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短編2
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井戸の昔

すでに廃寺だった。

秋風が冷たく感じて、

井戸の周りにもすすきが、

伸びて茂って、

旅の僧はかつての、

人びとを弔っていた。

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女が一人、

井戸を見つめている。

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女は僧に語りだす…

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「夫とは仲むつまじく幸せだった

 けれども夫は女のもとへ行き

帰らない」

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「幼い頃、

この井戸の周りで遊んだり話をしたりしました。

でも年頃になると恥ずかしくなりました。

二人でいることが…

だんだんあなたとは疎遠となりましたが、

また歌を送り送られする仲となり結ばれたのです」

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そう語り終えると、

女は消えた。

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夜、僧は眠りについた。

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夢の中

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幽玄に舞っている。

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あの女が、

夫の形見の衣装を身に羽織って。

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「昔を思い返しているのですが、

井戸に映った月がこんなにも小さく、

ささやかだったなんて思っても見ませんでした」

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「同じでしょうか

 月は

 同じでしょうか

 春は

 あなたがいらした頃の、

 そう歌を詠みあなたを待ち続けたのは、

 いつの頃だったのでしょうか」

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女は年老いた自分に気づいた。

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井戸にたどり着いた女は、

昔のように、

幼い日の夫がそうしたように、

水面に姿を映した。

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「懐かしい…」

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映し身は夫だった。

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女は一体となれた

夫と。

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〈筒井筒 井筒にかけし まろがたけ

生いしけりしな 妹見ざるまに〉

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  夫が昔送ってくれた、

  歌を女は思い出した。

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  女は次第に消えてゆく…

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  井戸を蔽う萎れた、

  すすきにうもれながら、

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鐘が鳴っている。

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この世の鐘が。

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僧は目覚めた。

Concrete
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コメントありがとうございます。
この話は能狂言の「井筒」を基に、
書いたものです。幽玄な気分に、
浸っていただけたらいいかなぁ
と思ったりしています^-^。

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幻想的な(古風な)文体が好きです。

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