長編8
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『不破の妖霊』

「もぉ~し・・・そこの御方・・・もぉ~し・・・」

道脇の草むらより声がする。日は中天にあっても臆病者の『私』をすくませるには十分な暗い声だった。

『私』の名は林崎 時三郎 基亮(ときさぶろう もとすけ)。剣客である。剣の業前には自信があるが・・・如何せん・・・人を斬れない・・・。

師匠からも木剣では目録の腕前と言われるも『私』を常に庇ってくれた兄弟子が仕官してからは、余りの情けなさに修行の旅を命じられる

始末である。我ながら情けない。

そこに人が居ることは前から解っていた。ただ余りにも壮絶な鬼気を放って居た為、そして余りにも生気が無かった為、

「末期の願いに介錯を・・・」と乞われるのが恐ろしかったのだ。

『私』は人を斬れない・・・・。

不自然に立ち止まり『あう・・・あう・・・』と言っていると、声の主が道まで這い出してきた。

「お頼み申す。お頼み申す。」

『あわわわ・・・』と腰を抜かす『私』。見ると声の主はボロをまとった僧である。僧が自害する訳が無いと考え直し『私』は慌てて助け起こす。

「貴殿にお頼み申す。わしは厳安と申す修行僧です。訳あって仔細は語れませぬが、これをこの先の山寺まで届けて下され・・・。」

と包みを渡された。

必死に抱いていたのだろうか?結び目が解け、中身がのぞいている。

血のついた木の御札である・・・。

『うわっ・・・』と驚き御札を落としかけ、慌てて掴む。『やれやれ・・』と僧を見ると・・・既に事切れていた・・・・。

とりあえず『厳安殿・・・』と声をかけるも当然返答はない。

途方に暮れ立ちすくむ・・・。『はっ』と気づき周りを見渡す・・・。誰もいない・・・。そして遺体が一つ・・・。

弔うにも墓を掘る道具も無く、仕方なく厳安がもといた場所まで遺体を引きずり、草や木の枝をかぶせ安置し、その場にあった厳安の

荷物であろう品物を取り一緒に届ける事にした。

去り際に、『厳安殿すまぬ。荷物は必ず届けよう。どうか野犬、カラスの難に遭われないように・・・。』と手を合わせ『私』はその場を後にしたのだった。

ザ・ザ・ザ・・・・草中を歩く音・・・血の臭い・・・

厳安の遺体の前に隻眼の武士が立っている。

左肩を斬られたのか血が流れていた。

武士は厳安を見、遠くを歩くこれも武士らしき男を見て、

「くそ・・。少しばかり遅れたか・・・。これより先へは出られん・・・。厳安め!此度は俺も危なかった。この男には感謝せねばな・・・。」

と自分の首をポンとたたいた。そしてもう一度かなたの武士を憎憎しげに見やり、

「さて厳安を喰ろうて傷を癒すかの」とつぶやき左に唇を歪め「ニタリ」と笑う。

遺体のアゴに手をかけて引きづりながら、隻眼の男は草中へ消えて行った。

あれから二日の後・・・『私』はある山寺の門前で案内を請うた。

出てきた小僧に厳安の名を告げると、転げながら中に入り老僧を伴って出てきたのだ。老僧は来るやいなや、

「札はあるか?護符は無事か?」と問うて来た。

『私』が御札を差し出すと・・・

「何じゃこの血は?そこもとのものか?いや・・・アヤツの血か?・・・・」

『私』が答えられずただ立っているのを見て老僧は「いや失礼した。挨拶も済ませておらんのに取り乱し、お恥ずかしい限り・・・まずは中へ」

とようやく寺内に入る事が出来た。

