【重要なお知らせ】「怖話」サービス終了のご案内

桐島君の奇妙な怪談 2 テカテカ

長編51
  • 表示切替
  • 使い方

桐島君の奇妙な怪談 2 テカテカ

「なぁ… 桐島も気をつけろよ……」

金曜日の放課後、長かった期末テストも漸く終わり、勉強から解放された生徒達の顔は、どこか華やいでいるように見える。 これから始まる連休に、皆遊ぶ計画を立てているのだろうか? どっちを見ても、浮かれているようで、とても楽しそうだ。

そんな中、僕は教室の片隅でひっそりと友人の横山から借りた経済新聞を黙々と読み耽っていた。

「おい、聞いてるのかよ?」

前席の北村凪斗(きたむらなぎと)がさっきから何度も僕を呼んでいるのはわかっていた。

ただ、今はこのテスト勉強から解放された、えも言われぬ優雅なひと時を、誰にも邪魔されずに味わいたいのだ。 しかし、そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、彼は執拗に僕に声をかけてくる。

「無視するなよ。 オイったら……」

その口調がどんどん荒々しくなっていく。 それでも無視していると、しまいには僕の机を何度も叩き、注意を惹きつけてきた。

(面倒臭い)

心の中でため息を一つ吐く。

北村とは特別仲が悪い訳ではないし、嫌いな訳ではない。 ただちょっと苦手なタイプというか、あまり関わりたくないクラスメイトなのだ。 というのも、彼はオカルト研究部というのをクラスの中で勝手に発足し、誰彼構わず仲間に誘いながら、よく心霊スポットや廃墟などへ出かけ、あそこは出るとか、あそこはダメだったとか、吹聴するのが趣味のようなやつだ。

ハッキリいって彼に関わると面倒臭い。 だから、なるべく無視を決め込むことにしている。

「桐島ぁ〜、今回はお前に関わることかもしれないから、こうやって言ってやってるんだぞ」

尚も新聞を読み耽っていると、彼は新聞を掴み、僕の顔を覗き込んできた。

これ以上無視するのも感じが悪いかもしれない。

仕方なく新聞を下ろし視線を前に向けると、いつのまにか彼の周りには鮫島香(さめしまかおる)と鎌田淳(かまだあつし)といった、彼のオカ研仲間が集まっていた。 嫌な予感がする。

「僕に関係あるって、何のことだよ?」

取り敢えず新聞を畳みながら忠告の意味を問うと、北村ではなく彼の隣にいた鎌田がゆっくりと僕の席に近付いてきた。

「C組の浅井がやられたんだよ」

彼はそう言って、僕の横に来るとヒョイと新聞を取り上げた。

「お前こんなの読んでんの?」

鎌田は顔をしかめつつ紙面に視線を落とす。

「いや、借り物なんだ。 何書いてるか全然意味が解らないんだけどね」

僕が戯けた調子でそう言うと、鎌田は小首を傾げ「じゃあ何で借りたんだよ?」と言っておもむろにページを捲った。

「何か新聞読んでる人ってカッコよく見えない?」

「いや、全然見えない… むしろオッサンくさい」

鎌田に突っ込まれた僕は、彼の手から新聞を奪い返すと、何故か悔しくてそのまま机の中にグシャグシャにしまい込んだ。

「それ、借り物なんだろ… いいのか?」

彼の質問に親指を立てて笑顔で答えると「それより浅井って誰?」と逆に質問した。

「ああ… C組の天パーの奴だよ。 あいつの頭が刈られたらしいぜ」

鎌田はそう言いながら自分の頭を右手でわしゃわしゃと撫で回した。

「刈られたって…… 天然パーマって校則違反だっけ?」

僕の答えに呆れた様子で見つめる北村と鎌田の横から、鮫島が近づいてくると僕の隣の席に腰掛け、大仰に溜息をついた。

「桐島君って本当天然だよね」

「僕は直毛だけど」

「そうじゃなくて…… まぁいいや。 刈られたってテカテカさんにだよ」

「テカテカ?」

僕は小首を傾げると、3人は一斉に嘆息をついた。

「本当、桐島は世間知らずっていうか、この学校のこと何も知らないよな。 いいか、テカテカってのはこの学校に纏わる怪談の一つで襲われたら最後、髪の毛を全て奪われるってやつだ」

(成る程、どうやら話というのは、彼等オカ研の最も得意としてる学校の怪談というやつらしい。 しかし、それと僕とどう関係あるのだろうか?)

