あの遊園地は度々、入園者が居なくなるらしいよ。居なくなったら二度と帰ってこないらしい。
そんな噂が流布されだしたのは、裏野ドリームランドが廃園になる前かどうかは定かでは無い。
今は、すでに廃園になってかなりの年数が経っており、かつての賑わいはかけらもなく、ひび割れた駐車場のアスファルトの割れ目からはたくましく育った雑草が生い茂り、遠めにもジェットコースターのレールも錆び付いているのが分かるくらいには朽ちており、観覧車の塗装は色褪せ、固く閉ざされた門には、つたが絡まっていた。
その門には鎖が駆けてあり、しっかりと南京錠で施錠されており、「管理地 立ち入り禁止」の看板が取り付けてあるが、その文字も消え入りそうなほどには、年月が経っている。
その門の前に今、4人の若者が夜陰に紛れて立ちはだかっていた。手にはそれぞれ懐中電灯、首からデジカメをぶら下げている者も居た。
「なんで、夜なんだよ。めちゃくちゃこええよ、ここ。」
このサークルで一番臆病なリョウタが呟いた。
「バーカ、昼間きたら目立っちゃうだろ。侵入するの見られたら、すぐ通報だよ。」
そう毒づくのは、このサークルのリーダー的存在の、ケントだ。
「やだぁ、こわいよぉ。やっぱ帰ろうよお。」
泣きそうな声でケントの袖を掴んでいるのが、マユカ。
「雰囲気あるぅ。ワクワクするわあ。」
興奮した様子で、カナコが門の枠につかまった。
そんな彼らは、同じ大学の「オカルト研究会」のメンバー。略してオカケン。今日は何かと怖い噂のある、数年前に廃園となった、裏野ドリームランドの謎に迫る企画で、このドリームランドまでケントの運転するレンタカーでやってきたのだ。
「はい、ちゅうもーく。」
ケントが、わざと自分の顔を下から照らす。ケントの顔が、薄暗い遊園地をバックに白く浮かび上がった。
「本日は、これから、この裏野ドリームランドに関するうわさを検証していきまーす。」
夏の夕暮れは遅く、まだ暮れはじめなので、うっすらと各アトラクションの輪郭くらいは肉眼で確認できた。
「ウワサその1。入園者が度々いなくなる。そして、居なくなった入園者は二度と帰ってこない。これは、最後に皆で確かめることができる。各自、携帯の充電はバッチリしてるか?いざという時のために、定期的に連絡を取り合おう。」
一同、不安になりながらも頷く。
「ウワサその2。まだここが営業中だった頃、ジェットコースターで事故があったらしい。でも、その事故の内容は誰も知らない。誰に聞いても、違う答えが帰ってくるそうだ。この検証は、帰ってから事故の記事を探すしかないかな?もしかしたら、ジェットコースターに手がかりがあるかもしれない。」
「ウワサその3。アクアツアーで謎の生き物の声が聞こえる。これは、アトラクション内に入って皆で調査しよう。」
「え、マジ?絶対に真っ暗だよな。こええよ。」
「こええこええうるせえよ。じゃあ何でお前、オカケン入ったんだ、リョウタ。」
「そ、それは。。。」
リョウタはマユカに好意を寄せていた。理由はただそれだけだ。
さらにリョウタを無視してケントは続ける。
「ウワサその4。ミラーハウスでの入れ替わり。ミラーハウスに入って出てきたら、別人になってるというウワサ。ここは、うわさによれば子供用アトラクションなので、かなり作りが小さくて小柄な人間しか入れない。女の子に行ってもらう。」
「えーーーーっ!」
マユカは叫んだが、カナコは期待に満ちた目でケントを見つめた。
「と、言いたいところだが女の子に行かせるのは危険なので、ここは小柄な俺が行く。」
「えーーーっ!」
今度は期待していたカナコが叫んだ。私平気だよと言うカナコを説き伏せて、ケント一人で行く事になった。
「ウワサその5。ドリームキャッスルには地下があって、そこが拷問部屋になっているというウワサ。まあ、遊園地に地下なんてあるはずはないのだけど、これは全員で地下に入る入り口が無いか確認しよう。」
「ウワサその6。勝手に廻るメリーゴーランド。ウワサによれば時々灯りがついて廻りだすそうだ。とても綺麗らしい。まあ、これは電源がもう来ていないのだから、あり得ないけどね。」