一室に通され今までに仔細を語り終えると老僧は「片目の御仁は居られなんだか?」と問うてきた。

『いや厳安殿御一人でしたが・・・。』と答えると、悲痛な顔で

「此度も失敗・・・。幾人の命が露と消えたか・・・」と涙を流す。

何となく嫌な予感がし、早々に立ち去ろうとした時、眼に飛び込んで来た物がある。

煙管(キセル)だ・・・。仕官をし今となっては疎遠となった兄弟子の煙管。『私』が別れの際に贈った物だ。間違いない。

止せばいいのに『あ・・・あの煙管は・・・』と恐る恐る指差すと

「あれはその片目の御仁、小田 忠吾殿のものだ。厳安と共に使命を果たしに行ったのだが・・・もはや帰るまい・・・。」

『小田?小田 忠吾?それは『私』の兄弟子です。さる藩に仕官したはず・・・。なぜ?しかも片目とは・・・?』

「仔細は知らず・・・。御浪人のようでしたが・・・。その剣の腕を見込んで無用の願いをしたばかりに・・・。」

『何です?その願いとは?使命とは?』聞かずにはいられなかった。

優しい兄弟子の顔が浮かぶ・・・・・。

「しかし・・・お身内でしたか・・・なんとも惨い・・・。だがこればかりはお知らせ申す訳には参りません。護符も穢れを落とさなければ使えぬ

以上、貴殿はこのまま去られるのが一番。それが貴殿のため。」

と席を立った。去り際にこれは形見ですのでと件の煙管を渡された。

こうなってしまっては、兄弟子忠吾に何が起こったのか知る事は出来ない。山を降り、街道を

進み茶屋で一服・・・。

タバコの味を覚えたのも、やはり忠吾の影響だった。剣の稽古の暇を見つけては煙管を吹かしていたものだ。

何かにつけ面倒を見てくれたのも忠吾だ。

気がつくと来た道を引き返していた。厳安の遺体の場所まで戻れば何か分かるかもかも知れない。

厳安自身あの体でそうは遠くに歩けたはずはなく、ならば忠吾の遺体もそばに在るはずであった。

訳が分からずとも、兄弟子は弔ってやりたかった。ほってはおけない。

近くの村で「クワ」を借り、不審がる村人に訳を話すと血の気を失ってしがみついて来た。

「お武家様!駄目だ!あそこの地へは行くな。決して戻れねえ。昔っから化け物が棲んでんだ。化け物はお武家様を殺すごとに強くなる。

どんなに強い人でも絶対に勝てねえ!坊様のお経も効かねえ!駄目だって!」

 

正直恐ろしくなった。人を斬れない『私』が化け物を斬れるはずがない。

散々村人に説得されてしまったのだが、武士の意地もある。せめて遺髪だけでもと、恐る恐る彼の地へと向かった。

ところが、厳安を安置した場所に彼の遺体は無く草むらの奥へと持ち運ばれたように延々と跡がついている。怖くなった・・・。

この当りに熊などいない。人一人を引きずるだけの大きな生き物など居ないのだ。

例の化け物に違いない。すると忠吾の遺体も運ばれてしまったと考えるのが普通である。迷った・・・迷いに迷った。

怖い怖くてたまらない。だが何の為の修行か?人は斬れずとも化け物を斬って名を挙げよう!・・・無理だ・・・。

血を見るのが嫌だ。気が遠くなる・・・。あの護符を落としそうになったのも血がついていたからだ。・・・一体どうしたら・・・・。

「誰だ?」

いきなり声をかけられ、思わず走って逃げる後ろからまた声があがった。

「稚児丸か?お前?」

稚児丸とは『私』の道場でのあだ名である。

振り返ると隻眼の変わり果てた兄弟子の姿があった・・・・・・。

  

