これは、いとこから聞いた話です。
お化けとか霊的な怖さの話ではありません。
得体の知れない、説明もできないものへの怖さ…というのでしょうか。
もう20年も前の事です。
いとこの名前はKくん。
Kくんはその頃、地方都市の大学に通っていました。
そこに行く道は田舎の一本道で、畑に囲まれて店舗は無く、夜は真っ暗になります。
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ある日の大雨の夜、帰宅する為に大学を出ました。
雨が酷く、通学に使用している原付を諦め、徒歩で帰る事にしました。
傘を差してもびしょ濡れになる程のヒドい雨の中を、大学から暗い一本道を歩き続けました。
20分も歩いて、心が折れそうな程びしょ濡れになっても、まだ一本道は続きます。
「あぁ…。大学に泊まっちゃえばよかった」
と、とぼとぼ歩き続けます。
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すると暗闇に突然明かりが灯りました。タクシーです。
「助かった!貧乏学生だけど、こんな日ばかりは…」と手を挙げました。
びしょ濡れの身体を車内に滑り込ませ、大きく深呼吸をしたKくんに、運転手さんが話しかけます。
「ひどい雨ですね。あそこの大学生ですか?」
「はい。ゼミで遅くなって…。あのまま歩き続けたら、1時間かかっても家に着きませんでした。良かった…」
「私は港の工場までお客さんを送った後、街に帰る途中でした。車でさえ『早く帰りたい』と思いましたよ。この雨だと」
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Kくんはタクシーに乗れた嬉しさで、運転手さんと、ひとしきり会話をしていると、タクシーが突然スピードを落としました。
「お客さん、あれ…」
と、前方を指差すと、そこには傘もささずに、びしょ濡れになった若い女性が立って手を挙げていました。
「あの娘、もし方向が一緒だったら乗せてあげて良いですか?」
と運転手さん。
「今日の感じでは、もうタクシーは通らないでしょうね。ここは一本道だし、良いと思いますよ」
とKくんが言うと、運転手さんはタクシーを停め、その娘に行き先を聞きました。
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「あ、先客さんがいたのですね。すみません。迷惑にならない所までで良いので、同席させてください」
と、小さな声でその娘は話しました。
「僕は駅まで行きますので、そこまでのどこかで言ってください。料金はそこまでの半額、もらっていいですか?」
とKくんが言いました。
「はい。判りました」
という事だったので、Kくんは運転席側まで移動し、その娘が助手席側の後ろに座りました。
「すごいですね。雨。あなたも大学生ですか?」
とKくんが訪ねますが、首を小さく振るだけで話しません。
「もう今日はタクシーは来ませんよ。良いお客さんで良かったですね。同席できて」
と運転手さんが話すも、口元だけ軽く微笑むだけ。
ずっとうつむき、表情も見えません。
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会話が弾んでいた車内は、とたんに重い雰囲気になってしまいました。
黙りこむ3人。車窓を見ても真っ暗な土砂降りしか見えず、風や雨の音、走行音だけがひびく空間になりました。
申し訳なさそうに、ルームミラーでちらちら後部座席を覗く運転手さん。会話も出来ないKくんたちは、そのまま20分程進みました。
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「次の交差点で降ろしてください」
と突然その娘が言いました。
何もない交差点。駅までもまだ相当離れています。
“こんな所、なにがあるんだろう…”
と、いぶかしがるKくんと運転手。
「はい。到着です」
と運転手さんはタクシーを停めた。
その時点での料金メーターを確認し、その半額を財布から出そうとするその娘の手元から小銭が足下に落ちた。
「あ…」
とつぶやくその娘の両手には、財布と出しかけの小銭。
「あ、僕取ります」
と、かがんで足下の小銭を探して拾うKくん。
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「はい。これで全部ですかね」
と落ちていた小銭を渡すKくん。
「ありがとうございます。ではこれを…」
と、半額分をKくんに渡してくるその娘は、土砂降りの中、また同じ様に傘もささずに暗闇に消えて行った。
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「何なんですかね。あの娘。不思議な人でしたね。不気味と言うか…」
と、2人になった嬉しさで、さっそくKくんは運転手さんに話しかけました。
「はい…」
と虚ろな返事の運転手さん。
“あれ…?あんなに話好きだったのに”
と思い、また話しかけるKくん。
「あれ、なんだったんですかね。まぁ、半額もらったから僕としてはラッキーですけど。ねぇ」
と話し掛けてみるも、やはり「えぇ…」と虚ろな返事。
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「あれ?どうしたんですか?何かありました?」
と聞くKくん。
「あの…。あ、いや。何でもありません」
と奥歯に物が挟まった様な言い方。
「何ですか?何かありました?」
と聞くと
「言って良いですか?」
と運転手さん。
「何ですか。良いですよ。言ってください。何でも」
と言うと、ついに運転手さんが意を決して話し始めました。
「さっきお客さん、小銭を拾いましたよね」
「あ、はい。あの娘が落とした時ですよね」
「はい。その時です。僕、それをルームミラーで見てたんです。何気なく。そしたら…」
「はい。そしたら…?」
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shake
「噛み付こうとしていたんです!」
「かがんであの娘の足下の小銭を取ろうとした、お客さんの首筋に、あの娘が噛み付こうとしていたんです!」
「!!!!」
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それがKくんから聞いた話の全てです。
その娘が何者か、何で噛み付こうとしていたのか、何も判らないままです。
しかしKくんは、霊などではなく、実在の人間だった事が本当に怖かったと言っていました。
もちろん二度と会っていないみたいで、それからは、どんなに雨でも原付で帰る様になったとの事です。
作者KOJI