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中編4
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まるさんかくしかく

僕はいま、走っている。

これが夢の中だと気づくのにそう時間はかからなかった。

最近よく夢を見ていたから、ああまたか、くらいにしか思わなかった。

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黒のタイルが敷き詰められた空間をただ走る。

夢の中だから息が上がる感覚はなく、足は宙に浮いているように軽かった。

そのためか速く走ろうとすると、足に力が入らず水の中を走っているような気分になる。

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さっきまで真っ暗だった周りがぱっと明るくなった。

見上げると、そう高くない天井に等間隔に並んだ照明灯が目を刺激した。

自分が裸で走っていることに気づいた。

このパターンは初めてだった。

唯一身につけているものと言えば、右肩から掛けた襷だけだ。

黒色の襷には白色の糸で、405と刺繍されている。

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この数字の意味を考えた。

もしかしたら同じような夢を見ている人がほかにもいるのかもしれなかった。

そんな人に会いたいと思った。

走り続けるのに飽きることはなかった。

それでも誰かと話しながら走りたいとは思った。

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それからどれだけの距離を走ったのだろうか。

夢の中の時間は現実より早く過ぎる気がする。

二時間くらいは走っているのだろうか。

ただ単調な空間を、止まることなく走って行く。

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しかし、僕はふと立ち止まる決意をした。

肉体的には余裕だったが、精神が参ってきたのだ。

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そんなときである。

前方に黒い物体のようなものが見えた。

なぜか僕は救われたような気分になった。

足を止めることはなく、軽快に駆けていく。

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近づいてみると、それは実に奇妙な物体の列であった。

布を丸めたような枠がチェーンによって天井から吊されていた。

前方を見ると、物体の大きさばらばらだが、その形はまる、さんかく、しかくの順で繰り返されていることがわかる。

どれも人がくぐれそうなくらいには大きく、その列は遙か前方まで続いていた。

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僕は最初のまる枠をくぐってみた。

くぐり終えるときに左足が枠に当たったが、夢の中にいるためか感触はよくわからなかった。

次の枠は十メートルほど先にあった。

形がさんかくなだけに少しだけ慎重になったが、難なくくぐることができた。

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昔よく遊んでいた公園での思い出が蘇った。

大学生となったいまでは遠い過去であった。

たしか僕たちが小学校四年生の時だったか。

ちょうどまるやさんかくやしかくの形をした鉄の枠が、チェーンによってつなぎ止められているような遊具で、僕たちはそれを上ったりして遊んでいた。

鬼ごっこをしていたのかもしれない。

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海くんはほかの子に比べてひとまわりも小柄だったため、足は遅かったがその遊具の枠をくぐることでは右に出るものはいなかった。

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可笑しなもので、当時の僕たちのなかでは、それは足が速いのと同じくらいステータスに関わるもので、みんなが海くんを羨ましく思った。

そして羨ましいがために、その中の一人が海くんが枠をくぐろうとしている時にチェーンを持って激しく揺らしてしまった。

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そのときはみんな海くんが落ちればいいと思っていた。

そうしたら、本当に落ちてしまった。

海くんは顔から落ち、その衝撃で足が顔のすぐ目の前に来るくらいに海老反りの姿勢になった。

それから海くんはしばらく学校を休み、誰にも知らせずに転校した。

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これはすべて人から聞いた話だ。

僕は気を失った。

次に目を覚ましたときには海くんは学校に来なくなっていて、学校に戻った時には知らぬ間に転校していた。

また、海くんは脊髄を損傷して走ることができなくなったという。

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この夢は僕のいやな記憶の断片から生まれたのかもしれなかった。

そんなことを考えている間にも僕は黙々と枠をくぐり続けた。

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まるさんかくしかく

まるさんかくしかく

まるさんかくしかく

相変わらず周りに人はいない。

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ふと肩に掛かる襷を見た。

405の白い刺繍。

そして、僕は気づいてしまった。

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目の前の枠を見て立ち止まった。

しかくの形をしたその枠に、小さな綻びを見つけた。

僕は迷わず指でそれを破った。

なかから生臭いにおいと、べっとりとした液体が流れてきた。

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穴から手を出すときに手に引っかかった帯のようなものを引っ張り出すと、それは自分が肩に掛けているのと同じ襷だった。

咄嗟に数字を確認する。

赤色の糸の204という刺繍。

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あと半分、か。

僕はその枠をくぐると、次の枠に向かって走り出した。

走りたくなかったが、走るしかなかった。

次にいつこんな夢を見ることができるかわからなかったから。

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自分は足が速いのかもしれないとも思った。

昔はそうは思わなかった。

どれだけ足が遅いと言われても気にならなかったし、それを自分でわかっていた。

たとえ運動会のリレーで女の子に抜かされても、僕には枠くぐりがあったから。

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何も考えずに走ることができたあの頃が懐かしい。

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