長編27
  • 表示切替
  • 使い方

ゴーストポリス 2

麗らかな昼下がり、警察庁内の片隅にひっそりとある『怪異事案特別捜査室』では、久しぶりの平穏を満喫していた。

「ヒマだなぁ……」

アクビしながら伸びをする中年刑事ムトウに、聖母のような笑顔で女性刑事ハトムラがお茶を出す。

「イイコトじゃないですか。平和が一番ですよ?」

黒髪をなびかせ、後ろのカーテンで仕切られたスペースに声をかける。

「ヌコちゃんもお茶飲む?」

「いただこう」

カーテンの向こうから合成音声で返事をする変わり者アマノに、ムトウが言った。

「この距離でスピーカー使ってんじゃねぇよ!ちゃんと喋ろや」

悪態を吐くムトウのスマホが着信を告げた。

『うるさい!そんなにヒマならパン買ってこい!チョコチップメロンパンをな!!』

アマノからのラインだった。

「バカ野郎!!先輩の俺をパシリに使おうなんざ10年早ぇよ!」

また着信音が鳴る。

『ただ古いだけだろ?階級はわたしの方が上だ。さぁ!早くパンを買ってこい!』

怒りに震えるムトウを見かねた新人刑事のチカゲが立ち上がった。

「私が行ってきますよ。ヌコせんぱい!いつものでいいですか?」

「よろしく頼む」

きれいな敬礼してから、チカゲがダッシュで部屋を出ていくと、また着信。

『使えねぇな……オッサン。ちっとはチカゲを見倣ったらどうだ?』

それを見たムトウが机を叩いて席を立ち、カーテンに近寄る。

「テメェ!調子に乗ってんじゃねぇぞ!?」

カーテンまであと二歩のところで、アラームと共にカーテンから光の粒がマシンガンの如くムトウに襲いかかってくる。

「シンニュウシャ、ハイジョ!シンニュウシャ、ハイジョ!」

けたたましい警告音が鳴り響く中、容赦なくムトウを狙い撃つ霊子弾に、ムトウは堪らず退避した。

「うわっ!!いてぇ!!止めろ!!バカ野郎!!」

「ムトウさん……ヌコちゃん怒らせちゃダメですよ?そこの赤いラインから先は戦場と同じくらい危険ですから」

床を指し示すハトムラの指の先に引かれた赤いラインの帯には“danger”としっかり書かれている。

「なんや賑やかやなぁ!」

部屋に入ってきた関西弁の女性が、ムトウを見て笑った。

「まーたヌコにやられとんのか?ホンマに仲えぇ二人やなぁ」

女性が奥の席に着くと、すぐに着信。

『ユキザワ室長、それは心外であります』

アマノからのメッセージを確認し、溜め息を吐いたユキザワ室長がカーテンに向かって言った。

「そんなん口で言うた方が早いやろ?」

「ヌコちゃんは人見知りですから……」

ハトムラのフォローが入り、ユキザワ室長は苦笑しながら「まぁ、えぇけど」と頭を掻く。

「岩手県警から要請や。二週間前から子供が数名、行方不明になっとる……」

「神隠し事件ですか?」

久々の遠方出張案件に食いつくハトムラに、ユキザワ室長がキリッと目を鋭く光らせた。

「そう言うことやな。ムトウ!ハトムラ!……イタドリは……どした?」

一人見当たらない部下を探すユキザワ室長に、ムトウがカーテンを指差す。

「アマノのパンを買いに行ってます」

ムトウから聞いた部下失踪の真相に、ユキザワ室長は呆れたように溜め息を吐き、デスクに頬杖をついた。

「へぇ……まぁえぇわ。イタドリが戻り次第、直ちに現場に向こうてくれや。資料は追ってタブレットに送るけ」

「「了解!!」」

ユキザワ室長に敬礼するムトウとハトムラの後ろからダッシュで帰ってきたチカゲ。

コンビニ袋からパンと紙パック紅茶を出しながらカーテンに近づくと、カーテンからグレーの板が伸びてきて、上には千円札が乗っている。

「ご苦労だった。釣りはやる」

「あざーす♪」

チカゲが千円札を受け取り、買ってきた物を乗せると、板はゆっくりカーテンに吸い込まれていった。

「イタドリ!行くぞ!!」

「何処にですか?」

急いで身支度するムトウに声をかけられ、キョトンとするチカゲに、ハトムラがニッコリ笑う。

「岩手県よ。神隠し事件ですって」

「オォゥ♪お仕事ですねぇ!行きましょう!!」

ワクテカで出動しようとするチカゲに、アマノが待ったをかけた。

「これを持っていけ」

またカーテンから板が伸びてきて、上には一万円札が乗っている。

首をかしげる三人に、アマノが言った。

「帰りに笹かまを買ってきてくれ。プレーンとチーズのヤツだ」

「あ!ウチも牛タンジャーキー買うてきて!これで買えるだけ」

アマノに便乗してユキザワ室長も一万円を出す。

「了解でーす!」

チカゲはニコニコしながらお金を受け取ると、先輩刑事の後を追って走り出した。

