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短編2
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花束

これは、私がまだ大学生だったときの体験です。

ただ、体験といってもそれは傍観というかたちに過ぎず、本当の当事者達のことを、私は顔も知りません。

そして、それを幸いとしています。

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その夜、私はいつも通りに、バイト終わりの家路をだらだらと歩いていました。

時刻は既に0時を回っていて、辺りに人通りはなく、アパートへのまっすぐでゆるやかな坂道には、たまにすれ違うヘッドライト以外に、何も動くものはありませんでした。

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また一台の車が私を追い越していって、走った一瞬の眩さの先、歩道の端に並ぶ電信柱の一本に、赤い花束が供えられているのが見えました。

バイト先で頂いたお酒でいい気分だった私は、冷水を浴びせられたような気分を覚えて、小さく目をそらしながら、しかしそのまま進んでいくしかありませんでした。

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そしてそこが近づいてきて、ふと、こういう場合に似つかわしくない、やけに派手な花だったな、と訝しんだ私が、ちらりと目を遣ると、

それは花ではなくて、赤い折り畳み傘でした。

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畳まれていて、しかし留められてはいなくて、ふんわりと骨を広げているそれは、暗がりでは確かに花束のようでしたが、そのときの私はその見間違いに、自分の目と頭と呑み過ぎを疑いました。

そして、そういえば昼頃は雨が降っていたなと思い出しながら、家路を再び歩きはじめました。

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数日後は、朝から夜まで雨でした。

その帰り道、同じところに、黒い折り畳み傘が同じく落ちていました。

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さらにその一週間後、雨上がりの夜、同じところに、私は学童用と見える、小さな黄色い傘を見つけました。

その翌日も雨でした。休日だったと覚えています。

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昼過ぎにバイトに出かけて、帰りはやはりいつもの時間でした。

そして、いつもの場所にあったのは、慎ましやかな、白い、本当の花束でした。

辺りには、細かく砕けたガラス片が何か物語りたいように散乱していて、電信柱には、雄弁な傷痕が刻まれていました。

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翌朝、地方局のニュースでだけ、そこで車の単独事故があり、両親とその幼い長男、一家三人全員が亡くなったことが伝えられていました。

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あの傘は、単なる偶然だったのか、それとも誰かが意図してそこに置いたのか、置いたとしてそれが何なのか、私には分かりません。

当事者達三人、もしくは、四人の顔のどのひとつとして、私は知りません。

そして、それを幸いとしています。

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