拾い上げましたが、「わ!!」と投げ捨て「ヤバいヤバい!出よう出よう出よう!」とこちらに走ってきます。
私は階段を急いで降りつつも「なになに!?どうしたの!?」と聞きましたが、「後で後で、早く早く!」と急かされたので、無我夢中で納屋の外へと逃げました。
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外は大分暗くなっていましたが、まだ足元が分かる程度には明るかったと思います。
とにかく二人で、来た道も考えずに走り続けました。
お互いに疲れが表れ始め、次第に歩きへと変わる頃には、不思議と集落の近くまで来ていました。
彼も安心したのか「少し休憩しよう」と言って脇の土手に座り込みました。
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暫くしてお互いの息も整ってきたので、私は「ねぇ、さっきの変な黒い塊って何だったの?」と尋ねると、「あぁ...あれか。あれは流石にやべーと思ったわ。あれな...髪の毛の塊だったんだぜ?所々ほつれてたから分かったけど、何重にもぐるぐるに巻いてあったわ。それに、あの塊を持った瞬間、誰かに見られてるような気がして...気味わりぃよな...でも何のためにあんなことしたんだろ?」。
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彼の言葉を聞き、無性に不安になった私は、「わかんない...」と答えるのが精一杯でした。
そして、ふと彼の手に目を向けると、指先が赤黒くなっていました。
「それ...どうしたの!?」と私が彼の指を指すと、「ん...あ、ほんとだ。さっきの塊持った時についたかな。うわ...何かベタベタして気持ちわりぃ」と言い、彼は指先を足元の草花で拭いました。
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私には、彼の指先に付着していたものが何だったのか、未だにはっきりとは分かりません。
ただ、その時は何か良くないことが起こるのではないかと、気が気ではありませんでした。
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そんな私とは反対に、彼は「今日のことは二人だけの秘密な!ほんとスリルあったよなぁ」と元気な様子でしたが、そのおかげで私も理性を保てたのだと思います。
もちろん私も「うん。親にも絶対秘密にしようね」と言い、先程のことなど忘れたかのように談笑しながら、お互い帰路につきました。
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翌日、私は家族と街へ買い物に出かけており、それなりに楽しい一日を過ごしました。
その日の夜は中々寝つけずにいたのですが、昨日の出来事も何のことはない、また明日からマサと何をして遊ぼうか、そんなことばかり考えていました。
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翌朝、遊びに誘うため彼の自宅まで行くと、彼の母親が出て来て「ごめんねぇ。マサは体調崩しちゃっててね。昨日もマサと遊んでくれてたの?ありがとうね」と告げられたのです。
私はとてつもなく嫌な予感を感じました。
これまでに彼が病気になったことなど、私の知っている限りでは一度もなかったからです。
それに、彼と遊んだのは一昨日であって昨日ではなかったと伝えると、「あら、じゃぁ他のお友達かしら。昨日も家にいなかったものだから。また遊んでやってね」。
それから二言三言交わすと、彼の母親はにこやかな表情で家の中へと戻って行きました。
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その日は、他の友達3人と遊ぶことになったので、昨日彼と遊んだ人がいるか尋ねましたが、皆遊んでいないと答えました。
私は心のどこかで不安を覚えつつも、いつものように日が暮れるまで遊びました。
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それから、私は毎日一人で彼の自宅を訪ねましたが、病気が思わしくないため会わせてもらえず、漸く会うことができたのは、納屋に行ってから8日目のことでした。
彼の母親に案内された部屋へ入ると、彼は布団の上で横になっていたのですが、彼のあまりの衰弱ぶりに驚きました。つい数日前まであんなに元気だったはずが、その面影もないのです。
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彼の希望により、二人きりにしてもらうと、彼は弱々しく「やっぱあの納屋はマズかったな...。近づいちゃいけない理由が分かったよ。俺はあの日から誰かに見られてる...ふと夜中に目が覚めた時なんか、そこのドアから誰か覗いてて...」と、私の後ろを指しながら言うので、「それ、きっとマサのお母さんが心配して見に来たんだよ」と伝えたのですが、彼曰く「目が違った。母ちゃんや父ちゃんならすぐに分かる」とのことでした。
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私は、彼が見た光景は夢ではないかしらと思ったのですが、彼を疑いたくなかったので黙ってしまいました。
しばらく沈黙が続くなか、唐突に彼が口を開きました。
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「実は...納屋に行った次の日、また一人で行って来たんだ...」。
私は、それまで府に落ちなかった事柄が一変に繋がったと同時に、彼の行動が理解できませんでした。
