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“人”には其々癖というものがある。
意識するしないに関わらず、僅かな精神状態の歪みを正すため、或いは安定を図るために人は普通でない動作を繰り返し、やがてそれは習慣となって行く。
その行動に至る原因や理由、目的があったにせよ大衆による理解の外にある行動は総じて“癖”と成り得る。
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ある少年がいた。
彼は幼少の頃より動作の中の微かな瞬間や、会話の中で人が意識するかしないかの微妙な範囲での癖があった。
瞬きを両面同時でなく左眼を先に閉じ、一瞬遅れて右眼を閉じる。
机や手すりに手を置く際に、人差し指、中指の順番で力を入れて行く。
会話の終わりに、んっ、とかあーと言う発生をする。
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周囲の人間が気づかないほど、異質だが、ささやかな言動。
それに気づいた人がいても、一瞬時が止まった様になるが、すぐに何事もなく時が流れて行く。
両親からはチック症などの疾患を疑われたが、一過性のものであろうと様子を見ているうちに、年齢とともに症状は消失していった。
しかし彼が少年と呼べる14歳の年、再び異様な行動が表出する事となる。
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「まただよ、、、、」
「何なの?あれ。」
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彼の様子を見て、近所の人々や学校の同級生らはヒソヒソと囁き合う。
幼少の頃の微かな“癖”は一時影を潜めていたが、中学2年に入るとそれまでとは比較にならない奇異なる言動が現れ始めた。
彼は人目を憚らず地面を踏みつける。
その側から急に天を仰ぐ様に両手を空に翳し(かざし)、大口を開けている。
特定の場所でその行為をするわけではなく、突拍子もなく、通学、授業中、友人との会話中など時と場所を関係なくしてその行動をする。
そしてひとしきりそのジェスチャーを行なった後、ボソッとある言葉を口にする。
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「一番怖いものなーんだ?」
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成績も優秀でスポーツも万能な彼は、友人も多くその普通でない言動以外は他の14歳と遜色のない生活を送る。
寧ろクラスでも人気者だ。
そのため彼の友人はもちろん、クラスメイトは違和感を示すどころか、その癖は彼の個性として受け入れていた。
勿論、彼の癖に対しその真相を尋ねる者もいた。
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「小さな頃から、“何か”に連れて行かれるんじゃないかっていう強迫観念みたいなものがあったんだ。
連れて行かれないためには、自分を連れて行こうとする“何か”に対し、それを認識しているという事を示すと共に、自身の身体を使いこの世界に存在している事を確かめていたんだ。
今では身体が勝手に動いてしまって、どうしようもない。
いくら病院へ通っても原因がわからないんだ。」
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少年はそう答え、こう付け加えた。
「身体が無意識に動いた後、決まってこれも無意識に言葉が出てしまう。
自分で言っておいて可笑しな話だけど、頭の中で一番怖いものなーんだ?正解はね、、、、と聞こえるんだ。
正解を言われると“何か”に何処かへ連れて行かれる様な気がして、必死で言葉を発しているうちに無意識な癖になったんだ。」
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少年の異様な行動がエスカレートし出して2ヶ月後、ある事件が起こった。
彼の住む街で殺人事件が起こった。
被害者は40代女性。
女性は夕刻、買い物帰りにバールの様な物で後ろから頭部を殴打された。
即死だったとの事。
外傷は頭部の一箇所で迷い無く一撃で殺害されていた。
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後のワイドショーで克明に報道がされていた。
犯人が捕まっていない事で、街の人々は恐怖に打ち震えた。
事件解決の糸口が見つからず、全く手掛かりがない状況であったが、事件から数日後容疑者の自首により呆気なく解決に至った。
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容疑者は少年自身であった。
彼の語る言葉には、事件に至る動機と共に以前彼が悩んでいた心の中の、“一番怖いもの”があった。
「答えがわかったんだ。
ははっ!
簡単だったよ。
一番最初からわかっていたんだ。」
彼はヘラヘラと緩んだ表情でそう話した。
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そうだ。
彼が語った様に最初から分かっていたのだ。
“一番怖いもの”とは、この物語の一番始めの一文字なのだ。
それを排除しようと、少年は殺人を犯してしまったのである。
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癖とは自らの安定を図るためのセルフコントロールなのか、或いは狂気を意図とした悪魔の誘導なのか、、、、
少年はその事については未だ何も語ろうとしていない。
作者ttttti