東北自動車道で8時間程かけて秋田県へ向かう。
私の田舎であるその地へは、いつも飛行機や新幹線で赴いていた。
いつしか自らの中で、毎年の恒例行事になっている。
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今回は時間に余裕があったため、予てから興味のあった夜行バスを交通手段に選んだ。
お気に入りの音楽をスマートフォンで聴きながらの気ままな旅。
そういった印象を期待し、自分勝手な想像を膨らませる。
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生まれて数十年。
夜行バスは初めてだった。
小さな頃に夜行列車に乗ったことはあったが、非常に快適で、窓の外の景色がとても幻想的であった。
夜行列車というひとつのエンターテイメントであると、大袈裟ではなく思った程だった。
そんな過去から、今回の夜行バスへも期待が高まる。
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時刻は午後19時40分。
夜行バスは、20時に私の立っているバス停に停車する予定となっている。
田舎の景色に想いを馳せる。
山と森、そして田園だけの土地。
人工も少なく煩わしく感じる材料は、自ら作り出さない限り存在はしない。
都会の喧騒から逃れ、また戻るための1週間の充電期間。
それを考えるだけでも、心が洗われる様だった。
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ぼんやりとそんな事を考えていると、目の前にバスが到着する。
荷物係の人にチケットとキャリーケースを渡す。
係員がバスの外側から収納スペースに荷物を入れていく。
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平日の夜、都内から少し外れてはいたが都心部には変わりないこの場所。
バス停から乗車する客は私を含めて3人だった。
バスの中に入ると、乗客も疎らだった。
これから2つほどのバス停に停車後、高速に乗る。
平日、夜行バスの利用数はこんなものなのかなと、勝手に納得をした。
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乗車から10分程してバスは出発する。
今日のために仕事も連勤、残業と多少なりとも無理をしてきた。
そのツケなのか、座席に腰を落ち着け暫くすると強烈な眠気が襲う。
戦う理由など無い。
瞼を閉じ睡魔に身を委ねる。
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、、、
、、、
、、、
ゴオォォォ、、
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ふと目を覚ますと、暗がりのバスの中にいた。
非常灯が光るだけの、カーテンが締め切られた状況。
どうやら寝ている間に高速に入り消灯した様だった。
バスが高速を走る音だけが聴こえていた。
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時刻は午後23時を過ぎていた。
いつの間にか3時間も熟睡していた。
熟睡出来たのは、疲労からであり決して夜行バスの乗り心地が良かったからでは無い。
寧ろ逆。
眼を覚まさざるを得なかった。
首、肩、腰、臀部、膝に至るまで長時間動かさなかった時の凝り固まった様な痛みがあった。
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舐めていた。
後悔とともに、夜行バスを軽く考えていた自らを責めながら、周囲を見渡す。
座席は疎らにしか埋まってはいなかった。
起きがけのボーッとした頭で、もう一度寝るか、水分補給をするか、物凄く狭い階段の物凄く狭いトイレにバスの揺れにフラつきながら行くかを迷っていた。
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「まもなくサービスエリアに入ります。」
場内アナウンスの男性の声で、それだけが発せられる。
徐々に目が覚めて行き頭が働くにつれ、自分の中で身体の欲求が明確になっていく。
トイレへ行こう、サービスエリアの。
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程なくしてバスはサービスエリアに到着した。
バスの乗客は、私の様にサービスエリアに休憩やトイレのため下車する者、そのまま座席で熟睡している者、スマートフォンやパソコンをいじっている者などそれぞれだった。
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「15分後に出発します。」
到着後のアナウンスをしっかりと頭に入れバスを下車する。
サービスエリアはそこそこ有名な、最近改装された大きな場所であった。
夜で店は全て閉まっていて、自動販売機とトイレの灯りだけが煌々と灯っている。
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私は目的のトイレへ向かう。
ようやく働いてきた頭だったが、まだボヤッと靄がかかった様な、足元が地に着いていない感覚を覚えた。
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用を足し、バスに戻る。
休憩後のチケット確認も無さそうだし、バスを間違えたら大変だなぁと考えたが、サービスエリアにバスは一台しか停まっていなかった。
まだ時間に余裕があったが、また一眠りしようと早めにバスに乗車する。
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ん?
バスの入り口から階段を登り、座席通路が見渡せる位置に来て違和感を覚えた。
車内が薄紫色にボゥッと照らされていた。
さっきの照明の色は白やオレンジだった筈、薄紫色なんて他のどこでも見た事がなかった。
さらに乗客が、、、、
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増えてる!?
