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毎年夏になると家族で近くの海岸へ遊びに行く。あまり綺麗とは言えないが、私にとっては絶好の遊び場であり、とても馴染み深い場所だった。
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その日は水温が低かっため、父と母は浜辺に残り、私と兄は泳ぎにいっていた。
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泳ぎ始めてだいぶたった頃だろうか。遠くに白い何かが浮いたり沈んだりしているのが見えた。
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気になって目を凝らしたが、遠すぎてはっきりと見えない。少し近づいてみた。
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それは、水槽で死んだ金魚がポンプから出る泡によってゆれている動きに似ていた。
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さらに近づいた。
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そこで私は気づいた。
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水死体であった。
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すでに朽ち果てているであろう死体が目の前にある。
同じ水に浸かっている。
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多大な不快感を覚え、とてつもない衝撃を受けた私であったが、なんとか正気を取り戻し、近くにいた男性に水死体の事を伝えた。
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「水死体!?嘘だろどこに...」
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「あそこです!」
私は水死体を指さした。
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「?どこって?」
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「だからあそこですよ!」
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しかし彼は水死体を見ることができなかった。そして好奇心からなのか水死体の方へ行ってしまった。
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その後兄や両親にも伝えたが、彼らはみんな「水死体などない」と口を揃えて言った。
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考えてみるとおかしい。明らかにそこに水死体があるのに、まわりの人たちは全く反応を示していなかった。
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つまりあの水死体は私にだけ見えるのだ。
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途端に恐ろしくなった私は両親のいるテントの中タオルで体を覆い、しばらくの間この異常な現実から遠ざかろうとした。
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不意に、波の音が大きくなった気がした。波の様子を恐る恐るみたが、特に激しくなったりということはない。
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しかし何かがおかしい。
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ハッとして外に飛び出た。
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誰もいなかった。
私以外の人間が忽然と姿を消していた。
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いや、ひとりいた。
あの水死体が。
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私の目の前の浜辺に打ち上げられていた。
明らかにさっきより近づいていた。
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嫌な予感がした。今すぐにでも逃げ出したかったが、すでに腰が抜けていた。
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水死体がビクッと動いた。そして次第に痙攣していき、体の動きを思い出してるかのように指を動かした。
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足が動き、数センチほど前進した。
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骨が痛々しくきしむのが聞こえた。
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私はただそれを見ているしかなかった。
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どんどん近づいてくる。
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体は朽ち果てていたが、目だけはしっかりとこちらを向いていた。
激しい恨みをもっているような、絶望したかのような目だった。
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近づいてくる。
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嫌な匂いがしてきた。
近づいてくる。
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何か言いたいのか、ちぎれた舌を動かそうともしている。
近づいてくる。
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体が触れるくらいの距離になった。
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すると彼は突然身をのりだし、私の耳元で
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shake
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sound:19
「ヂガグニイダダロォォォォォォォォォォォォ!!!!!!ヂガグニイダダロォォォォォォォォォォォォ!!!!!!ヂガグニイダダロォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」
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そこで記憶が途切れた。
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目が覚めるとテントにいた。
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両親によると、私は突然テントに駆け込み、何かに怯えるように寝込んでしまったのだという。
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水死体のことを聞こうと思ったが止めた。水死体を見つけたところから全て夢だったのかも知れない。
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しかし私は何にそれほど怯えたのだろうか。
それは今でも分からない。
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私の体調も優れないため、すぐに帰ることになった。海岸に鳴り響くアナウンスが、不吉に聞こえた。
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数ヶ月後、例の海岸で水死体が見つかったというニュースを見た。
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遺体の身元が判明したらしい。画面に男性の顔が表示された。
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私が水死体を見つけた時、最初に声をかけた男性だった。
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作者すけひら
水死体は、自らの死を知らせるために、虫の知らせのように現れたのだろう。しかし彼の力では人ひとりに見せるのが精一杯だった。苦労もむなしく彼は死んでしまった。
私が気づけなかったのも無理はない気がするが、あの目から察するによほどの無念だったのだろう。