梅雨が明け、また猛暑がやってきた。俺は部屋のクーラーを全開にしながら、休日いつものようにビールを飲んでぐうたらしていた。テーブルの前には、1枚の写真付きのハガキ。
町田と沙紀ちゃん、そしてその間には小さな赤ん坊。
あの「出来事」から数か月後、2人は無事結婚式を挙げ、その2年後には子供を授かった。
俺たちは今でも、一緒に飯食いに行ったり、お互いの家に遊びに行ったりしている。
(結婚式は俺が喜びで飲み過ぎて二次会の時醜態を晒してしまったが・・・)
そして俺にも、奇跡的に彼女が出来た。会える時間は少ないけど、結婚を考えてたり(大惚気)。
前置きはこれぐらいにして、俺はあの「出来事」の後、気になることがあって、個人的に色々調べることにした。
きっかけは、2人の結婚式から3か月後、某所の河川敷で女性の腐乱死体が発見されたとのニュースをネットで見たからだ。
自殺で処理されてしまうような、現代じゃよくあるニュースだと最初は思っていたが、ふと思い出した。ナツさんの言葉を。
「あの女は数日後にはあの世、それも地獄だ」
あれは俺たちをビビらせるために言っただけ、ナツさんはああやって村の子供たちにも言っている、と、あのお祓いの後の車内でゴリラ・・・いや俊哉は言っていた。
だが、ニュースでは、遺体は死後数か月程経っており、監視カメラの映像を確認した際、ある地域での住民怪死事件の参考人だった可能性があると言っていた。あの「お札」が散らばっていた未解決事件だ。つまり、腐乱死体の正体は沙紀ちゃんの母親なのでは?と。しかし、身元が分かるものが無く、腐乱も激しく一部白骨化しており、本人かを特定するには時間がかかる。と、報道されていた。
沙紀ちゃんにはあれから何事もなく、家族とも没交渉だ。仮に母親であることが分かったら、また苦しい思いをするのでは?それに、そうだったとしても、何故沙紀ちゃんや町田の地元でもない場所の河川敷で死んでいたのか?そして、ナツさんの言葉は本当なのか嘘なのか?
俺は一人で考え込んでいた。
正直気味が悪くて忘れたい気持ちもあったが、気になって眠れなくなっていた。
ナツさんは本当は何者なのかーーーーー
その週の休日、俺は町田の田舎のある街の図書館にいた。図書館にしては俺の街のよりデカいし、蔵書が山のようにある。
歴史の授業が苦手だった俺にとって、一生入ることは無いだろうと思っていた、郷土資料の本があるエリアに向かう。
ずらーーーっと並んだ年季の入った分厚い郷土史の中から、町田の母方の村の名前を探す。
更に、その地域の過去の新聞なんかも持ってくる。
目次を頼りにページをめくる。古い本だから、紙も傷んでる箇所があったり、旧字もあったりで、スマホの辞書を見ながら格闘すること2時間、ある記述を見つけた。
あのお札の元凶である宗教、〇〇〇だ。
事前にネットでも調べたが、宗教自体がマイナーなせいか、殆ど情報がなかった。
記述には正確な起源は不明だが、ある1人の修験者が開祖であり、三代目で廃れてしまった。その後は信者の殆どが仏教や神道に次第に改宗し、姿を見なくなり、村自体でもその話を避けていたために、歴史に埋もれてしまった。その村だけにしか広まらなかった、本当に短い期間しか活動していなかった宗教だった。
開祖と二代目の名前は難しくて読めなかった(多分想像で作った漢字か、日本には無い漢字かも)が、三代目の名前は何とか読めた。鐵沼(くろがねぬま)龍牙(りゅうが)。漫画のキャラの名前かよ、と心の中でツッコんでしまった。開祖と二代目は血縁関係(父親と息子)があったのだが、三代目に当たるこの男とは血縁関係は無く、養子縁組だった。次のページをめくると、男には妻と一人娘が居た事について書かれていた。
妻「えい」と、娘の「奈津」
----ナツ?