座席のほぼ全てに乗客がいる。
奥の方でサービスエリアに着く前までいた見覚えのある乗客が、キョロキョロと視界を巡らせ私と同じ様に戸惑っていた。
思わずバスから出る。
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「あーあー良いんですよ〜?良いのにー」
年輩の女性の声が背中に聞こえる。
無視してバスを降りる。
バスの外観、行き先の表示されている電光掲示板も同じだった。
まわりを見渡してもバスは目の前のバスだけだった。
再びバスの車内に戻る。
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「あ、あのー、、、、」
バスの運転手に話し掛けるも、怪訝な眼差しのその男性に、今私の抱えている状況を正確に伝える自信がなかった。
このままぐずぐずしていても仕方がないため、意を決してバスの真ん中辺りにある、元々私が座っていた席に向かうことにした。
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私の席はバスを降りる前と同じ状態だった。
座席には飲みかけのジュースのペットボトルと、上着が無造作に置かれていた。
気のせいという事で、無理矢理自分自身を説得しようと努める。
座席に座り、周囲の状況を観察する。
車内の灯りの色もおかしかったが、カーテンがすべて開け放たれていた事にも異様さを感じた。
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「出発しますー」
不安を感じながらも状況を見守るしかない。
乗客を見ると先程まで空席であった場所に、男女とも20代程の乗客がいた。
特に変わった雰囲気や出で立ちでは無いが、皆一様に眠っていた。
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夜行バスなのだから、当たり前といえばそれまでだが、一切の動きを見せないそれら新たな乗客にはどこか不気味さを感じた。
バスが出発する。
カーテンは開いたままだ。
夜の高速道路は闇と行き交う車のライトのみ。
街灯は少なく、周囲の景色は山肌の輪郭を辛うじて捉えるに留まる。
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暗闇と車内の異様さに、言い様の無い気持ち悪さを感じつつも、朝になればなんとかなるとの想いを胸に瞼を閉じた。
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眼が覚めると空が明るくなり始めていた。
いや、陽射しで眼が覚めた。
時刻は午前5時。
既に乗客が何人か起きていて、何やら楽しそうに会話をしている。
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しかし何か違和感があった。
昔青森弁を身近に聞いていたので、クセの強い訛りには免疫があるつもりだった。
しかし今耳にしているのは、今まで聞いた事も無い言語だった。
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上手く再現ができないが、録音した言葉を逆再生している様な、言葉というか音声が聴覚を通じて自分の中に流れ込んでくる。
勿論意味はさっぱり分からない。
窓は相変わらず開いていて、外の景色が一望出来る。
伸びをしながら外の景色を観る。
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その景色に唖然とする。
空は快晴の青空で、太陽は真上、正午の位置に達していた。
慌ててもう一度時計を確認するも、やはり午前5時。
混乱した頭で状況を把握しようと、他に何かの変化は無いかと外の世界を見渡す。
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地平線から顔を出した太陽が観えた、、、、
太陽は確かに私の頭上、バスの真上に位置している。
その他にもう1つの太陽?!
何度見直しても太陽が2つある、、、、
仕事柄スマートフォンにコンパスのアプリを入れていた。
方角を確認すると、太陽が昇ってくる方角は西だった。
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空を見上げていると、更に奇妙な事に気付く。空に一本の線が見える。
電線かとも思ったが、果てしなく地平線まで続くそれから眼が離せなかった。
よくよく観ると空に掛かったレールの様な物が一本走っていた。
もう訳が分からず、呆然と外の風景を眺めるしかなかった。
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外は山並みの景色が見えていて、バスは崖のある山道を走っていた。
崖の下には段々畑。
山形のそれではなく、マチュピチュにある様な切り立った崖にある景色。
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そもそも、まだ高速から降りている時間ではなく、位置的には既に秋田県に入っているはずだ。
全てが規格外で出鱈目な視覚情報に、眩暈を感じると共に、これは夢だと、夢以外に考えられないのだと自分に言い聞かせ、ぎゅっと瞼を閉じた。
瞼を閉じていても暫くは音が聞こえてきた。
言葉はわからないが、何か話しかけられている感覚があった。
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肩を叩かれたり、揺すられたりした。
耐えられなくなり、目を閉じたまま両手で耳を塞いだ。
暗闇の中、外の世界との隔絶を図っていたが、程なくして閉じた瞼、暗闇が一瞬バチッと白くなり、キーーーーンと強い耳鳴りを感じた。
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少しして、周囲の雑音が消え去り、完全な静寂となった。
バスが停車した振動を感じた。
その時、自分の中なのか、外なのか或いは両方なのか分からないが、何かが変わった気がした。
思わず眼を開け両手を耳から離し辺りを伺った。
大館市のバス停に到着していた。
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車内は最初に乗車した時と同様に疎らな乗客。
安堵感と、このままバスに乗っていたらまた何が起こるかわからないという恐怖心があった。
そそくさとバスを降りる。
バスを降りると、親戚が出迎えてくれた。
見知った人間に会っても尚、先程まで起こっていた事に関連しての周囲への猜疑心は拭えなかった。
顔色が悪く、挙動不審な私を見て親戚が声を掛けてくる。
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「おめぇどした?!なんがおっがしなぁー?」
「いや、夜行バス初めてだから身体おかしくしたwww」
眼を丸くして尋ねる親戚の叔母を、苦笑でなんとかやり過ごし、迎えの車へ乗る。
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夢だったんだ、、、、
と思う一方で夢なのか現実なのか分からないという思いに駆られていた。
夢、幻想の中に自らを置きに行く程の、日々の疲れは確かにある。
ただ、幻想と呼ばれる世界に身を置くことでのリアリティの実感や、もう1つの世界の存在を示唆する内容に心躍らせる自分もいた。
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ただ確かなことが1つ。
あの一件以来、頭痛と耳鳴りが事あるごとにある。
テレビやラジオで、または直接人の会話を聞いていると、時々その意味を理解出来ない事がある。
今までは頭痛も耳鳴りも、見当識障害とみられる症状も無かった。
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これらの事象に酷く狼狽をしながらも、いつしか心の何処かで“もう1つの世界”の存在を容認し求めていた。
それにより、この体験以降私はさらなる不可思議な世界の扉を開けていく事となる。
それはまた別の機会に、、、、
作者ttttti
はじめましてtttttiです。
拙い物語にはなりますが、お目汚しにならない様努めて精進致します。
宜しくお願い申し上げます。