中編7
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*HANA*~グラジオラス~

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金色に光る蝶が、静かに闇の中を飛んで行く。

優雅にヒラヒラと、夜の山を飛ぶ。

やがて…蝶は…

人家を離れた人気のない農道の脇に停めた白いミニバンの上で円を描くように羽ばたく…

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*********************

『皆さん、先ほど渡した薬を飲んでください。』

淳は月明かりに照らされた不安そうな顔を一人ずつ見詰め、皆が睡眠薬を飲んだのを確認すると、自分もポケットから出した薬を缶コーヒーで飲み込む。

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『一人で死ぬのは勇気がいる。

だけど…皆さんと知り合えたお陰で、こうして皆さんと一緒に逝く事が出来ます。

ありがとう…』

淳が言うと、皆が口を揃え

『こちらこそ、ありがとう…』

『一人じゃないって、こんなにも安らかな気持ちになれるんですね。』

と、涙ぐむ者までいる。

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『さあ、皆さん。

遺された遺族の方への手土産は持ちましたか?

私達が亡くなった後、私達の葬式代に使ってもらいましょう。

では、火を点けます…。』

淳はそう言うと、バンの助手席と後部座席下に用意した七輪の中の練炭に火を点けた。

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暫く経つとドアが開き、中から男が一人転がり出て来る。

男は酷く咳き込み、何度も深く息を吸ったり吐いたりを繰り返し、呼吸を整える。

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そして、スマホを取り出すと電話をかけた。

『今、終わったよ。

これから回収するからすぐに来いよ!』

と…

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それは、淳だった。

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淳は片手で鼻と口を押さえ、もう一度バンのドアを開けると、動かなくなった人達のポケットをまさぐり、それぞれの財布や腕時計、そして女性の首を飾るネックレスやピアスを外し、自分が先ほど飲んだコーヒーの空き缶を持ち、車のドアを閉めようと…

すると、未だ睡眠薬の効いていなかった一人の男に腕を掴まれた。

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男の意識はすでに朦朧としている様で、目の焦点も合っていない。

淳は男の手を振り解くと、両手を伸ばし、男の首を絞めた。

『ぐぅぅぅぅ…』と、声にもならない音を喉から漏らし、淳の手袋をはめた手をガッシリ掴みながら息絶えた。

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*********************

【集団自殺か!?】

淳は新聞の見出しを読み、自分に疑いがかかっていない事を確認すると、パソコンを立ち上げ、先日作ったサイトを削除した。

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ベッドの中では桃子が未だ寝息を立てている。

インスタントのコーヒーをマグカップに並々淹れ、リビングのテーブルに持って来るとパソコンもそちらに移動をし、新しく自殺サイト作る。

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こうして…

一人で死ぬ勇気のない人達を募り、一緒に死のうと呼びかけている。

勿論、淳自身は死ぬつもりは毛頭ない。

死にたい人達を募り、自分が死んだ後の葬式代と称してサラ金や闇金から金を借りさせ、死んだ後にそれを頂いているだけだ。

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ふと、一人の男の顔が浮かんで来る。

たまたま先日は死に切れなかった奴を手に掛けてしまったが、大抵は自分の手を汚す事なく上手く行っている。

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睡眠薬なんて、睡眠障害だと言えば簡単に心療内科で処方してくれる。

最初は軽いものだが、それでも効かないと言い続ければ、医者も諦めて強い物を出してくれるようになる。

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淳は睡眠障害でも何でもないので、そうやって貯めた薬を皆さんに配っているのだ。

実はその時、淳だけは睡眠薬ではなく整腸剤を飲んでいる。

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とは言え、淳も一度…

本当に死のうと思った事がある。

その時、一緒に死ぬ仲間を探しているサイトを見付けたのだ。

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男が3人。

女が2人。

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借金まみれで、もうどうしようもないと言う50代ほどの会社経営をしていた男。

中学校もまともに行かず、引きこもり生活を続けているニートのオタク。

風俗しか働いた事がないのに、年齢的に客も付かなくなった女。

一見普通の主婦に見えるが、パチンコに狂い、夫に隠れて借金をしていたが、それが夫にバレて離婚を突き付けられている女。

そして、何をやっても上手く行かず、もう死んでも良いやと参加した淳。

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50代のオヤジの言葉で、皆、借金をして金を作った。

家族に何か遺すどころか、葬式代まで持ち出させてしまうのは申し訳ないとの理由から。

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睡眠薬は、風俗の女の提案だった。

夏の夜、5人はオヤジの車に乗り高速道路を下った。

そして、オヤジが家族と旅行に来たと言う静かなダムに行った。

山道を進み、所々に点々と散らばる民家の庭先には、祖母が存命だった頃、実家の庭に咲いていたのと同じグラジオラスが大きな花をいくつも咲かせていた。

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そして…

……

風俗の女の配った睡眠薬を皆で飲み、薬が効き始める頃に練炭に火を点けた。

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淳は後部座席の左端に座り、他の人達が眠りに就いているのに自分だけが未だ薬が効かない事に焦っていた。