「ウワサその7。観覧車から聞こえる声。観覧車の中から小さな声で、あけてって言うらしい。」
「やだぁ、こわぁい。」
マユカは顔をしかめて、またケントにしがみつく。それを見て、リョウタは苛立つ。何で俺じゃなくてケントにしがみつくんだよ。カナコもさすがに、あからさまなマユカの芝居に呆れて目を細めていた。
「以上が裏野ドリームランド、七つのウワサだ。さあ、今から調査に行くぞ。」
ケントが息を巻いて歩みを進める。
「行くぞって、門がこんなに頑丈じゃ、入れそうもないじゃん。」
リョウタがそう反論すると、ケントが言った。
「ここは廃園になった遊園地だぞ。アトラクションがあそこまでガタがきてるってことは、フェンスも傷んでるってことだ。」
門の横は金網のフェンスになっており、すでに誰かが侵入したと思われる穴が開いていた。
「あ~、とっくにもう先客がいたんだ。」
リョウタは笑った。
「当たり前だろう。こんなにいろんなウワサがたってる心霊スポットなんだぞ?入らないわけが無い。」
「そりゃそうだ。」
「行くぞ。」
「お、おうっ。」
4人は順番に、小さなフェンスの穴をくぐった。
ゲートを抜け、まず4人を出迎えたのは、ドリームキャッスル。かつては、この裏野ドリームランドの象徴とも言われたメルヘンチックなお城だ。今では、パステルカラーで塗られた壁はすっかり色褪せて、どこからともなく伸びてきた壁を這う蔦にまみれて、まるでホラーハウスだ。さすがのケントも息を飲んで立ちすくんでしまった。
カナコは、恐れを知らない。ズカズカと、入り口のドアに絡んだ蔦を素手で毟り取ると、早く来いとばかりに手招きをした。このオカケンで一番度胸があるのは、彼女かもしれないと皆は思った。
「まだ少し明るい。ウワサの地下への入り口を探すんだ。ちょうど4人居るから、東西南北に分かれて探そう。」
地下への入り口なんて無いって。リョウタはビビっているのもあるが、全くこのウワサを信じてはいなかった。
その時、北を調べていたカナコが叫んだ。
「あった!」
皆がその声のするほうへ、移動した。
カナコが指差す方を居ると、両開きの鉄の扉があった。結構な重量で、男二人でようやく引っ張りあげる。するとそこには、地下へと続く階段があった。
「本当に拷問部屋なんだろうか。SMの店にあるようなやつがあったりして。」
リョウタは本当は怖かったが、そう冗談めかした。
とりあえず、カナコとケントの二人で懐中電灯を持って、地下を調べることになった。その間、リョウタとマユカは、外で見張りだ。心配そうにそれを見送るマユカ。リョウタは少し心が痛んだ。やっぱりマユカはケントが好きなのかな。
しばらくすると、カナコとケントが階段を昇って、地上に出てきた。カナコは心底残念そうな顔をしている。
「どうだった?」
リョウタが訪ねると、ケントは黙ってデジカメで撮影した内部の写真を見せてきた。
「たぶん、計器か何かだろうな。館内の冷房や電気の配電盤かもしれない。」
内心、リョウタはほっとした。だいたい何の目的で拷問部屋なんて作るんだよ。よく考えてみれば荒唐無稽な話だ。
次に目に入ったのは、ジェットコースターだ。ジェットコースターの下の料金所には、カギがかかっており、中には入れないようになっていた。懐中電灯で照らすと、古びたチケットが散乱していた。
「ひいっ!」
突然リョウタが叫んで、皆飛び上がった。
「どうしたんだ?リョウタ。」
ケントが聞くと、リョウタはその古びたチケットの一部を指差していた。
その古びたチケットは、なんとなくどす黒い液体が飛び散っていて、血液のようにも見える。
「あれ、血じゃね?」
「まさか。雨漏りでもしてるんだろ。この小屋が。」
そうは言いつつも、ケントは懐中電灯でくまなく中を照らしたが、異常は無かった。
ケントはニヤニヤ笑いながらリョウタをからかった。
「怖い怖いって思ってるから、何でもそういうふうに見えるんだよ。」
「こええもんはこええよ。ホント、お前は心臓強いよな。まったく。」
「カナコ様ほどではないさ。」
「何よ、あんたたちがだらしないだけでしょ?」
