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中編4
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てーん、てーん

小学生の頃のことです。

私はAという子と仲が良く、四六時中行動を共にしていました。

下校時の道草はとりわけ楽しいばかりであちこち男の子のように駆け回り、なんなら一緒になってザリガニや虫捕りに興じることもありました。

ランドセルを背負ったまま校外で過ごす時間は、休日とはまた違う、見知った風景にありながらどこか非日常の景観を感じさせました。

そうしてすっかり常習になっていくと自ずからエスカレートするものなのでしょうかご多分にもれず私達のそれも、気が付けば道草の範疇を逸脱し始めました。

より新鮮な中を散策したくなったのです。

具体的には、廃棄された自転車を乗り回している男子が上級生に一部おり、一台貰い受けたことで行動範囲を格段に広げてしまったという次第です。

毎日悪びれもせずに件の自転車を持ち出して、私達は、山沿いの集落を抜けたり街へ向かう電車を追いかけたりしました。

その日は少々行き過ぎたために、来たままをただ戻ったのでは親から言い付けられている門限までの帰宅さえ危ぶまれました。

なにしろ直接家へと急ぐわけにはいきません。

男子がつくった秘密基地に自転車を置いてこなければならなかったのです。

私達は焦りました。そうこうするうちにも馴染み深い景色が見え始め、当該時刻が迫っていました。

走りに走らせやがて最寄りの辻に差し掛かるとふとAがその足を止めました。あそこ、どう。

何やらそう促す視線の先に畦道が伸びており、六角に立ち乗りしている私には、それが細々ながら目的の地点まで続いている様子がよく分かりました。

不思議なことに行き来はおろか一度として気に留めた覚えすらない径路でした。

しかし、思慮する暇などありません。私は近道になり得る旨を伝え、Aが再び、ペダルを漕ぎ出しました。

足場の悪さも構わず勢い任せに進んで、程なく突っ切ろうという時です。

不意になにかが飛び込んで来たような音が聞こえました。

直後、うわっとAの声が上がるや自転車が急停止し、二人顔を見合わせました。

傍の茂みからなにか、横切らなかったか。互いに同じ言葉を問いかけました。

ところがそこには何もいません。辺りをいくら確認しても、原因と思しきものはまるで見当たらないのです。

自然と沈黙が流れて、少しだけ呆けていました。我に返ったAは私を急かすと、気のせいだねと呟き、私達はその場を後にしたのでした。

幸い門限に間に合ったことそうして事なきを得たことでそれ以上妙な好奇心も生まれず、すぐに忘れてしまいました。

明くる日は揃って真っ直ぐに帰りました。近所の中学生のBちゃんを交え、三人で遊ぶ約束があったのです。

ランドセルを置いて合流したのち、私達はのんびり待ち合わせ場所へ向かいました。

時間通りに到着すると、前方から歩いてくるBちゃんが目に入りました。

同様に私達の姿を認め笑顔で手を振る彼女は、けれども距離を詰めるべく駆け寄った矢先、表情を一変させ突然悲鳴を上げたのです。

どうしたの、どうしたの。私達が必死に尋ねても顔を両手で覆い隠し、半ば倒れ込むように膝をついて震えるばかりでした。

剰えいいから平気だからと突き放されてしまうのじゃどうすることも出来ません。取り乱しているのは私達とて同じなのです。

結局言われるがままに、彼女を捨て置く他ありませんでした。

ばつの悪さを引きずりながらAと別れ帰宅するも気が気でなかった私は、頃合いを見てBちゃんの家に電話をかけました。

動揺が激しく要領を得ないおばさんの後ろで「てーん、てーん」という獣じみた声が聞こえてきていました。

何を話したのかも誰が電話を切ったのかも分かりません。覚えている限り私はただただ怖くなり、底冷えするような心地の中やっとの思いで「そうですか」の一言を絞り出すにとどまりました。

人伝にBちゃんが不登校になったことを知りました。

そればかりか家の雨戸は常時全て閉じられて、おばさんも顔を見せなくなり心配したご近所の奥さん方が数人、訪ねに行ったそうです。

出迎えたおばさんの様子は何ら変わりないように思えたといいます。しかし安堵したのも束の間でした。

却って気まずくなってしまい立ち話の切り出しに難儀していたところ、奥の階段から、ふとなにかが降りてくる気配を感じました。

軋む段差をゆっくり、本当にゆっくりと、下の階へ近付いてくるのです。

そしてその間、時折聞こえる「てーん、てーん」という鳴き声の傍らでおばさんは一転して不気味な表情を湛え佇んでいました。

無表情でもにやついているのでもない、それは生理的に嫌悪感を抱かせる類のものであったそうです。

長居は出来ませんでした。

事実がどうであれ、きっと何もしてやれないだろう。おそれよりそういった後ろめたさに居たたまれなくなり、奥さん方は皆すごすごと帰途についたのでした。

それから以後、Bちゃん一家の消息は途絶えていきました。狐に憑かれた、母娘ともども主人に乱暴され気が違った、などまことしやかな噂を度々耳にしました。

奥さん方の件を聞き知る少し前、私はAと、待ち合わせ場所での出来事について話しました。

その際Aは、Bちゃんが取り乱す寸前に視線を左右に移したのを見た旨を前置きした上で、深入りすることを頑なに拒否していました。

だって何もいなかったよね。私がそう確かめると、彼女は一層苦い顔をしながら「だから嫌なんでしょ」とだけ答えました。

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