長編20
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*HANA*~青薔薇物語~

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猫が走る。

夕焼けで黄金色に染まる荒野を走る。

黒いベールで包まれた漆黒の闇を追い、猫は走った。

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ある東の国の森に、2人の魔女が住んでいた。

1人は背が高く痩せ、誰かが怪我をしたと言えば塗り薬を。

病気になったと言えば飲み薬を作り、村人達に渡していた。

1人は背が低く太り、達磨さんの様にコロコロした魔女。

村人の誰かが遠方に住む親類縁者へ荷物を送る時には、魔女の口利きで森の動物が代わりに運んでくれる。

荷物の大きさや距離で鳥から鹿、猪や熊など、その都度動物は変わる。

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どちらの魔女も優しく、声を荒げる所を見た村人は居なかった。

そんなある日、薬草を摘みに行った痩せた魔女が、1人の赤ん坊を連れて帰る。

太った魔女はビックリしたが、その愛らしい姿に顔を綻ばせる。

「はて?ここ最近、村人で赤ん坊を産んだ者はいたかね?」

痩せた魔女は首をかしげる。

「いや。私ゃ聞いとらんね。」

太った魔女は赤ん坊をあやしながら答える。

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もし、村人の誰かが森に赤ん坊を置き忘れてしまっていたなら、きっと今頃は心配で森を走り回って探しているだろう。

魔女達は、赤ん坊がいた辺りに案内の看板を立て、魔女の家で預かっていると書き残した。

そして、村へ降りると村長の家に行き、赤ん坊を拾った経緯を話し、親が見付かったら魔女の家に来る様にと言付けを頼んで帰った。

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しかし、いくら待っても親が名乗り出る事もなく、赤ん坊はスクスクと魔女の家で大きく育って行った。

鈴を転がす様な可愛い声をした少女は、ディーバと言う名前を付けられ、魔女達に大層可愛がられた。

ディーバは、痩せた魔女と一緒に薬草を摘みに行っていたお陰で、今では魔女が一緒でなくとも1人でも薬草を見分けて摘んで来れる様になり、調合する事も自然と学んでいた。

太った魔女からは色々な動物の言葉を習い、いつしかどんな動物の言葉もマスターして森に住む動物達と友達になっていた。

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そして、年頃になったディーバは、誰もが目を見張る美しい娘に育っていた。

そんなある日の事。

ディーバはいつもの様に美しい声で森の動物達に唄を聴かせていた、その時。動物達が一斉に騒ぎ出し、ディーバに

「逃げろ!!」そう叫んだ。

ディーバは何が起こったか分からず、座っていた切株から立ち上がり、辺りを見回す。

すると…

ディーバの左側にいた鹿の子供が震えている。

「どうしたの?」

ディーバの問い掛けに答える事なく、子鹿の体は4本の足を地面から持ち上げられたかと思ったら、体を真っ二つに裂かれた。

飛び散る血飛沫。

勢いよく地面に落ちる内臓。

ディーバは余りの惨劇に声も出せず、その場に立ち竦んでしまった。

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ディーバを取り囲んでいた動物達は、蜘蛛の子を散らす様に一斉に逃げる。

だが、猪が捕まり…

兎が捕まり…

鷹が捕まり…

熊が捕まり…

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ディーバの目の前で、ディーバの友達は次々と引き裂かれ、辺りは大きな血の沼になって行く。

