目を覚ますと白のカーテンと薄汚い天井が目に入った。
自分が保健室のベッドの上で寝ていることに気づいた。
保健室のベッドで寝たのは初めてだった。
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すべすべとしたシーツの肌触りが妙に心地いい。
起き上がると後頭部にじわじわとした痛みを感じた。
触ってみると、痛みを感じた箇所が熱をもってぷっくりと腫れているのがわかる。
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体育のサッカーで強く頭を打って運ばれたことを思い出した。
明日から夏休みなのに、とんだ災難だ。僕はひとりで失笑した。
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それからまたしばらくはベッドに横たわっていた。
誰も自分の様子を見にくる人はいない。
それどころか、カーテンの奥に人のいる気配すらない。
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いまはちょうど昼休みくらいだろうか。
お腹が空いてきたので教室に戻ろうと思い、立ち上がってカーテンを引いてみる。
やはり誰もいない。
窓の奥に見える運動場にも人の姿は見えない。
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保健室を出て廊下を歩いてみるが、誰の姿も見ることはなかった。
通り過ぎたどの教室にも人はいなかった。
自分の教室にも、誰もいない。
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おかしいな、と僕は思った。が、すぐに思い直した。
そうか、今日は夏休み前日だ。修了式のためにみんな体育館にいるんだ。
ほっとして小走りで体育館に向かった。
きっとみんな校長先生のつまらない話を聞いているんだ。
だから誰も僕の見舞いに来られなかったんだ。
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しかし、体育館に着いたときには、僕の表情は険しくなった。
そこにも誰もいないのだ。
さすがに怖くなった。
まだ昼過ぎだ。この後に部活もあるし、誰もいなくなるには早すぎる。
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「おーい!」
体育館の真ん中で僕は叫んでみた。
広々とした体育館に自分の声が響く。
涙が出そうだった。
そのとき、
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「おーい!」
上の方から声がした。
声のする方に振り返ると、二階の手摺りに身を乗り出すようにしてひとりの男が手を振っていた。
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この距離からでは顔もよくわからないが、たぶん生徒のひとりだ。彼は制服を着ていた。
僕は安心して、手を振り返した。
そのときには彼はもう走り出していた。
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少しして彼は舞台の横の扉を開けてこちらに走ってきた。
僕もなんだか嬉しくなって、彼の方に走りだした。
互いの距離が近づくにつれ、相手の顔がはっきりしてきた。
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あれは内村ではないか。
ぱっと思い出せなかったのは、彼が最近学校を休んでいたからだ。
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彼が授業中に貧血だといって保健室に行ったのが1週間ほど前で、それから学校に来ていなかった。
僕は彼とそこそこ仲がよかったから、昼休みに一度様子をみにいった。
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カーテンを開けると、僕が来たのにも気づかないくらいぐっすりと寝ている内村の寝顔が見えた。起こすのも悪いと思い、声を掛けずに教室に戻った。
その日もそれからは顔を見せなかったから、早退したのだろうと思っていた。
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とにかく元気になってよかった。
必死な形相で走ってくる内村がなんだか可笑しくて、僕は笑いながら立ち止まった。
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相変わらず内村は口をぱくぱくさせながらこちらへ向かってくる。
あと5メートルくらいで、僕は内村が尋常じゃないほどの汗をかいていることに気づいた。
そのときにはすべてが遅かった。
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「やっと人に会えたあああアアア!」
内村は涎を垂らしながらそう叫ぶと、僕の胸をどんと押しやり、笑いながら体育館を出ていった。
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恐怖に震えながら、胸に貼り付けられたバッチのようなものを確認した。
黒のマーカーで「鬼」と書いてあった。
作者退会会員
おはようございます。