いやいや、「ナツ」なんて名前、いくら昔でも沢山いただろう。ましてや当時の村の人口は今よりも多いんだし。「ナツ」という女性が2人いてもおかしくないよな・・・・・
そういえば新聞のほうを見るのを忘れていた、と、当時の地方紙に目を向けた。
ナツさんが今80代と想定して(前にあった時に年齢を聞けばよかった)、彼女が幼い時に存在したというから、今からだと大正時代の終わりか昭和の初めか・・・
透明なファイルに挟まれている新聞をめくると、村で起きた事件の記述のある記事を発見した。
「○○村の異教、三代目当主謎の怪死。初代と二代目の祟りか」「当主の妻は失踪。当主の遺体は村人の近寄らない森林の中の河川付近で発見。亡骸の側に一人娘佇む。けがなし」
薄気味悪さを残す記事だ。どうやら三代目が亡くなったことで、宗教は廃れたようだ。
はっきりした死因は書かれていないが、
初代も二代目も何らかの原因で謎の死を遂げたのだろうか。
小さな枠でしか書かれていなかったから、どんな心情だったか迄はわからない。けれど、父親の亡骸の側で小さな子供が佇む、という状況は想像するだけで胸が痛くなる。幼くして、両親と離れてしまうのだから。
子供のその後がどこかに書かれていないか、と地方紙をめくり続けたが、それらしい記述は書かれていなかった。
宗教系のエリアにも足を運んで、片っ端から探してみたが、宗教自体の記述のある図書は全く無かった。やはり村の中で事が完結してしまったために、これ以上の情報は得られなくなってしまった。行き詰った。沙紀ちゃんの母親は、これだけ資料が少ない宗教の知識を、どうやって手に入れたんだ?
もう、この際イチかバチかでナツさん本人に、とも思ったが、すごく失礼な気がするし、ナツさんの眼光は思い出しても怖かったし、聞く気になれない。神主さんやゴリ・・・俊哉に聞くのも何か違う気がするし。あああ、どうしよう。時計を見ると、もうすぐ夕刻になろうとしていた。新幹線の時間もあるし、とりあえず今日はもう帰ろう。と、調べたページだけコピーさせて貰って、図書館を後にした。
駅の近くのコンビニで酒を買おうとしていたら、目の前にヌッ、と壁が現れた。
「?」
「よお、久しぶりじゃねえか」
そこには俊哉が居た。
「ゴリ・・・」
「あ⁉」
「し、俊哉さん、お久しぶりですっ」
「おい、俺たちタメだろ。さんとかムズムズするからやめろ!」
「俊哉さ、俊哉、なんでこんなとこに?」
「そりゃ俺のセリフだな!おい、飲み行くか?」
30分後、俺は俊哉の車に拉致・・・乗せられ、再び神社に訪れていた。
居間には、俊哉と俊哉の母が次々と料理を運んできてくれて、ビールや一升瓶が用意された。
俺「あの俺、夜の新幹線で帰るのであんまし長居は・・・」
俊哉母「あら、そうだったの?布団の準備もしといたけどねぇ」
俊哉「おい、明日は祝日だぞ。休みだろ?泊ってけ、食わねえからよ(笑)」
俺「あ、まあそうだけど・・・(冗談でも食われたくねえええええええ)」
俊哉「おら、飲むぞ、母ちゃんもこっち来て一緒に飲もうぜ」
俊哉母「おあいにく様、ちょっとこれから近所の人と女子会♪があるからぁ、片づけやっときなさいよ!あ、風呂も!ちゃんと沸かしときなさい!」
と、俊哉に言い放って母親は出かけて行った。ちょっと・・・待ってよ・・・2人きりとか・・・
「テレビ、つけていいか?てか、神主さんは?」
「親父はお偉いさんに呼ばれて出張だ。その間は俺が神社を守る」
なんでも神社庁からの呼び出しで、色々会議などがあるらしい。
ちょうど野球中継をやっていたので、酒を飲みながら二人でしばらく夕飯を食べていた。
正直何やってたかなんて悟られたくない、けど、あと一歩のいいとこまで分かった事を知りたい。そんな葛藤が渦巻いていた。そのさなか、俊哉が俺に聞いた。
俊哉「お前、あいつから聞いてないのか?」
俺「え?」
俊哉「渓からだよ。だからこっち来たんじゃねえのか?」
俺「何のこと?」
俊哉「死んだんだよ。ナツばあちゃん、今年の初めにな」
死んだ?
