目の前の作業台に、生体が一つ置かれている。
今回、私が担当する分だ。
生体は、袋に入っている。
『ジジジジジ』
ゆっくりジッパーを下ろし、全体を露にする。
今回の生体は、女性だった。
同じ女性として、この結果に踏み切れた彼女を少し妬ましいと感じる。
私にはまだ、彼女のように決心を固めることができない。
この生体は少なくとも私から見て、美しいと思える容姿だ。
しかし、この生体の持ち主とっては、それでは不十分だったのだろう。
そして、今はきっと自分の思い通りの姿を手に入れ、人生を謳歌しているに違いない。
私は手元のスイッチを押した。
女性が乗っている作業台の両端・頭上・足元がせり上がり、台は棺のような形状に変形した。
私は作業台に近づくと、生体の下敷きになっている袋を、少々強引に引っ張っる。
ゴロン・・・。
袋引きずり出すと、生体は半回転し、その美しい背中側を見せた。
腰辺りから、薄っすら見える背骨は、女性特有の緩やかな曲線でS字を描きながら首まで伸びている。
そして、後頭部はまるで発芽したばかりの双葉のように、パックリ割れており、脳や脳髄は綺麗に抜き取られていた。
割れた断面は、さすがに吹き出すほどではないが、少し血で濡れている。
雑菌が繁殖している場合があるので、私はそれを拭き取ると消毒液を振り掛けた。
その後、棺を溶液で満たし30分ほど放置する。
こうすると浸透圧で、生体から余計な水分が抜け出し、腐りにくくなる。
30分後に、棺内の溶液を一度破棄した後に、防腐剤で再び満たし蓋を閉め、後は保管庫の所定の場所に、保管して作業が完了である。
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人類が自らの体を機械化することが一般的に行われるようになってから、10年ほどが経っていた。
この国では16歳になるまでは、全身を機械化することを禁止している。
もっとも、病気などによる止むを得ない事情の場合は除いている。
しかし、若くして全身を機械化すると、一部で精神障害を起こす事例が認められたため、16歳未満は原則禁止しているのだ。
この辺の年齢制限は、国によって多少の違いはあるが、結局は似たり寄ったりだ。
人は何故、自分の体を捨てて、機械化するのか?
主に理由は、二つである。
一つは、職業を得るため。
体を機械化した者は機械の補助もあり、そうでない者との仕事量の差は、圧倒的だ。
将来のことを考えると機械化せざるを得ない。
もう一つは、自分の理想とする容姿を手に入れるため。
若者は、ほとんどこの理由で、全身機械化をする事が多い。
本来の目的をいえば、体を機械化することで多くの病気や怪我から開放される事のほうが意味合いは大きいのだが
もはや世間的には、それは副次的な意味しか持たないようになっていた。
人々は、他の機械化した人たちを見ては、「どんな機能があるのか?」「どれだけかわいい(かっこよい)のか?」だけを気にし
自分のボディが世のトレンドについけてないと知れば、新しいモデルのボディに代えるのだった。
しかし、誰も彼もが全身機械化する中で、それに付随する一つの問題が発生した。
それは機械化した後に残る、生体の処理である。
死体ではない、なぜなら本人はぴんぴん生きているからである。
この生体の処理に関する政策は、国ごとそれぞれ違うが、おおよそ次の二つ分類できる。
一つは、全身機械化した時点で死体と考え、荼毘に付す。
これは主に、比較的貧しい後進国に見られる傾向だ。
また、宗教上の理由によって、個人的にこうする場合もある。
もう一つは
生体を個人の財産と考え、国が責任をもって保管をするというものだ。
保管した生体は、本人が脳の寿命によりなくなった時に、同時に荼毘に付される。
これは主に、比較的裕福な先進国に見られる傾向だ。
つまり私が行っている作業は、この生体を保管する仕事であり
この国ではこの場所のことを「生体保管所」と呼んでいる。
ここでは、このような生体が既に10万体ほど保管されている。
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次の生体が、運ばれてきた。
『ジジジジジ』
ジッパーを下ろすと知ってる顔がそこにはあった。
今日、この体が来る事を私は知っていた。
別にだからといって、私は特別なことはしなかった。
その体が他の生体と大きく違うのは、明らかに致命傷と思われる切り傷が首にあったことだ。
本来ならありえない事だ。
普通このような場合、作業を中断をし上司に報告するべきなのだが、私は普段どおりの作業を行い、その体を保管庫に保管した。
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「おかえり、那由多さん。お仕事は無事に終わった?」
「ええ、終わったわ」
寂れた雑居ビル郡、そのビルの一つそれが今の私の住処だ。
話しかけてきたのは、このビルのオーナーで自営業をしている者だ。
彼は「玩具修理屋」を名乗り、合法から非合法のものまでいわゆる「なんでも屋」を営んでいる。
私は訳あって、不本意ながらここで厄介になっている。
「おおう、そうかい。お譲ちゃん。そりゃご苦労だったね」
部屋の奥にいる男がソファから不器用に体を起こし、声をかけてきた。
私は、その男をちら見したが、おそらくその表情は嫌悪感に満ちていたものになっていたであろう。
この男は、黒崎と名乗り今回の玩具修理屋の客だ、男は私の態度など気にも留めていない。
「しかし……なんか違和感が残るな……」
黒崎は、手首や足首をさすったり回したりしながら、玩具修理屋に話しかけた。
「全身機械化したときは、そんなものらしいですよ。私はまだ生身なので、よくわかりませんが」