生臭い臭いが立ち込める。

「あ…あなたは…何者?」

ディーバは震える声で友達を惨殺して行く者に訊ねる。

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そのモノは何も答えない。

そして、ディーバの友達を全て引き裂き終わると、ゆっくりとディーバに向かい、一歩、又一歩と近付いて来る。

ディーバは観念した様に両手を合わせて静かに両目を閉じると、胸が張り裂けそうな哀しみを湛え、鎮魂歌を歌い出した。

すると、そのモノは足を止め、身体を大きく震わせいななき、この世のものとは思えない咆哮を上げた。

ディーバは恐ろしさの余り、眼を見開き、唄を忘れた。

それを待っていたかの様にそのモノはニヤリと笑い、一歩、又一歩とディーバに近付いて来た。

そして、ディーバに向かい、血に塗れた手を伸ばした。

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その時、一陣の風が舞った。

ほんの一瞬の出来事だった。

そのモノは悲鳴の様な雄叫びを上げ、片目を両手で覆う。

その傍らには一匹の猫が大きく膨らませた尻尾を振りながら立っていた。

そのモノは怒り狂い、猫に向かい大きく口を開け、その牙を食い込ませようとするのだが、その度猫はしなやかに交わすとスルリと逃げ、逃げる瞬間、頬に、顎に、額に、弓の様に曲がり、鎌の様に鋭い爪を突き立てる。

そのモノはその度に一段と大きく雄叫びを上げる。

そして、森の奥深くに走り去った。

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ディーバは何が起こったのか、それすら分からず、いつまでも呆然と立ち竦んでいたが、足元に擦り寄る柔らかな毛の感触で、やっと我を取り戻す。

「ニャァ~」

猫がディーバを澄んだ瞳で見上げていた。

ディーバは、猫を抱き上げるとホロホロと真珠の様な涙を流した。

そして魔女の家に帰ると、今有った出来事を話し、魔女達と共に、大好きな友達の亡骸を埋め、森の中にお墓を作った。

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猫は何処から来たのか、何故ディーバを助けたのか分からなかったが、猫は魔女の家に住み着き、片時もディーバと離れる事なく常にディーバと共にいた。

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そして、そんなある日。

痩せた魔女が箪笥の整理をしていた時。

一番下の段に仕舞って有った、ディーバを拾った時に着ていたドレスを引き出した。

柔らかい陽射しに包まれ、薄紅色のぷくぷくした頬をして、魔女を見詰めて笑ったディーバは、まるで天から降りて来た天使と見間違うほど愛らしかった。

痩せた魔女はドレスを胸に抱くと、あの頃のディーバの笑顔を思い出し、暖かい幸せな気持ちに包まれていた。

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その時、ドレスを握り締めた痩せた魔女の手を、ツンツンと叩く柔らかい感触でふと眼を開けると、そこには、いつもはディーバに寄り添っている猫がテーブルの上から手を伸ばし、痩せた魔女の手を叩いていた。

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「こらこら。

ここは食事をする所でしょう?

乗ってはいけませんよ?」

痩せた魔女が猫に言うが、いつもは人の言葉が分かっているのではないかと思わせる利口な猫は動かず、黙って痩せた魔女を見詰める。

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そこで痩せた魔女は、外で家畜の世話をしている太った魔女を呼んだ。

太った魔女は、黙って猫と暫く見詰め合っていたが、溜息を吐き

「私ゃ、どんな動物の言葉も分かると思ってたのに、この猫の言葉だけは聞き取る事が出来ないのよ。」

痩せた魔女が

「何かを言いたい様な気がするんだけどねぇ…。

ん?

何かを伝えたいのかい?」

猫の顔に自分の顔を近付けて聞いた。

猫は、前足を伸ばし、ディーバのドレスをツンツンと突くように叩く。

「これかい?

これはディーバを拾った時に着ていたドレスだよ?

ディーバの匂いでもするのかい?」

ディーバに懐いている猫なので、ディーバの匂いを感じているのだろうと、魔女達は優しく微笑んだ。

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すると、猫はいきなり痩せた魔女の手をパンッと叩き、手にしていたドレスを床に落とした。

