《再》*HANA*~スノードロップ~

長編17
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《再》*HANA*~スノードロップ~

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金色に光る蝶が、静かに闇の中を飛んで行く。

優雅にヒラヒラと、夜のビル街を飛ぶ。

そして、ビルの奥の路地を抜けた先の住宅街に佇む、一棟のアパートの屋根の上で、大きく羽ばたいた。

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*********************

『あ!そのダンボールはこっちにお願いします!』

引越し業者の人が抱えたダンボールを、部屋の中央に置いてもらい

『よし!これで全部ね!』

頭に巻いたバンダナを外して一息吐くと、千鶴は開放感から思わず口元がほころぶ。

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月川 千鶴は、親元を離れ、憧れていた都会での一人暮らしを始める。

二階建ての結構古めのアパートだが、千鶴にとって、これからは自分だけのお城だ。

すぐに使う物や洋服をダンボールから出して片付けると、部屋の隅に置かれた紙袋を見やる。

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《引越ししたら、ちゃんと両隣の方に挨拶なさい。いつ何時お世話になるか分からないんだから…女の子の一人暮らしなんて…お母さん、心配なのよ…》

そう言いながら母が用意してくれた引越しのご挨拶用の包みを見ながら、今朝別れたばかりの母の泣きそうな顔を思い出す。

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祖父の通院が有るからと、今日の引越しにも着いて来れないと、寂しそうに肩を落としていた母。

『別に外国に行くわけじゃないんだから!

新幹線に乗れば数時間で着いちゃうんだよ?

だから、そんなに心配しないで!』

そう千鶴は、母の心配を一笑に伏したのだった。

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*********************

―――――

トントン!

―――――

先ずは、階段に近い隣の部屋のドアを叩く。

『はーい!!』

部屋の中からは、女性の声が返事をする。

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―――――

ガチャ!

―――――

ドアを細めに開けながら顔を出したのは、千鶴の母よりも年嵩の5〜60代の女性だった。

『あ!今日隣に引越して来ました月川千鶴と言います!

宜しくお願いします!』

千鶴はそう言うと、手に持っていた包みを女性に差し出した。

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女性は千鶴の事を、頭の先から爪先まで値踏みをするように眺めると、包みをひったくる様に千鶴の手から奪い

『ここのルールが分からなかったら、何でも聞きに来なさいよ。

他人の迷惑になる事だけはしないでね!』

そう言うと、ニコリともせずに上目遣いで千鶴を見て、バタン!と、勢い良くドアを閉めた。

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ドアの前で暫くの間放心していた千鶴は、《こんなババアが隣?ハァ〜…先が思い遣られる…》と、まさかイケメンとの出会いなんてドラマティックな展開は無いとは思っていたが、初っ端からのお隣さんの不快な態度に、ガックリ肩を落とした。

そして、気を持ち直すと反対側のお隣さんの部屋に向かった。

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―――――

トントン!

―――――

だが、シーンと静まり返り、誰も出て来ず、人の気配もなかった。

《お留守みたいだから、又後で来ようっと!》

千鶴は包みを抱え直すと自分の部屋に戻った。

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*********************

翌朝、千鶴がアパートの入り口近くにあるゴミの集積所に、大量のダンボールゴミを出していると、隣のおばさんがホウキでアパート前の道路を掃いていたので、千鶴は

『おはようございます。』ニッコリと作り笑顔で挨拶をした。

おばさんはジロッと、千鶴が抱えたダンボールを見ると

『今日は可燃ゴミの日だから、ダンボールみたいな資源ゴミは明日だよ。そのダンボールは明日捨てなさい!』ニコリともせずに掃き掃除を続けている。

『…すいません……』

千鶴は少しムッとしながら再びダンボールを抱えると、2階の自分の部屋に戻った。

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《あの言い方!ナニ?》

不快な隣人の態度に、これから先の楽しい未来に水を差された様な気持ちになり、未だ残っているダンボール箱から乱暴に服を出してはクローゼットにしまっていた。

―――――

ドンドン!!