「テケテケってやつなら聞いたことあるけど」

「それに近い話だ」

北村がズズイッと身体を近づけると、身振り手振りを交え得々と語り始めた。

「いいか、テカテカってのは……」

正直あまり興味はなかったが、熱心に語ってる彼に悪いと思い、最初は真剣に聞こうとしたのだが、あまりに冗長な話であったため、はっきりいって退屈だった。 しかし、さっきのように無視する訳にもいかず、取り敢えず形だけでも聞いてあげることにした。

彼はまず、オカルトの知識なんかよりも、要約力というものを身に付ける方が先決ではないだろうか? 15分くらいダラダラと喋っていたが、そのほとんどがどうでもいい話だ。 要約すると2分もかからないだろう。 その内容を掻い摘んで説明するとこんな感じだと思う。

ある冬の夜、男性が仕事を終え家路へと急いでいた。 その日は吹雪いていて、視界も悪く、俯き加減で歩いていたという。

そしていつも通る近所の踏切に差し掛かった時、運悪く遮断機がおりてしまった。 男性はタイミングが悪いなと思いながら、寒さに耐えながら列車の通過を待っていたという。

普段その踏切はほとんど普通列車しか通らず、一度遮断機が降りてしまうと、列車がやってくるまで、数分はかかるらしいのだ。

男性はしばらく待たないといけないなと思いながら、仕事の疲れも相まってぼんやりとしていたという。

相当疲れていたのだろう。 列車の接近には全く気が付かずに、何もない地面をぼうっと眺めていたそうだ。

すると突然頭の方から轟音が轟き、突風が駆け抜けていった。 予想よりもずっと早い列車の到来にハッと我に返った。

どうやら今回は特急だったらしい。 これなら直ぐに遮断機が上がりそうだなと思ったのも束の間。 男性はある異変に気がつき、一瞬頭の中が真っ白になった。

妙に頭が寒い。 咄嗟に頭に手をやるが時すでに遅し、そこには立派なお月様がこんばんはしていたのである。 そう… 彼はカツラだったのだ。

どうやらさっき通過していった列車の風圧で大事なカツラが何処かに飛んでいってしまったらしいのだ。

その後、男性は慌てて探したそうだが、辺りは夜の闇に包まれ、明かりも遮断機の近くにある小さな街灯一つだけ、しかもカツラも黒いため夜目ではなかなか見つけることはできなかったらしい。

普通なら諦めて帰ってしまうものだが、彼は違った。 カツラのストックがなく、飛んでいったカツラ一つだけだったのである。 このまま散らかった頭では明日出勤はおろか、外出できなくなってしまうと焦り、血眼になって探したそうだ。

とにかく必死だったんだろうと思う。 時間を忘れ夢中で探してるうちに次の列車の接近にも気が付かなかったらしい。

列車がかなり接近した時警笛を鳴らされ、ようやく事態を把握。 逃げ出そうとしたのだが運悪く線路の枕木に躓いてしまい、線路上に転倒。 そのまま轢かれて首と胴体が引きちぎられ亡くなったらしい。

それからというもの、カツラへの未練からか生首の幽霊となり、人の髪の毛を刈って自分のカツラを作っているそうなのだ。 因みにその幽霊は頭がツルツルでテカっているからテカテカというらしい。

「大体の話は解った。 で、何でうちの学校の怪談にテカテカさんがいるの?」

「そこなんだよ」と僕の顔を人差し指でさしながら北村が言うと、横から鮫島が「実はね、列車で轢かれた男性っていうのがこの学校の教師だったらしいの」と話を引き取った。

鮫島の話によるとテカテカは昔、この学校の新任教師だったらしく、歳もまだ20代前半だったらしい。

彼は日頃のストレスで10代の頃から禿げだし、就職する頃には見事なご来光を拝めるまでに成長したそうだ。

そして彼はその若さで禿げているというのが、とても恥ずかしく、親に買ってもらったカツラを常に被るようになった。

そのカツラで取り敢えず頑張って、稼いだお金で新しいカツラを買おうと思っていたそうなのだが、彼はちょっと普通の人とは違ったらしい。

普通なら似たようなカツラを揃えると思うのだが、彼は何故かそこでお洒落に目覚めてしまった。 色々な髪型のカツラを買って人生を楽しんでやるという夢を持ってしまったという。