「こら!何するんじゃ!」

魔女達を尻目に、猫は素早く床にトンと降りると、爪を立てずに柔らかな肉球でドレスの裾の辺りをパンパンと叩く。

太った魔女がしゃがみ、猫の叩く辺りをよく見ると、幾重にも重なる豪華なレースの一点。

裾の部分が妙に膨らんでいる。

「アレ?これは何かね?」

そう言い、ドレスを拾うと、裾の部分の膨らみを指で弄る。

痩せた魔女が糸切り鋏を持って来て、裾の膨らみのある辺りの糸をパツンと切り、その部分を糸を解いた。

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そこには、小さな薔薇の種が…。

「ローズヒップじゃないか?」

「そうだねぇ…。何でこんな所に縫い付けて有ったんだろうねぇ?」

魔女達は顔を見合わせ、互いに首を傾げる。

「アンタはこの種がここに有るって、知ってたのかい?」

太った魔女が猫に聞くと、頷く様に頭をコクンと縦に振った後、魔女達を見詰め、そして庭を眺める。

魔女達は互いの顔を見合わせ

「もしかしたら、これを庭に植えろって事かね?」と猫に聞く。

猫は又してもコクンと首を縦に振った。

魔女達は、何かは分からないが、きっとこれは大事な事だと理解し、庭の一番陽の当たる場所にローズヒップを植えた。

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あの、森の事件から幾週か経った頃。

その頃からディーバは眠りに就くとうなされる様になった。

黒い、煙の様な物を纏った怪物に襲いかかられる夢を見る。

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悲鳴を上げて飛び起きるディーバの足元には、いつもネコが毛を逆立て、低く唸り声を上げ、暗闇の中、爛々と眼を光らせている。

「あなたがあの悪夢をやっつけてくれたのね。」

ディーバはその度、猫の頭を、背中の逆立った毛並みを手の平で優しく撫でる。

猫はそのうち、喉をグルグルと鳴らし、気持ち良さそうに眼を細め、「ニャァ~ン」と一声上げると、又、ディーバの足元で丸くなる。

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時を同じくにして、その頃ディーバの住む山の麓の村に怪物が現れ、人々を襲う様になった。

這々の体で逃げた村人が見たものとは、片目が潰れ、長い鉤爪を持つ大きな怪物で、いきなり暗闇から襲いかかって来たと言う…。

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そして、瀕死の重傷ながら助かった他の村人が言うには、夜、眠っている時に夢の中で襲われたと言う。

どの様な怪物か正体も定かではなく、又、村でも、夢の中にも現れる怪物に、村人達の不安は頂点に達していた。

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そんな村人達を守る為、村長は魔女達の住む家に相談に来た。

痩せた魔女と太った魔女を前に、真剣な面持ちでポツリポツリと村長は話し出す。

ディーバは村長のカップに紅茶を注ぎ入れながら、話しを聞いた。

猫は、ディーバの足元で村長を見上げ、話しを聞き入る様に時々耳を後ろに傾け、髭を前後に揺らしている。

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村に現れる怪物に村人達が襲われていると言う事。

畑仕事をしている村人や、放牧中の羊飼いだけではなく、夜、眠っている間に襲われた者など。

怪物は神出鬼没に現れ、幾人かの村人を殺していた。

魔女達は黙って村長の話しを聞き、話しを全て終わると、ゆっくりと重い口を開けた。

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「まさか…北の?」

「いやいや…あの者は、この国を追放されている筈じゃ…」

「だったら、誰が?」

「考えたくはないが…」

「nightmare…」

「やはり…北の魔女しか考えられん…。」

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魔女達の話しはこうだった。

孤児だった魔女達は親代わりの母魔女に育てられて来た。

優しい母魔女は、痩せた魔女も太った魔女も分け隔てなく育て、これから先も生きて行く為に、それぞれの個性を活かした生業を魔女達に示した。

痩せた魔女は草花の特性を良く知っていたので、人々の為の薬を煎じる様に。

太った魔女はどんな動物とも仲が良く、動物達も太った魔女を信頼していた事により、人々の為に動物を使い、荷物を運ぶ様に。

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そして…

もう一人。

魔女達には共に育った仲間がいた。

美しく妖艷で、口達者なその魔女は、男心を巧みに虜にする事に長け、争いを好み、弱い者は痛め付け、自分よりも勝る者は男達を使い、亡き者にする。

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薬草で人を救うのではなく、人を殺す為に大釜で煎じ、荷物を運ぶ為に動物を使うのではなく、ただ、自分の楽しみの為だけに動物を殺す。

