《再》*HANA*~赤いチューリップ~

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《再》*HANA*~赤いチューリップ~

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金色に光る蝶が、静かに闇の中を飛んで行く。

優雅に、ヒラヒラと飛んでいたが、少し疲れたのか…

ある一軒の家の軒先に止まると羽を休めた。

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恵子はドレッサーの前に座ると、頭に巻いたタオルを外し、ドライヤーのスイッチを入れる。

ドライヤーの熱風を浴びながら、髪の毛を乾かす。

鏡を視ながら、チラリと壁に掛けた時計を横目で見る。

…もう11時…

夫の和彦は未だ帰宅をしていない。

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この新興住宅地の一戸建を買ったのは、娘が中学に上がる年。

息子は小学3年の時だった。

和彦は42歳の働き盛り。

恵子も34歳の女盛り。

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毎日、子供達と夫と恵子の…

笑い声で満ち溢れている家庭だった。

年に2回の家族旅行。

和彦の連休の時は、日帰りでミッキーマウスに会いに行ったり、釣りやキャンプやハイキングと、マメで子煩悩な和彦は、子供達と恵子をどこへでも連れて行ってくれた。

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そして…娘が嫁ぎ、息子は独り立ちをし、子供達それぞれが自分の道を歩き出し、家を出て行った。

今は、4LDKのこの家で、恵子はたった一人。

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いつの間にか気付いた時には、恵子は50歳を超えていた。

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夫が疲れた身体を休められる様に…

子供達が外に出ても恥をかく事のない様にと…

恵子は、家族の事を一番に考え、生きて来た。

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恵子にとって家庭とは…

温かい場所であり、心も身体も休める事の出来る、唯一の場所だと…

その為には、恵子自身が我慢をする事も、自我を押し殺す事も、当たり前の事だと思い生きて来た。

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毎日の家計簿。

そして子供の頃から習慣になっている日々の出来事を書き綴る日記。

和彦と二人だけの暮らしも、子供達のいない淋しさはあるものの、きっと…充実したものになると、そう信じて来た。

夫婦二人だけで行く旅行。

山登り。

美術館や展覧会。

たまには手を繋いでスーパーに買い物に行ったり…

和彦との二人の暮らしに想いを馳せていた。

…それなのに…

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恵子はドライヤーのスイッチを消すと、髪の中から白髪を見つけて溜息を吐く。

頬に点々と散らばるシミ。

目尻に刻まれた細かいシワ。

鼻から頬に掛けて拡がる毛穴。

首元は、少し横を向いただけでクッキリといくつもの線が出来る。

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…年取ったわねぇ…

恵子はドレッサーの鏡に顔を近付け、一段と大きな溜息を吐いた。

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息子は就職した会社で地方勤務が決まり、家を出た。

その後、夫婦2人の生活は一変した。

元々、役職のある和彦の帰宅は遅い事が多かったのだが…

最近はとみに帰宅が遅くなっている。

『残業でしたの?』

恵子が聞いても和彦は

『うん…』と頷くだけで、言葉を濁す様な素振りをする。

お酒を飲んではいない様で、アルコールの匂いもしない。

毎日の和彦の遅い帰宅に、恵子は釈然としない思いを抱いていた。

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ワイシャツの襟に口紅を付けて帰った時は恵子が何も聞いてもいないのに、混んだ電車で向かい合わせになった女に付けられてしまったと、何か言い訳めいた言葉を和彦は繰り返していた。

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それは…

若い女を彷彿させる甘い香りを感じさせた。

その時、恵子の胸の奥に、小さな池の水面に滴を垂らした時の様な波紋が広がるのを感じた。

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そんなある日、その日も日付が変わる直前に帰宅した和彦は、鞄を寝室に置くと、疲れた顔をし、そのまま浴室へ行った。

恵子はベッドから起き、ベッドの上に放り出したままの背広をハンガーにかけていた。

プルル〜♪

静かな寝室に鳴る突然の音に、恵子の手は一瞬止まった。

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その音は、和彦の背広のポケットから聞こえる。

…こんな時間に?…

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恵子がポケットから携帯を出すと、【はるみさん】と、恵子の知らない女性の名が表示されている。

恵子は鳴り続ける電話に出る事なくポケットにしまい込むと、静かにベッドに横たわった。

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…やっぱり…

…あの人の帰宅が毎日こんなに遅い理由…

…他に女がいたのね…

恵子の疑惑は、確信となった。

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後数年で和彦は定年になる。

それからの、夫婦の生活…

今まで仕事に出ていた和彦と毎日同じ時を刻む不安は、正直、無いとは言えないが…

それでも、家族の為に働き通しだった和彦を労って行きたいと、恵子は心に決めていたのだ。

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だけど…

和彦は、恵子ではなく…

他の女性を選ぶのだろうか…

和彦に問い詰めたい気持ちと、答えを聞く勇気が持てない不安で、恵子の心は大時化の海の様に荒れ狂った。

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『今日も遅くなるの?』

恵子は朝食の味噌汁を飲んでいる和彦に聞く。

『あぁ…今日も遅くなるかな…』新聞に目をやりながら和彦は答える。

『そう…でも、お疲れなんじゃない?少しは早く帰れないの?』

恵子はカップにコーヒーを注ぎ入れながら和彦に聞く。

『ん〜…そうしたいのは山々なんだがな。もうすぐ俺も定年だから!