nextpage

臨場までの間に、タブレットに届いた事件の概要をハトムラが音読する。

「二週間前、小学二年生の山下太郎くんが友達と遊んでいる際に行方不明。

その二日後、小学三年生の村田洋介くんが友達の家に行くと言って行方不明に。

さらにその四日後、小学一年生の佐藤大五郎くんが下校途中に行方不明になった……それから音信不通で約一週間か……」

「キナ臭いですねぇ」

後部座席でキチンとシートベルトをしたチカゲが、助手席のハトムラに身を乗り出す。

「小学生ばかり三人も……ですか」

「そうみたいね。営利誘拐だとすれば、犯人から何らかの連絡があるはずだけど、全く音沙汰がないから」

「それで俺達、ばけものがかりの出番ってことか?」

運転しているムトウが前を見たまま訊くと、ハトムラはタブレットから目を上げた。

「そうでしょうね……万が一ってこともありますし」

「そうですよ!もし、怪異事案だったら普通のやり方は通用しませんからね」

「ケッ!」

吐き捨てるように言うムトウに、チカゲが前方を指差して声を上げた。

「ムトウせんぱい!そこのSAに寄ってください!!」

緊急事態のような切羽詰まったチカゲの口調に、慌てながらもウィンカーを出し、素直にSAへ入る。

「何だ?便所か?」

年頃の女の子への言葉とは言えないデリカシーのないムトウに、チカゲは腹を立てることもなく言った。

「違いますよ。ここのSAに美味しいソフトクリームがあるんです♪」

「いいわねぇ!ソフトクリーム大好き♪」

盛り上がる女子二人に、ムトウは力なく笑う。

「ハハ……お前ら、仕事ナメてんだろ」

呆れるムトウに、チカゲがぷぅっと頬を膨らませて言い返す。

「とんでもない!お仕事の前に英気を養うんですよ!!このヤマは骨が折れますぜ?ダンナ」

「モチベーションは仕事の能率に多大な影響を与えますから♪ねー?」

キャッキャする女子に、ふて腐れた顔を背けて頬杖をつくムトウが、外を見ながら呟いた。

「フンッ……そうかよ!」

文句を言いながらも、ムトウがモールに一番近い所に車を止め、「さっさと行ってこい」と顎をしゃくると、二人は嬉しそうにモールへと駆け出して行った。

nextpage

旅行気分から切り換え、現場に到着した三人の刑事達はトランクから犬っぽい何かを下ろし、尻尾を軽く引っ張る。

「standing by……ready!エダマーメone starting up!」

ネイティブイングリッシュが渋めのオジサン声で流れると、犬っぽい何かの目が明滅し、犬っぽい何かが喋りだした。

「ずいぶんと時間がかかったな……オッサン」

犬型ロボのえだまめ1号からアマノの声で皮肉たっぷりのセリフが聞こえると、ムトウがえだまめ1号を見下ろしながら返事をする。

「まぁな……それより、子供がいなくなった場所のリストを送ってくれ」

ムトウがえだまめ1号に上から頼むと、えだまめ1号がイラ立った感じで返した。

「分かってる!わたしに指図するな!!警部補のクセに!!」

「今のは指図じゃねぇだろ?ひねくれてんじゃねぇよ」

「まぁまぁ……私達はチームなんだから力を合わせましょう?ヌコちゃん、お願いします」

アマノのご機嫌取りに長けたハトムラのお陰で、アマノは素直に矛先を納める。

「……まぁ、ここはハトっちに免じて許してやろぅ……周辺の地図だ。受け取れ」

えだまめ1号の口から舌のようにペロッと出てきた紙を引き出すと、辺りを見渡して確認する。

「この辺と近いですねぇ……となると」

地図を覗き込んでいたチカゲが後ろの山に目を向けると、二人の刑事もそれに続く。

「当然、そこが怪しいわな」

「なかなかの山ですね」

「山登りなんて久しぶりです!」

こんもりとした山を見上げ、その大きさを推測すると、ざっと標高3~400メートルといったところだろうか。

ムトウは道中のチカゲの言葉を思い出し、「確かに骨が折れそうだ」と呟いた。

「ヌコちゃん、この山の地図と探査をお願い」

「了解!ちょい待ち」

えだまめ1号の首輪が赤く光りながら高速回転を始め、えだまめ1号自身も回り出す。

徐々に回転を弱め、山に正対したえだまめ1号が「うぉん!」と鳴いた。

「ハトっち!山の中腹に霊子結界を確認した。えだまめ1号で先導するよ」

「よろしくね!ヌコちゃん」

ハトムラがえだまめ1号に声をかけると、えだまめ1号の足が少し上がって、シャキーンと三本の鉄の爪が伸びてきた。

「えだまめオフロードモード展開!では皆の衆、いざ出発!!」

えだまめ1号オフロードモードは、ノロノロと山へ向かって歩き出した。