俺「え!!!!!聞いてないよ!!!!!嘘だろ⁉」
俊哉「そっか。まあ仕方ねえか。あいつも結婚して、仕事も忙しいとか言ってたし・・・まあ、そういうことだ。言っておくが呪いとかじゃねえぞ。老衰だ。あの年まで、よく頑張ったよ。ばあちゃんちまでよく野菜持ってきてくれてる村人が気づいてよ。独居老人の最期って結構悲惨だったりするだろ?綺麗なうちに見つかって良かったよ」
俺「・・・・・・そう、そうだったのか。墓の場所、知ってるか?お世話になったし、線香くらい上げに行きたいんだけど」
俊哉「それがな、遺言書が見つかって、自分が死んだのちは墓は要らねぇって。遺骨も、この先にある山の入り口のご神木の下に埋めてくれ、って書いてあったんだ。親父と俺で、祀ったよ。村の人間は、山に向かって手ぇ合わせてるよ。俺もな。」
集落の先にある山・・・・・あれ、なんかどこかで見たような・・・
俺「なあ、それって○○山か?」そういってスマホの地図を開いて俊哉に見せた。
俊哉「ああ、そう、ここだよ。まあここの地域で山っつったらここしかねえけどな。」
やっぱりだ・・・
三代目の遺体と、「奈津」という一人娘が見つかった場所、それはこの山の中腹にある森林の中だった。
俺「その山にお参りに行くことは出来ないのか?何もしないで帰るのもなんか申し訳ないし。」
俊哉「出来ねぇ。前にも話したと思うが、あそこは禁足地だ。入り口までなら良いことになっているが、村の人間でもそこまで行かねえな。」
俺「・・・この山が、山自体が禁足地だったのか。でもなんで、ナツさんはここに…ここは三代目の死んだ場所じゃ・・・って、あっ!」
俊哉「おい、ばあちゃんの事聞いてないんなら何で来たのか疑問だったが、お前、何かコソコソ調べてたのか?おい、何調べたか見せろ!」
俺「あ、あ・・・すみません・・・・・」
俺は俊哉の前に、図書館で調べた資料を全て出した。
そして、スマホにブックマークしておいた、河川敷の腐乱死体の事件を見せた。
俺「ナツさん、俺たちをビビらせるために、あの女は死ぬ、って言ったんだよな?偶然だとしても、なんかこう、引っ掛かることがあって…それに、宗教の呪いの言葉だって、何ですぐわかったんだろうって。そういう呪い系のって、大体表には出ないだろ?」
俊哉「…お前、結構調べたんだな。だがな、こんなこと調べても、お前の中の恐怖心が増すだけだぞ。確かに、ばあちゃんは子供達への戒めの為に、あえて怖がらせる事を言ってた。俺もそのガキの中の1人だった。
だが俺はそれを破って禁足地に入っちまった。正直いうと、森から抜け出して、じいちゃんやばあちゃんが祓ってくれている間の記憶は、殆ど無いに等しい。後から、2人や、親父や母ちゃんから聞いたんだ。2度と同じ過ちはしない。それが俺のばあちゃんへの供養だと思ってる。
その女の死体が、仮に渓の奥さんの母親だったとしても、ばあちゃんは殺すまでの仕返しはしない。もしかしたら、戒めは、ばあちゃん自身が自分に言い聞かせる為っていうのもあるかも知れねぇな。」
俺「なあ・・・この際はっきり聞いても良いか?ナツさんは、○○○の三代目の娘だったのか?」
俊哉は少しの間沈黙してから言った。
「ばあちゃんは・・・ここの元巫女で、俺の命の、人生の恩人だ、それだけだ。もうこれ以上は調べないでおけ。死んだ人間を、あれこれ他人が詮索するのは失礼だってことだ。お前だって、知られたくない事や恥ずかしい事、死んだ後に誰かに知られたらって思ったら嫌だろう?知りてぇ気持ちは分かるが・・・ばあちゃんは、心にしまって、あの世に持ってったんだ、それが、ばあちゃんの後始末ってやつだな。」
俺はグラスに残ったビールを眺めながら、情けない気持ちになった。俺は、自分の好奇心を満たすために、それだけの為にしていたに過ぎない。俺は、ナツさんの気持ちを全然考えてなかった。今となってはもう、真実を知っているのはナツさんだけだ。心にしまったというならば、きっと忌々しい記憶や歴史なのだろう。
俺「俊哉・・・ごめん。これは、お前に預ける。ほんとバカげてた。自分勝手だよな・・・」
俊哉「わかったなら良い。まあ、お前は悪質ではないみてぇだし、ビビりだしな(笑)」
その後、風呂を借り、2階にある8畳ほどの客間に布団と寝間着が用意されていたので、ありがたくその日は泊まらせてもらった。
~~~~
目を開けると、鬱蒼とした森の中にいた。いつの間に、ここどこだ・・・
「俊哉!!!」「町田!!!」
「誰か!!!誰かいないか⁉」
ぼんやりとした感覚の中、森の中を進む。微かに陽が差し込んでくるが、夜かと思うくらい、あたりは暗かった。
ひたすら歩いていくと、次第に川の流れる音と、誰かの声が聞こえてきた。
「俊哉!!!そこに居るのか!?おい!!!」
音のする方へ走ると、道が開けて、小川と河川敷が見えた。その向こうに、人影が見えた。
長い髪を後ろに束ね、白装束に身を包んだ女性が苦しそうに横たわり、その女性を竹刀のようなもので馬乗りになって叩いている男・・・。
「おい!!!!お前何やってるんだ!」声を荒げるが、聞こえている様子はない。
駆け寄って、男を止めようと腕を伸ばしたら、すっ、と身体を通り抜けてしまった。
どうなってんだ?これは夢の中か?
