こんにちは 桜が鬱陶しくなってきたこの頃、元気にお過ごしでしょうか。
桜に感動するのは咲きだした数日間だけで、すべての花びらが散るころには飽きてしまいます。
桜好きのあなたなら、きっと飽きずに毎日花見でもしているのでしょうね。
ある文学の一節に「桜の木の下には死体が埋まっている」とありますが、実際に掘ってみますと犬の骨しかありません。(死骸ではなく、おもちゃの骨です)。
どの桜の下に死体が眠っているのか見当がつかないので手あたり次第穴を掘る日々に励んでおります。
桜にまつわる不思議な話はいくつかありますが、あなたがラヂヲで語った八重桜伝説は興味深いです。
伝説では、再会の約束を破った男は、桜の花びらに埋もれて死んでしまいましたが、もし女に会っていればどのような結末を迎えていたのでしょう。
もし、会いに行った場合のお話をご存知であれば是非教えてください。私はあなたの知識を期待しています。
まさか分からないのであれば、はっきりと自分が無知であると手紙に記してください。
私が答えを求める理由はある人物が関与しています。
ある日の夜、散歩をしていたときのこと、私に声をかけてきた男と意気投合して“美しい”桜さがしに協力していました。
え?警戒ですか?そういえばまったく気を張っていませんでしたね。初対面だったからでしょうか。いや、素性を知らないからこそ、余計に警戒をしておくべきでした。
(手紙を書きながら、注意力の低さに呆れています)
彼のほうにも原因はあります。私を油断させる親しみやすさを漂わせていたのですよ。ぜんぜん、危険な人のように思えなかったのです。
なぜか迷子のように途方に暮れていた様子でしたので、冷たくあしらうのはいけないような気がしました。
話を聞けば、家に帰れないのではなく、落とし物が見つからずに困っているようでした。
その男は夜桜にたいそう執着しておりました。しかもその中の特定の一本だけを。
「まるで桜に恋しているようだ」と冷やかすと「桜には恋していない」と夜桜の魅力を知ったきっかけを語ってくださいました。
男は交通事故に遭って以来、地図がなければ確実に道に迷ってしまうほどの、記憶障害を負ってしまいました。
吐く息が白く曇る極寒の時期、家に帰れずに困っていた彼はソレを見たと言います。
「その夜は満月だったから月光に照らされた満開の桜に目を奪われたんだ」
桜の美しさに導かれるように近づいていった男は、木の幹に立っていた女性に帰り道を教えてもらったのでした。女の丁寧な説明のおかげで無事帰宅した男は、別れ際に交わした約束を果たすために女に会おうとしているのです。
「ところが、どの桜の木なのか忘れてしまった。毎晩町中を歩き回っているのだがいっこうに見当たらない」
男はため息を小さく吐くと、せっせとハンカチで顔を拭きました。汗をかく時期ではありませんが男は会ったときからハンカチを握っていました。きっと冷や汗をかくほど思い詰めているのでしょうね。
ここまで読んでくれたあなたなら、お気づきになりまでしょう。(「なんで女は、男の家を知っていた?」などと、とぼけないでくださいよ)
道に迷った男が季節外れの桜の木の下に立つ女と出会い、別れ際に再会の約束をする。
八重桜伝説と似ていませんか?
確かに決定的な違いはありますよ。
伝説に登場した男は会いにいかなかった。
しかし私の隣を歩く彼は会いたくても会えない状況にいます。
八重桜伝説の内容が瞬時によぎった私は、出来心でその女は生きた人間かと尋ねました。
すると彼は「霧のようにさっと消えたから桜の精かもしれない」と頬とたゆませながら答えました。約束とはいえ人間ではない何かと再会を試みる彼の度胸に驚きました。
恋は盲目。というやつでしょうかねえ?