nextpage

ザッシュ!ザッシュ!と道なき道を掻き分けて、お爺ちゃんの散歩くらいのスピードで軽快に進むえだまめ1号を、三人の刑事達がついていく。

しばらく進むと、水の流れる音に近づいているのが分かった。

「この先の川に霊子結界の反応があった。恐らくガキ共はそこにいる」

「なるほど!霊子結界の中じゃ普通の人は入れないものね」

「でも、何でまた子供達はそんな所に?」

頭をかくんと倒すチカゲに、ムトウがフゥフゥと息を整えながら言う。

「んなもん、バケモン捕まえりゃ分かることだ」

連れないムトウにちょっぴり不機嫌になるチカゲをなだめているハトムラに、えだまめ1号が声をかけた。

「いい機会だから新しいアイテムを試してみよう」

「新しいアイテム?」

「そう!一昨日出来たばかりの新作なんだ」

そう言うと、「おふぅ!」と鳴いたえだまめ1号のおしりからピンク色のカプセルがポトリと落ちて、ムトウの足下に転がった。

「うわっ!またケツから出しやがった!!」

すかさず鼻をつまむムトウの足元でカプセルが自然に割れ、中から小さな黒猫がハトムラを見上げて「ナー」と、か細く鳴く。

「ヤだ!かわいい~!!」

「ヌコせんぱいが子ヌコを!」

突如現れた仔猫にキャッキャする女子達に冷やかな視線を送るムトウに、えだまめ1号が言った。

「オッサン!オジジに地図を見せろ!」

「地図ならもう見てるぞ?」

首を捻るムトウを、えだまめ1号がハの字眉で見上げる。

「ッとに察しの悪いジジイだな!お前じゃない!!そこの仔猫型ロボの名前だ!!それの正式名称は『猫型隠密機動偵察ロボO‐GG96』。略してオジジだ」

「紛らわしい名前つけやがって……それとその犬っころのその顔!ムカつくから止めろ!!」

小バカにしたようなえだまめ1号の顔を忌々しげに見下ろすムトウに、えだまめ1号がさらに眉をハの字にした。

「これか?この顔の何処がムカつくか言ってみろ」

そう言いながら眉をクルクル回すえだまめ1号に、ムトウは拳を握りしめる。

「ムトウさん!地図を!!」

ハトムラに促され、我に返ったムトウが仔黒猫に地図をかざした。

「ミィミィ」

仔黒猫ロボオジジの目が点滅したかと思った途端、一瞬にしてオジジは姿を消した。

「うおっ!猫が消えた!!」

ムトウが驚いていると、えだまめ1号から溜め息が聞こえる。

「消えたんじゃない。オジジの移動スピードは時速360キロメートルだからな。老眼のお前に追いつける訳がないだろ?」

「スピードが極端過ぎんだよ!犬はこんなにノロいのに、何で仔猫が凄まじく速ぇんだよ!!」

「隠密機動だからな!スピードがウリだ」

堂々たるえだまめ1号に、ムトウは「チッ!」と舌打ちした。

「オジジはえだまめ1号にシグナルを送っている。そのシグナルを追いかければ、ヤツラのネグラは目前だ」

「了解!ヌコちゃん」

「さすがヌコせんぱい!」

気を取り直して進んでいくと、眼前の森が拓けて石ころが敷き詰められた先に川が見える。

そこでえだまめ1号の鼻がチカチカと激しく光り、待機していたオジジの前で足を止めた。

「ここら辺だな……全員!ゴーグルを着用!!」

えだまめ1号の号令で、刑事達は霊子ゴーグルを着けて怪異との遭遇に備える。

仔黒猫の方はと言えば、えだまめ1号の足にまとわりついたり毛繕いをしたりと、リラックスしていた。

「オジジ!結界を切り裂け!!」

親同然のえだまめ1号からの命令を受け、小さな耳をピクンとさせた仔黒猫のオジジは、上官を前にした二等兵のように背筋をシャンと伸ばす。

「御意っ!!」

ムトウの「しゃべれんのかよ……」を気にも留めず、オジジは川原で飛び上がり、小さな前足で空を切る。

シュパンッ!と空間に切れ目が入ると、そこからポスターが剥がれるように別の空間が現れた。

「な、何だべ!こやつら!!」

ザビエル頭の小柄な半魚人が突然現れた刑事達に怯えている。

「そりゃ、こっちのセリフだ」

ムトウが銃を抜いて半魚人に向けると、半魚人の後ろから子供達が盾になるように立ちはだかった。

「オラたつの友達さイジメんな!」

えだまめ1号のお目目カメラが子供達を捉えると、声を上げた。

「そのガキ共は行方不明になったガキ共だ!銃を下ろせ!!」

「何だと?!」

えだまめ1号の言葉でムトウは慌てて銃を下ろす。

「ねぇ、私達は警察なの。君達を保護しにきたんだよ」

「お父さんもお母さんも心配してるから、お姉さん達と帰りましょう?」

ハトムラとチカゲが優しく声をかけるが、子供達は首を横に振った。

「イヤだ!オラたつはコイツとここで暮らすんだ!!お父もお母も心配なんてしてねぇに決まってる!!」

