「大丈夫ですよ、私たち以外、車が通ることは絶対にありません。車を端に停車させてください」
私は六神の指示にしたがって車を停車させた。
月明かりが、高速道路下に広がる街を不気味に照らしていた。街の家々には一切明かりが付いていなかった。(馬鹿な・・・まだ午後3時をまわったばかりのはずだ。これじゃまるで・・・)
言葉を失っている私を六神が揺さぶった。
「先輩!しっかりしてください。今日私が説明したことを思い出してください。いいですか、ここからは先輩独りでいかなきゃ行けないんです。そこの緊急避難用の非常階段から下に降りて『家』にむかってください。
そこで自分と向き合うんです。けっして現在の自分を見失わないでくださいね。試練にうち勝てば、必ず戻ってこれます。」
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私は彼女に促されるまま、非常階段から街に降りた。
数歩歩き後ろを振り返ると、そこにあるはずの高速道路はなくなっていた。
私は幼き日の記憶を頼りに、自分が幼少期に育った家へとむかった。道の途中、何度か立ち並ぶ民家の小窓に気配を感じた。街は、私が過ごした時代で時が止まってしまったかのような雰囲気だった。ヒソヒソとお大勢で話すような不気味な声が聞こえ始める。
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不意に、後ろをなにか通り過ぎた。
振り返ると麦わら帽を被ったおじさんが自転車にのって通り過ぎていくところだった。気づくと周りにはかつて自分が暮らした街と同じように、街に暮らす人が行き交っていた。いつの間にか街には明かりが灯っていた。
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私は好奇の目で周りを周りを見渡しながら歩いた。
既に、先程のような恐怖と緊張感は私の中からあとかたもなく消えていた。私は幼き日の姿に戻っていた。駄菓子屋のおばちゃんが、僕に話しかけてきた。
「ぼうや、もうすぐ日が暮れるよ。お家におかえり。」
僕は元気よく頷くと、家の方向にかけだした。
「ただいま!」
元気よく帰宅の挨拶を叫び、靴を脱ぎ散らかして家に上がり込んだ。
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母がキッチンでトントンと何かを切っている。
「ご飯できてるわよ、手を洗ってたべなさい」
母がキッチンから顔だけをだして私にいった。
僕は手を洗いに洗面所にむかった。鏡にうつっていたのは、昨夜、夢に出てきた少年であった。
「じゃあ、いただきましょう。」母はそういってパクパクと美味しそうに肉を頬張った。
だが、なぜか僕は目の前の美味しそうな料理にてがつけられなかった。
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「どうしたの、早く食べちゃいなさい。」
「お父さんがまだ帰ってきてないのになんでたべるの。」私の家には、家族全員が揃わなければご飯を食べては行けないというルールが存在していた。
「お父さん?何それ。居ないわよ、うちには。女手一つであなたを育ててきたんでしょう。」母はそう言うとまた肉を頬張り始めた。
「それに、なにか大切なことを忘れてしまっているようなきがするの。お母さん、僕なんだかこわいよ。」
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「いいから早くたべなさいっ」
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母は唐突に目を血走らせ、すごい剣幕で怒鳴った。
「おとうさんはね、残業で遅れるの。だから先に食べましょうね。」母はまた穏やかな口調にもどし、また肉を食べはじめた。いや、食べているというより、食い散らかしている、という表現のほうが正しいような食べ方になっていた。
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「さっきは女手一つで育てたとかいってたじゃん。お母さん、どうしたの?なんかおかしいよ。さっきからなんでお肉ばっかりたべてるの?それはなんの肉なの?」
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「そうだ。おかしいぞ。駄菓子屋のおばちゃんは僕が小学生の時に脳梗塞で亡くなったはずだし、お母さんだって・・・」
次の瞬間、母が力いっぱいテーブルを叩いた。ガチャんと、音をたてて料理がひっくり返り、テーブルの上が赤黒くそまった。
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「やかましいぞ」
母の口から絶対にらでるはずが無い言葉が転がり出た。母は燃えるような視線を私に向け、威圧的な態度をとった。
私はなにか不穏な空気を感じ取り、咄嗟に肉を口に放り込んだ。「おいしいよ、お母さん」