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その魔女の名前は…

nightmare…。

魔女達を育ててくれた母魔女は、悪しきnightmareを追放しようと試みたが、それより早くに母魔女の思惑に気付いたnightmareは、村の男達を使い、母魔女を殺した。

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だが、母魔女は死ぬ直前。

nightmareに呪いをかけた。

【永遠に、人の姿でこの国の地を踏む事は叶わず…

凍り付いた北の、春の陽射しの射さぬ地で暮らす事になるだろう…

そして…いつの世にか現れる、空に響き渡る唄声に地の底へ落とされ、暗い闇の中でお前のその身は腐り果て、骨になろうと天の光を見る事は、ないだろう…】

nightmareは憎々しげに母魔女を睨み付けると、銀色に光るナイフで胸を突き、とどめを刺した。

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「nightmareが…」

「帰って来たのか?」

魔女達は大きく見開いた瞳で違いの顔を見合わせ、ぶるぶると身体を震わせた。

だが、これ以上nightmareの好き勝手にさせてはおけない。

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魔女達は互いに手を取り合い、nightmareと対決する決意をした。

その時、猫がテーブルの上にトンと飛び乗ると、確り握り合った魔女達の手の上に自分の手を重ねる様にポンと乗せ、魔女達を見、村長を見、そして…ディーバを見ると一声

「ニャン!」と。

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魔女達は、早速近隣の村や森に住む者達の元へ走ると、それぞれnightmareに関する情報を聞いて回わり、ディーバは猫と共に魔女の家の留守を守り、傷付いた村人の傷を治す薬を調合したり、無事だった森の動物達に他の村に住む者へのお使いを頼んで日々を過ごしていた。

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そんなある日、ディーバは家の掃除が終わり、鶏や羊の世話を終えると、ミルクのたっぷり入れた紅茶を飲みながら、テーブルに突っ伏してうたた寝をしてしまった。

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その時、眠るディーバのすぐ横に黒い靄が立ち込めると不気味な顔が現れ、そっとディーバの顔を盗み見ると嫌な笑みを浮かべ、長い爪をディーバに振り下ろす。

その瞬間、猫が腕に噛み付き、爪を立てた。

不気味な顔は

「チッ!」

と、忌々しそうに猫を睨み付けると再び黒い靄になり、消えた。

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そんな事はつゆ知らぬディーバは、額から粒の様な汗を垂らし

「嫌な夢を見たわ…。」

と、猫を抱き上げると立ち上がり、窓から庭を眺めて呼吸を整える。

庭には、小さな蕾を付けるまでに育った薔薇が、明るい陽射しでキラキラと輝いて見えた。

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魔女達は帰り着くと、村長を魔女達の家に呼び、近隣の村に住む者や、近隣の森の動物達に聞いて来た話しをひとつひとつ語り出す。

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・隣国の王が北の地へ狩りに出かけ、美しく妖艶な女と出会い、一目で女の虜になる。

・王は女を連れて城に戻ると、前王妃を地下牢に閉じ込め、女を現王妃として迎え入れた。

・だが、女は城の家来達を色香で惑わせると謀反を企て、王は塔の天辺に幽閉されてしまう。

・隣国は現王妃のものとなる。

・城には王と前王妃の間に生まれたばかりの姫が居たが、いつのまにかその姿を見る事はなくなった。

(すでに殺されているのだろう。)

・現王妃となった女は、美しくは有るが、残酷で殺戮を好み、隣国の王の親類縁者も全て残酷な手段を用い、殺してしまった。

・そして、nightmareはすでに北の地にはいない。

・恐らく、隣国の現王妃と言う者が、nightmareなのではなかろうか?

