大学2年生の夏休みだった。
1年生の夏休みはバイトしかしていなかったので、今年こそは何か成し遂げたいと思っていた。
私の大学はほぼ地元の人が通うような三流大学で、男性が9割、女性が1割みたいな大学だった。
そんな大学にもそれぞれ仲良しグループがあり、私は約10人くらいの仲良しメンバーと行動をすることが多かった。
夏休みに入る前にそのメンバーで飲み会をした時に思い切って自分の気持ちをぶつけてみた。
「なあ。俺、去年バイトしかしてねえから今年何かしたいんだけど何かいい案ある?」
もちろん自分で考えろ!って意見もあったが、何人かが素直にアドバイスしてくれた。
資格取得という真面目な意見からギネスに挑戦!みたいなものまであったが、誰かが「このメンバーで旅行に行かねー?」みたいなことを言い出した。
みんな、いいねー!みたいな話で盛り上がったが、酔っていたので後日大学で話そう!ということになった。
想像はしていたが、いざその日が来ると「実家帰るわ!」とか「バイト休めん!」とか色々な理由で結局行くのは4人となった。
その4人で講義の後にファミレスに集まり、旅行のプランを話した。
いつ出発するのか、何泊にするのか、どこに行くのか、何をするのか。
そしてメンバーの一人が「あまり決めすぎて行くのも面白くないから行き当たりばったりの旅行にしようよ!」と言ってみんな納得した。
車で出発して夜になったら安い宿を探す。なければ野宿か車中泊。みたいな話題で盛り上がったが、途中で心霊スポット巡りしない?みたいな流れになった。
大学2年生といえばかっこつけたい盛りでそれを拒否するとビビってるのかよ!と笑われそうだったので、皆何も言わずにそういう流れとなってしまった。
7つの県をまわる予定となり、車出す人は1つの県の有名心霊スポットを、他は2つの県の有名心霊スポットを当日までに調査すること!と約束して解散となった。
当日はお隣の県からスタート。6つの県をまわり地元に帰ってくるという予定だ。
車内では四人で小学生みたいにしりとりしたり、音楽かけながら歌ったりして結構盛り上がった。
心霊スポット巡りももちろんしたが、中高生も夏休み期間であったこともあってか、有名心霊スポットは観光地化していて(もともと観光地であるところも多い)人も多く、あまり怖いとは思わなかった。
まあ、誰も口に出さなかったがみんな実は内心怖いと思っているせいか昼間にしか巡ってないこともあるだろう。
最後地元に帰って来た時には主要な心霊スポットをまわって、その後に泊まる?どうする?みたいな話になったが、どうせだから打ち上げしよう!みたいな話になり、地元の県でも普段行かないような遠方に車を走らせた。
山道を走らせていると民宿が途中であり、そこに立ち寄った。
玄関に入ると誰もおらず、友達の一人が「すいません!」と声をかけたら奥から「はーい。」と女性の声がした。
女性は35歳前後だろうか。笑顔の素敵な女性だった。
「すいません。今日泊まるのは大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。でも、若い人がここに来るなんて珍しいわね。」
「今、ちょっと色んなところをまわっていて。」
「へえ。県外の方?」
「いえ、ここの県民なんですが、他県をまわって戻って来た感じです。」
「うらやましいわね。学生さん?」
「はい。」
みたいな他愛もない話をして、その後部屋を用意してくれた。
その女性の方が愛想よくてついつい値段を聞くのを忘れてしまったが最後の日だしもうお金つかうこともないしいいか。みたいなことを考えていた。
その民宿は二階建てで食堂も兼ねており、二階は宿泊施設、一階は食堂という具合だ。夕食はその食堂部分で取ることとなっていたので、部屋出て階段を降りる。
意外にも食堂は8割方埋まっていた。
どちらかと言うとこの食堂の方で経営が成り立っているのであろう。
