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中編6
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シトシトと降る夜の雨音は、何処か心を落ち着つかせ、何故か哀しい気持ちにさせる。

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仕事帰り、傘をさしゆっくりと家路を歩く。

残業で疲れた身体、磨り減った心を優しく夜が包み込む気がして、この感覚を大切に噛み締めるため歩幅が狭まる。

ふと立ち止まり周囲を見渡すと、柔らかな闇に街灯の光、それを反射させる雨に濡れたコンクリート。

夜の闇に輝く銀色の世界の中に私はいた。

雨脚は弱いが、閑静な住宅街では雨音だけが心地よいリズムで聴覚に訴えかけてくる。

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こんな気持ちになる事は滅多にない。

いつもなら余裕もなく早々と帰路を急いでいるが、今日は如何やら何かを期待している自分に気が付いた。

具体的に何をという明確な定めはなく、何かが起こる事を予感していたのかも知れない。

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いつもの帰宅路には公園がある。

公園といっても、遊具はブランコだけが敷地内の隅の方にあり、あとは砂利のスペースが広がっている。

フェンスで囲まれた、だだっ広いグラウンドの様な場所。

その公園に差し掛かった時、急に雨が強く降ってきた。

ボタボタボタッという音と共に、傘への振動が伝わる。

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ザーッ、、、、

先程まで心地良かったリズムも、音も、自然の気まぐれでいつの間にか激しく厳しい雨に変わっていた。

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ふと公園に目をやると、人影を視界に捉える。

暗闇に佇むその人物に目を凝らす。

公園の心許ない街灯が照らし出す薄明かりに、少女の姿の輪郭がぼんやりと見える。

レインコートを着て、フードを被っている少女。

およそ中学生くらいの少女は、半透明のレインコートでグレーの全体像に赤い肩掛けのポーチだけが目立っていた。

夜も23時を回っていた。

こんな時間に無用心だなと、私はフェンス越しに声を掛けた。

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「今晩はー!雨が強くなってきたよ。

誰か待ってるのかな?」

「ツ、、二ク、、、、ツ、、、、、、、、ヨ」

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少女は呼びかけには反応せず、何かを話している。

高い声で動物の様な鳴き声を発し、レインコートのフードから唯一見える彼女の口元が、声を出す度に大きく歪んでいくのが見えた。

雨の音に掻き消され、言葉の内容は理解できなかった。

不気味に感じながらも、もしかしたら怪我でもしているのかもしれないと、近くへ寄りもう一度声を掛けることにした。

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公園の敷地内に足を踏み入れ、砂利道を歩く。

地面の歪んだ部分には、早くも大きな水溜りが

出来ていた。

少女は公園の真ん中辺りに立っていたため、15メートル程で彼女の元までたどり着ける。

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バシャッ!

うわっ!やっちゃったなぁ、、、、

水溜りに足を取られ、結構な深さに脹脛まで足を濡らす。

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一瞬、ほんの一瞬であったが、足元に目をやり再び少女のいる位置に向き直ると、無人の公園に私1人。

辺りを見渡すが、何処にも人の気配はない。

少女は忽然と姿を消していた。

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雨は先程よりさらに強く、刺す様に地面に、私に降り注いでいた。

暫く呆然としていたが、少女が立っていたであろう場所に赤い肩掛けのポーチが落ちているのに気付く。

私は彼女の存在に関する手掛かりを見つけた様な気持ちになり、そのポーチに、歩み寄った。

ポーチを拾い上げ、まじまじとそれを見つめる。

雨に濡れてはいたが、しっかりとした作りの新しいポーチだった。

ポーチの中身が気になる。

先程の奇怪な体験の真相を探りたいという思いから、ポーチの牡丹に指を掛ける。

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緊迫した静寂の中に私一人。

辺りは静まり返り、雨がいつの間にか止んでいた。

空からは一滴の水分すら落ちて来ない。

風の音も、木々の葉擦れも、虫の鳴き声さえも聴こえぬ完全な無音。

世界がガラリと反転した様な感覚に、戸惑いながらもポーチからは目が離せなかった。

牡丹に掛けた指の力を少しずつ強めていく。

パチリと音を立て、呆気なくポーチは口を開けた。

中身は空っぽだった。

その小さな鞄の中を一見するだけで、他に何も入っていない事は明白であった。

ただ、内側の側面に文字が書かれている。

月明かりが照らし出す雲一つ無い雨上がりの夜であっても、ポーチの中身は闇に溶け込み、文字の内容を見てとることが難しい。

目を凝らし半ば意地になり文字を読み取ろうとする。

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たすけて

確かにそう書いてあった。

それに気付くと同時に思わずポーチを投げ出す。

反射的な自分の行動に対して、罪悪感と後悔に苛まれた。

数歩先のポーチを拾い上げようと手を伸ばす。

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ズボッ!