と、その様な話しだった。

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隣国の村人達でさえ、男は既に現王妃の下僕となり、残された女と子供だけが男の代わりに畑仕事をし、酪農をし、やっとの思いで食い繋いでいる。

前王妃が可愛がっていたドラゴンも既に現王妃に殺されたのか、姿を見る事はない…。

痩せた魔女も太った魔女も、平和を愛し、人を愛し、自然を愛する者であり、戦いも殺戮も無縁に暮らして来た故に、nightmareをたおす術が見付からなかった。

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だが、ディーバの村でも、村人達は次々と殺されて行く。

親が殺され、道端で泣き叫ぶ子供達の声を聞く度に、nightmareに対する怒りが込み上げて来る。

ディーバは泣く子供を抱き締めると、涙を流しながら空に届く澄んだ声で歌を唄い、そして、nightmareと戦う決意を強く固めた。

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そんなディーバの涙が猫の鼻先に一粒、ポタン…と、垂れた。

すると、猫の背中がヒクヒクと痙攣する様に蠢いたと思ったら、柔らかい毛並みがみるみる硬い鱗の様な皮膚に変わり、細くしなやかな髭が太くて長い髭に変わり、ディーバの…

魔女達の家よりも大きなドラゴンに姿を変えた。

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そして、優しい瞳でディーバを見ると、かしずく様に身体を低くし、ディーバを背に乗せると太陽に向かい、大きな翼を羽ばたかせた。

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ディーバはドラゴンの首に捕まり、広い大空を飛ぶ。

天に届く澄んだ声で歌を唄い、溢れる陽射しの中、ディーバを乗せたドラゴンは一点を目指した。

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やがて、景色は青々とした森や山を超えると、空の色は太陽の光を遮る鈍色に変わり、眼下には真っ黒な蔦で覆われ所々崩れた城壁を持つ、見るからに寂れ果てた城が見えた。

人の姿も…

動物の姿も…

それどころか、動くものの気配すら感じられない。

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ドラゴンは静かに城の上空を旋回すると、ゆっくりと城の中庭に降り立った。

以前は水を湛えていたであろう大きな噴水が、今は雑草に生い茂られ、白い彫刻はひび割れ、花なのか雑草なのか判別も付かない程に庭には草木が蔓延っている。

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ディーバがドラゴンの背から降り立つと、何処かから懐かしい香りが漂って来た。

茂った草木の奥に、青い色が目に付いた。

何故か、ディーバの胸は言い知れぬ懐かしさを感じた。

ゆっくりと青い色に向かい、ディーバは歩を進める。

そこには、門の様に、半円を描く様にアーチが作られ、青い薔薇が綺麗に咲き誇っていた。

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ディーバは両目を瞑り、青い薔薇の香りを深く吸い込む。

優しい父の指さきが…

優しい母の腕の暖かさが…

ディーバの脳裏に浮かぶ。

そして、ディーバはドラゴンへと振り向くと、強い想いを込めて頷いた。

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「ヴォォォォォォオオオ…!!」

ドラゴンは大地を震わせる程、大きく咆哮をした。

暫くすると、庭に面したバルコニーから一人の女…nightmareが姿を現した。

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血が滴る様な赤い唇の口角を上げ笑い、だが…その美しい顔の片目は鋭利な刃物で裂かれた様に潰れていた。

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「おやおや。お前はあの王妃のドラゴンではないか。

ほほほ。

私の目の前に現れるとは。

自ら殺されに来たんだね?」

高らかに笑うとドラゴンを睨み付けた。

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ドラゴンはnightmareに向かい、低く唸ると、太く硬い牙を向ける。

だが、そこから動かなくなってしまった。

nightmareはブツブツと何かの呪文を唱えながらドラゴンを睨み付けている。

やがてドラゴンは牙を剥いたまま、鼻から息をするのがやっとという苦しげな表情に変わった。

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ディーバは草木に埋もれた青い薔薇のアーチの前で、それを一部始終見ていた。