私たちが降りていくと気のいいおじさんが話しかけて来た。
「ママ(民宿の女将さん)珍しいな。宿泊客かい?学生さん?」
「はい。」
「県外からかい?」
「いえ。ここです。」
「なんだ。ここかい。」
なんだ。の意味は?とは思ったが聞いても仕方ないので、はい。とだけ答えた。
「なんでまたここに?」
「他県をまわってきたんです。」
「ほう。いいねえ。何しに行ったの?部活動(サークルのことだろう)?どうだった。」
「心霊スポット巡りしてきたんです。」
「あははは。そりゃいいや。どうだった。幽霊には会えたのかい?」
「いえ、会えませんでした。」
「だろうな。おじさんはね。全く幽霊なんか信じてないんだ。目に見えないものを信じるなんて馬鹿らしいだろう。」
「はは。」
生返事みたいな笑いを浮かべてみたが、実際にそう思っていた。何より心霊スポット巡りをしていた後だからそう思ったのかもしれない。
「だったらついでにこの近くにある山も登ってみたらどうだい?」
途端に周りが静まり返ってこちらを見たが、おじさんは酔っているのか全く気にしていない様子。
「見てのとおり、この地域は人の少ない集落ばかりだからな。自殺志願者がたくさん来て、山の中で首を吊るんだよ。運がよければ・・・悪ければか。首吊り死体が見れるかもしれないぞ。」
「ちょっと。そんな話やめてくださいよ。」
私たちより先に民宿のお姉さんが話を止めに入った。
「おー怖い怖い。」と言い、小声で「とにかく興味があればこの店の道をまっすぐ行ってしばらくしたら左に入る道あるからそこに行ってみな。車で進める道は途中までだけど、廃墟があるからそこに車を停めれば山奥まで進めるから。」と続けて、じゃ!みたいに片手をあげると席を立ち、お会計へと向かった。
お会計が終わるとお姉さんがやってきた。
「ごめんなさいね。風評被害出るからあんな話してほしくないのにねー。ビール1本サービスしておくから勘弁ね。またぜひ来てくださいね。後、夕ご飯支度しているからちょっと待っててね。」
話が嘘とは言わないんだ。と思いながら、行く気もなかった私は宿泊費の方が気になって遠回しに聞いてみた。
「ありがとうございます。ご馳走になります。そういえば、宿泊代はいつ払えばいいですか?」
「チェックアウトの時でいいわよ。」
「おいくらですか?」
「あら?言ってなかったかしら?お一人様3,500万円ね。」
「えっ?」
「上段よ。3,500円。夕食朝食付き!安いでしょう。でも、サービスのビール以外お酒は別だからね。」
「じゃあ、いっぱいお酒頼まないと。」
「あら、嬉しい。ありがとう。」
安い値段で良かった。一番気にしていた値段のことが解決し、皆も気になっていたのか、お酒を結構飲んだ。お酒が飲みたいというよりみんなすっかりお姉さんのファンになっていて、少しでも長くその場に居たいという感じ。
愛想がよくて、笑顔が素敵、そして何より美人だった。
その後布団に入った後に(他の客もこのお姉さん目当てで来るんだろうな。すごいな。人里離れたところで。)なんて、頭の中で考えながら、いつの間にか眠りについていた。
朝起きて、朝食・チェックアウトと済ませて出る予定だったが最終日なので、お昼ごはんも食べて帰ることにした。お姉さんに皆惚れていたのだ。
「えっ?お昼ご飯も食べていくの?嬉しい、ありがとう。そしたら、お昼まで部屋にいる?」
「いえ。色々お話させてください。」
「そしたら、後1時間くらい待ってくれる?お部屋片づけと掃除してくるから。」
「はい。」
朝8時ぐらいだったろうか。今思えば迷惑な話だが、その時はお姉さんとお話がしたかった。
お姉さんと私たち4人で話が盛り上がりお昼11時班半頃に他のお客さんもぽつりぽつりと来られ、お姉さんはお昼の支度に向かった。
私たちは運転手以外の3人は最終日だしどうせなら飲もう!と話になり、お酒を飲み始めた。
結局本当にそこを出たのはお昼の1時過ぎだっただろうか。
