中編5
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鈴の音

前述しておくとこれは、

私の二十歳頃の実体験で、夜が少し嫌いになった話です。

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その頃は、一人暮らしをはじめてしばらく経ち、

自炊や掃除も出来るようになって、一人での生活に少しは慣れてきた頃だったのですが、

一つだけ、どうしても慣れないことがありました。

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それは洗濯です。

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というのも、朝が早く、帰ってくるのは時期によっては日の沈む6時以降。

朝早くから洗濯機を回すと、お隣から苦情を言われるため、

あまり遅すぎない程度で、夜中に洗濯をしていました。

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しかし、ここからが問題でした。

自分の住んでいたのが、右手に進むと駅のある人の少ない古アパートの一階で

部屋に浴室乾燥なんて便利なものはなく、

部屋干しするとすぐに服と部屋がカビるので、

しかたなく私は、外にある手狭なベランダに物干し竿をかけて使っていました。

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そしてそれは外にある以上、外に出なければならないことを示しており、

いい歳して夜や暗い場所が怖くて苦手だった当時の自分には、

洗濯がとても面倒で億劫なものでした。

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時期は確か、梅雨明けしたばかりの頃。

その日もいつも通り手早く干して、さっさと部屋の中に戻ろうと窓を開け、外に出ます。

薄く空の色が見えるぐらいの、晴れた夜空でした。

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既に部屋の中でハンガーを通していた上着やシャツ、タオルを両手にどんどんと物干しに並べていき、

あとは靴下などの小物を干すだけ。

そう思い、部屋の中にそれを取りに戻ろうと後ろを向きます。

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―――リーン・・・

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後ろから、どこか耳馴染みのあるそんな音が聞こえてきました。

その方向には、ベランダとここの駐車場を挟んで一本の道があり

そこを右手にいくとすぐに駅が、

左手にはほとんど何もなく、ずっと進むと山があります。

音は、駅の方から聞こえてきました。

私は、一体何の音だろうと、思わずもう一度鳴るのを待ちました。

しかし、しばらく待っても次が聞こえてきません。

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「気のせいだったのかな・・・」

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そう思い、すぐ手前にある靴下のたくさん着いた小物干しを改めて手に取りました。

そうすると、

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―――リーン・・・

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また鳴った。同じ方から。

そう思うと同時に、耳馴染みの正体に気づきます。

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音自体は誰もが聞いたことがあるもの。

その時は名前までは知りませんでしたがそれは確かに、

仏壇の側においてあるお椀の形をした、あの

「お鈴」の音に聞こえました。

手早く小物干しをベランダにかけて、私は逃げるように部屋に戻ります。

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(なんで、そんなもの外で鳴らしてんだよ・・・)

そんな普通の疑問と共に、何ともいえない嫌な空気を覚えた自分は、

とりあえずテレビをつけようとしました。

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(リモコン、リモコン・・・・・・あれ、どこに置いた?)

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―――リーン・・・

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(どこいった、あれ・・・

えーっと、リモコン・・・・・・)

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――リーン・・・

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(あれー・・・ないなぁ・・・リモコン)

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―リーン・・・

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・・・・・・

・・・少しづつ音が大きくなってきている?

一定のリズムを刻みながら、音は確かに大きくなっているように聞こえました。

ただ、その時は恐怖というより不信感の方が強く、一体どんな人間がこんなことやっているんだと

強く疑問に思いました。

・・・そうはいっても、それを見てやるほどの度胸はなく、黙って静かに待ちましたが。

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幸いなのかその音は、それからしばらくで鳴り止み、結局なんだったのかという、

嫌なもやだけが頭に残りました。

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それからしばらく後、

そんなことがあったことを忘れてしまう、

少し前。

ただその時も、前と同じような時間帯だったと思います。

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―――リーン・・・

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(また聞こえてきた・・・)

洗濯物を干し終えたあと、

その音は前と同じように駅側から、少しずつ近づいてきました。

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―リーン・・・

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音はかなり近く、ベランダ向こうの道に、

その音の主いることは明らかでした。

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「顔を、見てやろうか・・・」

怖がりのの癖に珍しく好奇心の方が勝り、一度部屋のカーテンに手を伸ばしました。

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リーン・・・

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音は、ベランダのすぐ向こうで聞こえました。

少し意味が分からず、立ち尽くします。

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(・・・今、どこにいる?)

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ベランダと道との間にある駐車場は特に柵などはなく、中に入ることはできますが、

しかし何故?

音は確かに正面から響いてきたように感じます。

動揺でカーテンを掴んだ手が揺れ、

それに気づいた私はサッと手を離しました。

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リーン

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リーン

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息が止まり、瞬きができない。

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リーン

リーン

リーン・・・

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リーン・・・

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―リーン・・・

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――リーン・・・

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音はそのまま、道を進んで去っていきました。

私は、よく分からないが助かった、

そう、息をつくのでした。

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それから幾日かの夜夜中。

電気を消し、カーテンを閉めて布団に横になっていると、また駅の方からあの音が鳴り始めました。

リズムを保ちながら音はベランダの前を通りすぎ、山へと向かって進みます。

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リーン・・・

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リーン・・・

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リーン・・・

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「・・・明らかに、人じゃないよな」

自分でも聞こえないくらいの声で呟きます。

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・・・・・・・・・

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「・・・・・・?」

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音が止みました。

何故だろうと、

特に意味もなく目をベランダの方に向けます。

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カーテンが、外にある電灯の明かりを薄く透過している。

・・・

そこには何もいない。

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私は内心で少しホッとしていました。

すると

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リーン・・・・・・

リーン・・・

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音が鳴る。

体が固まり、視線を動かせないでいると

ゆらゆらと、

揺れながら近づいてくる何かが、カーテンに写ります。

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カーテンに影が出来るでもなく

電灯の光加減だけが左右に揺れ動き、

そしてそれは、人の頭ほどの大きさで

球体の形を保っていました。

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すぐさま私は布団を被り、うずくまるようにして

なんとか寝ようとしました。

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リーン

リーン

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・・・・・・・・

リーーーン

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音は、明らかに大きく聞こえました。

それこそ、部屋の中で鳴ったかという程に。

しっかりと部屋に響きました。

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しかし

それを最後に、音は鳴りやんでしまいました。

それでも私は、

今、出るのはまずい。

そう思い、布団の中から出ることはできず、

そしてそのまま、

いつの間にか寝てしまったのでした。

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今でも時々、あのお鈴の音は聞こえます。

どこで鳴っているのか、

外かも中かも、よく分かりませんが。

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