「...え?どうして...また、行ったの!?」
「しょうがないだろ...納屋に行った夜から変な視線や気配がするんだから...とりあえず、あの塊だけでも元の位置に戻して来ようと思って...」。
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私には、そもそもあんな場所へ一人で行くなんてことは考えられなかったので、彼をとても逞しく感じました。
「それで...あの塊は、戻せたの...?」
私がそう言った時、彼の指先が僅かに震えていたのが、とても印象に残っています。
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「それがな...戻ってたんだよ。あり得ないだろ?仏壇みてぇのまでご丁寧に直してあったんだぜ?何で戻ってんだよ!誰かが戻したのか?ふざけんな...大体、何なんだよアレ。結局俺は...それを見た瞬間、またすぐにダッシュで帰って来ちまったんだよ...」。
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彼は、喋りながらも正気を失いかけているのが分かりましたが、それは私も同じでした。
私は泣き出しそうになるのを必死に堪えながら「やっぱり...誰かが毎日ちゃんと管理してたんだよ」と言うのがやっとでした。
しかし、彼はすぐに「それはあり得ない」と言うのです。
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「いいか...もし管理されてんだったら、まず壊れてる鍵とかを直すだろ?フツーはな。でも鍵は直ってない、中は散らかったまま...そんで何より...俺が行った時、入口の扉すら開いたままだったんだぜ?つまり、俺らが逃げて来た時のまんまなんだよ。2階以外は」。
私には、彼の言葉を検証するゆとりなどなく、「まってよ...よく分からないよ...。じゃぁ何で2階だけ...」と答えると、彼は考え込んでしまいました。
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再び沈黙が訪れましたが、彼は先程より少し落ち着いた様子で、「な...。訳わかんねぇだろ?まぁ...もしかすると、俺らの侵入に気づいた大人が、罰として意地悪してるだけかもしれないけど」と、現実的な可能性を示したので、私は嬉しくなって「そうだよ...!きっとそれだと思う!そうとしか考えられないもん」と言いました。
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しかし、再び彼は考え込んでいる様子でした。
ふと何かを決心したかのように、沈鬱な面持ちで「でも...やっぱあの髪の毛の塊が関係してんのかな...体調も悪くなる一方だし」と力なく言いました。
一番考えたくなかった内容だけに、私は暗い気持ちになりながらも、「そんなの...関係ないよ...。早く元気になって遊ぼうよ」と言うと、彼は「うん...また遊びたいな」と小さな声で呟き、そのまま寝てしまったのでした。
彼をゆっくりさせてあげたかったので、彼の母親に挨拶を済ませ、そのまま私は彼の家を後にしたのです。
そして、それが彼との最後の会話になりました。
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私が彼の部屋で会話をした翌日、彼の母親から電話があり、今朝がたマサが息を引き取ったので、できればお通夜に来て欲しいと伝えられました。
昨日会ったばかりの彼が亡くなるなんて、私には受け入れることが出来ず、一日中泣いていました。
今でさえも、彼はどこかで生きているんじゃないかと思う時があります。
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通夜当日、私は彼の母親に彼の死因について尋ねてみたのですが、医者の見解によると悪性の病であるらしいとしか教えてもらえませんでした。
私は長い間ショックから立ち直れず、この日を境に、一度も帰省していません。
帰省してしまえば、必ずあの時の悲しい記憶が蘇るのは明白なので、祖父母や両親にもそのように伝えていました。
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あの時、嫌われてでも良いから、あの部屋に入ることを止めていれば彼を救えたのではないかと、私は10年間後悔し続けて来ました。
結局、彼の死は病気がたまたま重なっただけなのか、それとも怨念のような類に触れてしまったのかは分かりません。
ただ、彼が重度の病気であったとは考え難く、古くからの言い伝えには、やはりそれなりの理由があるのだと思います。
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私は10年の節目として、彼のお墓参りを兼ねて近々あの納屋へ行くことに決めました。
今では、集落一体も大分人が減ったようで、子供は殆どいないそうです。
また、彼の死後しばらく経ってから、祖母が電話で教えてくれたのですが、納屋の鍵が壊されていたのは、私たちが納屋に行った1ヶ月程前に、部落の男が窃盗目的で侵入するために壊したようです。
納屋へ侵入してから数日の内に亡くなったそうですが、一人で生活していたため、周囲が気づいた時には死後2ヶ月程経過していたとのことです。日数は、死体の側にあった手記から推定したと聞かされました。
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まだ納屋が残っているかは分かりませが、彼の死と関係があるのか確かめて来るつもりです。
作者m
10年前の実体験になります。
マサに追悼の意を込めて