今のうちに頑張らないと。』

恵子と目を合わす事なく恵子に差し出されたコーヒーを啜り、和彦は笑った。

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和彦を会社に送り出し、部屋の掃除を済ませると、恵子は趣味のガーデニングを始めた。

庭には恵子ご自慢の薔薇のアーチがあり、小さな庭は所狭しと季節ごと、色とりどりの花が咲く。

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夏も終わり秋風の吹く季節。

そろそろ春に色を飾る花を植える時期だ。

恵子は煉瓦で作った自作の花壇の土を掘り返し、腐葉土や石灰を混ぜて土を作る。

…ホームセンターに行って、球根を買って来なくちゃ…

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恵子は、凍り付く冬を忘れさせてくれる鮮やかな色の花を思い、少しだけ気持ちが晴れるような気がした。

嫌な事を忘れる様に…

恵子は今まで以上にガーデニングに勤しんだ。

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ザッ

ザッ

ザッ

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恵子は煉瓦で作った花壇に向かい、土をかける。

二の腕までの長い園芸用の手袋を使い、土を平らに均して行く。

和彦の一部が見えない様に…

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均し終わると、等間隔に指で開けた穴に、赤いチューリップの花を咲かす球根を植えて行く。

黙々と植える恵子。

春になればチューリップが、色鮮やかに真っ赤な花を咲かせるだろう。

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その日、和彦は珍しく早い時間に帰宅した。

和彦のこの所の遅い帰宅で恵子は晩ご飯の用意もしていなかった。

慌てて準備を始めようとする恵子を制し、和彦はいつも会社に持って行く鞄の中から見覚えのない使い込まれたエプロンを取り出すと、手慣れた手付きでかつお節を削ると鍋に入れ、ダシを取り出す。

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そして、薄力粉と強力粉を半々に混ぜ、塩と少しの水を加えると力強くこね始めた。

お湯すら沸かした事のない和彦が、慣れた手付きでうどんを打っている。

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…誰に教えてもらったの?…

…いつもは、誰に打って食べさせているの?…

恵子の確信が殺意に変わった。

小麦粉を練った物をビニールで包み、和彦は何度も踏み、麺にコシを作っている。

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恵子は和彦の後ろに回ると、何も言わず、両手で掴んだ包丁を和彦の身体の奥深く突き刺した。

和彦は、何が起こったのか分からない様子で

『え…?』と、恵子の方を振り向き様に倒れて行く。

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恵子は倒れ込んだ和彦の身体に

何度も

何度も

何度も

何度も

包丁を突き刺して行く。

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包丁が折れたらもう一本取り出し、憑かれたように黙々と和彦の身体を突き刺す。

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床に広がった大きな血溜まりの中で…

和彦は、もう動く事はなかった。

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和彦を埋め、その上にチューリップの球根を植え終えた恵子は、リビングのソファーでぐったりと横になった。

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プルル〜♪

和彦の携帯が 鳴った。

恵子は背広のポケットから携帯を取り出すと、名前を見た。

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――【はるみさん】…

恵子は通話ボタンを押した。

すると…

相手は思いがけず、年嵩の男性の声だった。

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[いつもご主人にお世話になっております。

【晴海庵(はるみあん)】の木下と申します。

毎日仕事帰りにうちの店で手伝いをしてもらってまして。

ご主人は、”修業だって”仰ってましたが、バイト代も出さずに、申し訳なく思ってたんですよ。

しかし、奥さんはご主人に愛されてらっしゃるんですな。

”もう少しで定年になるから、今まで苦労をかけた分、女房に恩返しをしたい”って仰ってましてね。

女房が行きたがってた旅行に連れて行ったら、今度は第二の人生を、女房と一緒に迎えたいって。

毎日仕事が終わると店に来て手伝ってもらっちまって。

奥さんの自慢話ばかりで、こちとら独り身には羨ましくてねぇ。

ワハハ!

と!!拙い(まずい)な…

ご主人には奥さんに内緒にしてるって言われてたんで、奥さん!!聞いてないって事で、此処だけの話に留めといてください!]

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恵子は話の途中で電話を静かに落とした。

そして、膝から床に崩れ落ちた。

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恵子を裏切っていたのではなかった。

和彦は、誰よりも恵子を想っていてくれていた。

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恵子はゆっくりと立ち上がるとキッチンへ行き、大きな血溜まりに放り出された包丁を拾い上げた。

そして、静かに目を瞑り、切っ先を自分の喉に当てると、両手で力強く突き刺した。

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〜チューリップ(赤)〜

花言葉:

◎永遠の愛

◎思いやり

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