キッと刑事達を睨む子供達に、えだまめ1号が呟く。

「クソガキ共め……大人の言うことは聞くもんだ!さっさと帰るぞ!!」

唐突にしゃべったえだまめ1号に、子供達は動揺した。

「な、何だ?タヌキか何かだべか?」

「バカやろぅ!!わたしはえだまめ1号!由緒正しい犬型ロボだ」

えだまめ1号の自己紹介で、子供達が色めき立つ。

「ロボ?ロボって……ロボットってことだか?」

「そうだ。わたしはロボットだ」

子供達は「おぉ~」と小さく歓声を上げた。

「合体して、こぉ~んなにでっかくなるロボのことだべか?」

子供の一人が瞳をキラッキラさせながら両手で大きな丸を描く。

「合体はしないが、ロボはロボだ」

えだまめ1号が答えると、急にテンションを下げる子供達。

「なぁんだ……合体しねぇなんてロボじゃねぇべ」

「んだ!キューレンオーみてぇにでっかくなんねぇならロボとは言わねぇな」

「んだんだ」

勝手な言い分でえだまめ1号をディスる子供達を目の前に、えだまめ1号が冷たく言い放った。

「オッサン……発砲を許可する!!撃て!!」

「そりゃダメだろ!!」

「そうよヌコちゃん!落ち着いて!!」

「ヌコせんぱい、眉間でいいですか?」

「チカゲちゃん!!撃っちゃダメッ!!」

刑事達の内輪揉めの隙に、子供達と半魚人が帰ろうとする。

「待て待て!俺達は君達を保護しなきゃならないんだ」

「それがお仕事なんですよ」

ムトウとチカゲが引き留めると、半魚人が一歩前に出て言った。

「んだら、オラたつに相撲で勝ったら子供たつを返してやるべ!ただし、負けたらオラたつの仲間になってもらうど?」

見た感じ子供の半魚人に、ムトウは半笑いで答える。

「乗った!その言葉、忘れんなよ?」

勝利を確信しているムトウに、えだまめ1号がこっそり耳打ちした。

「おいおい……大丈夫か?アレは河童だぞ?」

「アレが河童か……初めて見た」

「河童は小さくても馬を川に引き摺り込んだりする怪力の持ち主だぞ?しかも、お前以外は女と子犬だ。勝算はあるんだろうな?」

えだまめ1号に言われてハッとしたムトウが、女子からの凍てつく視線に凍りつく。

「だ……大丈夫だろ?所詮はガキなんだから」

自分に言い聞かせるように呟いたムトウに、えだまめ1号が冷静に話す。

「河童はな……川に引き摺り込んだ馬や人の尻子玉を抜いて食う凶悪妖怪だ。別名を『肛門吸血鬼』と言う……本当に大丈夫なんだな?」

物騒な二つ名を聞いて、ムトウはブルッと震えた。

「成せば成る!!」

やけくそに叫ぶムトウを、えだまめ1号は冷たく突き放す。

「つまり……勝算はないってことだな」

えだまめ1号の言葉に、ムトウは仲間達に向かい、静かに土下座した。

nextpage

川原に組まれた特設の土俵を挟み、刑事達と河童が並んだ。

「先鋒!かわたろう!!」

向こうから土俵に上がったのは、さっきの河童だった。

「じゃあ、ここは下っ端が行きます!!」

パンパンと頬を叩いて気合いを入れたチカゲが土俵に上がる。

「チカゲちゃん!!頑張って!!」

ハトムラの応援に、チカゲが笑顔で返した。

行司役の子供が軍配代わりのヤツデの葉を構え、かわたろうとチカゲが向き合う。

「はっけよ~い……のこった!!」

行司の合図と共に土俵中央でがっぷり寄つ人間vs妖怪。

かわたろうがチカゲのベルトを取って、ズリズリと土俵際まで追い詰めると、チカゲはグリンッと身を捻り、かわたろうの足を引っかけて「どっせーいっ!!」と土俵の外へ投げ飛ばした。

「おね~え~さぁ~ん~」

軍配がチカゲに上がると、ハトムラとムトウが立ち上がって狂喜する。

「チカゲちゃん!スゴーい!!」

「イタドリ!!よくやった!!帰りに飯奢るぞ!!」

「じゃあ、わんこそばでお願いします!!」

「わんこでもにゃんこでも構わん!!好きなだけ食え!」

大盛り上がりの刑事達の前に、さっきの河童より少し大きい河童が土俵に上がってきた。

「次鋒!かわじろう!!」

「あ?」

土俵で低い体勢を組む河童を見て、刑事達から物言いが入る。

「河童は一匹だったじゃねぇか!」

「何を言うか!そっちは三人おるべ?だったらこっちも複数出すに決まってっぺよ!!」

妖怪にまさかの正論で負かされる人間代表達。

「見合って見合ってぇ……はっけよ~い……のこった!!」

先ほどの取組と打って変わって、チカゲは組み合うのを避けて横に流すと、かわじろうの足を払う……が、かわじろうが踏ん張り、チカゲの腕を両手で掴むと、そのままスイングして土俵外へ投げた。