そして…身体に溜まった空気を全て吐き出し、今度は顔を上に向けると、静かに、そして身体の隅々まで新鮮な空気を吸い込み、両手の指を胸の前で組み、祈る様に唄い出した。

nightmareは初めてそこにディーバがいる事に気付き、穢れなき澄んだ歌声に顔を歪めると苦しげな声を上げ、その場で蹲る。

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nightmareの呪縛が止んだ事で、ドラゴンの身体は自由になり、唄うディーバに顔を向けると、今度は、蹲ったまま胸を押さえて呻いているnightmareを正面に見据え、半円を描く強固な爪でnightmareの身体を横に薙ぎ払う。

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だが、苦しそうにしながらも、nightmareはドラゴンの爪を避け、飛び退いた。

そして、ドラゴンとディーバを交互に睨み付けると、その姿が次第に身体の内から発する黒い靄で包まれて行く。

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目から

鼻から

耳から

全身の毛穴から…

女は禍々しい真っ黒の靄を吐き出して行く。

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どんどんと大きくなる黒い靄で包まれたnightmareは、ドラゴンとほぼ同じ大きさになると、大きくいななき、真っ黒で太い腕でドラゴンの頭を押さえ付けた。

すかさずドラゴンは長い尾でnightmareを叩く。

そして、口を大きく開けると、灼熱の炎を吐き出した。

ディーバは激しい戦いに息を飲み、だが、神の助けを乞うべくより高い声で歌を唄い続ける。

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その声で理性をなくし、苦しげに咆哮するnightmareは、真っ赤な炎に包まれながらもドラゴンに向かい、長い鉤爪を手当たり次第に振り回す。

だが、その度にドラゴンの牙が、爪が、nightmareを切り裂いて行く。

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咆哮とも悲鳴とも付かない声を上げたnightmareは、ディーバに向き直ると、真っ直ぐに走り寄って来た。

そして、立ちすくむディーバの眼前に来ると、射る様に睨み付け、腕を大きく上げると力一杯にその身体を薙ぎ払った。

ディーバの身体は強風に舞う木の葉の様に舞い飛ぶと、庭の巨木に当たり、そのまま崩れる様に落ちて行った。

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ドラゴンは怒り、nightmareに飛び掛かって行った。

だが、ディーバの歌声が消えた今、nightmareに恐れる物はない。

ドラゴンの首を掴むと、高々と持ち上げて笑い出した。

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その時、ドラゴンを掴むnightmareの腕に何か小さな塊が当たった。

「ギャーッ!!」

nightmareが悲鳴を上げる。

小さな塊は、nightmareの腕と言わず足と言わず顔と言わず、あちらこちらに投げ付けられ、塊の当たった場所からは真っ白の煙が立ち上がり、ドロドロと腐り始める。

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nightmareが振り返ると、そこには、立派な角を生やした鹿に跨った痩せた魔女。

大きな牙を突き出した猪に跨る太った魔女。

その腕には青い葉に包まれた白い塊。

それをnightmareに向かい、ひたすら投げ付けている。

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それは…森の動物達が集めて来てくれた、山の岩塩だった。

それを榊の葉で包み、山の澄んだ湧水で煮溶かし、魔女達…森の…村の…そして、魔女達の母魔女の形見の髪を…沢山の想いを込めて固めた、nightmareを倒す為だけに作られた塊だった。

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nightmareの身体は塊が当たった場所から腐り始め、立っている事も出来なくなる。

ドラゴンは弱ったnightmareの腕からすり抜けると、その首に深く牙を突き立てた。

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その瞬間。

空を

風を

大地を引き裂き、震わせる絶叫を上げ、nightmareは黒く大きく裂けた大地の奥深くに落ちて行った。

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魔女達は、nightmareが落ちた、地に大きく開いた穴に、持っていた塊を榊の葉と共に投げ入れる。

すると地に開いた穴がみるみる塞がって行った。

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気が付くと、天からキラキラと金色の光が降り注ぎ、城に降り注ぎ、麓の村に降り注ぎ始め、雲に覆われた曇天は、やがて雲ひとつない真っ青な空に変わった。