しかし、彼のファッションモンスターの夢は叶わなかった。 夢半ばで事故にあい、その命は毛根と一緒に潰えてしまったのだ。

僕にはその教師の気持ちは解らないが、余程カツラに未練があったのだろう。 生首になった彼はいろいろな髪型の人を襲い、自分のコレクションを増やそうとしてるらしいのだ。 それも若くて丈夫でふさふさの毛を。

そういう理由で、うちの学校の生徒が狙われるらしいのだが、狙われる方からすれば理不尽この上ない、全くふざけた幽霊なのである。

「確かにテケテケと話が似通ってるけどテカテカは命は取られないみたいよ」

鮫島がそう話を締めると、

「普通髪の毛じゃなくて、失ってしまった身体を欲しがるよね、生首になっちゃったら」と僕が突っ込んでみたが、何故か3人は小首を傾げ意味が解らないという顔をしていた。

「でも僕は大丈夫だよ。 普通の髪型だもん」

そう言って前髪を搔き上げると、

「お前の髪型はこのクラスで一番変だ」と3人口を揃えて返した。

「モンチッチみたいな髪型してるんだから気をつけてね。 別に桐島君がツルツルテカテカになってもいいならいいけどさ」

「今の髪型だったら、まだツルツルの方がマシなんじゃないのか?」

揶揄ってくる鎌田を無視し、モンチッチが分からずスマホで検索してみると、お笑いタレントのおさ◯が出てきた。

(これと同じ髪型? 鮫島の目もちょっとおかしいんじゃないだろうか)

「それともう一つ」

再び北村が僕の眼前に迫り、人差し指を立てながら「テカテカに襲われた者は呪いの所為で二度と毛が生えてこなくなるらしい」と真剣な表情で続けた。

「じゃあテカテカに襲われた人は一生スキンヘッドってことなのかい?」

「あくまで噂だけど、そういうことになるな」

「でもテカテカなんて一回も見た事ないなぁ… もう3年になるのに。 やっぱり僕の髪型は普通なんだよ」

「ちげぇーよ。 お前の髪型が特殊過ぎて、テカテカも今まで手を出さなかっただけだよ。 でもあの天パーの浅井がやられたんだぞ。 そろそろ天然モンチッチの桐島の番だと俺は思うけどな」

バカにするように北村が薄く笑うと、それに同調するかのように2人共首を縦に振った。

「なぁ… 浅井にテカテカについて聞いてみるってのはどうだ? 俺、浅井とは仲がいいから多分話聞けるぜ」

鎌田が思い立ったように言うと「それいいね、行ってみようぜ」と言って、北村達が賛同した。

「興味ないんだけどなぁ」

あまり乗る気じゃない僕を北村と鎌田で無理矢理抱え上げると、C組へと引きずっていく。

(もう帰って、ストIIやりたいよ)

そのまま引き摺られるように教室を出ると、廊下にはもう西日にが差し込んできていた。

もうこんな時間なのか……。 採光窓から射し込む西日に、手を翳して遮り、C組へと視線を向ける。

正確な時間は分からないが、教室掃除の後かなりの時間、夢中で経済新聞を読み耽っていたらしい。 往来する生徒の影が、廊下の壁にまるで影絵劇を映すように何本も伸びている。 僕はその影絵劇をぼんやり見つめながら、北村達のなすがまま、廊下を引き摺られていった。

そのままC組の前にくると、鎌田が中を覗きもしないで、無言で一人、中に入っていってしまった。

一瞬止めようとしたが、北村と鮫島が平然としているので、僕は出し掛けた声を呑み込んだ。 よく一人で気軽に入っていけるものだと彼を感心する。

多分同じ行動は僕には無理だろう。 あまり他のクラスには行ったことがないから、こうやって来るだけでもちょっとドキドキする。 それに例え知り合いがいても気軽には入っていけない。

せめて廊下から教室の中に声をかけて、友人に交換日記を渡すのが精一杯だ。 それ以上のことはドキドキで身体が緊張のあまりカクカクになり、田◯角栄の記憶がございませんになってしまう。

物思いに耽っていると、いつのまにか鎌田がC組から出てきて「浅井はもう帰ったみたいだ。 取り敢えず家に行ってみようぜ。 俺、浅井家知ってるから」と言って再び僕を連行した。

(うわぁ〜、一番面倒臭いパターンだ。 このままでは僕の大事な放課後のルーティーン、給食の残りのパンと牛乳を貰って帰るということができなくなってしまう)