「か~わ~じぃ~ろぅ~」

今度は向こう側から歓声が上がり、土俵から落とされたチカゲは頭を下げながら下唇を噛み締めて戻ってきた。

「ずびばぜん……ばげぢゃいばじだ……」

悔し涙をこらえるチカゲに、ハトムラが駆け寄り、優しく背中を撫でながら言う。

「よく頑張ったよ!チカゲちゃん!!」

「そうだぞチカゲ、よくよく考えてみろ?河童に相撲で勝った女は人類史上でお前が初だ」

「仇は俺達で取ってやる!わんこそばを腹がパンクするまで食わせてやるから泣くんじゃない!!!」

「はい……お土産に牛タンカレーも買ってくれますか?」

「分かったよ!カレーでも何でも買ってやる!!」

「ひゃっほぅ~ぃ♪」

この機に乗じて追加の牛タンカレーをゲットしたチカゲは、一転してご機嫌になった。

「次は私が行きます……チカゲちゃんの仇は私が取ります!!」

気合い充分のハトムラが殺気を纏って土俵に上がると、一気に緊張が張りつめる。

「はっけよ~い……のこった!!」

行司の掛け声と同時に低い姿勢で突進してきたかわじろうの頭に、ハトムラが組んだ両手を思い切り振り下ろし、かわじろうを頭から土俵に叩きつけた。

「お……おね~えぇ~さぁ~まぁ~」

一瞬で決した取組に、場の空気は固まった。

「ぶいっ!」

菩薩のような微笑みでピースするハトムラに、チカゲが興奮しながら小躍りする。

「ハトムラせんぱいっ!にふぇーでーびる!!」

「デビル……確かにな」

「バカかオッサン……『にふぇーでーびる』は沖縄じゃ『ありがとうございます』って意味だ」

「へぇ~……」

チカゲのテンションとは正反対に、ハトムラに秘められた恐ろしさを肌で感じたムトウとえだまめ1号は、土俵で伸びているかわじろうから目を離せずにいた。

「中堅!かわさぶろう!!」

次鋒のかわじろうよりもまた一回り大きな河童が、土俵に上がる。

そして、少し顎がしゃくれていた。

「ハトムラせんぱーい!!ファイトー!!」

チカゲの声援に右手を高々と上げて答えるハトムラ。

両者が向かい合い、行司の合図を待つ。

「はっけよ~い……のこったぁ!!」

行司が軍配を上げた瞬間、かわさぶろうはハトムラに飛び込んで、ガッチリとホールドする。

ハトムラもさっきのように渾身の力で背中を叩くが、硬い甲羅には通用しなかった。

そのまま後ろへ押し出されそうになったハトムラだったが、阿修羅の形相でかわさぶろうの腰に手を回す。

「……ケツ触ってんじゃねぇよ!!こンのエロガッパァァアアア!!」

ハトムラは怒りの雄叫びを上げながら、かわさぶろうの体を逆さに抱え上げると、そのまま腰を下ろす感じで脳天を土俵に突き刺した。

パリンッ!ゴシャァッ!!

「パ……パイルドライバー!?」

衝撃の出来事を目の当たりにしたムトウは青ざめた。

「あの河童……死んだぞ?たぶん……パリンッて音したし」

えだまめ1号も、尻もちをついているハトムラの股の間から垂直に生えている河童を見て、黙祷を捧げた。

「ハトムラせんぱい!!マジでデービル!!」

興奮しっぱなしのチカゲが土俵上のハトムラに手をブンブン振っている。

「今の『マジでデービル』は何て意味なんだ?」

「アレはそのままの意味でいいと思う……」

エキサイトしすぎて、うっかり暴言を吐いたチカゲに気づかず、ハトムラはガッツポーズを決めていた。

しかし、そこにカッパ連合から物言いが入り、審議にかけられる。

何やらゴニョゴニョしてから、行司がマイク代わりのキュウリを片手に話し始めた。

「えー……ただいまの取組は、お姉さんのおしりが先に土俵についていたため、かわさぶろうの勝ちといたします」

行司のえこひいきな判定に、当然ながら人間代表団が猛反発した。

「そりゃねぇぞ!!」

「ふざけんな!!わたしのお目目カメラの録画で判定をし直せ!!バーロー!!」

「そんなのインチキだー!!八百長だー!!ロズウェルだー!!」

「イタドリ……八百長とロズウェルは今のと全く関係ないと思うぞ?」

刑事達からのブーイングに、カッパ連合は口を尖らせて一斉に視線を逸らした。

絶対的確信犯である。

「ゴメンね……負けちゃった」

試合に勝って勝負に負けたハトムラが申し訳なさそうに俯きながら土俵から降りてくると、チカゲは鼻息を荒くしてハトムラを抱き締めた。

「ハトムラせんぱい!!マジでデービルでしたよ!!」

「えっ……チカゲちゃん、今、何て言ったの?」

無邪気にディスるチカゲを遮って、ムトウがビビりながらさりげなくフォローする。

「ハハハハトムラ!どんまいどんまい!!まだ次が控えてるから心配すんな!」

そんな中、闘志が燃えたぎる犬がいた。

「あのクソガキ共……目に物見せてやる……」

えだまめ1号がウィーンと前に出ると、ムトウが止めに入る。

「お前はダメだろ?もう前足ついてんじゃねぇか!!」

ムトウの心配をえだまめ1号が鼻で笑った。

「甘いぞオッサン!目ン玉かっぽじってよく見るがいい!!えだまめトランスフォーム!!」

カッコ良さげな掛け声で、えだまめ1号の体が立ち上がると共に、前足がサイドにスライドして、頭は立ち上がった胴体の上にカシャンと乗っかった。

「完全変形!えだまめ~ンぜぇ~っと!!」

それっぽくポーズを決めるえだまめンZに、ムトウが冷静なツッコミを入れる。

「クソダセェな……その名前」

ムトウの心ない一言で、途端に恥ずかしくなったえだまめンZが、振り向き様に鼻から霊子弾を飛ばした。

「うるさいっ!!強さは名前じゃないんだよ!!」

「そうですよ!ほら!子供達の顔を見てください!!」

無慈悲に飛んでくる霊子弾を食らいながら、ムトウが子供達に目をやると、子供達の瞳には少女マンガみたいな星が瞬いている。

「スッゲー!!えだまめンZ!!なまらカッケー!!」

「ロケットパンチとか出しそ~だな!!」

「目からビームとかぜってー出るべな!!出せるべな!!」

憧れのスポーツ選手を間近で見たくらいのテンションの子供達を指差して、えだまめンZが振り返る。

「な?」

「何が『な?』だ!早く行けっ!!」

竹の担架で運び出された河童の代わりに、副将のかぱおが土俵に上がった。

「何で『かわさぶろう』の次が『かぱお』なの?」

「別に『かわしろう』とかでいいじゃねぇか!」

「特に『かわ』にポリシーはないみたいですねぇ」

各々が勝手なことを言う人間代表団を無視して、かぱおがスーパーロボえだまめンZと対峙する。

「はっけよ~……い……のこった!!」

行司が軍配を上げるや否や、えだまめンZが先手とばかりに鉄の爪をシャキンと伸ばし、振り上げながら突撃をかました。

「喰らえ!!クソ妖怪!!えだま」

バチーン!!