男は修験者のような装束に身を包み、竹刀で容赦なく女性を殴っていた。
女性は呻きながら、
「お願い・・・・やめて!こんな事しても、誰も幸せになんかなれない!父はこんなことしなかった・・・!」そう男に懇願していた。
「うるさい!!!!!先代も初代も生ぬるい!人の恨みつらみ・・・これがどれほどの力があるか、あいつ等は知らないんだ!こうして、お前を恐怖と悲しみと憎しみの塊にして、あらゆる宗教の呪いを結集させて強大な力を得れば・・・・こんなただの小さな村だけにとどまらず、全てを、全ての心を支配できる!!!黙って俺の言うことを聞けえっ!」
男はそう叫んで女性の背中を思いっきり叩いた。思わず目をそらしてしまった。
こいつは・・・・三代目か?だとすると殴られている女性は、妻の「えい」・・・・?
「お前は先代の娘だけあって、力はある。だがな、幸せとかいう馬鹿馬鹿しいもののために、持て余してるだけだ!俺が、俺が神になるための、依り代になれ!うおおおお!」
男は思いっきり竹刀を振りかざし、女性の頭めがけて叩きつけようとした、その時、
「げほっ!!!」
男の口から、鮮血が溢れた。目から、鼻から、耳からも、血が水道の蛇口を捻ったように溢れ出る。
そしてそのまま、バシャ!!!と、頭から川に突っ込んで倒れた。川の色が血に染まりながら流れていく。・・・死んだのか?
女性は、目の前で起きたことに驚きと戸惑いの眼差しを向けていたが、しばらくすると、痣や擦り傷だらけの痛々しい身体を起こし、足を引き摺りながら、森の中へ姿を消した。
川のせせらぎと、血まみれで倒れている男、森では鳥の鳴き声一つ無く、風が木を僅かに揺らす音だけが聞こえる。俺、どうすりゃいいんだ・・・
すると、川を挟んだ向こうから、足音が聞こえ、やがて木の幹の間から少女が1人現れた。小学校1、2年生くらいだろうか。少女は男の死体を怖がることも驚くことも無く、しゃがんでじっと見つめる。
少女は、昔の小学生が着ていたような袴姿で、肩まで伸ばした黒髪に、リボンのカチューシャをしていた。少女はしばらく男の死体を眺めた後、立ち上がり、男の後頭部に手をかざした。すると、男の頭は「ぐしゃっ!!」と潰れた。そして、少女は呟いた。
「これで終わり。神を侮辱するろくでなしめ。地獄に落ちろ。」
男とも女とも形容しがたい、というかそれらをごちゃ混ぜにしてノイズをかけたような声だった。
身動きが取れなかった。見ず知らずの子供の筈なのに、俺は彼女が誰か分かったような気がした。
「ナツさん・・・・・?」
少女が俺に目を向けた。途端に目の前が渦を巻きながらぼやけていくーーーーー
~~~
汗だくになって目が覚めた。夢か、そうか良かった・・・
着替えて布団を片付け、階下に向かう。
時刻はもう昼近くになっていた。
俊哉の母が、台所に立ちながら、「あ、起きた~?疲れてたのねぇ、都内からはるばるだもの。ご飯食べてって。うちのゴリラがなにか乱暴なことしなかった?もう口が悪くてごめんなさいねぇ~」
そう言いながら、俺の前にご飯を運んでくれた。俊哉…お前、母親にもゴリラ呼ばわりされてるぞ。笑いをこらえながら味噌汁をすすった。
俊哉は駅の近くのスーパーまで買い出しに出ていた。
「もうすぐ戻ってくるから、駅まで送らせるわ~」
「親戚でもないのに図々しく居座っちゃって・・・至れり尽くせりで申し訳ないです。本当に何から何まで、ありがとうございました。」
スーパーから戻ってきた俊哉が、そのまま俺を乗せて駅まで送ってくれた。
後部座席の窓から、山が見えた。
