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僕が高校生の時に体験した実話です。
お化けも霊も出てきません。
聞いてください。
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高校一年生になった僕は、当時流行っていた、いわゆる"ロン毛"でした。
子供だった中学生の時代と比べ、少しずつ遊ぶ事も覚えてきた頃でした。
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歩いて通学していた中学生時代でしたが、高校に入ってから自転車で通学する事になり、格段に行動範囲が広がりました。
自転車の色は、目立つピンクのものを選びました。これも一つの自己主張だったのだと思います。
当時は友達の中でパステル色が流行り、服も小物もピンクや淡いグリーンなど、中性的なものを競って使っていました。
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当時僕は、毎月、第一水曜日は高校をサボる事に決めていました。
街に出て映画を見るためです。
その地方都市は、ほぼ全てのデパートが水曜日定休で、水曜日は人が激減する事を知っていました。
そのため水曜日に映画を見に行くと、とても空いていて、のんびり見る事ができ、朝一の回は、まるで貸し切りの様で大好きだったのです。
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その日も親の前で一旦着た制服を、親の出勤後に戻って私服に着替え、朝から二本立ての映画を見ました。
終わったのは、もう昼下がりで、「本屋でも寄って帰ろっかな」と、路上に停めた自転車に向かってブラブラ歩きました。
ふと自分の自転車の方を見ると、知らない誰かが僕の自転車に座っているのです。
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別の自転車であってくれ…と祈りながら恐る恐る近付いていくと、完全に僕の自転車でした。
普通にサドルに座って、ペダルを空回りさせていました。
車道側に向いて並んだ自転車群に停めた僕の自転車に座っていたので、歩道を歩く僕が近付く事に気付いていません。
近付いてよく見ると、パンチパーマのチンピラでした。
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"うそだろ…。なんだよ…"と、怖いながらも、自転車を諦める訳にもいかず、さらに近寄ると、気配に気付いたチンピラが振り向きました。
「あ、これ君の?可愛いピンクだねぇ。」
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怖くて声が出ません。
そんな僕に、サドルから降りたチンピラは近付いてきていきなり手首を掴みました。
「来て欲しい所がある。来てよ」
と、ものすごい力で握ります。
黙って下を向く僕に、豹変したチンピラが思いっきり引っ張ってきました。
「おい。来いよ。オラ!」
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「痛いです。何ですか?どこに行くんですか?」
と初めて声を出した僕に、チンピラがきょとんとした顔で言いました。
「…なんだ、オマエ。男か」
「はい。男です。」
と言った途端に、一拍おいて大笑いを始めました。
「ぎゃははは!男かよ。ピンクの自転車に乗るんじゃねえ!バカヤロウ!」
街のド真ん中で、廻りの人も全員こちらを見ますが、チンピラが怖くて見て見ぬフリです。
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チンピラはさらに続けます。
「オマエな、髪切れ。何だそれ。ロン毛ってのか。バカヤロウ」
「あとな、もっと太れよ。ヒョロヒョロしやがってよ」
「その薄い緑色のTシャツ、何だよ。もっとビシッと男らしい服を着ろ!」
と、たくさんのダメ出しをしながら、チンピラはおもむろに、遠くに向かって腕で大きくバツ印を出しました。
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何があるんだろう…と、印を出した方向を見ると、パッと気付いてこちらを見る人がいました。
その人は、街の大通りの歩道に、あぐらを描いて座っていました。
人の往来する歩道に、しかも地べたに直接あぐらをかいて座る姿は、遠目でみても異様で、完全にイカレた人である事を知らしめていました。
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組んだ腕を解き、あぐらを崩して立ち上がり、腕を大きく振ってこちらに歩いてくるその人は、だれが見てもボスの風格で、自転車を諦めて逃げたい雰囲気でした。
そしてまだ離れた距離にも関わらず
「何やオマエ!はよせいや!モタモタすなよ!」
と、威嚇しながら歩いてきました。
それは女性の声でした。
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関西でもないのに聞く関西弁は、異様な違和感と威圧感があり、思考停止させるにはバツグンの効果でした。
しかも女性…。
僕はただ立ちすくんでいました。
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目の前まで来たその女性は、短髪のオールバックの髪をかき上げながら僕とチンピラを見ます。
逃げられない様に…といった感じで、早速僕の手首を握ります。
前髪の左側だけ金髪になっていて、オールバックの一部だけが目立ち、普通じゃない雰囲気でした。
服装も力仕事をする男性の様な服を着ていて、女性である事を少しでも隠そうとしている様でした。
身長は、僕よりも小さかったのに、威圧感から、とても大きく見えました。
「何やねん。早よせな日が暮れんで」
と言いながら手首を握るその女性の力は、とても強かった事を覚えています。
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震えて立つ僕の横でチンピラが言います。
「違うんです。姉さん」
「何がちゃうねん。コラ」
「あの…。こいつ男です」
それを聞いた女性の、握った力が弱まりました。
「…ほんまか」
僕は恐る恐る言いました。
「はい。男です」
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「ね?」
とチンピラが言うと、女性は怒り始めました。
「『ね?』やあるか!アホンダラ。コイツのために何分使とんねん!」
と、頭を叩きました。
「コイツ、まだ一人目やってんぞ!おい。はよ次探せ!」
と怒る女性。
「はい!すみませんでした!」
と言いながら別の方へ走るチンピラ。
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何も判らず立ち尽くす僕に、女性は言いました。
「すまんかったな。行ってええぞ」
「…あ、はい」
自転車の鍵を開けようとかがむ僕の肩をポンと叩きながら、女性が言いました。
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「兄ちゃん、命拾いしたのぉ」
怖くて何も聞けない雰囲気でしたが、勇気を振り絞って訪ねました。
「あの…。もし僕が女性だったら、どこに連れて行くつもりだったんですか?」
それに対し、威圧感の消えた女性は答えました。
「あのな、知らん方がええ事もある。知らんまま、消え」
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その女性は、定位置だったあの場所に戻り、またあぐらをかいて地べたに座りました。
僕は何も聞けず、何も判らないまま、自転車で帰路に着きました。
そしてその日で、毎月の映画鑑賞はやめました。
これで話は終わりです。
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そのエピソードを、親や友達に言うと、
・ヤクザに売り飛ばされそうになった
・あの国に連れていかれそうになった
この二つに集約されました。
今でも判らないままです。
当たり前の平凡な日常が壊れ、今まで持っていた全ての「普通」が無くなってしまいそうな怖い体験でした。
全然、霊的な話ではなくて、すみません。
作者KOJI