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魔女達は鹿と猪から飛び降りると、大木の下に横たわるディーバの元へ走り寄る。

そして、動かないディーバを抱き締めると2人はディーバの名前を呼びつつ、大きな声で泣き出した。

ドラゴンはゆっくりと、ディーバと魔女達を包む様に横たわると、大きなその瞳から大粒の涙を零す。

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魔女達はディーバの身体を静かに地面に横たえると、細く綺麗な指を胸の上で組ませた。

鹿も猪もディーバの亡骸を前に涙を流す。

太った魔女は泣きながら、自分の腰に付けた袋から、今朝早く庭で咲いた青い薔薇を取り出すと、ディーバの組んだ指の上に置いた。

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その時…

青い薔薇の花びらの隙間に溜まった朝露が、ディーバの唇に一雫…ポタリ…と垂れた。

すると、血の気を失ったディーバの白い肌が、みるみる薄桃色に変わって行く。

そして、唇からはあの…澄んだ歌声が溢れ出した。

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魔女達はビックリしてディーバを見詰めた。

ディーバは、澄んだ優しい声で歌を唄いながら、長い睫毛をピクリと震わせ、静かに眼を開いて行く。

魔女達は歓声を上げた。

そして、ディーバを抱き締めると声を上げて泣き笑い。

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鹿も猪も、まるで踊りを踊る様にディーバを取り囲んで前足、後ろ足でステップを踏む。

ドラゴンは、身体を低くすると、ディーバに向かい顔を近付け、嬉しそうに鼻からフンッと息を吐き出し、ディーバは魔女達と一緒に地面を転がった。

それが可笑しくて、ディーバは魔女達と抱き合ったまま大笑い。

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やがて、城の中からnightmareの呪縛から解き放たれた人々が次々と出て来ると、王妃のドラゴンと隣国の魔女達と、王妃にそっくりな美しいディーバを見付け、城の中に招き入れた。

塔に幽閉されていた王は解放され、地下牢に閉じ込められていた王妃もメイドに手を引かれ、王の間に集まる。

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王妃はドラゴンを見ると、その顔に寄り添い、涙を湛えながら優しく撫でた。

そして、自分と瓜二つの顔を持つディーバの正面に立つと、ディーバを力強く抱き締めた。

「生きていてくれて、ありがとう…。」

ディーバの髪を撫でながら、王妃は娘との再会に喜びの涙を流す。

王は俯き、王妃とディーバを見る事も出来ない。

だが、王妃はディーバの手を引いて王の元へ行くと王を抱き締め言った。

「貴方が悪い訳ではないのです。

nightmareに操られ、我を失くしてしまったのだから…。

ただ、国の民に対して貴方は贖罪をしなくてはなりません。

これからの貴方を、私は、国の民は、見て行きます。

以前の様に素晴らしい国になります様、私も民も、貴方を支えて参ります。」

王は王妃の瞳を涙しながら見詰め、何度も大きく頷いた。

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そして、ディーバの手を取ると

「姫。

お前にまで余は酷い事をしてしまった。

今までの事を水に流せとは言わぬ。

だが…この国の復興を、余と妃と民と…共に行って行ってはくれないか?」と。

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ディーバは微笑み、静かに両眼を瞑ると、又ゆっくり両眼を開けて王に言った。

「申し訳ないです。私はこの国の姫なのかもしれませんが、私を愛し、慈しみ、育てて下さったお母様達がいる。

私の歌を楽しいと聞いてくれる仲間の動物のいる。

あの地が私の家です。

私は…村人達の、ほんの少しでも役に立って生きていたい。

ですから、この国に…このお城に…帰る訳には行きません。

この国も、この国の民も。

王であるお父様が守らなくてはいけないのではありませんか?」

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王はディーバの言葉に衝撃を受けつつも

「確かに…

姫の言う通りじゃな…」

そう答えた。

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「だか。

姫は余と妃の娘と言う事に変わりは無い。

いつでもこの国に、この城に遊びに来るが良い。

そして、余に力になれる事が有るならば、いつでも頼って来て欲しい。」と。

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ディーバは父王の眼前に跪くと次の瞬間、立ち上がり、王の身体を愛情を込めて抱き締めた。