爪を繰り出す前に、かぱおの強烈な突っ張りが、えだまめンZにヒットし、瞬く間に場外に弾き飛ばされる。

「かぱぁ~あ~おぉ~」

かぱおがごっつぁんですしている中、傷だらけのえだまめンZは元のえだまめ1号に戻った状態で刑事達の下へと帰還した。

「いやぁ~……流石は妖怪だわ……メンゴメンゴ」

1ナノメートルも悪びれずに戻ってきたえだまめ1号に、ムトウが罵声を浴びせる。

「何しに行ったんだ!!この野郎!!」

「ムトウさん!あの体格差じゃ仕方ありませんよ」

「そうですよ!あとはムトウせんぱいが勝てばいいだけですもん!!楽勝ですよ♪」

ムトウの叱責に、白星を上げた女子達がフォローを入れると、えだまめ1号は体のあちこちからバチバチ火花を散らしながら言った。

「ガキ共のハートはつかんだ……それでいいじゃないか!!」

「瞬殺で離れてったけどな……」

子供達は侮蔑の目でえだまめ1号を見つめながらヒソヒソしている。

「元はと言えば、お前が無茶な勝負なんか受けるからじゃないか!!お前、負けたらマジで腹切れよ!!旅行中の事故扱いにしてやるからな!!二階級特進なんて絶対させないからな!!クソが!!」

逆ギレするえだまめ1号に、ムトウが自信たっぷりにキメ顔を向ける。

「この俺様が河童ごときに負けるかよ……柔道三段だぜ?」

余裕の笑みをたたえて、ムトウが土俵に上がった。

実質的大将のムトウに、人間代表団の命運がかかっている。

「かかって来いや……河童野郎!万物の霊長の力を見せてやるよ」

河童と中年男が土俵中央で睨み合った。

「見合って見合ってぇ~……はっけよ~い……のこった!!」

闘いの火蓋が切って落とされた瞬間、ムトウは身を横に逸らせ、かぱおの特攻をかわすと、かぱおの背後を取り、足を引っかけて突き飛ばしたが、かぱおが土俵際で踏ん張り、体を捻らせると、ムトウの体をしっかりとつかんだ。

「やるじゃねぇか……だが、これで……終わりだっ!!」

ムトウはかぱおの甲羅を両手で持ち上げると、そのまま土俵の外へと運び、落っことした。

「おじぃ~い~さぁ~ん~」

軍配がムトウに上がり、ムトウは右手を高々と突き上げる。

「やったー!!さっすがムトウさん!」

「ムトウせんぱい!!めっちゃ強いじゃないですか!!」

「ヨッ!強いね!おじいさん!!」

「おじいさんじゃねぇよ!!えだまめンZが!」

人間代表団が勝利に浸る間もなく、最後の刺客が土俵に上がってきた。

その大きさは、ムトウの二回りはある。

「……何アレ?」

「ゴリラ?ゴリラじゃないですか?」

「UMAだ……ありゃ色違いのビッグフットだ!!」

土俵に上がってきたのは、可愛い小顔が乗った筋骨隆々の桃色マッチョゴリラ……もとい、ピンクの河童だった。

「大将!ねねこ!!」

見た目にそぐわない可愛らしい名前のゴリラッパに、ムトウが絶望の半笑いを浮かべて絶句する。

「アレってメスなの?」

「名前はメスっぽいですけど……」

「待て!カオルって名前のオスもいるからな……オスの可能性も否定出来ないぞ?」

戦々恐々とする人間代表サイドに、ねねこは深々とお辞儀をした。

「今日はオラたつと相撲さ取ってくれてありがとねす」

ゴリゴリの体から発せられたアイドル声優チックな声に、人間代表団は確信する。

コイツはメスであると━━。

「とにかく!コイツに勝てれば俺達の勝ちなんだろ?」

「んだ!オラが大将だすけ、ねねこに勝ったらオメ様たつの勝ちだ」

半ば自棄になる中年ムトウとゴリマッチョねねこが土俵で相対し、構えた。

「はっけよ~……い…………のこった!!」

ねねこの一発を喰らったら即死は免れないと悟ったムトウは、すぐに利き手と逆に逃げて距離を取り、勝機を探す。

しかし、デカい図体の割に素早いねねこの動きに焦ったムトウは、あっさりとねねこに捕まってしまった。

「くぅ~!重てぇ……」

投げようにも巨躯なねねこはビクともせず、ムトウを土俵際まで追いつめていく。

「負けて……たむぁるかぁぁあああ!!」

俵に足がかかったムトウは全身全霊を込め、ねねこに起死回生のうっちゃりを繰り出した。

グキッ!!

