この話は私の父が実際に体験した話です。
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私の父は自衛官で、それなりに上位の階級に就いていました。
その父が幹部学校にいた際、野外演習というものが授業にあったそうです。
内容は年によって微妙に違うらしいのですが、父の時は5人で1つの小隊を複数つくり、実戦同様の装備(約30kg)と小銃(約7kg)を持って演習場の山を越えて、翌日の何時までに目的地までたどり着けという内容だったそうです。
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実戦を想定していたのか、小隊ごとに出発地点が異なっていたため隊員5人は自分たちで道を決めて目的地へ目指す必要があります。
ところが出発から数時間後、父の小隊の隊長を任された人物がドジを踏んで、小隊は山の中で軽い遭難状態に陥ってしまいました。
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途中で気づいたのはいいものの、このままでは予定時間に間に合うのか微妙なところ。仕方なく小隊は夜の睡眠時間を丸々カットして遅れを取り戻すことにしたそうです。
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月明りだけが頼りの暗い森の中を数十キロの荷物を担いで山道を進むのは尋常ではないほどつらかったらしく、何度も諦めかけたそうですが、自分たちは将来国を守る自衛官だというプライドを何とか奮い立たせて進んでいったそうです。
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そうして進んでいったところ、ふとどこからか人の声が聞こえて来たそうです。
極度の疲労からくる幻聴の類かと父は思ったそうなのですが、それにしてはあまりにもリアルでした。
ガサガサガサガサ!!
shake
と、明らかに生き物の足音のようなものが段々と、ゆっくりと、しかも着実に近づいてきたそうです。
聞こえたのは父だけではなかったらしく、他の隊員も様子がおかしいと感じたのか隊長が停止を命じました。
「イノシシか?」と、隊員の一人が呟きました。
この演習場は過去に何度もイノシシの目撃例があったらしく、各小隊には威嚇用に空包が何発か支給されたそうです。
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隊長が空包を装填して耳を澄ますと、足音と共に微かに声が聞こえてきました。
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ダレカキテ
ダレカキテ
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それは小さな女の子の声だったそうです。
「緊急事態か!?」と全員に緊張が走りました。
ですが、すぐにおかしいと父は考えたそうです。
ここは広大な自衛隊の演習場で、時刻は日付を越えた真夜中。
こんな状況で小さな女の子が夜の森の中を走り回ってるなんてありえない。
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隊員の何人かも父と同じことを考えたのか、一人が直ぐにここから離れるように隊長に進言し、小隊はややスピードを上げて進み始めました。
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進んでいる間ずっと、しかもはっきりと
ダレカキテ
ダレカキテ
と、足音と共に周囲から聞こえてきたそうです。
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その後、小隊は無事に朝日を迎えたそうです。
そのころにはもう声も足音も聞こえなくなりました。
小隊はなんとか最下位で目的地までたどり着き、教官から説教とペナルティが課されたことは割愛させてもらいます。
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それから数年後のある日、父はこのことが気になり休日の際に図書館に行って調べて見たそうです。
すると、こんなことがわかったそうです。
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なんでも大正時代の中頃、あのあたりには一軒の豪邸があったそうです。
そこはある実業家の別荘だったらしく、毎年お盆になると実業家とその家族が避暑地としてやってきたそうです。
その実業家には一人娘がいたらしく、たいそう溺愛していたそうです。
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しかしある夏の日、豪邸に複数の強盗が押し入って家族全員を縛り上げてしまいました。
強盗達が金品を物色している中、隙をみてその一人娘だけが屋敷から逃げ出せたそうです。
その後しばらくして、買い物から帰ってきたお手伝いさんが強盗と遭遇。強盗は慌てて逃げ出して家族は無事に解放されました。
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しかし逃げ出せた娘の行方が分からなくなりました。
その後の捜索の結果、近くの山中で娘の物と見られる遺留品が見つかりました。
おそらく娘はすぐに近所に助けを呼ぼうとして、近道の山道に駆け込んでいったきり、何らかの理由で命を落としたのでしょう。
その後紆余曲折あり、豪邸があった土地は山ごと演習場として買われたそうです。
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あのときの声は、きっと助けを求めて走り続けている娘の幽霊だったのでしょう。
家族が助かったことも知らずに、今でも山の中を彷徨い続けている少女の幽霊だったのでしょう。
作者退会会員