王は家来達の目の前で、恥も外聞も捨て、ディーバを抱き締めながらもオイオイと声を上げて泣いた。

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そして、ディーバが魔女達と共に、住み慣れた森に帰る日が来た。

王妃はドラゴンに

「これからもディーバを守ってくださいね?」

と、頭を撫でる。

そして、魔女達に深々とお辞儀をすると

「この子だけでも…と、この城からドラゴンにこの子と共に逃げる様に言付けたのですが…。

まさか、nightmareの呪いでドラゴンが猫の姿に変えられているとも思いませんでした…。

ですが、貴女達のお陰で娘は、優しく愛情深い者に育つ事が出来ました。

どんなに言葉を連ねても足りない程、貴女達には感謝をしております。

私の願いの込めた、青い薔薇の種にも気付いて下さって…

ありがとう…。

これからも、どうか娘をお願いいたします。」

と、魔女にお礼を言う。

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ただ、王はディーバの手を離さず、いつまでも泣くばかり。

呆れた顔をした王妃が

「あなた?

いつまでも引き止めていたら、ディーバ達の村の人々が困るのよ?」と、王を諭す。

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王はハッとした顔をすると

「すまなかった!

ディーバ…お前は余の娘なのだからな?

いつも…

どんな時も、それを忘れずに居てくれ…」

そう言い、又してもディーバを抱き締める。

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ディーバも困った顔をしながら

「お父様。

お母様。

又、遊びに参ります。」

そう告げると、静かに歌を唄い出す。

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ドラゴンが頭を低くし、ディーバを背に乗せ飛び立ち。

痩せた魔女が鹿の背に跨り。

太った魔女が猪の背に乗り、走り去っても…

ディーバの澄んだ歌声は、いつまでも青い空に響き渡っていた。

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そして、ディーバ達が森の家に辿り着くと、大勢の村人達と、沢山の動物がディーバ達を迎え入れた。

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奇跡の青い薔薇…。

ディーバは花を一輪採ると、それを胸に抱き、ドラゴンを撫でた。

すると…

青い薔薇の花びらの隙間に溜まった朝露がポタリ…

ドラゴンの髭を伝わり、口の中に入った。

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その瞬間、大きなドラゴンは大きな霧に包まれた。

そして、霧が晴れた中から現れたのは、ドラゴンの姿に戻る前、初めてディーバと出会った頃の猫姿。

ディーバは勿論、魔女達も、村人達も、動物達も驚いて言葉を失くす。

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すると…

「マガッ!!オイオイ…

どうなってんだ?こりゃ?」

と、誰かの声がする。

誰も口をつぐみ、声の主を見詰める。

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「って…オレ?

喋ってる??

ディーバ?

どーなってんだよ?」

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ディーバはお腹を抱えて笑い出した。

釣られて魔女達も大笑い。

村人達も、動物も。

皆が涙を流しながらお腹を抱えて大笑いした。

ただ一匹。

猫だけは不満そうな顔をして。

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喋る猫の話しは、この国だけでなく、隣国の王にも王妃にも知れ渡った。

遠くの地に住む者にまで伝わり、ディーバの住む森の麓の村は、一大観光地になり、その中心には、よく喋る猫が冷やしたミルク入りの紅茶を飲みながら、一人でコントをしながら武勇伝を聞かせている。

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もう、二度と…

ドラゴンの姿に戻れなくなってしまった様だが、猫も幸せそうだった。

そして、村には人々の笑顔と笑い。

ディーバの歌声が響き渡っていた。

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~青い薔薇~

花言葉:

◎奇跡

◎夢叶う

◎神の祝福

―Fin―

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