玩具修理屋は兼ねてより、自分が生身である事を主張しているが、実際どうだかわかったものではない。
しかし、今のところ明らかに矛盾するような、証拠もない。
「ま、いずれにしろ。これで俺は自由の身になったわけだ。世話になったな、たぶんもう来ないと思うが、またな」
男は不器用に歩きながら部屋を出て行った。
雑居ビルから男が出て行ったの窓から見ていた私は、玩具修理屋に振り返り口を開いた。
「本当にこのままでいいの?」
「ええ、これでいいんですよ」
表情を変えることなく、玩具修理屋は答えた。
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黒崎が玩具修理屋を訪ねてきたのは、3週間前のことだ。
黒崎はいたって落ち着いて、淡々と玩具修理屋にこう依頼した。
「俺は数十回もの殺人を犯している。
始めのころは、純粋に殺人を行いたいという欲求のみで人を殺していた。
すぐに中毒になったが、ここの所の全身機械化ブームで生身の人間も少なくなってきて、殺りたいと思う事も少なくなって来た。
ガキは生身の確率が高いので、最近はガキばかり狙っていたがもう飽きた。
足を洗おうと思っているのだが、色々なところに俺が殺した証拠が残っている。
どうにかしてこの殺人の罪から逃れたいのだが、こんな依頼でも聞いてくれるのか?」
黒崎は間違いなくクズだった。
「お金はあるんですか?」
「いくらぐらいの」
「そうですね、家一軒を建てるぐらい」
「ない」
「そうですか、では、交換条件に労働をしてもらう事になりますが、良いですか?」
「労働ったって、俺は生見だし何の技術も持ってないぞ」
「いえ、あなたの得意な事です。この男を殺してください」
そう言うと、玩具修理屋は一枚の写真を見せた。
「この男の情報は、追ってお知らせします。出来ますか?」
「この男は生身ななのか?」
「はい」
「だったら問題ない」
「あ、それと証拠にその男の遺体をここに持ってきてください」
「それは少し面倒さいな……ま、いいだろう、そうしたら俺は、俺が犯した殺人の罪から逃れる事が出来るんだな」
「ええ、それは保障します」
それを聞くと、黒崎は黙って部屋から出て行った。
それから再び、黒崎がやってきたのは2日前だ。
やたらと大きいバッグを持っていた……それこそ、人間が一人が入りそうな大きなバッグだ……。
それからの玩具修理屋の仕事は速かった。
生身とは思えない速さだった。
玩具修理屋は、いつの間にか用意した全身機械化用のボディを取り出すと
「あなたを機械化して、このボディに入れます」
と宣言すると、すばやく作業にとりかかった。
麻酔で眠らせた黒崎を恐ろしい速さ中にも、繊細さと正確さを感じさせる手際で分解し、脳と脳髄を取り出すと、これまた恐ろしい速さでボディにその脳と脳髄を埋め込んだ。そして、以降の細かな設定を私に指示した。
玩具修理屋の指示は、まるでマニュアル本を丸暗記しているかのように的確で、まるでビデオを予約設定をするかのよう簡単に進んだ。
私は、「そういえば玩具修理者は、確か医師としての営業資格も持っていたんだっけ」とぼんやり思い出していた。
指示を出しながら、玩具修理屋は黒崎が殺してきた男の遺体に手を出した。
黒崎はどうやら、この男の首を掻っ切って殺したようだった。
玩具修理屋は、この死体をまるで血抜きでもするかのように逆さにつるすと、鉈のようなもので無造作に男の後頭部をパックリと割った。
それはまるで発芽したばかりの双葉のように見えた。
玩具修理屋は、黒崎のときとは打って変わって乱雑さで男の脳と脳髄を穿り出した。
おそらくこれは再利用する事がないからだろう。
これらの作業をなんと玩具修理屋は1時間弱で成し遂げると、私に顔を向けて
「二日後、この遺体は黒崎の生体として、あなたの働く生体保管所へ運ばれる事でしょう。
これがあなたの担当になるように細工をしますからあなたはいつもどおり生体としてこれを扱ってください。
今後、黒崎にはこの男として、今後の人生を歩んでもらいます。
黒崎が残したいろいろな殺人の証拠は、どこにもつながりません。
この黒崎の生体を焼却処理しますし、黒崎の生体情報はこの男の生体情報とリンクするからです
黒崎は彼の犯した殺人の罪から完全に逃れる事が出来ます」
と言った。
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「本当にこのままでいいの?」
「ええ、あれでいいんですよ」
私の問いに、表情を変えることなく玩具修理屋は答えると。
さらに続けた。
「あなたはその時たまたまいませんでしたが、黒崎が殺して来たあの男。
実はあの男にも、黒崎と同時期に同じ内容を依頼されていたのですよ。
あの男もなかなか黒崎のような男でした。
私は、あの男にも黒崎のと同じ条件を言い渡したのです。
黒崎の死体をもって来いと。
私としては、どっちが勝ってもよかったのですが、どうやら黒崎のほうが勝ったようですね。
黒崎は、自分の殺人の罪からは逃れたかもしれませんが、今度はあの男の殺人の罪を背負ったわけです」
「どうせそんな事だと思ってたわ。私が聞きたいのはそう言うことじゃないの。
今回のは、結局ただ働きじゃない、何でこんなことしたの?」
「ただ働きじゃないですよ。例え大金払ってでもあの男達を殺したい、捕まえたいという、被害者遺族を探すのはそれほど難しい事ではなかったんで」
私は目の前の、玩具修理屋の禍々しさに対して軽く吐き気を覚えた。
「最後に一つだけ質問させて、黒崎達がもし大金を払ったとしたらどうしてた?」
「あらゆる手段を使って黒崎達を助けましたよ。
遺族たちは、家一軒を建てるほどのお金はくれませんでしたので。」
ついに私は嘔吐した。
作者園長
以前に書いた「イデアの喪失」のその後という設定です。
よかったらそっちも見てやってください。