「あはは、やっぱりカナコが一番頼りになるかもぉ。」
そう言うと、マユカはカナコと腕を組んだ。
4人は笑いながら、ふと遠くに見える、メリーゴーランドの方を見た。
もうすでに、あたりは真っ暗になっており、メリーゴーランドにぼうっと灯りが灯ったのを見て、4人は一気に恐怖に凍りついた。
「本当に、メリーゴーランドに灯りがついた!」
リョウタが叫んだ。固唾を呑むオカケンメンバー。
「行ってみようぜ。」
沈黙を破ったのは、ケントだった。リーダーたるもの、毅然とした態度をとらなくてはならないという使命感にかられていた。せっかく車をレンタルしてまでここまで来たのだ。あとには引けない。
「ええ~、マジかよ。もうこれくらいにして、帰らねえ?」
臆病者のリョウタは尻込みしている。
「行こうよ。」
カナコもズンズンケントの後に続く。
「ちょ、ちょっと待ってよ~。」
泣きそうな声で、マユカがそれを追う。
仕方なく、リョウタも、後に続いた。
しかし、前に進むにつれて、緊張してた4人の顔に安堵の色が浮かぶ。
「なぁんだ。対岸の工場の明かりじゃねえか。」
リョウタが沈黙を破って口を開く。裏野ドリームランドの対岸は工場地帯になっており、その灯りがちょうどメリーゴーランドと重なり、あたかもメリーゴーランドに灯りがともったように見えたのだ。
「これで、また一つ謎が解けたな。」
ケントが言うのを合図に次のアトラクションへと進む。
メリーゴーランドの横には、アクアツアーの入り口がぽっかりと口をあけていた。正直、ここが一番怖いかもしれない。トンネルというのは、何かと禍々しいものが潜んでいそうで何となく怖い。しかも、一方向にしか逃げ場が無いのだ。入り口か出口か。4人は覚悟を決めて、それぞれの懐中電灯の明かりを頼りに、アクアツアーの入り口から進入する。
アクアツアーの水路は、すでに水は完全に抜かれており、ただの通路になっており、その両サイドを密林のフェイクが覆っていた。ニセモノの密林とは思いつつも、木陰から何かが飛び出して来そうで、4人はあたりを照らしながら慎重に進んで行った。
「うおおおお!」
突然何かの叫び声がして、一同は飛び上がってマユカはケントに悲鳴をあげながら抱きついた。
「な、なんだ?」
声のするほうを見ると、リョウタが驚愕の表情を浮かべて、壁を照らしていた。
「なんだ、お前かよ!びっくりさせるな!」
「なんなのよ、リョウタ!」
女の子たちも、非難の目でリョウタを見た。
「す、すまん。壁に恐竜の絵が書いてあったもんだから。」
つくづくリョウタのチキン振りに、他の3人は呆れてしまった。リョウタはチラリとマユカのほうを見ると、やはりリョウタを軽蔑するような目で見ていた。リョウタは、ゴメンと手を合わせる。ああ、もう俺は形無しだとリョウタは思った。ケントにぴったりと寄り添いながら、マユカはアクアツアーを出るまで離れなかった。マユカのことは、あきらめたほうが良さそうだ。ケントは一人落ち込んだ。
「アクアツアーのウワサも、ガセだったな。」
一同は、ようやく出口に出られて内心何も無かったことにほっとしていた。
そして、一番奥にそびえ立つ、星空に描かれたような巨大な観覧車の下で、溜息をついた。
「怖い、ってより、綺麗だな。」
「そうだね。郊外だとこんなに星が綺麗に見えるんだ。」
マユカはうっとりするような目で観覧車を見上げ、そしてケントのほうを見た。ロマンチックな気分のマユカに気付くでもなく、ケントはすぐに、観覧車の料金所のほうに歩いて行く。やはり、ここもカギが閉まっており、一番下の観覧車の中を覗き込んでも何も見られなかった。耳をすませる。聞こえてくるのは、観覧車の間を渡る風の音ばかりだった。
「もしかしたら、この風の音が、あけて・・って聞こえるのかもな。よし、このウワサも検証、終わり!」
ケントがそうしめると、一同はまた次のアトラクションへと歩いて行く。
そして、最後のアトラクション。ミラーハウス。近くで見ると、本当に小さなアトラクションで、子供向けということもあり、あっという間に出てこられそうな、粗末な作りの建物だった。そこへは、小柄ということもあり、ケント一人で行ってくるというのだ。