―――――

激しく打ち付けられるドアを叩く音で、千鶴は飛び上がるほど驚き、チェーンを付けたままドアを細目に開けた。

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『ホラ!コレ!』そこには隣人のおばさんが立っていて、1枚の印刷された紙を差し出して来る。

『え?コレは?』

千鶴は受け取りながら紙を見ると、曜日別のゴミの区分が書かれており、細かく、何が可燃ゴミか不燃ゴミかとイラスト付きで書いてある、多分、区で配布された印刷物だった。

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『これに書いて有るから、ちゃんと守ってゴミ出しするのよ!』

おばさんはそう言うと、さっさと自分の部屋に戻って行った。

『へぇ〜…。こんな事細かにゴミを分けなきゃいけないんだ!

めんどくさ!』

千鶴はおばさんから渡された紙をザッと眺めると、台所に放り投げた。

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*********************

慣れない仕事に疲れて、千鶴は家に帰り着くとバッグを放り出してベッドの上にバスン!と転がった。

帰りにコンビニで買って来たお弁当が冷める前に食べなきゃ…と思うものの、疲れも有るが家に帰り着いても誰もいない孤独感を感じ、いつもは口うるさい筈の母が恋しくもなっていた。

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すると……

―――――

ドンドン!!

―――――

乱暴に誰かがドアを叩く。

《まーた…隣のおばさん?》

千鶴はウンザリしながら

『はーい!』

そう返事をしながら、重い身体をベッドから起こすと面倒臭そうに玄関に行き、片足分ほどドアを開けた。

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やはり、そこには隣のおばさんが両手を腰に当て、仁王立ちしていた。

『帰った音が聞こえたから来たんだけど。

アンタね?若い娘があんな派手な下着を、堂々とベランダなんかに干すんじゃないよ?

どんな変態が見てるかわからないんだからね!!』

千鶴を上目遣いで睨む様に見ながらそう言い放つと、さっさと自分の部屋に戻って行く。

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《疲れているのに…

派手な下着がどうのって…

そんな事の為だけに、わざわざ嫌味を言いに来たの?》

千鶴は自分の部屋のドアを開けたまま、おばさんの消えた隣の部屋のドアを見詰めていた。

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すると、誰かがアパートの外階段を上がって来る音がするので見ると、長身痩せ型で、黒いコートを羽織った男性が姿を見せる。

千鶴にぺこりと頭を下げ、優しそうな笑顔で千鶴の部屋の前を通り過ぎ、一番奥の部屋の鍵を開けて入って行った。

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男性が通った後に、フンワリと爽やかなアロマの香りが残る…

『あ!あの人がいつも留守だったお隣の?』

千鶴は慌てて未だ渡していない、引越しの挨拶の包みを持って来ると、そのまま奥の部屋のドアを叩いた。

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『はい。』

低いが柔らかい感じの声の返事が聞こえると、中からは今見たばかりの男性が先ほどの香りをまとって現れる。

『ごめんなさい!いつもお留守でご挨拶が遅くなってしまいました!

私、先日隣に引越して来た、月川千鶴と言います。

これから、宜しくお願いします!』千鶴は頭を下げながら、両手で包みを男性に差し出した。

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『僕は星野まなぶです。こちらこそ、ご挨拶が遅れてすいません。

宜しくお願いします。』

草食動物の様な優しい目で微笑みながら千鶴を見詰める。

『あ!はい!宜しくお願いします!』

千鶴は恥ずかしくなり、深々と頭を下げた。

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『ゴメンね。ゆっくり話をしたいんだけど、未だ仕事をしなくちゃいけないから、今度ゆっくり話そうね。』

男性がそう言うまで、千鶴は隣の部屋のドアを前で突っ立っていた。

『私ったら…すいません!今、ご飯食べようと思ってたんだ!』

コンビニで温めてもらったお弁当も、もう冷めているだろう事を不意に思い出し、もう一度男性に頭を下げると千鶴は自分の部屋に戻った。

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《やった♫

まさに、運命の出会い?

あんなイケメンがお隣さんなんて…

仲良くなれたら良いなぁ♡》

初めての一人暮らしに少しだけ明るい光が差し込んだ様で、千鶴は何度も食べかけているお弁当の箸を止めてはニヤニヤと、これからの展開を妄想していた。

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*********************

夜の10時過ぎ。

千鶴が仕事から帰宅し、アパート通路に置いた洗濯機を回しながら部屋にいると

―――――

ドンドン!!