ポーチに手が触れる刹那、地面から手が生え私の右手首を掴む。

その真っ白で小さな左手は冷たく、私の手首に張り付いていた。

「うわっ!」

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情けない声を出す事しか出来ず、手を振りほどこうともがくがビクともしない。

中腰の不安定な体制から身体に力が入らない。

物凄い力でぐいぐいと腕が地面に引きずり込まれる。

抗う術もなく腕、肩、頭と地面に潜り込んでいく。

地面の砂利と冷たく湿った泥の感触を感じたが、身体が引きずり込まれる度に地面は柔らかく変形していった。

やがて身体のすべてが地面に飲み込まれた。

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視界は闇。

無音。

無感覚。

手首を掴まれている感覚だけはある。

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ギュッと手首を強く掴まれ、およそ少女と思しき声が聞こえた。

「忘れないで。」

、、、、

、、、、

、、、、

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フッと視界が開け、公園の敷地内、グラウンドの中央に立ち尽くす自分がいた。

中学生?いや、高校生か、、、、

状況が飲み込めず、ぼんやりとした意識で思考を重ねる。

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あ、、、、

私の中で一つの記憶が蘇る。

私の地元のこの地では、ある事件が起こった。

この公園の向かい側には住宅街がある。

住宅街の一角に、ある家族が住んでいた。

家族の一人に少女がいた。

その少女が高校生になった頃、ストーカーに付きまとわれるようになった。

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ストーカーは近所の幼馴染みの男性。

年齢は20歳になるが引き篭もりのフリーターだったそうだ。

家族や友人、警察に相談をしたが解決には繋がらず、やがてその問題は深刻な事件に発展してしまう。

自宅に帰り玄関のドアに手をかけた時、包丁を持ったストーカーに背中を滅多刺しにされた。

少女は亡くなり、それは閑静な住宅街で起きた凄惨な事件としてテレビや新聞で取り沙汰された。

犯人の動機は彼女に告白をしたが、好きな人がいると断られたため、自分だけのものにしたいと思ったという実に身勝手な内容であった。

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殺害された少女は中学生の頃私と同級生だった。

クラスを同じくし、仲の良いクラスメイトの一人だった。

ある年のバレンタインデー。

彼女から手作りのチョコレートを貰った。

「好きです、付き合って下さい。」

私は突然の彼女の告白に、戸惑いを隠しきれず返答

に困っていると、彼女が続ける。

「ホワイトデイに教えてね。」

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彼女からチョコレートを貰い、ホワイトデーのキャンディを渡し告白に対する返答をした場所。

自分が今正に独り立っている公園がその場所であった。

「ごめん。今そういう事考えられない。」

「考えられる様になったら、今度はあなたから告白してよ。」

私の返答に悲しそうな笑顔で彼女はそう話した。

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「忘れないでね。

私はあなたの事ずっと好きでいるから。」

確かに彼女はそう言った。

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思い出して、涙が頬を伝っている事に気付く。

気付くと同時に涙が溢れ出し止まらなくなる。

空を見上げる。

雲一つない澄み渡った満月の空、彼女に向けて語りかける。

「ごめんな、ありがとう。

思い出したよ、もう忘れないから。」

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雨に濡れた少女は彼女だったのだと思う。

彼女の苦しみと怒り、そして伝えたい想いが私を公園に向かわせ、数年ぶりの再会が実現した。

非常に感慨深い出来事である反面、一抹の不安が私の中をゆっくりと侵食していく。

あれから暫く経って、雨の中で彼女が口にしていた内容が、出来事を思い返すごとに鮮明になっていくのだ。

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今では思い返す時以外にも、意識の中にその言葉が流れ込んでくる。

彼女は淀みなく、そして何度も同じ言葉を繰り返している。

「つれにくるよ、つれにくるよ、つれにくるよ、、、、」

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@月舟
お読みくださり、また評価をありがとうございます。
有難いお言葉でございます。
今後も楽しんでいただける様励んで参ります。

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@鏡水花
鏡水花さんにそこまで言っていただけるとは、感嘆の極みでございます。
最後に後味が悪いのはご愛嬌で笑

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