僕は焦った。 このままではせっかくの放課後の大事な時間が、彼等のくだらない好奇心なんかに奪われてしまう。

「うんとさ、今日僕、用事があるんだけど」

溜息交じりに僕が答えると「用事ってなんだよ?」と間髪入れずに鎌田が腕に力をいれながら恫喝した。

「親に頼まれて、山の芝刈りと川での洗濯をしなくちゃいけないんだ」

「お前は桃太郎かよ」

(いや、するのはお爺さんとお婆さんだよ。 桃太郎はドンブラコって流されるだけだ)

心の中での突っ込みも虚しく僕は2人にそのまま連行された。

「たまには付き合いなよ。 それに今回は桐島君のことを思ってやってるんだから」

鮫島が如何にも僕の為と言っているが、その表情は楽しんでるようにしか見えない。

(参ったな。 何か抜け出す作戦を立てなければ)

そうこう考えているうちに、先頭を歩いていた北村が突然立ち止まり、辺りをキョロキョロと窺がい始めた。

(どうしたのだろうか。 学校で迷子にでもなったか?)

「おかしいな。 廊下に人がいないし誰の声も聞こえないぞ」

「みんな帰っちまったのか? さっきまでいたのに」

鎌田も首を巡らし、何か異様な雰囲気に狼狽えている。

確かに彼等の言う通り、いつのまにか僕達4人以外の姿は見えなくなっていた。 C組を後にしてから突然人の気配が消えたような気がする。

怪訝に思いながらも自分達の教室に戻ってみるが、やはり室内も、もぬけの殻だった。 しかし、机の上にはまだ鞄などが置かれている。 姿が見えないだけで校内の何処かにいるのだろうか?

「皆、何処いっちまったんだ?」

落ち着きなく首を左右に巡らし、「おーい」とまるで山にハイキングにきたかのように大声で誰かに呼びかける北村と鎌田。

「おーい」

「おーい」

「……」

「ヤッホー」

何故か僕は2人に頭を殴られた。

殴られた頭をおさえながら、教室から出ると、やはり廊下にも相変わらず人の影はない。 不思議な光景だ。 こんなことは初めてかもしれない。 まるで霧散するように人だけが忽然と消え、学校に4人だけ取り残されてしまった気分だ。

それになんだか急に気温が下がったような気がする。 全身がゾワリと粟立つように寒気を感じ、どこか普段の学校とは違う感覚だ。

(何か変だ。 これはヤバイかもしれない)

このパターンは不思議と嫌な予感しかしない。 ここは早々に学校から出た方がいいのかもしれない。

妙な危機感に襲われ、北村達に学校から出るよう促そうとしたのだが、彼等は何事もなかったように談笑をし始めた。

この異様な雰囲気を打ち消す為なのか、それともそのうち皆帰ってくると楽観視しているのか判らないが、彼等は普通の会話を楽しんでいる。

半ば呆れながら、もう一度廊下に視線を戻すと、奥の方でキラリと何かが光った。

(なんだろう?)

注視するとボールのような物が宙にフワフワ浮いているように見える。 それが時折眩しい光を発し回転するようにジワリジワリと近づいて来ていた。

「あれ……。 なんだよ……」

僕の声は上ずっていた。 何か得体の知れない物を目の当たりにして、身体が言うことが効かなくなっている。

僕の声に気が付いたのか、3人とも興味津々の様子で廊下に出ると、あまりの異様な雰囲気と物体に皆固まってしまった。

「おい、なんだよあれ?」

震える声を絞り出すように鎌田が答えると、鮫島が知らないよと言わんばかりに首を左右に繰り返し振っている。

物体は光を乱反射させながら、ゆっくり近付き30メートル位まで距離を縮めると地面にゆっくりと下降し始めた。

「あ、あれ……。 か、顔じゃないのか?」

掠れた声で北村が言うとブルブルと震える手でその物体を指差した。

確かにそれは彼の言う通り人の頭だった。 スキンヘッドの生首がこちらを向き地面スレスレで浮遊している。

「俺の髪の毛を、寄越せ……」

くぐもった声で生首がそう喋ると逆さまになり、頭頂部から地面に着地した。

「テ、テカテカ、テカカカさ… カカテ、テカテカ」

誰かが縺れるように言った瞬間、生首はその格好のまま、こちらに向かって凄い勢いで廊下を滑り出した。

(ヤバイ… なんとかしなければ)

