なんとか終電にすべり込み、地元の駅まで辿りついた。
連日にわたる残業で、この時間の帰宅はもうほとんど苦にすら感じなくなってきた。
でも、今日はなんだかいつもより少し気分が悪い。
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「お姉さん」
いきなりどこかから声をかけられて、私はぎょっとした。
振り向くと、道端の占い屋が私のことをじっと見ている。
「お姉さん」
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どこにでもいそうな雰囲気の占い屋だ、通り過ぎたときはそのくらいにしか思っていなかったんだけど。
よく見てみると、この時間にこんなことをしているわりには、その男は妙に若かった。
そもそもいつも使っているこの道で、今までこんな風貌の占い屋が座っていたことなんてあった?
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「ちょっと話、いい?」
新手のナンパにしたって、こんなのは私の趣味じゃない。
気持ち悪くなって、私は何も答えず、足早にその場を去った。
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駅前を過ぎて、住宅街にさしかかっても、私は急ぎ足を止められなかった。
後ろから足音がする。
誰かがついてきている。
その場で振り返るほどの勇気はなく、でもどうしても後ろが気になった私は、四つ角を曲がるとすぐ塀に身を寄せて、そこから半分だけ顔をだし、こっそりと元来た道をのぞき見た。
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……いる。
すごく遠目だけど、夜闇にまぎれるぎりぎりくらいの距離に、誰かが立っているのが見えた。
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服装や背の高さからみて、それは少なくともさっきの男じゃなかった。
ひらひらとした白いワンピースに、つばが広めの大きな白い帽子。
顔は帽子の陰になっていてよくわからないが、どちらかというと、それはむしろ女性みたいだった。
ちょっと浮世離れしたようなその見た目は、どう見ても怪談話などで聞く幽霊そのもので、私は背中に汗が噴き出してくるのを感じた。
ものすごく嫌な予感がする。
そうしていると、女が両方の腕を上げ始めるのが見えた。
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両手を顔の前にもってくる。
少しして、手を開く。
また閉じる。
開く。
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意味のわからなさと恐ろしさで、私は女をそれ以上直視することができなかった。
塀の陰から首をひっこめると、逃げるようにその場を後にした。
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家の付近まで走ってきて、私は自分の日ごろの運動不足を痛感した。
肩で息をしながらおそるおそる後ろを振り返るが、あの女の姿は見当たらない。
タクシーが一台、交差点を走り抜けていっただけだった。
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あれがテレビのドッキリか何かであることを願いながら、アパートの階段を上る。
急にクラクションが聞こえて、思わずびくりとした。さっきのタクシーかな。今はなんにでも驚いてしまう自信がある。
踊り場をまわり、柱の影から顔を出した瞬間。
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全身が凍りついた。
二階から見える少し先の交差点。
その真ん中に突っ立って、あの女がこっちを向いていた。
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どう見ても通りがかった雰囲気じゃない。
二階の、しかも柱にほぼ隠れた状態の私のことを、明らかに認識している。
そして、またあの奇怪な動きを始めたのだ。
喉まで出かかった悲鳴を必死に呑み込んで、私は顔を伏せたまま、急いで自分の部屋までかけ寄った。
震える手でカギをさしこみ、玄関に転がり込む。
チェーンまでしっかりかけてから、体をひきずるように居間まで這っていった。
怖すぎて足腰が立たなかった。
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携帯の操作もおぼつかない状態で、私はなんとか彼に連絡をとった。
やばいものがいる。すぐに迎えに来てほしい。
私の泣きそうな声で理解してくれたのか、彼はすぐ行く、俺が行くまで誰が来ても出るな、と言って電話を切った。
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それからすぐに、玄関のチャイムが鳴った。
もともと近くまで来ていたのかな。
予想以上に早い到着に少しほっとしながら、私は玄関に歩み寄ると、ドアののぞき穴から外を確認した。
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あの女がいた。
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大声で叫んだ。
叫びながら、なぜか目は穴から離れない。
うつむき、帽子の陰で見えない顔を、女が両手で覆う。
そしてそのままこっちを見上げると、ゆっくりとその手を開いた。
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sound:33
それは人の顔じゃなかった。
目も鼻もない。
眉間ぐらいのところに、大きな口だけがひとつ、ぽっかりと開いていた。
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ドアをちからずくで蹴飛ばして、むりやり目をのぞき穴から引きはがした。
息ができない。ひゅーひゅーと喉をならしながら、寝室に逃げ込み布団を頭からかぶる。
もうだめ。
私きっと死ぬんだ。
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どれくらいの間そうしていたのかわからない。
外からは何も聞こえない。
あれがまだ玄関の外に立っているのか、もういないのか、布団の中からでは察しようがなかった。
次第に、いろんな考えが頭をよぎり始めた。
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彼はもう来てるんだろうか?
でも仮にまたチャイムが鳴ったとして、私にはもう玄関に向かう勇気はなかった。
最悪ベランダから出よう。2階だし、下には植え込みもあるから、大けがをすることはないはず。
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それから、今までに起きたこと。
何が原因だったんだろう。
私がなにかしたの?
思い当たるふしは一つしかなかった。
駅前のあの男だ。
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あいつならたぶん何か知ってる。
とっつかまえて、この意味の分からない状況を説明させよう。
電話のバイブレーションが鳴って、私はスマホを取るために、布団のはじから顔をのぞかせた。
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sound:33
「バァ」
作者ヨグルティ
これは創作です。
あなたのところへ来ることはありません。
ご安心ください。