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僕の卒業した小学校で起こった、実話です。
現在は建て直して、綺麗な校舎になっていますが、僕の在籍していた頃は、新校舎、旧校舎がありました。
旧校舎は古くて暗く、薄暗い裏側にはお寺もお墓もあり、低学年の子は夕方になると泣くほどでした。
「図工室」というのが、ありました。
図画工作をするための別棟なのですが、そこは旧校舎とお墓に挟まれた所にあり、さらに生徒を恐怖にさせる場所でした。
夕方には大人でも不安になるぐらいの場所で、僕の時代でも、図工の授業はお昼以降は入っていなかった程です。
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昔の工場の様なトタン製の建物の2辺は全て窓で、しっかり閉めても隙間風がヒューヒューと音を立てます。
残りの2辺は逆に窓が一つもなく、工作機械が所狭しと置いてあり、その無骨な雰囲気が、また不気味さを引き立ててしまっていました。
小学生が使えるのか、電動ノコギリや電動研磨機などが置いてあり、よく先生が「あっちの機械には触るな」なんて言っていました。
2辺の窓の内側には大きなシンクと無数の蛇口がありました。
筆洗いのバケツに水を入れたり、油粘土を使った後は、石けんで手を洗ったりするのですが、その窓の奥にはお寺やお墓が見えます。
恐がりの生徒は目をつぶって手を洗ったりしてました。
その古い蛇口は、しっかり締めても「ポタポタ」と音を立てて水滴が落ちました。
広い図工室に響き、図工の授業が終わった時は、一人になるのが怖いので、みんな一斉に出て行く事が全クラスで決まりになっていました。
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卒業式を残すだけになった6年生の、最後の授業が終わった日、僕はさみしくなって、一人でぶらぶら、校舎を歩いていました。
いろんな想い出を噛み締めながら新校舎と旧校舎の渡り廊下を歩いていたとき、渡り廊下の窓の奥に、夕日に照らされた図工室が見えました。
遠くにあると怖さも薄れ、「あそこ、怖かったなぁ」なんて思いながら見ていると、教頭先生に会いました。
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年を取った、その小学校でも最年配の教頭先生でした。
「何してんだ。早く帰れよ」
と先生。
「はい。でもなんか、もう来ないと思うとさみしくて…」
と言うと先生は言いました。
「楽しい事も辛かった事も、忘れるんじゃないぞ」
「はい」
と言って、何気なくまた図工室を見ました。
そんな僕を見ながら、教頭先生は言いました。
「君、怖い話、好きだったよな」
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そうです。その先生は怖い話が大好きで、修学旅行の夜は、どの部屋からも引っ張りだこでした。
女子はほぼ全員泣き、男子でも耳を塞いだり部屋を出て行く子もいたほどです。
その中で僕は「何でそうなったの?」とか「その後、どうなったの?」とか質問をして、他の子から「もう良いよー!」なんでひんしゅくを買っていました。
先生はそんな僕を覚えていたのです。
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「もうひとつだけ、先生が話していない話がある。聞きたいか」
「聞きたい!」
「お化けとかの話じゃないぞ。先生の体験した話だぞ」
「うん!」
先生は話し始めました。
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そんな図工室での話です。
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先生がまだ若くて、担任を持ってバリバリやっていた頃。隣のクラスに何をやってもグズな、いじめられっ子がいたそうです。
その子はMくん。クラス全員に嫌われ、イジメていない子でも、嫌がって話しませんでした。
ある図工の時間の時、友達の顔を粘土で作る授業がありました。
2人で1組になり、相手の顔を作るのです。
当然、Mくんとコンビになってくれる子はいませんでした。
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担任の先生が「仕方無い。俺の顔を作れ」と、コンビになってくれました。
その頃はまだ、図工の授業が午後にもあったとの事で、最後の時間割の時もありました。
そのグズなMくんは、やはりやる事が遅く、遅々として進みませんでした。
いつも帰りが遅くなる担任の先生。
職員室に戻った時、若かった教頭先生は、その先生に話しました。
「最近、遅いですね」
その隣のクラスの先生は言います。
「あいつ、知ってるでしょ。Mってやつ。もう。Mのせいですよ」
と愚痴を言いました。
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次の図工の時間も、その次も、全然進まず、その先生はどんどんその生徒を嫌いになりました。
その頃には生徒と一緒にイジメにも参加し、みんなの前で蔑み、辱めを与えました。
そしてまた図工の時間がきました。
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「早くしろよ!お前。お前のせいで何も出来ないだろ!」
「グズ!間抜け!早くしろ!」
と2人だけになってしまった暗い図工室に響きます。
若かった教頭先生は見学に行ったのですが、先生の怒号が聞こえ、顔を出し辛く、引き返したとの事です。
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「今日も遅くなりそうだな。待っててあげよう」
と、教頭先生はずっと帰らずに待っていたそうです。
12時を越えてしまい、「いくらなんでも遅過ぎる。生徒を早く帰らせないと」と思い、決意して図工室に向かいました。
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薄暗い旧校舎を歩き、さらに薄暗い、お墓の前の図工室に近付きます。
もう怒号は聞こえません。
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「あぁ。落ち着いてくれたかな」
と薄暗い図工室の引き戸をカラカラと開けました。
全く音がありません。ポタポタという水滴の音だけ。
「あれ…。おーい、先生。Mくん」と声をかけるも、返事はありません。
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電気を点けても薄暗い図工室を見渡しても、2人はいませんでした。
「数時間前までいたのに…」と奥へ進みます。
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電気工作機器のある方に足を向けると、机に作品だけ置いてありました。
「あぁ。もう出来上がって帰っていたのか。僕も帰ればよかった」と言いながら電気を消して帰ろうとしました。
しかし圧倒的な違和感を感じ、再度電気を点けて作品に近付いてみると…
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そこに置かれていたのは、電気ノコギリで切断された先生の首でした。
その横には「遅くなりましたが、完成しました」とのMくんの置き手紙がありました。
ポタポタという音は、したたる血の音だったのです。
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…
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…それが、年老いた教頭先生の、唯一修学旅行で話していなかった話でした。
新聞にも乗った事件らしく、Mの一家は夜逃げの様にどこかに行ってしまったとの事でした。
「何十年も経った今でも、あの部屋で水滴の音を聞くと…」とうつむく教頭先生。
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小学6年生の僕には、とても背負いきれない程の怖い話でした。
その次の日の卒業式は旧校舎の先にある体育館でやるので、図工室の隣を歩かなければならず、朝だったけど涙が出る程怖かったです。
作者KOJI