こういった場で書き込みをするのは初めてとなります。恐らく長文となります。至らない点もあるかもしれませんがどうぞ、温かい目でみてください
私の話は今から4年ほど前、一人暮らしをしていた頃の話となります。
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当時の私は大学生で、住んでいたアパートは3階建の多くの学生が暮らすごく一般的なアパートでした。まぁ家賃は高かったですが。
大学の授業を要領よくこなし、大半をバイトに費やしよく遊んでいたものでした
バイトというのは居酒屋で、自転車で通っていましたが…その通り道にちょっとした団地を通ります。そこがお気に入りの通り道で、なにせ居酒屋のバイトだったため帰りには夜の2時過ぎに通っていました。
その団地の中に古びたアパートがありました。2階建のアパートで草花が好き勝手に伸びきっているようなアパート。もちろん人は住んでいる気配などありません。わりと綺麗な団地にひっそりと佇むそのアパートは景観を損ねてるなんてものじゃなく、なんとも不気味でした。
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さて、少し話が逸れますが自分が寝るとき、なんとも横着な話ですが安物のソファーの上で寝るのが習慣化していました。
私は毎日夢を見るような体質で、夢の中で意識があるような、いわゆる明晰夢も見ることはありました。そんなときは強く念じれば起きることも出来ました。
私のアパートはオートロックのマンションで、しかも自分は三階に住んでいたので特に警戒心もなく過ごしていました。一度だけ別の部屋の方が間違えて部屋に上がってきたことがありましたが、それからというものなんとなくドアとベランダに続く窓の鍵はしっかり閉めておくようにしていました。
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ある日、いつものように鍵を閉めておいて寝ていたとき。嫌な夢を見ました。
その夢というのが、自分が何やらアスファルトの道の真ん中をふらふらと歩く夢でした。
意識がハッキリある。ここは夢の中だと気付きました。しかし、体は言うこと聞かず勝手に前へ進みます。
気がつくと道の両脇に人々がズラッと並んでおり、私に向かって拍手をしていました。
まるで凱旋パレードをするかの如く、私に向かって微笑ましく拍手を送る人々。彼らは私に満面の笑みを浮かべていましたがそれがどうも気味が悪い。
ニコニコというよりはニヤニヤと嘲笑うかのような笑みで、まるで他人の不幸を笑うかのようでした。
年齢も性別もバラバラなそれらの人々は私の知らない顔だけだった。
本当に気持ちの悪い夢。早く覚めてくれ!
私はいつものように念じましたが、なかなか夢が覚めない。
相変わらずニヤニヤと手を叩く人々。
そこを歩く、私。
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そんな夢をみる生活が約2ヶ月続きました。といってもそれは毎日見るわけではなく不定期で、今まで通り普通の夢をみることもありました。
あの夢の中では体が言うことが聞かない。ただ、視線だけは変えられた。何回も同じ夢を見ると少し慣れてきて、視線を右前に集中させるようになりました。
そこにあったのはあのアパート。私がいつも見てる夢はあの団地の、アパートがある通りなのだと次第に理解し始めました。
私はそのアパートを凝視するようになりました。そして2階の一室のベランダに、定かではありませんが…恐らくダウンジャケットを着た長い髪の女が立っているのが見えました。
暗くて顔が見えない。
いつ見ても顔が見えない。
どれだけ見たくても、見れない。
たかだか夢の話ですので、私は気にしないようには努めました。しかし、それからというもの、あのアパートの目の前を通る時に妙な感覚を覚えるようになりました。
人の気配がするのです。もちろんそこは空き家ですし、なにより人が住めるような環境ではありません。しかし、私がそこを通ると家族の声らしき談笑の声や、生活音が聞こえてくるのです。
もちろん団地の中に佇んでいることもあり、他の家から聞こえてくるだけかもしれません。しかし、微かに見えるベランダから人影が動いたような気がしたり。
気のせいであればそれで良かった。
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ある日、バイトを終えあのアパートを横切り、帰宅した私がソファーの上で眠るとまたあの夢を見た。
いつものように拍手を送る人々。その中を歩く私。そしてあのアパート。
だが。いつもよりも夢が冷めるのが遅い。あの一室に彼女の姿が見えない。私は遂にそのアパートの前に立ち、階段をゆっくりあがると一つの部屋の扉の前に着く。
何故か夢の中なのにタバコの香りがする。
すると後ろから女の人の声が聞こえました。それは優しい声で…本当に優しい声だった。
「やっときてくれたね」