見る見るうちに車内は練炭の煙に包まれて行く。

眠りに就けない淳は煙くて息が出来ず、堪らず外に出た。

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そして、新鮮な空気を吸い込むと、死ぬ事が馬鹿馬鹿しく思えて来た。

ドアを開けると、煙に包まれ眠る人達の財布やら貴金属を外すと、車を後にした。

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人里離れたダムからの帰り道は、近くの電車の駅までも遠く、もう歩けない…と、明るくなった頃にたまたま通りがかったトラックに拾ってもらえなければ、どうなっていたか…

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無事に家に帰り着き財布の中身を調べてみたら、全部で300万近くの現金と、貴金属を質屋に持っていくと、それはそれで数万になった。

何もしなくても金が手に入る事を知った淳は、それから何度もサイトを立ち上げては仲間を集め、こうして楽に金をせしめていた。

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皆、死にたい人間。

淳はほんの少しそれの手助けをするだけで、言わば手数料みたいなもの。

死にたい奴の車を使って現地まで行ったら実行し、前以てその近くに桃子を待機させ、終わったら桃子を呼び、そのまま家まで帰れば良い。

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――簡単な事さ!

淳は次の自殺志願者を集めるべく、キーボードを叩いた。

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*********************

『皆さん、準備は宜しいですか?』

淳は赤い軽自動車の後部座席から一人一人の顔を順番に見詰め、声をかける。

運転手の女が振り向き、小さく頷く。

助手席の男も淳の瞳を見つめ返し頷く。

淳の隣に座る若い男は、両手を祈る様に組み、自分の指先だけを見詰めたままで頷く。

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淳はポケットに入れたピルケースから一粒ずつ、錠剤を一人ずつに手渡す。

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『皆さん、今日はありがとう。

一人で逝く勇気のなかった僕と…

こうして一緒に旅立ってくれて…

ありがとうございます。』

そう淳が言うと、それぞれが

『皆さん!ありがとう!』

『皆さんと一緒だから、怖くないです。』と、涙を零す。

そして、それぞれが淳に渡された睡眠薬を各自持ち込んだ飲み物で飲み干す。

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暫くすると、淳は七輪の練炭に火を点ける。

もくもくと煙が車内を満たして行く。

もう誰も動かなくなった事を確認した淳は、ドアに手をかけた。

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すると…

隣に座る若い男が淳の腕を掴む。

淳はいつもの様に両手を男の首に回す。

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『うわッ!!』

その手を運転手の女が真っ直ぐ前を向き、頭を胸まで垂らしながら、淳の手を掴んで来た。

どうやっても伸ばせない程肩を捻り、後部座席の淳の手を掴んでいる。

助手席の男も、頭を窓にもたれ掛けているのに、不自然に伸びた腕で淳の手首を掴む。

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淳は暴れて3人の手を振り解こうとするのだが、その手は考えられない力でガッシリと淳の皮膚に爪を立てて掴んだまま離そうとしない。

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無我夢中で暴れた淳は、無意識に煙を大量に吸い込んでいた。

――――――

ゲホッゲホッ!

――――――

咳き込み、込み上げて来る吐き気に堪えられず、その場で吐いた。

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焦れば焦る程、煙を吸い込んでいく。

次第に…

…淳の意識が薄れて来た。

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もう、これが現実か夢なのか分からなくなり、皆に手を掴まれたまま、シートにもたれ掛かると…

運転手の女の姿にダブって中年の男の顔や疲れた老婆…

助手席の男にダブって太ったニキビ面のニートや派手な女…

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そして、淳の横には地味な主婦やノイローゼになったサラリーマンなど…

どれも見覚えのある顔が淳を見詰めて笑っていた。

それらの人達は、淳の身体をガッシリと掴み

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『一緒に逝くって言ったじゃない…』

と…

やがて、淳の意識はプッツリ途切れた。

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*********************

夏の暑さの中、一台の赤い軽自動車が人里離れた山道の奥で見付かった。

この所よく有る練炭による、集団自殺と見られる。

通報を受けた村の駐在でさえ、車内の人の安否を確認するのが躊躇われる程酷く腐乱していた。

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……

車のすぐ横には、廃屋となった庭先で、グラジオラスの大きな花が風に揺られていた。

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〜グラジオラス〜

花言葉:

◎密会

◎用心

◎忘却

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