ナツさんは、きっとあの森で、あの場所で護ってるのかもしれない。強欲な実の父の念や、その他の、あらゆる恨み辛み、憎しみや妬みといった、渦巻く負の念から、この町を、集落をそして住む人々を。俺は山に向かって、手を合わせた。
俺「俊哉、あの山はいつから禁足地なんだ?」
俊哉「大昔からだそうだ。まあ、日本全国、世界中、ああいう負のエネルギーがたまりやすい場所はいくらでもある。俺は偶然、その地に生まれついたって訳だ。生きてりゃそんなもん、いくらでもあんだろ。ヘドが出るくらいによ。」
俺「そうだな…そう言ったら、ネットの掲示板もそうなるな(笑)気にしてたらキリがないな・・・あ、そう言えば、俊哉は仕事何してるんだ?」
俊哉「俺は、神社での勤めの傍ら、山開きしたら登山のガイドしてるよ。山小屋の食堂で飯作ったりとかもな。禁足地じゃなくても山はヤバイもんがあるからな。もうすぐ山開きだ。次来たときは、俺が登山のレクチャーしてやるよ(笑)。」
なんかスパルタになりそうで怖かったから丁重に断った。
俊哉にお礼を言って、新幹線で帰った。自宅に着いてもまだ夕刻にはなってなかった。俺は町田に電話を掛けてみた。
町田「俺君!そう言えば、俊哉から俺君がうちに来てるってメールがあったよ!」
俺「そうだったのか!町田、俺、ナツさんの事知らなくて…」
町田「そう、その事なんだけど・・・言えなくてごめん。年始に沙紀と2人で帰省したときは、まだ元気そうだったのにさ…寂しいよね。言おうと思ったタイミングで、ちょっとこっちも、また一悶着あってさ、沙紀の母親の宗教の事で・・・」
俺「え、宗教って・・・」
2人は結婚後、しばらくは元のアパートで暮らしていたのだが、ナツさんの訃報を聞いたのと同じくらいの時期に、家のインターホンが鳴り、ドア前のモニターを確認すると、白装束の男女が画面一杯に居たそうだ。最初は沙紀ちゃんの母親の行方を訪ねて来たのだが、次第に宗教の勧誘をしつこくしてくるようになった。仕舞いには、玄関の前にあのお礼と、刃物が突き刺さったカラスの死骸が置かれていて、警察に通報し、教徒の一人が逮捕された。2人はそれからすぐ引っ越して、今の住居になった。
そこから芋づる式に教団の悪事が暴かれていった。
よくある霊感商法で金を巻き上げてたっていうのが主だけど、脅しに近い勧誘を多数していたり、教徒の中には、本物の呪術を使って不特定多数の人間に対して危害を加えようとしている者も存在していた事が分かった。
神主さんが神社庁から呼ばれたのは、それを調べるためでもあったらしい。
ちなみに町田の家の玄関に置かれていた札は、神主さん曰く見よう見まねで適当に描かれたやつだから効力は無いんだとか。
教団には強制捜査が入り、表向きには詐欺や恐喝での捜査だが、きっとあのお札の事も調査され、少しずつ全貌が明らかになるのだろうか。
調べた資料の中では、村の人間は異教が廃れた後、改宗した者が殆どだと書かれていたが、恐らく、一握りの人間だけはその教えを覚えていて、それがひっそりと伝わっていったのだろうと思う。
あの腐乱死体が、誰だったのかは、未だ分からずじまいだ。
日が暮れていく。あ~今日もビールのんでぐうたらして終わったな~と、俺はソファに埋もれた自分の身体を起こした。窓からは、沈んでく夕陽と、山々が見えた。
呪いも、恨み憎しみも、きっと生きてる限り誰しもが「ヘドが出るくらい」出会うだろう。
けど、誰かが見護ってくれている、と思うと、心が穏やかになる。どうか穏やかな日が、これからも続いてほしい。
大したオチは無いけど、おわり。
作者rano