「大丈夫か?ケント。」
リョウタが心配そうにケントに問うと、ケントは大丈夫だと言い、バッグからヒモを取り出した。
「万が一、俺が中で迷子になっても大丈夫なように、お前はこの端を持っててくれ。」
そう言って、ヒモの端をリョウタに持たせた。
「ああ、なるほど。迷ったらこのヒモを頼りに戻ってくればいいんだな。」
リョウタは入り口で、女の子たちは、出口でケントを待った。
ケントは一人、ミラーハウスの中へ懐中電灯の明かりを頼りに、入って行く。ケントはミラーハウスの鏡に何度かぶつかりながらも、奥へと進んで行った。真ん中あたりで、四面を鏡で囲まれた広い空間に出た。
「すげえ。」
ケントはあたりを照らすと、感嘆の声を漏らす。
四方に延々と自分の姿が何十何百と永遠に続くかのように感じられた。
「合わせ鏡か。」
4枚の合わせ鏡には、いろんな都市伝説がある。
ろうそくを灯してみると恐ろしいものを見るとか、霊道が二つ重なってしまうとか。
ケントはそういう霊的なものには、懐疑的であった。オカルト研究会に入ったのも、実はそういった都市伝説を解き明かしたいというのが本当の目的なのだ。
さすがに、ケントもこれだけ大勢の自分に囲まれるのは気持ちの良いものではない。合わせ鏡の奥をずっと見つめていると、ケントは違和感を感じた。合わせ鏡の中の自分の一人だけが、まるで影のように真っ黒なのだ。ケントはさすがに、気持ちが悪くなり、すぐにその場所を移動した。これはヤバイかもしれない。
自分が別人と入れ替わるなんて、バカげてる。そんなことがあるはずがない。
そう思いながらも、ケントは柄にも無く、恐怖を感じたのだ。
ようやく出口が見えてきて、心配顔のマユカが出迎えて、ほっとした顔でよかったとケントの手を握った。
入り口でヒモを持っていたリョウタも無事役目を終えて、ミラーハウスの外周を回って合流した。
「結局、どのウワサもガセだったな。」
ケントは笑う。ただ一つの現象を除いては。あれは自分の目の錯覚だったに違いないと、ケントは自分自身に言い聞かせた。
「じゃあ、最後のウワサの検証な。入園者が度々いなくなる。そして、居なくなった入園者は二度と帰ってこない。点呼とりまーす。リョウタ!」
「はーい、ここでーす。」
リョウタはふざけた声を出した。女の子達が笑った。
「カナコ」
「はーい!生きてるよ!」
「マユカ!」
「はぁ~い。無事でよかった。」
「よし、全員居るな。これで、ウワサの検証、お終い!じゃあ、皆で記念写真撮ろうぜ。」
リョウタが、タイマーをセットすると、ブロック塀の上にデジカメを置いて、裏野ドリームランドをバックに記念写真を撮った。
「ちゃんと映ってるかな?」
リョウタは今撮ったデーターを、すぐに呼び出してみた。
「・・・こ、これ。」
リョウタは呆然と、デジカメの画面を見つめた。
「ふ、増えてる。居なくなるどころか。こいつ、誰?」
4人の顔の間に、一人見知らぬ男の顔が、笑顔を作っていた。
覗き込んだ、メンバーは阿鼻叫喚の叫び声をあげた。
4人は慌てて走り出し、すぐに車に乗り込んだ。
なかなか走り出さない車に、業を煮やしたリョウタがケントに叫んだ。
「何で、車ださねえんだよ。ヤバイって。」
ケントは、呆然と前を見つめていた。
「ケント?」
三人は明らかにケントの様子がおかしいことに気付き、顔を覗きこんだ。
「あのさ、俺、今右手を動かそうとしたんだよ。車のキーを回そうとして。でもさ、左手が動いちゃうんだよね。」
「はあ?何言ってんの?お前。」
「だからさ、右を動かそうとすると、左が動くんだよ。」
皆、意味がわからずに呆然としていた。
「ケント、大丈夫?」
マユカが心配顔で後部座席からケントを見つめた。
すると、ケントは振り返ってこう言った。
「俺、たぶん、あのミラーハウスで、鏡のヤツと入れ替わっちゃったみたい。」
検証
ミラーハウスに入ると、別人になって出てくるというのは嘘。
ただし、ミラーハウスに入ると、鏡の中の自分と入れ替わるようだ。
作者よもつひらさか
小説家になろう 「夏のホラー2017」参加作品です。