嫌な音がした。

「あ…ふぅ……」

無理な体勢で重い物を持ち上げようとしたムトウの腰は、断末魔の悲鳴を上げ、ムトウの体がそのままヘナヘナと崩れ落ちる。

勝負あった。

「ねぇ~え~ねぇ~え~こぉ~」

決まり手は『ムトウのギックリ腰』……人間チームは敗北した。

「クソジジイ!!死んでしまえ!!」

「いや、いくらなんでもアレは無理だよ……規格外だもん」

「でも、我々は負けちゃったんですよね?」

残念そうな人間チームに、ニタニタ笑いながら近寄るカッパ連合の面々。

「これでオラたつの勝ちだな!!約束通り、オメ様たつにも仲間ンなってもらうど!」

勝ち誇っているカッパ連合に、待ったをかけた者がいた。

「5対5なんやったら、もう一人出てもえぇんやろ?ウチも混ぜたれや」

ドスの効いた声に振り返ると、ユキザワ室長が腕を組んで立っている。

「室長!!」

「ユキザワ室長!!」

突如現れた救世主に、人間代表チームは驚きと同時に安堵した。

「おい!そこのメスゴリラ!!はよ土俵に上がらんかい!!」

「違う!オラはゴリラでねぇ!ねねこだ!!」

ユキザワ室長の地味な悪口に、乙女な河童ねねこが傷つきながらも否定するが、ユキザワ室長は尚も捲し立てる。

「何でもえぇから土俵に上がれや……マドモワゼルゴリ子ちゃん」

ユキザワ室長はサッサと土俵に上がり、ねねこを見下ろしていた。

女の子が言われたくない単語の上位に食い込む『ゴリラ』と重ねて言われ、ねねこのハートは既に血だるまで、目からは涙の筋が落ちている。

「流石はユキザワ室長だ……人を泣かせることにかけては、右に出る者はこの世にいない……」

えだまめ1号の大きな独り言を聞いた新人のチカゲは、思わず聞き返した。

「そんなにスゴい人だったんですか?」

チカゲの質問に、ねねこに同情すらしているムトウがヨツンバインで答える。

「イタドリはまだ知らんと思うが、怒った室長は誰よりもエグい」

それでも信じられないチカゲは、一番信用のおけるハトムラにも訊いた。

「ハトムラせんぱい!本当ですか?」

半信半疑のチカゲに、ハトムラは親が明日死ぬくらい深刻な顔で答える。

「残念だけど本当よ……ユキザワ室長はね。的確にウイークポイントを突いてくるの」

ばけものがかりの秘密の一つを垣間見たチカゲは、呆然としてユキザワ室長を見つめていた。

「ほれ!審判!!ちゃっちゃとやれや!!どんくさいやっちゃのぉ……」

土俵上は、涙ぐむゴツい河童とそれを嘲笑する人間の女というカオスな状況が繰り広げられている。

「はっけよ~い……のこったぁ!!」

取組開始と同時に怒りに任せてねねこがユキザワ室長に突撃するも、それをヒラリとかわし、後ろに回り込んだ。

「そんなにデカいと動きもトロいんやのぉ……はよぅウチを捕まえてみぃや、デクゴリラ」

軽やかな足さばきで猛攻をいなすユキザワ室長に、悔しさと悲しさと胸の痛さとが入り交じったねねこの攻撃は、大振りになり、空を切るばかりだった。

「なんやなんやぁ?それでもワレは妖怪か?お水が足りひんくなったんか?わんぱくゴリ美ちゃん♪」

鮮やかに攻撃を避けまくりながらも口撃は忘れないユキザワ室長に、観客はドン引きしていく。

「オラは……オラは……ゴリラでねぇもん!!河童のねねこだもんっ!!」

ねねこの怒りと悲しみを込めた攻撃は一層激しさを増すが、それを涼しい顔で避けるユキザワ室長。

「河童だぁ?どう見てもカワゴリラにしか見えへんで?新種か?それとも、ゴリゴリの実か何か食うたんか?そら御愁傷様やのぅ~」

「ち…違ぁぁあああう!!」

もはや泣き叫ぶねねこが、ユキザワ室長を捕らえた。

互いの掌を重ねて、ギリギリと軋む音がする。

「やっと相撲らしくなってきよったのぉ……」

「許さねぇ……オメさゼッテェ許さねぇど!!」

合わさった掌が下を向き、ゴリゴリゴリッと骨が鳴く。

「あぎゃぎゃぎゃぎゃぁあああ!!」

悲鳴を上げるねねこに、ユキザワ室長が言った。

「誰が誰を許さへんて?ワリャァ……力が自慢やったんちゃうんけ?モモゴリラ……この腕もいだろか?もぎ取ったろか?」

さらに捻り上げ、痛みのあまり身を仰け反らせるねねこを見て、耐え切れなくなったチカゲが叫んだ。

「室長!!室長の勝ちです!!これ以上ねねこちゃんをイジメないでくださいっ!!」

そこに号泣中のハトムラも加勢する。

「ユキザワ室長!!私からもお願いします!!もう乱暴は止めてあげてください!!」

涙ながらに懇願する味方達に、ユキザワ室長は満足そうに笑って、ゆっくり手をほどいてやると、その場にねねこが膝をついたことで勝負は静かに決し、幕を下ろした。

nextpage

ユキザワ室長の前で正座させられている四匹の河童と、割れた皿を手当てされ横になっている一匹に、ユキザワ室長直々の取調べが行われる。

「……でや、オンドレらが子供を誘拐した罪については死刑……」

いきなりの極刑に、一同がざわつく。