―――――

又してもドアを乱暴に叩く音に呼ばれた。

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頭に巻いたバスタオルを外し、重い気持ちでドアを開けると、隣のおばさんが千鶴を上目遣いで睨む様に又しても仁王立ちをしていた。

『はい…。何でしょうか?』

千鶴はおはさんと目を合わさず、口元を見ながら話しをする。

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『こんな夜中に洗濯機回すなんて、ご近所迷惑でしょう!!

アンタの下の階にはお年寄りが住んでるんだよ!?

全く、最近の若い娘は…』

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千鶴はおばさんの言葉を最後まで聞かず

『すいませんでしたー!』そう言うと、ドアを閉めた。

《何が最近の若い娘は…よ!!

最近のおばちゃんの方がよっぽど非常識じゃないよ!!》

千鶴は、心で隣のおばさんに毒吐きながら、おばさんが自室に戻るのを確認してから洗濯機を止めた。

《もう…洗濯は明日の朝で良いやっ!》

千鶴は、洗濯を諦めそのまま眠ることにした。

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朝.ギリギリの時間に起きた千鶴は、インスタントのコーヒーだけを飲むと、慌ててアパートを出て仕事に行った。

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そして、その夜…

千鶴が帰宅すると、何かが千鶴の部屋のドアノブにかけてある。

小さめのスーパーのレジ袋だった。

中身を見ると…

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そこには、黒や赤のレースの切れ端が詰まっていた。

《何これ!!》

それは、昨夜、洗濯途中でそのままになった千鶴の下着だった。

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ハサミで細かく切り刻まれてはいるが、自分の物である。

見間違う筈がない。

慌てて玄関横の洗濯機の蓋を開け、洗剤でまみれたモノを掴み上げて確認をしてみたが、下着だけがなくなっている…

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《まさか…

隣のおばさんがこんな嫌がらせを!?》

派手な下着がどうのと、わざわざ文句を言いに来たおばさんだ。

《あのババア…!!》

千鶴の中で犯人は隣人だと確定され、沸々と怒りが湧いて来る。

だが、文句を言うにしても証拠がない。

『これ…高かったのになぁ…』千鶴は怒りと悔しさと悲しさでゴチャゴチャな気持ちでその夜を過ごした。

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*********************

次の日も仕事から帰ると、又しても何かがドアノブにかかっていた。

昨夜は洗濯機を夜に回してもいないし、誰かに迷惑をかける事なんてしていない…

千鶴は恐る恐るビニール袋の口を開けると、中にはコンビニ弁当の空容器が幾つも入っていた。

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中には中身を食べ残した物が腐って入ったままの物があり、そこに一枚のメモが…

【可燃ゴミに混ざってました。

弁当の容器は不燃ゴミの金曜に出してください!】と、やたら達筆な字で書かれている。

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《あの人…わざわざ私が出したゴミ袋を開けて、取り出したんだ!》

千鶴は、昨夜の下着の事もあり、怒りと気持ち悪さでゴミの入ったビニール袋の口をギュッと握りしめたまま立ちすくんでいた。

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――――――

カンカンカン

――――――

誰かがアパートの階段を上って来る音で、ふとそちらを見ると、隣のイケメンの顔が見えた。

おばさんかと思い、身構えていた千鶴はホッとすると同時にポロリと涙をこぼす。

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『ど…どうしたの?』

イケメン…星野さんは、自分の顔を見るなり泣き出した千鶴に驚き、声をかけてくれた。

そして、『こんな所じゃ話も出来ないでしょう?僕の部屋で話を聞くよ?』そう優しく千鶴を宥める様に言うと、自室の前で立ちすくむ千鶴の先を歩き、部屋の鍵を開けて招き入れてくれた。

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『そんな事が有ったんだね…

実は、君の前に隣に入居した女の子も、いつの間にか突然に引っ越してしまったんだ…。

僕は殆ど顔を合わせた事もなかったから理由は分からなかったけど…。

今思うと、大川さん…あ!君の部屋の隣の女性ね。

君の部屋の前の住人の女の子も、あの人に、何かされていたのかもしれないね…。』

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星野さんの部屋はとても男性の一人暮らしとは思えないほど綺麗に整理整頓され、快いアロマの香りが漂っている。

千鶴は星野さんが淹れてくれたミルクがたっぷり入ったカフェオレを両手で包む様に持ちながら、喉に流し込んでいた。

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『私の前の人も、きっと私と同じ様な嫌がらせを受けていたんでしょうね…』

