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嵐の前の静けさというのか、大きな厄災の前は何か小さないいことがある。
それに油断してはならない、それがその『嵐』の思惑かも知れないのですから。
………
……
…
転校生に教えてもらった仲直りの『おまじない』というのは非常にシンプルなものでした。
自分の髪の毛を1本、仲直りしたい相手の持ち物に巻いて一週間気付かれなければ仲直りができる。
と、いうものでした。
ただし、気付かれてしまうと絶交することになってしまうというデメリットもありました。
彼女曰く、「シンプルだからこそ強力でリスクも高い」とのことでした。
私はもちろん、仲違いしてしまった悪友との仲直りを望みました。
ですが大きな問題があります。
彼はこと『オカルト』に関してはかなり強く、おまけに勘が異常に鋭く、私のちょっとした隠し事などあっさりと看破してしまいます。
一般ピープルに仕掛けるならともかく悪友に仕掛けるとなると髪の毛一本すら不安要素です。
ですが、ここまで来ては引き下がれません。
私は意を決して悪友が休み時間に校庭に遊びに行ってる間に彼のランドセルに髪を結びつけようとしました。
ーーーが、仕掛けようと彼のロッカーからランドセルを取り出そうとしたところを彼に目撃され私の決意は敢えなく砕けました。
「何してんの?」
「……はい」
「いや、『はい』じゃなくて。何してんのって聞いてるの」
「……じない」
「はぁ? なにぃ?」
「『おまじない』……です」
私がぼそぼそ呟くと悪友は大きくため息を吐いてこう続けました。
「はぁ……。分かった。とりあえず、放課後残れ。話がある」
「……うん」
穴があったら入りたいとはこのことでした。
私は恥ずかしさのあまりその後の授業に全く集中できませんでした。
そして、放課後、私は教室から全員が出て行くまで待っていました。
しばらくすると、悪友がいつもの調子で教室に入ってきました。
「よぉ!」
「……」
私は未だに恥ずかしくて俯いて無言になってしまいました。
すると、悪友は私の隣に座りこっちを向けと私に命令してきました。
私が彼の顔を見るとようやく彼が口を開きました。
「何してたんだ? アレ?」
「『おまじない』。転校生さんから教えてもらった」
「関わるなって言ったろ? で、なんの『おまじない』なんだ?」
「……」
私は途端に口を噤んでしまいました。
いざ、「あなたと仲直りしたかった」なんて言おうと思うと顔から火が出るほど恥ずかしかったのです。
黙り込む私を悪友は訝しそうに見つめてきました。
「おい、黙ってちゃ分かんねーだろ」
「……」
「怒るぞ」
「……たかった」
「はぁ? 聞こえねー」
「仲直り……したかった、の。だからーーーだか、ら! おま……おまじない、を……したの」
恥ずかしさからでしょうか、途端に涙が溢れてきてうまく言葉が出なくなりました。
喉が苦しくて言葉が途切れ途切れになってーーーそれでも悪友は最後まで聞いてくれました。
全部言い切ると悪友が肩を震わせていました。
私に感化されて泣いてくれたのか、そう思った瞬間、悪友は口を開けて私達以外誰もいなくなった教室に響き渡る程の大声で笑いだしたのです。
呆ける私を他所に彼は1分程度笑い続け、苦しそうに息を整えました。
「仲直りって、お前、あれがケンカだとでも?」
「だって、私、ひどいこと……言ったし……」
「あぁ、アレね。もういいよ。オレもちょっとひどいこと言ったし。ゴメンな……」
「……いいよ……いい、よ」
とめどなく溢れる涙を抑えきれずに私はとうとう俯いて泣いてしまいました。
悪友もそれを見てニヤニヤしていました。
「泣くなバカッ!」
パシッと泣いている私のでこを軽くデコピンすると悪友はニッコリと笑いました。
あの笑顔です。
私をオカルトで振り回すときの笑顔……。
「今度、クラスの奴らと七不思議を実験しに行くんだけど来るだろ?」
「えっ……?」
「よしじゃあ、今度の明日の放課後体育館前に集合な!」