母はまた口調をもどしていった。「それはよかったわ。」母はちらかった食器を片付けると、キッチンに姿をけした。
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私は急いで洗面所に駆け込み、口の中の肉をはきだした。六神が言っていた誘惑の意味が分かったきがした。そうだ。街でみた人々の顔・・・全員、もう既にこの世にいるはずが無い人達だった。
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「なにしてるの?そんな所で」
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後ろにいつの間にか母がたっていた。私は高鳴る鼓動の音を聞きながらふりかえった。
母が万遍の笑みで洗面所の入口に直立していた。
「終わりだ」私は母の姿をした何かに強い怒りを覚えた。「もう、ばれているよ。もう、過去に戻りたいなんて思わない。僕には・・・私には愛する妻も、子も、可愛い後輩もいるんでね。終わった過去はもうしゃしゃりでてくるな。」
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母の姿をしたなにかは、表情消し直立したまま私と数十秒睨み合うと、体をこわばらせたまま、足だけで右に方向転換をし、壁の死角に消えた。
あとを追うと、そこには何もいなかった。気がつくと家の中は廃屋のようになっていた。食器は埃をかぶり、洗面所のかがみは錆び付いて何もうつっていない。私は家を飛び出し、高速道路があった方向へかけだした。あんなに賑やかだった街は、再び時が止まったように静まり返っていた。自分がとてつもなく危険な状態にあったのだと、ようやく自覚しにわかに恐怖が湧き上がってきた。
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振り返ると、『家』の2階のカーテンがめくられ、見知らぬ白い顔をした子供が恨めしそうに顔を覗かせていた。
私は戦慄し、高速道路があった場所へかけだした。
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もしも高速道路が消えていたらと想像したが、ちゃんとそこに高速道路はあった。私は彼女の言っていた「試練」を、突破できたらしかった。階段を上がる途中、何となく街の方を振り返った。しかし、そこには街はなく、ただ闇だけがひろがっていた。まるで大海原のように「夜」そのものが高速道路の下に広がり、そこには底がないように感じた。私は階段を駆け上がり、車に飛び乗った。
「先輩っ!」顔をクシャクシャに泣き濡らした六神が抱きついてきた。
「よかった!先輩がいなくなったら私・・・!」
六神はガタガタと震えていた。私は自分が不甲斐なかった。彼女は1度あんな体験をした上で、ここまで付いてきてくれていたのだ。1番怖かったのは、彼女だったのだ。私は先輩として、後輩にこんな思いは2度とさすまいと心にちかった。
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私は抱きついて離れない六神を脇に抱えたまま、車を発進させた。いつの間にか高速道路の下には見慣れた都会の街が広がっていた。
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なあ、六神。私は泣き疲れてシートにうなだれている彼女に語りかけた。「俺は、本当に試練を突破できたのか?俺はまだ、自分が思い描く理想に甘んじて、奴が作り出した幻想のなかに閉じ込められているんじゃないのか?」
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彼女は、目を閉じたままいった。
「阿呆ですか、先輩。私が偽物だとでも言うつもりですか。あの街では、もうこの世に存在しない者しかいなかったでしょ。」
「しかし・・・なんだか不安なんだ。私は・・・本当にあの夜から抜け出せたのか?」
また、腹の底から不安な気持がこみ上げてきた。
「ああ、もう」
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彼女は唐突に起き上がり、私の胸ぐら掴み、引き寄せると強引に私の唇に自分の唇を重ねた。
「これで分かりましたかっ先輩。」
そう言って彼女は反対方向のまどに向き直り、景色ながめる振りをした。耳が真っ赤っかである。
危うく車を外壁にぶつけそうになった私は、安全運転で彼女を自宅まで送り届けた。なにが「これで」なのかは謎だったが、結果的に私は元の世界に戻ってこれたのだと腑に落ちることにした。
作者しゅう
後編は眠たい中書いたせいか、割と適当なできになっちゃいました。あと、最後にいれんでもいいラブコメをぶち込んじゃったなあ・・・我慢できんかった。
俺の助平め。
途中、かきたい下りもありましたが、だらだら長くなってもなーというのと、眠くてもう書きたくなかった・・・
家はどんな条件をみたしたら出現するのかとか・・・書いた方がよかったかなー