千鶴は星野さんに打ち明けた事で、少し心が軽くなっていた。

『もし又何かして来たら、僕に言って。僕からおばさんに話すし、それでも駄目なら大家さんに直接言いに行くから。

一人で不安だったよね…

でも、僕がいるから、これからは一人で抱え込まないで僕に何でも話してね。』

千鶴の頭を撫でながら、星野さんはこれ以上無いほどの優しい微笑みを向けてくれる。

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一度はおさまった涙がポロリと頬を伝う。

『大丈夫だよ。ね!泣かないで?』

星野さんは慌てて千鶴を慰めてくれる。

『星野さんがお隣で良かったです…。』

千鶴は満面の笑みを浮かべ、お礼を言うと自分の部屋へ戻って行った。

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*********************

それからの千鶴は、下着は部屋に干す事にし、ゴミの分別もキチッと出す様にした。

洗濯機は朝のうちに回し、夜は乾いた物をたたむだけにした。

階下のお年寄りを起こさない様に、夜は足音をしのばせて歩く様に心掛けた。

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それからは、隣のおばさんが何か言って来る事もなくなっていた。

朝の通勤時のゴミ捨ての時に隣のおばさんに会っても、相変わらず上目遣いで千鶴を見るが、特にこれと言って文句を言う事もなくなっていた。

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その日は仕事で残業をし、家に着いたのは夜の11時近くになっていた。

アパートの外階段を音を立てない様静かに上がりながら、ふと見えて来た二階の通路に何か茶色いものが落ちている。

《あれ?何かな?》階段を上りきり、自室の前に置かれた茶色い物を近視の目を凝らして見る。

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それは………

首のない、胴体だけの猫の身体だった。

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千鶴は片手にぶら下げていたお弁当の入ったビニール袋をポトンと足元に落とすと、自室の前で空っぽの胃の中身を吐き出した。

いくら吐いても出て来るのは苦い胃液だけで、猫の死骸に背を向けて小さくしゃがんで一心に胃液を戻していると、誰かに肩を叩かれた。

『大丈夫?』

星野さんは部屋から飛び出して来てくれた様で、インディゴのデニム風の部屋着を着て、千鶴の両肩を両手で掴む様にしながら立たせると、千鶴が片手で握り締めていた部屋の鍵を開け、千鶴を部屋の中に運び入れてくれた。

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そして千鶴をベッドに寄り掛かる様に座らせると

『僕が片付けて来るから、君はここで休んでいるんだよ?

良いね?絶対に部屋の外に出たら駄目だよ?』

虚ろな目をした千鶴を残し部屋を出て行った。

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どのくらいベッドに寄り掛かって座っていたのか…

気付くと星野さんが、暖かいココアを淹れて千鶴の両手に持たせるところだった。

『あれは?あの猫は?』

星野さんにココアの入ったマグカップを持たされたばかりだが、カップをローテーブルの上に置き、星野さんに聞いた。

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『…ちょっとあれは度がすぎる…。

悪戯で済ませられる様なものじゃないよね。』眉間に皺を寄せて、真剣な眼差しで両指を組んだ自分の指先を見つめて星野さんは呟く。

『あれも、隣のおばさんが…?』

『いや、それは分からない。でも、明らかに君への嫌がらせだよ。』

千鶴は泣いた。

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『私、前に星野さんに相談してから、おばさんに言われた事は全部守って来たんですよ?

それなのに、何でこんな嫌がらせをされなきゃいけないの?』

星野さんは黙って、泣く千鶴の頭を撫でながら

『僕が先に気付けば良かったんだけど、僕が帰った後に、猫を置いたんだろうね……。

君が帰る前に気付いていたら、こんなに怖がらせる事はなかったのに…ごめん!』

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『違います!星野さんはちっとも悪くないです!ごめんなさい…

私が取り乱したりするから…

でも、ホントに星野さんは悪くなんてないんです。』

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暫く二人は無言でそれぞれに自分の指を見つめていたが、千鶴が落ち着いて来たのを確認すると、星野さんは

『それじゃ、僕は仕事が有るから帰るね。今夜はもう寝るんだよ?もし、又何かあったら、何でも僕に話してね。』いつもと同じ優しい微笑みを千鶴に向けると、自分の部屋へ帰って行った。

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《わたしの何がそんなに気に入らないの?何でこんな嫌がらせをする程、私が嫌いなの?》

千鶴は隣のおばさんに対して、直接問い詰めに行きたい衝動を抑えながら悶々とした夜を過ごした。

結局、一睡も出来ないまま朝を迎え、千鶴は通勤時にゴミの集積所にいるおばさんに一瞥をくれると、何も言わずにすぐにその場を立ち去った。

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その夜…

―――――

トントン!

