友人の美緒(仮名)が体験した話。
美緒は学生時代に倉庫のバイトをしていて、通販サイトの注文書通りに商品を棚から取ってきて箱詰めするっていう内容なのだが、服装も自由だし無料の送迎バスなんかもあったから、小遣いの足しになるってことで、空いた時間にシフト組んでやってたそうだ。
倉庫のバイトは、大体学生とか主婦とかが多くて、シフトもかなり自由だったらしい。特に学生だとメインのバイトと掛け持ちでとか、休みの間だけって感じが殆どだからかなり流動的なのだが、それでも、バイトを始めて3週間ぐらい経つと、学生同士で仲良くなったり、顔見知りになる人も増えたらしい。
その顔見知りの中に、日名島(ヒナジマ)さんって人がいた。歳は見た感じアラサーって感じの女性なのだが、もう5年位ここで働いていて、バイト歴長いってことで新入りバイトの指導をよく任されている人だった。仕事もテキパキこなしてしっかり者って感じなのだが、ちょっと威圧感があって、美緒も含めた学生バイトの間では「怖い先輩」的な存在だったそうだ。まあ怖いだけで仕事が終わると気さくなところもあったし、ただのバイト先の先輩ってことで当たり障りなく接してたそうだ。
そして倉庫バイトの期間もそろそろ終わりに近い頃だった。美緒は新しくコンビニバイトを始めた事もあって、もうそんなに倉庫のシフトも組んでなかったんだけど、たまに人手が足りない時とかはヘルプで出ていた。いつも通り、新しく入ってきた人に交じって作業していたのだが、その中にすごく綺麗な人がいたそうだ。島崎さんという主婦なのだが、特別愛嬌があるとかじゃないんだけど、童顔で可愛い系の美人。業務内容を覚えるのが早くて、おっとりしてるんだけど隙がない、みたいな雰囲気だったらしい。
美緒と一緒に居た学生仲間の間でも、島崎さんのことを「可愛いよね~」「てか仕事早くない?出来る女って感じ?」とかよく話題にしていたし、主婦のパートさん達の間でも「歳いくつなのかしら」「あんな可愛いし仕事出来るんだから、こんなとこでわざわざバイトしなくてもね~」と噂になるくらいで、皆少なからず親しみの感情を持っていた。ただ一人を除いて。
日名島さん、彼女だけは、島崎さんの事をあまり良く思っていない様子だった。
というのも、島崎さんにだけ、指導や注意するときの言葉遣いがキツかったし、むしろヒステリックにイライラを当ててる感があったそうだ。周りから見たらたいして変に感じない作業の仕方にしても、
「ちょっと!もっと効率良くしようとか考えられないのかなぁ!?」
「私が説明したこと聞いてたの?頭ちゃんと動いてる?」
「もうそれ私がやるからどいてくれません!?ほんとさぁしっかりしてよ!!!」
と、聞いてる方も落ち込むくらい言動が激しかったらしい。
だが島崎さんは「すみません…」と一言いうだけで、泣きも凹んだ様子も見せず淡々と作業を続けていたそうだ。「無理に続けなくていいんだよ?」と仕事終わりに主婦仲間の何人かが島崎さんに言ったそうだが、「この仕事結構好きなんですよねぇ」と、穏やかな口調と笑顔で返されたらしい。
とは言え、やっぱりキツかったのだろう。島崎さんはミスすることが増えて、それに比例して日名島リーダー(いつの間にかバイトリーダーになってた)からの風当たりは強くなるばかりだった。
新人バイト達の前で、吊るし上げるように「皆さん、失敗もあるかと思いますが、『島崎さん』のような失敗は避けてくださいね!(笑)」と大声で言ったり「あなたが居ると倉庫全体の空気が変になるのよね!」と、明らかにパワハラ同然の事ばかり言っていた。
ここまでくると、休憩中も作業後も日名島さんと関わる人は減っていった。「リーダーが怖い」といって辞める学生もいた。が、倉庫バイトを斡旋している会社も、倉庫の社員達も我関せずって感じで、美緒達が倉庫内での出来事を話しても「リーダーとして厳しく指導しているだけでしょ」って感じでスルーされたらしい。
結局、日名島さんの暴走を止めることが出来ないまま、美緒を含めた残りの学生達は、就活の為に倉庫バイトを辞めた。
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バイトを辞めてから3カ月後の事だった。企業の合同説明会からの帰り道、その時は私も居て、どっかでお茶でもしようかと駅に向かう途中、美緒がある人に声を掛けられた。
それは、倉庫バイトしてたときによく一緒に作業していた荒木さんという中年の女性だった。
荒木さんの事は、美緒から「面白くて気さくなおばちゃん」と話は聞いていたので、良かったら3人で、ということで、近くのファミレスに行くことになった。
注文したデザートを食べながら、荒木さんは、
「そういえば、私も倉庫のパート辞めたんだ~。1か月前にね。もうね、美緒ちゃん達辞めた後色々あってさ~びっくりしちゃったわよ~!」
と、美緒達が辞めた後の倉庫での出来事を私たちに話してくれた。
就活の為に辞めた学生と入れ替わりで、また新しく学生バイトが20人程入ってきたのだが、男女共にかなりチャラい感じで、返事も雑、梱包も雑、暇があればスマホ…、荒木さんは「あ~もう見てられない…」と注意していたのだが、肝心のバイトリーダーは、何の注意もせず、「島崎攻撃」にしか興味が無いって感じだったそうだ。