咄嗟にそう思った僕は3人に「教室に逃げろ‼︎」と叫んだ。 別に何か考えがあった訳ではない。 ただの思いつきだった。 でもこのまま廊下にいたら何か恐ろしい目にあうような気がして、脳が危険信号を発していた。

生首は逆さまになって、その輝く頭を使い、滑るように勢いよくこちらに迫ってくる。 そのスピードはとても早く、まさに光の速さで、もう目の前まで迫っていた。 しかし3人は恐怖で上手く動けないのか、金縛りにかかったみたいにその場で硬直している。

「早くしろ‼︎」

もう一度僕が叫ぶと、漸く金縛りが解けたのか、弾かれたように3人が教室に飛び込んだ。 僕も後を追うように教室に逃げこむ。

すると廊下から「こら、お前ら交わすな…… 俺は急に避けられたら方向転換できないんダァ〜〜〜」という悲痛な叫びが聞こえたと思ったら、次の瞬間、『ドゴーーン』という何かが衝突したような轟音が校内に轟いた。

「………」

何かあったか判らず、恐る恐る廊下に出て見ると、そこには血塗れの生首が廊下に転がっていた。 それは見るに堪えない恐ろしいまでのハゲだった。 まさにホラー。 さっきまでのただのハゲよりも何倍も恐ろしいハゲになっている。

そしてそのヤバイハゲの向こうの側の壁には、ボーリングの玉を思い切りぶつけたような凹んだ跡がクッキリとできていた。

「お、お前ら、次は必ず髪の毛を奪ってやるからな」

そう血塗れの生首が半泣きで負け惜しみを言うと、「いてーよぉ、いてーよぉ〜」とまるで某人気漫画のハ◯ト様のように囁きながら、スゥーと掻き消えていった。 もう少し痛めつければ多分『ひでぶ』と言ってくれるかもしれない。

「大丈夫か?」3人が一斉に教室から飛び出すと、僕は「大丈夫だよ」と言って、廊下の突き当たりの凹んだ壁を指差した。

「一体何だったんだよ?」

「きっとあれがテカテカだよ」

「いや、違う。 多分あれは拳法殺しだ」

「何だよそれ?」

「いや…… 知らなかったらいいよ」

国民的漫画の癒しキャラ、ハ◯ト様を知らないとは、これも時代の変遷だな、と感慨に耽けっていると、突然ガヤガヤと人の声が聞こえ始め、慌てて辺りを見回した。

(一体何がどうなっているのだ?)

不思議なことに人の姿が湧いたように現れ、いつもの喧騒が戻っている。

「あれ? こいつらどっから現れたんだ? 今までいなかったのに」

怪訝な顔で鎌田が周囲を見回し、首をひねった。

「やっぱりさっきのは怪奇現象ってやつじゃないのか?」

北村が額の汗を拭いながらそう言うと、鎌田と一緒にキョロキョロと周りを不思議そうに眺めている。

理解できない現象を目の当たりにし、暫く僕達は呆然とその場に立ち尽くしていた。 しかし、あれだけ派手に壁を凹ましたというのに、誰もそのことには気が付いていない様子だ。

ふと後ろを見ると、鮫島が泣きそうな顔で僕を凝視している。

「多分桐島君を狙ったんだよ」

ぼそりとそう言うと、鋭い目付きで睨みつけ、そのまま教室の中へ駆け出して行った。

「ちょっとまってよ」

僕は慌てて彼女を追いかけた。

「何で僕を狙ったってわかるんだよ? もしかしたら他の人かもしれないじゃないか」

そう言った途端、弾かれるように僕の方に振り向き、上擦った声で「桐島君以外誰がいるっていうの? 北村君は普通のスポーツ刈りだし、鎌田君だって短髪の2ブロック。 私なんてありふれたショートカットだよ。 テカテカさんに狙われるのは珍しい髪型の人なんでしょ? そうしたら桐島君しかいないじゃない」