―――――

ドアをノックする音にビクン!と千鶴は飛び上がり、ゆっくりと深呼吸をしながらドアの前に立った。

『どちら様ですか?』

抑揚のない声で部屋の中から問いかけると

『僕です。星野です。』

『エッ?星野さん?』千鶴は急いで鍵を開けるとドアを開け放した。

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そこには星野さんが何かを抱えて優しい笑みを浮かべて立っていた。

『部屋の明かりが見えたから、もう帰ってると思ってね。』

そう言いながら鞄を持った逆の手で持つ花の包みを千鶴に渡す。

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『帰りの花屋さんで見つけたの。

僕の大好きな花なんだ。

可憐で可愛くて…君に似ていて…

思わず買ってしまったんだ。』

そう言いながら顔を真っ赤に染め、自分の頭を片手で撫でる。

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千鶴はそんな星野さんの照れた顔と、自分が手にした可憐な花を見比べ

『星野さん…ありがとう…』

と、星野さんの胸にコツンと頭をくっ付けた。

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次の瞬間、トン!

千鶴は星野さんに軽くだが突き飛ばされた。

『えっ?』

驚いた千鶴は星野さんの顔を見上げた。

星野さん自身も驚いた様子で

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『あ…イヤ…ごめん!

急にだったから、ちょっとビックリしちゃっただけなんだ。

本当にごめんね。』

星野さんは慌てた様に言い、千鶴に

『それじゃ、又!』と、片手を上げて通路奥の自分の部屋へ帰って行った。

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千鶴は部屋の中で、たった今星野からプレゼントされた白い花を愛おしそうに眺めていた。

濃い緑の葉と茎と真っ白な花が、とても可愛く可憐な花だった。

『あ!この花の名前聞いてなかった!』

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千鶴は、鉢植えのこの花の手入れをするためにも、星野さんに花の名前を聞かなくちゃと…

ピンク色のセーターの上からグレーのカーディガンを羽織ると、星野さんの住む隣のドアを叩いた。

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暫くすると、中から星野さんが返事をする。

『あの…月川千鶴です。

さっき星野さんに聞き忘れちゃって…

どうしても聞いておきたい事が有って来ちゃったんです。』千鶴の言葉に暫く返事も返さず、星野さんは

『ちょっと待ってて。今開けるから』

そう答え、2〜3分後、キキ…軋んだ音を立てドアが開いた。

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部屋はたった今火を点けたばかりかと言う程強く、アロマオイルの強烈な香りが漂っている。

『寒いから入って。』

星野さんは優しく千鶴に微笑みながら部屋へ千鶴を入れると、ガチャガチャと玄関の鍵を閉めた。

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『今、着替えてアロマ焚いてたから、すぐに出れなくてゴメンね。

どうしても聞いておきたい事って?』

星野さんは千鶴の顔を覗き込む様に優しい笑みを浮かべる。

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『あ…あの花の名前、聞くの忘れちゃって…。

あの花はなんて言う花なんですか?

育て方とか、調べたいなぁって』

千鶴は星野さんにジッと見つめられ、恥ずかしさと緊張から下を向いて答えた。

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『あの花は…スノードロップ。

花言葉も有ってね、”希望”、”慰め”なんだ。

由来もあるんだよ?