島崎さんは相変わらず、「すみません…」と言って淡々と作業をするのだが、日名島さんはとことん粗探ししては「何なのよこれ!!!」と怒鳴り散らしていた。
しかし、以前と違うのは、新人バイトのチャラい子達が、そのやり取りを面白がっていたのだ。日名島さんが怒鳴るたびに、
「また出たしwwwウケるんだけどwwwww」
「更年期じゃねwwwwwてかここまでくると祭りwww日名島ブチ切れ祭りwwwww」
と周りの学生爆笑。荒木さん含めた主婦たち呆れ…という雰囲気だったらしい。
そしてとうとう、爆笑して観ているだけじゃ飽き足らなくなった学生の1人が、「パートの社員に罵声を飛ばすバイトリーダー」の姿をこっそりスマホで撮り、ネットに挙げてしまったそうだ。
それが倉庫の管理者やバイトの斡旋会社にバレて大問題になり、動画は削除されたものの、ネットに挙げた学生はクビ。そしてようやく、倉庫の運営会社の人事が日名島さんのパワハラについて尋問する事になった。
退社後、お偉方の前で「皆をまとめるのが大変で…(´Д⊂グスン」としおらしい態度を取っていたそうだが時すでに遅し。即刻解雇を言い渡されると、「なんで私が辞めなきゃいけないのよ!!!!!あの女!あいつのせいなのに!♯▼◇☆〇△$%*~~~~~!!!」と、めっちゃくちゃに叫びまくりながら島崎さんの方にズカズカと近づいて行ったそうだ。
心配した皆は「こっちにおいで!もう帰ろう!」と島崎さんに声をかけたのだが、ニコッと笑った後、なんと怒りまくっている日名島さんの方に自ら出向いて行ったという。そして日名島さんの耳元に顔を近づけると、何かをボソボソっと言ったそうだ。すると次の瞬間────
荒木さん曰く「猿が凄い怒った時みたいな声出してねぇ。『発狂した人』ってああいうことなのかしら…初めて見たわ~もうびっくりしちゃって」
物凄い金切り声をあげながら、何かとてつもなく怖いものでも見たかのように走って倉庫から出て行ってしまったそうだ。
( ゚д゚)ポカーンと見送る皆。誰も止める人は居なかったとか。
─────と、ここまで聞くと、「パワハラ満載のクラッシャー上司の女が会社をクビになった話」でしかないのだが、
それから2年が経ったつい最近の事だ。
それぞれ社会人となり、私は中小企業のOLとなった。会社から、研修の一環であるセミナーに参加するように言われ、都内の貸会議室に行った。入り口には「パワハラ対策と社員のマネジメントについての研修」と書かれていた。
まあ今時こういうの珍しくないし、会社側もやっとかないとって事なんだろうな…って何の気なしに席に座って、机に置かれた資料を見た。
「講師:島崎みなみ」
ドアが開き、小綺麗な女性が入ってくる。電気を消してプロジェクターの電源を付け、教室に向かって挨拶をした。そして─────
「本日の講義は、私が実際に、過去に経験した出来事をお話ししながら進めようと思います。私は数年前、調査の一環で、物流会社にアルバイトとして入社した事がありまして…」
そう言って、美緒や荒木さんから聞いた話と「とてもよく似た」話を始めた。そして話がある程度終わると、
「一番大事なのは、パワハラには動じないってことですかね。あえて相手の態度を助長させて、自滅させるのも一種の対応策ですよ。あと~そうですねえ、『仲間』を職場に誘う、というのも良いかも知れないですね。私の場合は家の近所に若い子達が多く住んでいたので、声を掛けてみました。皆『一生懸命』働いていました。感心しましたよ~。職場の雰囲気もパッと明るくなりましたし」
「解雇された上司ですが、心の病に冒されていたそうです。誰かが気づいてあげられていたら良かったですよね…私の場合ですが、酷い言われ方沢山されましたけど、それでもお世話になった人だったので…上司が退職する日に、はなむけの言葉代わりに『森林浴などされて、リフレッシュすると良いですよ』って言いました。え~おかしいですか!?(笑)でも、感謝の心を持って接すると、相手の戦意を喪失させる事もあるんです。」
「ええ、実はその上司の方、その心の病と闘うために病院で療養しているんです。今日も実は、講義の前にお見舞いに行きまして…今ではすっかりお友達です!」
1年前、某樹海を散策していた若者が、徘徊している女を見つけ、その映像が動画サイトに挙げられて話題になったことがある。
痩せこけて、髪と歯は所々抜けてボロボロ、窪んだ顔から眼球だけが浮き出て、ギロギロさせながら、「あの子のせいよ」「わたしのほうが上なのよ」と意味不明な事をブツブツ何度も繰り返し言っていた。動画を挙げた人のコメントに、確かその後、女は警察に保護されて精神病院に搬送されたらしい、と書かれていた。
「フェイクだろ」「話題作りの為に作っただけでしょ」というコメントが殆どを占めていたし、私もそう思っていた。でも…いや、まさかね。
「あ、前置きで、調査の一環と私言いましたが、上司からの命令だとか、そういうのでは無くてですね、まあ言うなれば、私個人の興味…いや、飽くなき好奇心…とでも言いましょうか(笑)」
「この仕事、結構好きなんですよねぇ」
作者rano