「僕だってありふれたモンチッチだよ」

「モンチッチはありふれていない‼︎」

そう言うと鮫島が自分の机に突っ伏して泣き出してしまった。

周りの生徒が何があったか理解出来ず、僕達のことを遠巻きに見ている。 これじゃまるで僕が悪者で、鮫島を泣かしてるみたいじゃないか。

助けを求めるように北村の方に視線を移すと「桐島、わりぃけど俺達帰るわ」と憔悴しきった顔で鮫島に駆け寄り、宥めるように抱え起こした。

鎌田も僕の横を無言で通り過ぎると、震える手で北村の鞄を肩にかけ、自分の鞄と鮫島の鞄を持って教室から出ていった。

「なんだよ。 随分勝手じゃないか。 僕は何も悪い事してないし、僕を無理矢理誘ったのは君達の方だろ?」

「悪かったな。 それと、浅井の家に行くのは中止だ」

北村がそう一言いうと、そのまま鮫島を抱え教室から出ていった。

「なんだよ… 何がオカルト研究部だよ。 本当の怪異に遭遇したら何も出来ないじゃないか……」

取り残された僕は呟くように独りごちると、いつか日本にモンチッチカットを流行らせてやると心に誓った。

好奇の目に耐えながら、自分の鞄を取ると、モヤモヤした気持ちのまま教室を後にした。

(クソ、モンチッチの何がいけないというんだ。 僕だって好きでこんな髪型になったわけじゃないんだ)

悔しさを抑えながら玄関までくると、ふとある画期的な案が頭をもたげた。

(そうだ。 この際髪型を変えてみようか。 彼等の言葉を100パーセント信じる訳ではないが、取り敢えずこのふざけた髪型を変えれば、テカテカに襲われる確率も下がるかもしれない。 それに、あまり髪型に頓着のない僕だが、今回を機にイメージチェンジするのも悪くないだろう)

そう思い、別にどうでもいいルーティーンなど忘れ、帰りに床屋に寄って行くことを決意した。

学校から出ると、燃えるような夕日が、空を真っ赤に焦がしていた。 夕暮れの涼やかな風が頬を撫でていく。 さっきまで怪異に襲われていたことなんて嘘のような、綺麗な情景がそこには広がっていた。

「明日は多分晴れだな」

思わずボソリと独りごちると、グラウンドで部活に勤しむ生徒達を横目に僕は学校を後にした。

さて、どうしようか。 いざ髪型を変えるとなると、些か緊張してくる。 本当はこのまま家に帰って、ゴロゴロするのが一番幸せに感じるのだが、今回ばかりはそうもいかないだろう。

それにどうも昔から床屋はあまり好きではない。 てゆうか人に頭を触られるのが苦手なのだ。 ついでに床屋独特の匂いも好きではない。

いっそのこと諦めてテカテカに刈られてしまおうか……。 それか襲われる前に、親父のバリカンで坊主頭にするというのはどうだろう。 断然後者の方が良いと思うのだが、その勇気が僕には出てこない。

生まれてこのかた坊主にしたことがない僕にとって、坊主頭の自分など想像もつかない。

しかし、このままではまたテカテカに襲われ兼ねないだろう。 今回は運良く交わせたからよかったものの、次も交わせるとは限らない。 やはりおとなしく床屋に行って髪型を変えなければ僕の頭に未来はないのかもしれない。

そうはいっても、やはり憂鬱だ。 今回はいつもの髪型でお願いしますとは言えないのが一番面倒くさい。 でも、そうしないとまたテカテカに襲われ、僕までテカテカさんになってしまう。 もし一生テカテカになってしまったら、これから迎える青春がテッカテカの悲惨なものになってしまうだろう。

高校に行ったらきっと天体観測部に望遠鏡で覗かれ、目が潰れたと騒がれるだろうし、 虫眼鏡で光を集めて、黒い紙を燃やすのに利用されるかもしれない。 それに毛根研究部みたいなのがあれば強制入部は必至だ。

大学だって同じようなものだろう。 一生生えてこない毛根はきっと格好の研究材料にされるだろうし、よくても発毛剤研究のモルモットにされるのが目に見えている。 よしんばそれを嫌っても、僕に残された大学は仏教大学しかない。 そんなお坊さんまっしぐらな人生など歩みたくない。

この暗澹たる人生を打開するために僕は勢いよく床屋の入り口を潜った。

「いらっしゃーい。」

僕の顔を見た床屋の主人は、活気のある声でそのまま椅子へと促した。

どうやら他の客はいないらしい。 元々そんなに客は多くない床屋だ。 でも近所にあることから、小さい頃から一年に3、4回は通っている。

室内は落ち着いた雰囲気があり、BGMがわりにラジオが流れている。 散髪用の椅子が三脚あり、忙しい時は埋まってしまうが、それも正月や成人式など何か行事があるときだけだ。 良くも悪くも昔ながらの床屋といった風情だろう。

