これは、私が通っていた高校に細々と伝わっている七不思議の話。
・・・もとい、七不思議にまつわる話です。
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正面玄関を入って、突き当たりの壁、
いわば学校の「顔」とでもいうべき場所なのに、妙に薄暗くて、よそよそしい空気が溜まっているところ、
そこに、「昭和~年寄贈」と足元に書かれた、大きな姿見が飾られていました。
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そしてその姿見は、どこにでもありそうな不思議によって飾られていました。
「四時四十四分、この鏡に映った者は、向こうの世界へ引き摺り込まれる」
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この話は、恐らくいまから三十年以上前のことかと思われます。
文化祭だったか、学校行事の準備の為に居残っていたあるクラスの生徒達が、夕暮れどきにその鏡の前で作業していた折、「そういえば」と、誰かが言い出したそうです。
「あの七不思議の鏡って、これのことだろ?」
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ちょうどふさわしい時刻が近づきつつあり、そして、どこのクラスにでもいそうなお調子者、仮にここではAとしておきます、
そのAがふざけて、午後四時四十四分、
そのときに、鏡に自らを映して、あまつさえ手を触れてみせました。
すると、粘性の液体のように鏡面がたわむや、Aの全身はするんと中へ吸い込まれたのでした。
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目の当たりにしたクラスメイト達が、呆気に取られて声も出ない一瞬があり、
そしてAは、何事もなかったように、鏡の前に立っていました。
鏡面をコツコツ敲きながら、「ホラ、何にもない」と薄笑いをしているAに対して、
「いま、鏡に吸い込まれなかったか」などと、クラスメイト達は聞くことができなかったそうです。
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それから、Aの様子は、
とりたてて何も変わりませんでした。
例えば、ひとりごとをぶつぶつ言うようになったとか、
野良猫を虐めるようになったとか、
急によく分からない部活を立ち上げたりだとか、
そんなことはありませんでした。
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しかし鏡の一件以来、クラスメイト達はAに対して、得体の知れない感じや、薄気味悪さを覚えるようになって、
次第にAは、クラスの中で孤立していきました。
それまでは、輪の中心にいるような明るい性格で、しかもその性格は何ら変わってはいないはずなのに。
周囲の突然の変化に、Aは戸惑う様子を見せていたそうです。
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それから何ヶ月か過ぎて、クラスの中でAが息を潜めるのに慣れてしまった頃、
修学旅行の班を決めるという、ひとつの厄介事が降り掛かりました。
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その際、ついこの間まで仲の良かった、いつも行動を共にしていたような数人から、見えないもののように扱われたAは、
突然、彼らに掴み掛かり、殴り倒して、救急車が呼ばれる騒ぎとなりました。
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Aは停学になり、それから学校に一度も顔を出さないまま、自主退学しました。
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クラスメイト達は、
「ああ、やっぱり。あんなことするなんて、Aはあのとき、鏡の向こうの何かと入れ替わってしまっていたに違いない」
そう思って、みんなホッとしたんだそうです。
作者てんぷら
学校とひとくちに言っても、昭和と平成とでは、孕んでいる怖さがなんだか違うような気がしませんか。
ただ、本質的には何も変わっていない、と、信じたいような、信じたくないような。