”禁断の果実を食べてエデンの園を追われたアダムとイヴ。

悲しむイヴをあわれんだ天使が、舞い落ちる雪をスノードロップの花に変えて「もうすぐ春がくるから絶望してはいけませんよ」とふたりを慰めた”って言われているんだ。』

『へぇ…何だか、ロマンチックですね!スノードロップ…確かに、そんな儚げな雰囲気があります。』

千鶴が顔を上げて星野さんに向かって笑いかけた次の瞬間。

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星野は優しい笑みを浮かべながら、両手で千鶴の頬を挟む様にし、顔を近付けて来る。

千鶴はドキドキしながらソッと瞼を閉じる。

しかし、いくら待っても千鶴の唇に星野の唇が合わさる事がなく、恥ずかしくなった千鶴は、自分の頬を挟む星野の両手を掴んで外した。

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星野は優しい笑みを浮かべて千鶴を見ている。

だが…よく見ると、星野の微笑みはまるでお面を貼り付けた様に…

顔に張り付いている。

目は笑っていない…

『星野…さ…ん?』千鶴は星野の眼を見つめて、呟いた。

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『君が悪いんだよ?隣になんて引越して来るから。

僕は、ずっと動物だけで我慢してたのに………

君も、君の前に隣に来た子も…

目の前に餌があるのを我慢するのがどれだけ辛いか、君に分かる?』

星野は優しい笑みを浮かべたまま、千鶴にくっ付きそうな程顔を寄せて、嬉しそうに語る。

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『星野さん…?どう言う…事?』

千鶴は泣きそうになりながら星野に問いかける。

『あはははははははははははは

どう言う事って?

僕は病気なのかもしれないね。

可愛いモノや綺麗なモノを壊したくなってしまうんだ。

あんな派手な下着で僕を誘ったりしなくても、僕は君に夢中なのに。

君もきっと、素敵な僕だけの石鹸になってくれるよ。』

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『石鹸って…?何で私が石鹸になんてなれるの?』

『石鹸って言っても金属石鹸だから、君で僕を洗う事は無理だね。

でもね、永遠に年を取らず、今のままの可愛い君で居られるんだよ?

素晴らしい事じゃないか!』

星野は両手を万歳する様に挙げた。

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その隙に、千鶴は星野の部屋から逃げ出そうと試みたが…

恐怖で足が竦み、もつれて上手く歩けずにその場で転んでしまう。

『今迄、猫でも犬でも…人でも試したんだから。

安心してね?君も綺麗な屍蠟になるよ。』星野は転んだ千鶴の背中に跨ると、両手を首に回し、ゆっくりと絞め上げる。

『大丈夫だよ?一気に殺したりはしないから。可愛い顔がうっ血してたら残念な事になっちゃうでしょう?だから。気絶するくらいで止めとくから。

後は、浴室で一気にこの細い首を切り落としてあげる。ね?』星野のすらりとした長い指が、優しく、愛撫をする様に、千鶴の首を締め上げて行った。

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『クックックッ…』声を殺して星野が笑っている。

顔には満面の笑みを浮かべて…。

星野は未だ暖かい、虚ろに開いた目の千鶴の頭を愛おしそうに胸に抱え、その唇にそっと自分の唇を合わせた。

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浴槽には大きな、布団を圧縮して収納するのに使うジッパー付きのビニール袋が入れられ、その中には湿った土が入っていた。

星野は、その土に穴を掘り、そして優しい笑みを浮かべて千鶴の頭をそっと入れた。

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『ちゃんと石灰を混ぜて有るから。

君も美しい屍蠟になれるよ。

隣には、君の前に住んでた娘も居るから、淋しくないよね?』

そう言い、優しく優しく千鶴の頭に土をかぶせて行く。

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『君に合うアロマは…リラクゼーション効果のある、ラベンダーとローマンカモミールをブレンドして焚いてあげるね。』

そう言うと、浴槽の縁に置いたアロマポットに水を入れ、沢山並んだアロマオイルの瓶の中から二本を選び水の中に垂らすとポットの下のロウソクに火を点けた。

アッと言う間に浴室内はアロマの香りに満ちて行く。

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*********************

《ホントにね!最近の若い娘は!

前の子もそうだったけど、今回の子も…何も言わずに夜逃げしちゃって…

最近の若い娘は…通りからも見える様にあんな派手な下着を干すなんて…

タオルの内側に隠して干せば良いのに、親切に注意しても不貞腐れるだけ。

ゴミだって、分別出来てないから教えてるのに、ありがとうの一言もないしね。

私にだって若い頃が有ったから、若い娘の一人暮らしが気になって、心配してるだけなんだけどね…》

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隣に住んでいるおばさん…大川照子は、寂しそうに溜息を吐くと、アパート前の道路の掃き掃除を始めた。

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スノードロップ

花言葉:

◎希望

◎慰め

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……

――但し、贈り物の場合は…

――『あなたの死を望みます。』

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