車に乗ると皆酔っているせいか気が大きくなり「ねえ。あそこ行ってみようよ!」という話になった。運転手は酔っていないので怖かったのだろう。遅くなると運転が大変という名目で反対したが、結局私を含めた他の3人に押し切られて行くこととなった。
おじさんの言った通りしばらく道を進むと左に入れる道があり、道が終わる頃には廃墟があった。運転手は車を置きっぱなしなのが嫌!などと最後まで抵抗をみせたが、酔っ払いに勝てるはずもない。
私たちはそれから先の獣道というのだろうか、道なき道を歩いて行った。
山の中だからだろうか。日中でも薄暗い。
しばらくすると山の奥に4~5軒の民家が見えた。
すごいところに民家があるんだな。という思いと同時に民家あるようなところを自殺する場所に選ばないだろうな。あのおじさんに一杯食わされたな。という思いが頭をよぎった。
携帯電話はもはや圏外となっていた。
私たちが民家の前を通ろうとした時に後ろの方から声がした。
「何しに来た!?」
突然の声に私たちはびっくりして振り返る。振り返るとまだ30代半ばくらいのお兄さんが立っていた。
「何しに来たんだ?」
「・・・すいません。ちょっと観光で。」
「観光?こんな山奥に?まさか貴様ら自殺するつもりじゃないんだろうな?」
「い、いえ!そんなにつもりはないです!」
「とにかく悪いことは言わないから帰りな。ここは俺たちの土地だから勝手に入ったらいけないよ。自殺の名所なんて密かに広まっているようで最近は自殺を考えている連中やそれを面白がって見に来る連中やらで静かな集落が台無しだ。」
「本当にすいません。すぐに帰ります。」
そう言って方向転換しようとした時だった。
今度は別な人の声がした。
「まあまあ、そんな怒ることないさ。若い子が恐縮しっぱなしでかわいそうじゃないか。別に悪さしに来たわけじゃなさそうだ。」
「そういう訳にはいかない。ここは俺の土地だ。勝手に入ることは許さん!さあ、帰りな。」
「全く最近の若者は頑固でいけねえな。なあ、青年。」
「いやいや。」
このやさしいおじさんがいてくれてよかったと心から思った。
「山道歩いて疲れたろ。お茶でも飲むかい?」
「ありがとうございます。」
「不法侵入者をもてなしてやる必要はない!追い返せ!」
「まあまあ、そう言いなさんな。ばあさん!お茶を入れてくれ!」
やさしい方のおじさんがその人の家に向かって叫ぶと中から女性の声で「はーい。」と声がした。
やり取りが聞こえたのか、他の民家の方も窓から顔を覗かせてこちらを見ていたりする。
おじさんが歩き出したので、後をついて行こうとすると、さっきの怖いお兄さんがつぶやいた。
「全く・・・。」
そうつぶやいたかと思うとやさしそうなおじさんと私たちの間に割って入った。
「おい!早く逃げな!」
私たちは訳が分からなくて立ちすくんだ。
「何してる!早く!」
お兄さんが叫ぶ。
「おい!貴様裏切る気か!!」
やさしそうなおじさんがそう叫ぶと他の民家から色んな人が出てきた。
「もういいだろ!もう関係のない人を巻き込むのはやめろ!!」
「だまれ!だまれ!だまれ!やっぱり貴様はさっき追い出すふりして逃がそうとしてたんだな!」
さっきまでのやさしさが嘘のような豹変ぶり。
そして、他の家から出てきた人は10人近くになっていた。
近くにいるにも関わらず全員顔がぼやけて見えない。
さっきまではっきり見えていたおじさんの顔もぼやけている。
そして声もだんだんはっきりとは聞き取れなくなってきている。
私たちが動けずにいるとお兄さんがまた叫ぶ。
「走れ!」
叫ぶと同時に私たちに何か投げた。
それが私の体に当たり体の硬直が抜けて私も走れ!と同じことをいい駆け出した。皆、それを合図に一斉に走り出した。
後ろなんか振り向く暇もない。
道なき道を走りに走る。
来るときこんなにも歩いて来ただろうか?それとも道を間違えたか・・・?