しかし、その主人の人柄、そして他の店にはない味のようなものがある。 多分僕みたいな常連客でこの店は持っているのだろう。 一度ハマってしまうと他の店には行く気がしない。 老舗の味? 老舗の切れ味? 上手く例えれないが、兎に角、主人の老舗が凄い切れ味を誇っている素晴らしい床屋なのは間違いないと思う。

「今日もいつもの感じでいいのかい?」

いそいそと僕に散髪ケープをかけながらイカツイ主人が笑顔で鏡越しに見つめてきた。

「いや、今日は違う髪型にしてもらおうと思ってます」

「珍しいね。 どういう感じにすればいいのかな?」

そう訊かれ、頭の中が真っ白になってしまった。

どうしようか? いつものでお願いしますと言ってしまえば楽なのだが、もし、そんなことしたら確実にモンチッチベリーショートの出来上がりになってしまう。 しかし他の髪型にするには何て言えばいいのだろうか? 具体的なものなど何も考えてはいなかった。

「すみません、髪型を変えたいのですが、どういうものにしようか考えてなくて…… オススメの髪型とかあります?」

主人がおもむろに右手を顎に持ってくると「うーん、そうだね… 北の将軍様カットなんてどうかな? 一部のマニアで流行ってるみたいだよ」と満面の笑顔ですすめてきた。

「じゃあそれで」

主人が一瞬驚いた顔になると「本当にいいのかい?」と鏡に映る僕の顔を窺う。

「はい、お願いします」

僕はイマイチ将軍様というのが解らなかったが、取り敢えずカットだけをお願いし、あとは任せることにした。 主人は「マンセー」と小さな声で承知すると、霧吹きで頭を濡らし始めた。

僕はそのまま目を瞑り、心地よい鋏の音に身を委ねる。

これでテカテカの脅威に晒されることもないだろう。

しかし僕も焦ったものだ。 大体、本当に狙いが僕かどうかなんて判らないというのに。 もし狙いが僕じゃないとしたら、どうしてくれるというのだ。 この散髪は無駄になってしまうじゃないか。 そう心の中で文句を言っていると、眠気に襲われ心地よい時間が訪れ始めた。

室内にはチョキチョキと軽快な響きが断続的に続いている。

「………」

(ああ、良い気分だ)

チョキ、チョキ… チョキ、チョキ…

「………」

「ブッ…」

「………」

「なんだろう? この臭いは…」

チョキ、チョキ…

「………」

「プスゥ〜♡」

「………」

「グッ 臭い」

「………」

チョキ、チョキ… チョキ、チョキ…

「………」

「………」

「終わったよ」

眠っていたのか、気がついたら終わっていた。 ゆっくり目を開けると鏡に映る自分は斬新の一言だった。

「ありがとうございます。 新しい自分を見つけれそうです」

よくわからない御礼を僕は言うと、椅子から下りて主人に代金を支払った。

何故か僕の頭を見て、主人が笑いを堪えてるようにも見える。 いや、そんなことはないだろう。 きっと気の所為だ。

僕は「またキマンセー」と主人に伝えると床屋を後にした。

散髪したばかりで外の風がスースーして肌寒く感じる。 そして、何故か周囲の人の視線はチクチクと痛く感じる。 まるで変人でも見るような好奇の目に晒されてる気分だ。 そんなに奇抜だっただろうか? テレビで何回か見たことある髪型なので別に変ではないと思うのだが。

「桐島君?」

突然後ろから声をかけられ、急いで振り向くと、そこには同じクラスの田辺彩香(たなべあやか)が立っていた。

何時もの制服姿と違って薄い水色のワンピースに黒いベレー帽を被っている。

それが妙に新鮮で可愛く見え、ドキリと胸が高鳴った。

「やっぱり桐島君だ。 どうしたのその髪型?」

「ちょっとイメージチェンジをしようと思って。 変かな?」

「ううん。 ある意味似合ってるから大丈夫だと思うよ」

よくわからないフォローをしているが、何故か直視してくれない。 やっぱり変だったのだろうか?

「実はさ、テカテカに襲われちゃって、髪型を変えたんだ」

緊張のあまり会話が続かないため、僕は髪型を変えた経緯を伝えることにした。

「そうなんだ。 テカテカって髪の毛を狩っていく、うちの学校の怪談?」

不思議そうな表情で小首を傾げると、彩香はスマホを出して画面を操作し始めた。

「そうだよ。 うちの学校の怪談。 さっき学校で遭遇したんだ。 頭がテカテカの妖怪だよ」

「怖いね」とボソリと言うと、スマホを僕の方に向け近づいてきた。

『カシャ…』

「ごめん、記念に一枚写真撮っちゃった」

そう言うと、彩香が嬉しそうにスマホの画面を眺めている。

(ウホッ、これは将軍様カットの効果か? さっきから周囲からジロジロ見られると思ったが、そんなにイカしているとでもいうのか?)