『ちゅ・・・ちゅう・・・忠吾殿?』

恐る恐る問い返す『私』に「ニタリ」と左に引きつった笑みを浮かべ隻眼の男が言う。

「やはり稚児丸、時三郎か?兄弟子を前に逃げるとは相も変わらず意気地の無い奴!馬鹿者が!!」

涙が出た。怖いからではない。忠吾が生きていてくれたからだ。

顔立ちは片目をなくしたせいか幾分、鬼気を帯びているが声はあの頃の様に優しい。

近づいてくる忠吾の姿に、はっと気づき

『忠吾殿、化け物は?お怪我は?』と問うと

「・・・・・奴は倒した・・・・。俺もホレ・・・、左肩をヤラれたよ。」

と傷を見せる・・・・深い・・・気が遠くなる・・・。

「馬鹿者!!貴様まだ血が怖いのか?業は俺の上を行くものを・・・どうしようもない奴め!!」 罵る声もまた優しい。

「時三郎、この先に小屋がある。そこまで行くぞ!!」と声がかかる。

ふらつきながら『私』は兄弟子についていった。

小屋についてみると暖がとってあり暖かく、鍋には何かを煮たのであろう、湯気が立っている。

・・・いきなり空腹感を覚えた。

「待て!ついでやろう。」と忠吾が椀を取り出し鍋の食べ物をついでくれた。

「熱いうちに喰え。」と忠吾。

『私が猫舌なのをお忘れですか?』

「ならば食が冷めるまで経緯を話そうか・・・」と語りだした。

ある藩に仕官後、跡目争いに巻き込まれ、刺客より片目を奪われ逐電した事・・・・。

剣の修行がてらここの化け物退治を買って出た事・・・・。

そして奴との戦い。

『私』は冷めた食を食べ食べ話を聞いた。なんだか気持ちがいい。

「俺は厳安殿より魔除けの護符をもろうていた。それがある限り奴は俺に入れん。」

「奴は古い昔、一人の武士によって永久の眠りから起された魔物じゃ。気がついたか知らんがこの小屋の裏には洞穴がある。

その奥の岩に奴はある坊主によって封じられていたのだ。

奴はその武士に取り憑き悪行の限りを尽くした。だが坊主の呪は強く肉体が朽ちるとまた岩へ封じられそうになるのだ。」

忠吾は語り続ける。『私』は疲れからかフト睡魔に襲われる。

・・・・眠気覚ましに兄弟子の煙管に火を付け、一服しようとした。

流石に気が引け

『忠吾殿、お先にどうぞ。』と煙管を差し出すと、

「俺はタバコはやらん・・・。」と言う。

おや?と思う間に話は続く・・・・・。

「何年もの間、奴を退治しようとツワモノ共がこの地に集った。・・・皆返り討ちよ・・・。奴には勝てん。時が奴の味方なんじゃ。

奴の体は朽ちる前に次の体へと移って行く。

もし奴の体を斬り伏しても奴の霊は死なずに生き残った強者に取り憑く。

奴はどんどん強くなり、そしてようやく洞穴の外へも出られる様になった。・・・・そして数日前・・・・。

奴を封じた子孫の僧、厳安と俺とで奴を倒しに来たのだ。」

しばらくの沈黙・・・・。そして再び語る忠吾の声は・・・・・怖かった。

「俺は見事に斬られたよ・・・。護符があるのでヤツの中には入れない。厳安のヤツはもしもを見越して毒を飲んでいやがった。俺とした事が僧が自害などせんとタカをくくっていて本当に危なかった。

が・・・俺を斬って安心したのかヤツは血溜りに護符を落としたのよ・・・。幸運だった・・・これでヤツに入れる。

しかしヤツも左肩を斬られ深手だ。一月もつかどうか・・・。厳安も護符を持って逃げた。困っておったのだ・・・。

そこにお前が来た!!無傷のお前が!!お前には本当に感謝しておるぞ!!稚児丸!」

薄れ行く意識の中、鍋を貪る兄弟子が見えた。

鍋の中には人骨がある・・・。おそらくは巌安殿だろう・・・・。

不覚だった・・・兄弟子はあんな笑い方はしない・・・。

 

目の前が暗くなる・・・・そして一切の闇・・・・・。

どれ位時がたったか?

火の消えた暗い小屋の中、時三郎はふらつきながら立ち上がる。

かたわらには兄弟子、忠吾の姿・・・・。うつむき座っている。

時三郎は刀を抜くや一刀で忠吾の首を斬りおとした。転がる首・・・・。

斬り口よりドロリと黒血が滴り落ちる。

『さてさて、『俺』は此度はどこまで外に出れるかの?』

時三郎は「ニタリ」と左に唇を歪め笑うのであった・・・・・。

           終

最後までお付き合い下さり感謝します。    拝

怖い話投稿:ホラーテラー 最後の悪魔さん  

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