それから男は、彼女がどれだけ美しかったか熱弁しだしたので「なるほど、本命は桜ではなく女か」と心の中で毒づきました。
のろけ話で胸焼けしそうだったので「ところで」と声を強めて桜探しの話に戻しました。
「神社の桜はご覧になりましたか?」
私の住む町の隅に神社がありまして、そこに桜の老木が一本だけ佇んでいます。
拝殿の後ろに隠れているので多くの人がその存在に気付いていません。どうやら男もそのうちの一人でした。
満月の夜であれば神社の敷地内であることくらい気付きそうですが、女ばかり見て、周りの観察を怠っていたと解釈しておきましょう。まさに恋は盲目ですね。
「神聖な場で育まれた桜であれば【何か】が姿を見せてもおかしくありません」
「しかし神社に行くには階段を上る。階段を上った記憶はない」
「別の道から入ったのでしょう。裏側から入るのであれば階段を必要としないから」
行って損はないだろうと、ためしに男を連れて行きました。
神社の桜だけは、何度見ても飽きません。
案内したときの桜は満開の一歩手前ですが、妖艶な雰囲気が漂ってきました。さすが老木なだけあって貫禄があります。
さて、男が大樹へ近づき、お化けの手のように垂れた桜を仰ぎます。
風に吹かれて散る花弁が、男をよけ、地面に到達した…ように見えました。
しばらく桜を見上げていた男は一回だけ深呼吸をしてこちらへ戻ってきました。
振り返る前の、こめかみあたりを押さえていたハンカチを目元に押さえていました姿を思い出すたびに、罪悪感に押しつぶされそうです。
「いやはや、せっかくここまで連れてきてもらったのに、彼女はいませんでした」
男は申し訳なさそうに眉をしかめました。しかし本来謝らなければならないのは期待させておいて裏切らせるような結果を招いた私の方です。
「こちらこそ、力になれませんでした。これは予想ですが、早い時期に花が咲いたのであればとっくに散っているのかもしれません」
「枯れ木を探せばよかったのですね」
とっさに思いついた言い訳のような助言に、男は「なるほど」と何度も頷いてくれました。
無理に明るく振舞おうとしてくれる気遣いが更に私を締め付けていると知らずに。
そのあとすぐに、私は逃げるように男と別れました。彼がちゃんと家に帰れたのか、分かりません。
とても思いつめていたのでしょうか、夢の中で男と再会しました。(夢なので、本人なのか怪しいですけど)
陽気な日差しが照らす公園のベンチで男が座っていました。
彼は首を垂直に曲げ、「どうしてなんだ」とうなだれていました。
こめかみをハンカチで押さえているのですが、たっぷり血を吸いこんだハンカチでは新たな流血を十分に拭いきれません。割れた頭部から流れる血液が顔の横を伝い、顎から垂れた血が地面にポトリと落ちていきます。
事故のせいで方向感覚がおかしくなってしまったと男は言っていましたが、家に帰れなかった原因は本当に後遺症なのでしょうか。
「どうして、会えないんだ」
彼がため息をつくと同時に丸い花弁がはらりと落ちてきました。
男が嘆くたびに花びらは量を増し降り続いているのです。
探しているのにどこにもいない。無理なのかな。諦めようか。
粉砂糖をまぶしたような土砂降りの花弁が男に落ちていきます。膝下まで埋まっているのに悲しみに暮れている彼には見えていません。
異常な量の花弁は、まるでここにはいない誰かの主張代わりのようなのに、どうして気づいてくれないのでしょうか。
「よく見てください」
私は急に込み上げてきた悲しみやもどかしさを吐き出したくて、こんなことを言ってしまいました。
「ちゃんと思い出してください」
どうしてなのか、私を見てほしいという気持ちが第一にありました。見てほしいのは周り、とくに足許なのに。
私の一喝に目を覚ましたのか、男はハッと血と疲労が張り付いた顔を上げ、勢いよく立ち上がりました。その時、大量の花びらの隙間から彼の安堵した表情がかろうじてうかがえました。
「そうか…。そこにいたのか」
一瞬、無数の花弁が重なって男の姿を隠し、次の一瞬で男は忽然と消えていました。おもわず男を呼ぼうとして、しかし名前が分からず固まってしまいました。男が消えると花弁の雨はふいに途絶え、桃色の山だけが残っていました。
…いいえ。男もそこにいました。
こめかみが陥没した頭蓋骨が、ゆっくりと花弁の山に沈んでいく…。
完全に見えなくなってから目が覚めました。
ひき逃げに遭って亡くなった男性の遺骨が毎晩家の外で発見されていたが、ついに紛失した。
そんな不可思議な事件を知ったのは、奇しくも不思議な夢を見た翌朝でした。
きっとあの男に違いありません。私が見た夢は二人の邂逅を暗示したもので、町の人が騒ぐほど不穏な事態ではないと思うのです。
あくまで予感ですけど。
男の居場所に心当たりがあるからこそ、私は骨が紛失された事件を解決したいのです。
彼には心配してくれる家族がいます。
人恋しくなって偶然出会った男ともう一度会いたくなる桜の精の気持ちは分かります。
しかし骨を盗るのはよろしくありません。遺骨は残された人が大切に保管しておくべきです。
そういうわけで私は骨が埋まっているであろう桜の目星をつけては穴を掘っています。桜の木の下には死体が埋まっていると相場が決まっていますらかね。
ところが、いや当然というべきか、骨はなかなか見つかりません。
だから教えてください。【彼】は何処にいるのですか?穴を掘る作業が辛くなってしまいました。そもそもこの行為に意味はあるのか?もう疲れました。助けてください。
返答をお待ちしております。
◎月●日
穴掘りに勤しむ私
なんでも知っているあなた
作者ナガワカ