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その瞬間。
夢の外から音が聞こえた。
がちゃり。
鍵が開く音。キィ…と扉を開ける音が耳に飛び込んできました。
私の部屋は誰かが出入りすることもなければいつも通り鍵も閉めたはずです。
ハッとした私は目を覚ましました。
そこで、到底理解できない光景が目の前に飛び込んできた。
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…知らない部屋だった。
ソファーの上で寝ていたはずなのに床の上だった。
古びた、家具も何もない部屋。
自分のアパートじゃない。
えっ。と声を漏らしました。本当にか細い声しか出なかった。
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そして音が聞こえた方を見やると、
あの夢の中の彼女が数メートル先に、こちらを見下ろしながら立っていました。
10秒ぐらい停止しました。頭も体も。
本当に血の気が引きました。
同時に胸の奥底から吐き気が催してくる。
頬の筋肉が痙攣するのを感じました。
息が止まった。
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その間、彼女は笑っていた。
あははは。はははははは。はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
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うわあああ!
叫び声を上げながら私はその女と反対方向に逃げ出しました。実際はそんな声じゃなく、自分でも表現し難い叫び声だったと思います。この瞬間からもうパニックでしたが、私は微かに残った理性で刹那の間に悟りました
私は現実の世界であのアパートに入って来てしまった。
わたしはあの夢で辿り着いたアパートの部屋の中で眠っていた。
あの優しい声の正体は後ろにいる彼女だ。
あの優しい声は偽りだ。
……………私はきっと助からない。
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私が走り出した方向はベランダでした。窓は付いていたため激突しました。
私は死に物狂いで窓を開けようとすると、鍵が閉まってなかったおかげで大して時間もかけずにベランダに飛び出すことに成功しました。外は夜だった。
もちろんその間後ろを見る余裕などありません。ただ女の笑い声はその間も元の位置から聞こえていた。
冷静さを欠いていたため、下も見ずにベランダの柵をよじ登ると、そこは二階でした。
やはり。
夢の通り。
しかしここから落ちて逃げない以外の手はない。迷わず私はとびおり、背中から落ちました。右足を下敷きにしてしまった気がしましたが下は土の地面で草が生い茂っていたためか、パニックからか痛みはなかった。
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そしてとにかく私は自分の家に向かって走り出しました。ずっと叫び声を上げていました。
後ろから声がします。明らかに不自然な音量といいますか、頭に直接聞こえてくるといいますか。
父親の怒鳴り声。
女児のキンキンと響く泣き声。
母親のむせび泣く声。
男の嗚咽のような泣き声。
若い女の怒り狂ったような声。
気遅れするような老人の泣き声。
何を言ってるかはわからない。聞き取る余裕はない。
しかし次第にハッキリと聞こえてくる年齢も性別も様々な人の声。
一緒にいようよ
いかないで
きっと楽しい、たのしい
そして最後に、あの、彼女の声が背後から聞こえました。それはハッキリと聞こえた。
その言葉と、優しい響き。私は一生忘れない。
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…私はその後無事でした。
あの刹那、助からないと本気で思ったわりには何事もなく逃げ果せました。
半狂乱になりながら走ったおかげでいつの間にか家についており、足はねんざしており鬱血し、切り傷などもいくつかありました。ベランダから落ちたときのものでしょう。
ですが不可解な痕が腕についていました。腕に火傷痕がついていました。
まるでタバコを腕に押し付けたような痕で、爛れていました。
その痕が意味するところはわかりません。
あれから4年経ち、今では住まいも変えて社会に出て生活を送っています。
愛する人も出来ました。
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…最近、完治したはずの火傷痕が痒くなり、次第に痛みが出てきました。
あの時の言葉が気がかりなのです。
きっと私はもう一度あの場所に戻らねばならないのでしょう。
それは恐らく必要なことなのです。
「ずっとまってる。」
彼女がずっと忘れられない。
作者鍵山 聡一