「やっ、あの……」
「じゃ、帰るぞぉ〜」
悪友がさっさと椅子から立ち上がり教室から出ようとするので私も慌てて後を追いかけました。
相変わらずの横暴さでしたが、今回ばかりはその変わらない姿が少し嬉しかったです。
………
……
…
結果として『おまじない』を使わず悪友とは仲直りできましたし、翌日の放課後の『封印された2番』はやっぱり怖い思いをしましたし、なんだかんだで元通りになったといえばなったのでした。
私は『おまじない』を使っていないとはいえ、転校生にお礼を言っておこうと彼女に放課後、悪友との一件を話しました。
「……で、結局、『おまじない』は使わなかったけどなんとか仲直りできたよ。ありがとう、転校生さん」
「そう、良かったね。まぁ、仲直りなんて『おまじない』なんかに頼らなくても本当にごめんなさいって思えばできるもんね」
「うんっ! でも、きっかけをくれたのは転校生さんだよ。ありがとう!!」
「どういたしまして……。それより、その昨日は大丈夫だったの?」
「えっ? あ、うん。大丈夫だよ。昨日の夜もなにもなかったし……」
「でも、とりあえず。コレ、お守りなんだけど……○○さんが心配だからあげるね」
転校生はピンク色をした可愛らしいマスコットキャラクターのフェルト人形を私にくれました。
私はキャラクターの可愛さと彼女から何かを貰えたという喜びで迷うことなくソレを受け取りました。
「ありがとう!」
「いいよ。それには私が『おまじない』をかけたの。悪いものから○○ちゃんを守ってくれますようにって……」
「……ッ」
私は転校生の優しさに感極まりなにも言えませんでした。
なんて優しいんだろ……まるで彼女が天使のように見えて来ました。
それこそ彼女が私を呼ぶときに『さん』から『ちゃん』に変わったことに気づかないほどに。
すると、彼女が今度は少し目を落として私を見つめてきました。
「○○ちゃん」
「なぁに?」
「○○ちゃんには悪いんだけど、もうその悪友くんとは一緒に遊ばないほうがいいと思うよ。○○ちゃんって優しいから悪いものがいっぱい来ちゃうから」
「あー、うん。そうだね……」
反対しなかったが残念ながらそれは認めざる得ませんでした。
なにせ、今のところ悪友と行くとこ行くとこで百発百中で怖い目にあっているのですから……。
けれど、だからといって私は彼と絶交する気なんてこれっぽっちもありませんでした。
しかし、彼女からの助言もまた的を射たものなので反論はできませんでした。
「うん、分かった。ありがとうね」
「気を付けてね。じゃ、バイバイ!」
「バイバイ!」
転校生は一足先に帰ると私の足は自ずと悪友の居るクラスに向かっていました。
今なら、彼が居る。そんな気がしていました。
夕陽のオレンジ色の中に間もなく夜の闇が落ちようとしている廊下を抜け、悪友がいる教室に入ると、彼はそこにいました。
教室の中央で机の上に座ってボーッと黒板を眺めている……まるで、誰かを待っていたかのように――。
「よぉ! 何してんだ?」
「それ、こっちのセリフ。なにしてんの?」
「逢魔が時だからさ、何かいるかなぁ〜って待ってたんだよ」
「逢魔が時? それは事故が起こりやすい時間のことでしょ? というか、こんな時間にこんなところいたら先生に怒られるよ? ほら、行くよ」
私は教室の真ん中までドカドカと入り込み、悪友を連れて帰ろうと彼の手を取った、その瞬間でした――――。
「あぁ、やっと……来たよ」
悪友が低い声で私に告げました。
首を異様な角度で曲げて、私を見据える彼の目は獲物を見つけた肉食獣のようにギラギラして、不気味に釣り上がった口角からは唾液で濡れた白い歯が覗いていました。
こんな恐ろしい形相の彼は初めて見ました。
私は怖くなかって、彼から離れようと手を離した瞬間、今度は彼の方から私の手を取って離そうとしません。
「離してよ!」
「…………」
悪友は張り付いたような笑みを浮かべたまま私の手を握り潰すような力で握っていました。
作者黒さん
いよいよ次は最後のお話です!