「と、言いたいトコやけど、子供らにケガもないし、飢えさせてる様子もないけ、今回は厳重注意の上、人間への接触禁止命令で収めたるわ……こっちも大分暴れてもうたしな」

鬼神ユキザワから出た予想外の提案に、河童も子供達も抱き合って喜んだ。

「おい!河童!!」

「「「「は、はいっ!!」」」」

ユキザワ室長から声をかけられ、縮み上がる河童の目を見て話しだす。

「友達を作るのは別に構へんが、帰る場所があるモンを帰さへんのはアカン……帰りたない言うても、帰らなアカンて言うたるのが、ホンマモンの友達言うモンなんやで?」

「「「「分かりました!!すいませんでした!!」」」」

素直に謝罪する河童達に「うむ」と頷いたユキザワ室長は、今度は子供達に目を向けて言う。

「オドレらのワガママのせいで、友達がエライ目におうてもうた……見てみぃ!一人は死にかけとんのやで?」

ユキザワ室長が指差す先にいる瀕死の河童に、子供達は憐れみと申し訳なさの絡み合った視線を落とし、ハトムラの方も罪悪感で顔を伏せた。

「えぇか?よぅ聞きや?人間っちゅうモンはな、ルールの中で生きてんねん……勉強したり、友達と仲良うしたり、悪いことせぇへんのもルールや」

ユキザワ室長の魂の授業を、子供達は真剣に聞いている。

「せやけどな……ルールを破れば怒られんねん!オトンもオカンも心配するし、それが大人やったら警察にもパクられるしな!!」

急に牙を剥いたユキザワ室長に、子供達はビクンと身を震わせた。

「でもな、逆にルールさえ守っとったら何をしてもえぇねんで?好きなモン食うて、好きなだけ寝て、友達と遊んで……な?簡単やろ?」

ユキザワ室長が笑顔で問いかけると、子供達も素直に頷く。

「今、オドレらのルールは『家に帰ること』や!どや?守れるか?」

子供達は輝く笑顔で力強く頷いて見せた。

「よ~し!えぇ子やな!ハトムラ、イタドリ、じゃりん子ら連れて先に山を下りろ。そこに所轄と親らを待たせとるけ」

「「はいっ!!」」

ユキザワ室長の命令に敬礼で答えたハトムラとチカゲ両名は、子供達を連れて麓へ向かった。

「あとな」

山を下りる後ろ姿に、ユキザワ室長がニヤリと笑って言った。

「問題があった親には、ウチがよぅ言うて聞かしたから安心しぃ?また何かあったらウチが家庭訪問したるさかいにな」

含みしかない言葉を受けて、子供達は半笑いで返すしかなかった。

「おい!河童!!」

返す刀で話しかけられた河童達が、背筋をピンと伸ばす。

「絶対にオドレらから子供らには近づくなよ?」

威圧的に念を押すユキザワ室長に、河童達もコクコク頷く。

「でもまぁ……向こうから来るんはしゃーないからなぁ……怪異を取り締まる法律はあっても、じゃりん子らに怪異と遊ぶなっちゅう法律も罰則もあれへんし……ウチらが知らんトコやったらお手上げやしな」

照れ臭そうに鼻の下をこするユキザワ室長を、ハトムラが涙をにじませて振り返る。

「ユキザワ室長!!」

感極まるハトムラに「はよ行き!!」と促し、ムトウとえだまめ1号にも下山命令を下した。

それに従い、山を降りていく刑事達を見送ったユキザワ室長は、泣き腫らしたねねこの前に立ち、膝を折る。

ねねこの目を見て、ユキザワ室長は微笑んだ。

「すまんなぁ……女っちゅうのは自分より可愛いモン見ると、嫉妬してもうて、つい悪口言うてまうんや……ホンマに申し訳ないっ!ねねこちゃん」

深々と頭を下げたユキザワ室長のつむじを、ねねこは驚いて見つめる。

「まぁアレや……お詫びっちゅうことでもないんやけど……」

そう言ってポケットから小さな箱を取り出したユキザワ室長は、箱を開け、中の物をねねこの頭につけてやった。

「おぉ!よぅ似合うとるやん!!また女が上がったな!!ねねこちゃん」

ねねこにコンパクトを開いて見せると、ねねこは嬉しそうに笑う。

ねねこの髪につけられたキュウリの髪飾りが、夕日に照らされて光っていた。

「ウチみたいな悪い人間もぎょうさんおるけど、人間全部を嫌いにならんとってな?」

ユキザワ室長がねねこの頭を撫でると、ねねこはニッコリ笑って頷く。

少し話をしてから山を下りていくユキザワ室長の後ろ姿に向かって、淋しそうに手を振る河童達。

一方、ねねこの髪飾りと同じキュウリのイヤリングが、その別れを惜しむかのようにユキザワ室長の耳で揺れていた。

Concrete
コメント怖い
22
14
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ

@雪ちゃん

帰るも何も作品の一部を向こうで公開するだけだから安心してね!

個人ホムペと言っても検索にすら引っ掛からない過疎サイトだし、大したものは載せてないし。

いっぱい読んでもらえるように頑張って書くから、これからもよろしくね♪

返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信