最近、視界がなんとなくモヤがかっている。こういう場合、多くは、白いモヤなのだろうが、私には褐色のモヤが見えた。見えたといっても、そんなはっきりしないものなのだが。
病院に行ってみたが、「風邪じゃないですか?」と鼻で笑われた。
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こんな状態では、集中できない。
私の仕事はキャバクラ嬢で、お昼に働いている。母子家庭で、子供もまだ小さいので、昼キャバなるものしか選択できなかったのだ。
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生活がかかっているから、時給は高いに越したことはないが、格調高いお店で全く指名されず、ストレスも溜まる一方でそのうち辞めさせられるよりかはマシだろうと
思い、時給はそこまで高くない(といってもいわゆる普通のアルバイトよりはやはり高い)現在のお店に落ち着いた。
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28歳。決してこの業界では若くないが、容姿にはそこそこ自信があったし、お喋りも好きだったから指名は安定してとれた。
暴言を吐かれても、生活のためだから仕方ないと思ってにこやかに対応したし、(嫌味は言ってしまったかも。笑)いろいろ頑張ってきたのだ。それでもどうしようもないことがある。……。本当にどうしようもなかったのだ。
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やがて、モヤはどんどん酷くなった。
更に、膝や肘、ふくらはぎなど至る所が褐色に染まっていった。
ファンデーションで隠していたが、とうとう隠せなくなった。ロングドレスとショールでなんとか隠すようにした。
しんどい。
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しんどい。…そう思ったのは最初の症状から1ヶ月が経った頃だった。息苦しいのだ。
閉塞感を常に感じる。大病院にいくことを決めた。採血してもらい、MRIをとった。
結果は異常ナシとのことだ。
なにより不思議だったのが、身体の褐色の痣を話しても首を傾げるだけだったことだ。「……ストレスが溜まっているんでしょう、心療内科を受診されてはいかがでしょうか」
そんなアドバイスいらない…!
私は休めないのだ。今日お休みを貰うのにどれほど苦労したか!
生活のために、あの子のためにも
仕方がないのだ。……。
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全身が褐色に染まった。
私は初めて無断欠勤をした。罰金のことなど考えられないほど、息が出来ず苦しい。もはや視界は暗黒そのもので、何も見えない。助けて助けて助けて。口も思うように広がらない。それどころか口にジャリジャリした感触が伝わった。
幸いだったのが、あの子を園に送り出した後だったということだ。あの子にこんな地獄絵図見せたくなかった。否、これで死ぬんなら一緒か…?保険金…。それで生きていけるかしら?あの子が一人になってしまう。きっと泣きじゃくるだろう…。
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ーーーーーーー3ヶ月前
「彼」は家に来た。
ロクデナシっていつまでたっても
ロクデナシだよね。
私がキャバクラ働いていることをいろんな人にバラしてやるって恐喝してきて、あの子のこともまた傷つけようとした。
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「お前、こいつをエリートにするらしいな?でも、水商売の女なんてお受験のときわかったらやべーんじゃねぇのか?」
「…アンタには関係ないでしょ」
「なんだその口のきき方は?!」
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どこで住所を知ったの?
せっかく逃げてきたのに。
あの子は私と違って、勿論アンタとも違って賢いのよ、立派に育ててみせるって誓ったの。だから、アンタみたいなろくでもない男には指一本触れさせたくなかったのよ。
浮気、泥酔して帰宅、パチンコ、暴力…。
ねぇ、
警察に言ってもさ、
あしらわれたよ。
「ご家庭で解決してくださいます?」
って。
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仕方なかったの。
これしかもう手段がなかったの。
ロープで縛り上げて、意識を失って、もう死んだと思ったら、土に埋めるときに、
アンタ目をかっぴろげて、叫んだよね。
助けてくれって。私は必死になって土に埋めた。
人って馬鹿力ってあるんだね。
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あ、そっか。一連の症状の理由がわかったよ。
この褐色の肌も、モヤモヤも、息苦しさも、全部「彼」の体験だ。
埋められるときの…。
いくらロクデナシでも、殺しちゃったら
私の方が悪いのかなぁ…?
だから、バチが当たってるのかなぁ?
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ニュースキャスターがせわしなくニュースを読み上げている。
どうやら、山で「男と女」の死体が埋められていたらしい。
不自然な点がいくつも見つかり、捜査は難航しているらしい。
作者奈加