色んなことが頭をよぎったが走り続けてようやく車までたどり着いた。
乗り込むとすぐに発信させた。
少し走らせるとようやく後ろを確認出来るような心情となり、車の中から後ろを見たが誰も追ってくる様子はない。
しばらくするとあの民宿が見え、近所の人が入ろうとしていた。
人が大勢いれば大丈夫だろうと、恐怖と走りすぎで疲れていた私たちは一度民宿に立ち寄ることにした。
「はあはあ。」
肩で息をしながら入って来た私たちにお姉さんが近づいてきた。
「あなた達!どうしたの!?」
「山・・・山・・・。」
それしか言葉が出なかった。
「もしかして山に行ったの?」
「・・・はい。」
それを聞いて食堂にいた近所の人が口を開いた。
「それは大変!早く奥の部屋に!」
私たちは言われるがまま奥の部屋に入った。
和室の部屋だったが、長く使われていないようで半分物置状態だった。
外ではお姉さんと近所の人がひそひそと話している。
その時だった。
「んー・・・。んー・・・。」
部屋の中に誰かいるのに気付いた。
布団でぐるぐる巻きにされている人だった。
「お・・・おじさん?」
私たちに自殺の名所と教えてくれたおじさんだった。
物置と化しているその部屋を見渡すと園芸ばさみがあり、私たちはそれで布団をしばっている縄を切った。
その時だった。
「ダメじゃない。勝手にそんなことしたら・・・。」
後ろを振り向くとお姉さんが立っていた。手には包丁を握っている。
「な・・・なんで。」
「ここに来るお客さんのほとんどはね。あの山で自殺した人の家族なの。」
「・・・。」
「静かに弔おうとしているのに、たまにあなた達のようなもの好きがやってきて荒らしていくのよ。」
「ち・・・違う!」
「何が違うのよ!!」
お姉さんが叫ぶ。
「やめろ!殺すなら俺だけを殺せ!!」
おじさんが口を開いた。
「もちろんあなたも殺すわよ。あなたが噂を流すから・・・。でも、彼らも殺すわよ。彼らを帰したらまた噂が広まったらいけないじゃない。」
「広めません!広めません!」
「・・・今となってはそんなことどうでもいいの。あなた達もあれを見たでしょう?」
「あれって?」
あるいは男全員でかかればなんとかなったかもしれない。だが、恐怖で体が動かない。
「隠しても無駄よ。恐怖に怯えてくれば誰でも分かるわよ。だいたいはそこで駆除してくれんだけど、時々いるのよね。上手く逃げ出す人が。そういう人は私たちで駆除するの。あそこに立ち入っていいのは私たちだけなの。面白半分で行くなんて死者への冒涜でしょう?あそこは死者を求める私たちと死者の方の憩いの場なの・・・。あなた達のような人は許せない。」
死を覚悟した人間はこうなのだろうか?はたまた現実逃避なのだろうか。
私は密かに頭の中で話が長いな。なんて別なことを考えていた。
そう考えるといくらか楽になり、逃げる時からずっと何かを握りしめていることに気付いた。
あの逃がしてくれたお兄さんが逃げろ!と言った時に私たちに投げたものだった。
それはボロボロになったお守りだった。
裏を見てみると文字が書いてある。
(キミタチイガイニホンモノハナイ)
君たち以外に本物はない
この民宿もこの世のものではないのかもしれない。
いや、この世のものではないだろう。
では、おじさんは?
おじさんもあの山に行くように仕向けていた…。
ここが現実の世界でないとしたら…。
私はそのお守りを握りしめて祈った。
(お願いします。お願いします。現実の世界に戻してください。)
その途端に意識を失った。
気が付くと、当初車を停めていた廃墟の車の中で目が覚めた。
周りは全員気を失っているのか、ピクリともしない。
私は体をゆすってみんなを起こした。
みんな気がつき、一刻でも早くとその場を後にした。
帰りにあの民宿があったあたりを通ることになったが、最後まで見当たらなかった。
後から分かったことだが、確認するとあの時宿代を払ったにも関わらず誰も財布の中身は減っていなかった。
そして、何より日付は泊まる前の日付どころか、時間も全く進んでいなかった。
ここだけの話だが、帰りに誰も怖がって後ろを見なかったが、私は密かに後ろを振り返っていた。あのお兄さんが立っていて、満足そうに笑みを浮かべていた。
作者ゆきあず