中編7
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大海原にて…

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ヨットは進む。

風を掴み、大海原を駆け抜ける。

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50代で会社を早期退職し、同じように早期退職をした友人と二人ヨットに乗り、数か月を掛けてのクルージングに出掛けた。

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グラスファイバー製の船体は軽く、ハウスバッテリーに充電出来る様にとソーラーパネルも完備している。

沖合にヨットを停泊して陸に上がる為のゴムボートも後方に用意している。

船内には、人工衛星から気象図が送られてくるファックスも有るし、衛星船舶電話も契約し、どんな場所からもどこにでも電話を掛ける事が出来る。

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女性が乗っても良いようにと、トイレも個室で洋式にしたが、用を足したモノは海に流れて行くので、大きい方をした後などは魚が集まってくるのが何とも言えないが・・・。

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低気圧に当たりそうになったら、無人島の島影や湾内に停泊して嵐をやり過ごし、順風満帆なクルージングを楽しんでいた。

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旅から帰れば、今度は顧問の仕事が待っている。

今回のクルージングだけではなく、全てが順風満帆な人生だ。

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ここは太平洋のど真ん中。

海は青く輝き、夜には降るほどの星空が無限に広がる。

ずっと夢だったクルージングに、文句も言わずに送り出してくれた妻に、心から感謝している。

男二人だけでは色気もないけれど、ヨットは力仕事でもあるから、妻を連れて来なくて良かったと思っている。

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あの日も疲れ切り、友人は船室に、私はデッキで毛布に包まって寝ていた。

この辺は深い海溝だから、岩礁に当たる心配もなかったが、用心の為、私は船室に行かず、ビールを飲みながらデッキで夜空を眺め、そのまま眠っていた。

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熟睡をしていた深夜、いきなり船底から強い衝撃を受けた。

次の瞬間、ヨットは真っ二つに割れ、大きなマッコウクジラが顔を出し噴気孔から激しく潮を噴き上げる。

私は、クジラの頭を擦り抜け、そのまま真っ暗な海へ投げ出されてしまった。

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アッと言う間の出来事だった。

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用意していたゴムボートは、突然できた水流に巻き込まれ、一度沈んだが、そのままロープが外れ、暗い海に流されて行く。

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マッコウクジラは世界最大の歯をもつ哺乳類だ・・・。

シロナガスクジラやザトウクジラの様にオキアミやプランクトンを食べる大人しい種類のクジラではない。

まさか食われるなんて事はないにしろ、体当たりなんてされたらひとたまりもない。

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早く、どこかに行ってくれ!!!

船室で眠っていた友人の事が気がかりだ・・・。

15mは有るかと言う大きなクジラは息継ぎを終えると、そのまま暗い海へ潜って行き姿を消した。

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私は月明かりだけを頼りに、友人を探した。

「おーい!!大丈夫かーっ!?」呼び掛けると

「ここだー!!」友人が答えた。

とにかく、無事で良かった・・・。

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割れた船体に付けた係留用のブイをロープごと外し、それを自分の腕に括り付けると友人の声のする方へ泳いで行った。

海にはヨットに積んでいたさまざまな物が浮かび、セールはロープを海に垂らしたまま浮かんでいる。

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そんな障害物を掻き分け、友人の元へ泳いで行くと、船室で寝ていた友人は船体が真っ二つになった時に折ったのだろう・・・。

右足が動かせないと言う・・・。

そして、右腕も負傷している。

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このままでは出血が酷くなってしまうと思い、散らばっている障害物の中から目に付いた着替え用のTシャツを取ると手で引き千切り、脇の下から肩にかけてギュッと縛り上げ、止血をした。

そして、自分が括り付けていたロープを外すと、ブイごと友人の身体に巻き付けた。

取り敢えず、これで負傷した友人が溺れる事はなくなった・・・。

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だが、自分が掴まる物がない。ゴムボートは流され、暗闇に消えてしまった。

さて・・・どうするか・・・

海に散乱している荷物が流されてしまったら、救助が来るまでなんて泳ぎ続ける事は不可能だ・・・。

友人に括り付けたブイを引っ張りながら、私は泳いで使えそうな物を探した。

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そして、飲みかけのミネラルウォーターの入ったペットボトルと、ボディボードほどに小さく割れた船体の欠片を見付け、それに身体を預ける事にした。

船舶電話も使えず、勿論無線も使えない・・・。

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スマホなど、この旅には必要ないと持っても来なかった。

持って来ていたとしても、基地局もないこんな太平洋のど真ん中では使えないのだが・・・。

救難信号を出す道具さえ、こんな暗闇では見付ける事が出来なかった。

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友人が沈まない様にとブイを括り付けたロープの端を私は持ち、不安で押し潰されそうな気持ちを抑えつつ、朝を迎えた。

四方を見渡すが、島影も、通り過ぎる船舶さえ見えない。

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友人はぐったりしているし、Tシャツで縛っただけの簡易止血では完全ではないし、このまま放っておいたら壊死してしまう・・・。

一刻も早く誰かに発見してもらい、友人を病院に連れて行かなくては・・・

今はベタ凪だから良いが、時化て来たら、より一層発見されにくくなってしまう・・・。

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それよりも・・・

喉が張り付きそうなほど乾く。

友人にペットボトルのミネラルウォーターを一口飲ませ、自分でも一口飲んだが、喉の乾きを癒せやしない。

どのくらいこうして海を漂っていたら良いのか・・・。

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次第に、友人は言葉を発しなくなった・・・。

目に見えて弱って来ている。

太陽が真上に来る頃、友人の声で目覚めた。

いつの間にかうとうとしてしまった様だ。

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ロープを掴んでいた筈だったが、寝ている間に友人のブイが離れた場所に流されたのだろう。

『やめろ!!』

『あっちに行け!!!』

友人はブイを右に左に揺らしながら、水中に向かって何かを言っている。

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嫌な予感がして、慌てて友人の元へ泳いで行く途中…。

友人の身体がブイごと海に沈み、次にブイが上がって来る頃には、友人の周りから、赤い絵の具を水で溶いた様に鮮血が流れて行く。

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見ると、三角形のひれが海中から姿を出し、大きく左右に揺れる。

その度に友人の身体もブイも同じリズムで左右に揺れる。

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『助けてくれーっっ』友人が悲鳴を上げ、左腕を伸ばして来る。

助けたいが、こんな大海原で武器もなく、全くの無防備な状態では助ける事が出来ない。

近くに居たら、私もサメに襲われてしまう・・・。

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私はサーフィンのパドリングの様に、グラスファイバーの船体の欠片の上に腹這いになり、必死で水を掻いて友人から離れた。

いずれは自分もサメの餌食になるのか・・・。

友人の断末魔を背中に聞きながら、必死で私は自分の命を守る為に逃げた。

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どのくらいそうしてパドリングをしていたのか・・・。

もう、動けないほどグッタリして、両手と両足を海の中に投げ出し、船体の欠片に右側の頬をペッタリと付けて休んだ。

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喉が渇いた・・・。

ペットボトルはさっき、サメから逃げる時に慌てて手から離してしまい、もう飲む水もなくなった。

いつまでこうしていなければいけないのだろう・・・。

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いつしか太陽は空をオレンジ色に染め、やがて太陽の代わりにポッカリと丸い月が登る頃には、又、星降る様な空が広がった。

浮かんで来るのは残して来た妻や子供・・・。

そして、郷里で一人暮らしをしている母の顔・・・。

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何でこんな事になってしまったのか・・・。

不運としか言えない状況だったが、自分は共に助け合っていた友人の事も見捨ててしまった。

・・・

誰もいない闇の中、波に揺られながら私は泣いた・・・。

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何回目かの朝を迎え、何回目かの夜を過ごし・・・

堪え切れない程の喉の渇きで海水を飲んだが、そのまま吐いてしまった。

・・・吐いたと言っても、胃の中も空っぽだから、出るのは飲んだ海水と苦い胃液だけ・・・。

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・・・・・・

生きたい

・・・・・・・

生きたい

・・・・・・・・

生きたい

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だけど・・・もう限界だ・・・・・。

私はもう、目を開けている事さえ出来なくて、静かに目を閉じた。

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*********************

目を覚ますと、妻の顔が・・・

慌てた様に妻が私の頭の上のボタンを押すと、ナースが駆け付けて来た。

大粒の涙をポロポロ溢し、妻は言う。

「パパ・・・。良かった・・・良かった・・・」

泣きながら、私の手を両手で包み込み笑顔を見せる。

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「ここは?私は助かったのか?」

そう聞くと

「そうよ。パパ・・・。良かったわ・・・。」

妻はそう言い、私の手に頬ずりをする。

「そうか・・・。だが・・・アイツは・・・。」

私は、両目をギュッと瞑り、下唇を噛んだ。

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「貴方。何言ってるの?一緒に出掛けたあの人なら、お隣のベッドに居るわ!」

妻がハンカチで涙を拭い、私のベッドの隣のカーテンで仕切られている先を見る。

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「本当か!?助かったのか!?」

私は動けない身体を無理に起こし、隣のベッドの間にかかるカーテンを勢いよく開けた。

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「ヨっ!!」

友人はベッドに横たわったまま右手を上げる。

「腕は・・・もう良いのか!?」

止血が上手く行ったのか、友人は元気そうに笑っている。

私は、二人共に無事に助かった喜びで、泣き笑いをしていた。

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そうしていると、娘が息せき切って病室に駆け込んで来た。

「パパ!!大丈夫???」娘は泣きながら私の胸に顔を埋める。

私は娘のサラサラな髪を撫でながら

「大丈夫だよ。もう大丈夫だ・・・」

と・・・・・・・・・・・・・・・・

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*********************

shake

ガクン!!!

急に強い衝撃を受け、転がりそうになった。

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『ああ・・・又、お前か・・・・・。』

激しい衝撃の先に、マッコウクジラが泳いでいた。

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これから餌を捕りに深海に潜って行くのだろう。

強い水流に巻き込まれ、崖のほんの少し突き出た出っ張りにかろうじて引っ掛かっていた髑髏が、ゆっくり転がりながら真っ暗な深海に向かって落ちて行く。

ここは、マリアナ海溝だった・・・・・

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深い、深い、深海に向かって落ちて行く髑髏は、綿あめを手で握った時の様に、小さく、小さく縮み・・・

そして、深海に辿り着く前に粉々の砂になった。

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・夢

・・・・・・・・・・・・・・・だったのか

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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暗い深海の砂が

そう呟く声が聞こえた気がした・・・・・・

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@セレーノ さま

この度もお読みくださり、怖ポチ&コメントを有難うございます♡

いやいや…

はるちゃんΣ( ̄◻︎ ̄;)
書いた私は女ですからーww

でもね?
海も山も街中でも、事故は予知出来ないし、未然に防ぐ事は出来ないのよ(^_^;)

そんな大海原相手に魚を捕ってご飯を食べる人もいるんです…。

それは、分かってあげてね(T ^ T)

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