「ごめんね、テカテカのことだったよね?」

そう言って涙目になりながら再びスマホを操作し始めた。

「テカテカは載ってないけどテケテケの撃退法なら載ってたよ」

そう言ってスマホの画面を僕の方に向け、視線を合わせないようにキョロキョロと宙に泳がせている。

(なんて可愛いんだ。 そんなに僕のことを見るのが恥ずかしいのか?)

嬉しい気持ちを抑え、画面に視線を移すと、そこには赤い太文字で『地獄に落ちろ』と書かれていた。

「なんかテケテケはまだ死んでる事に気付いていないみたいで、地獄に落ちろって言って、死んでる事を伝えると撃退できるみたいだよ」

「成る程、そうなんだ。 今度もし遭遇したら参考にさせてもらうよ」

「うん、多分また遭遇すると思うから気をつけてね」

何故、また遭遇する仮定で言ってるのかよく解らないが、心配してくれたことに対して僕の気持ちは浮かれていた。

「テカテカさんって髪の毛がないからフサフサの人を襲うんでしょ?」

「うん、そうみたいだね」

「じゃあ育毛剤と発毛剤とか供えたら成仏してくれないかな?」

成る程、一理あるかもしれない。 そう思っていると彩香が急に僕の腕を掴み、走り出した。

「家にお父さんの育毛剤と発毛剤があるからあげるよ。 私の家すぐそこだから、ちょっと付いてきて」

ウホ。 彩香の家に行くのは初めてだ。 こんな所にあるのか、嫌でも胸が高鳴る。

閑静な住宅街を横切り、大きな公園の前で止まると、「ここだよ」と言って公園の反対側にある家を指差した。 そこには赤と黄色のカラフルな壁の豪奢な三回建の住宅が聳え立っている。

良い意味で期待を裏切られた僕はその光景を呆然と眺めていた。

そんな僕を尻目に彩香は手慣れた様子で門扉を開けると「ここで待ってて」と言って小走りで玄関に入って行った。

(うわぁ、こんな立派な家に住んでるのかぁ。 僕の家とは雲泥の差だな。 彩香ってお嬢様なのかもしれない。 いやこんなお城のような家に住んでいるのだから嬢王様なのか? どっちでもいいや。 一回踏まれてみたい)

自分の中にあるMっ気が開花するのに少々焦りながら、そのまま見上げていると、ある事を思い出し、一瞬固まった。

(しまった、経済新聞を横山に返すのを忘れていた。 彼には今日中に返すと伝えていたんだった)

「はい、これが育毛剤でこっちが発毛剤」

いつのまにか家から出てきていた彩香の手には、2つの箱が握られている。

戸惑いながらも「ありがとう」と笑顔で言うと、箱を受け取り自分の鞄にしまった。

「育毛剤とか持ってるってことは、田辺のお父さんは髪の毛薄いの?」

「うちのお父さんは禿げてないよ。 でも将来の為に今から使ってるみたい」

「そうなんだ。 取り敢えず大事に使わして貰うよ」

「うん。 うちにいっぱいあるから、それあげるね」

いっぱいあるんだ、と突っ込みたかったが、悠長に会話を楽しんでいる時間もない。 早く新聞を取りに行かないと、学校の玄関が施錠されてしまう。

「そうだ。 一度専門家に相談するってのはどう?」

そう弾んだ声で彼女が言うと、スマホを取り出し、どこかへ電話をかけ始めた。

成る程、流石僕が惚れ込んだ人だ。 なかなか賢明な判断じゃないか。 あまり時間はないが、ここは彼女に任せてみるのも悪くはないだろう。

しかし、彩香は顔が広いのだなとつくづく感心する。 中学生でお坊さんや霊媒師などの知り合いがいるとは思ってもみなかった。 的確なアドバイスがもらえれば、これで解決できるかもしれない。

時間を気にしながら電話をしている彩香の様子を窺う。 その表情は明るいようだ。 何か良い撃退方法でも教えて貰っているのだろう。 何度もわかりましたと言って頷いている。

2、3分通話をした後、電話を切り、こちらに視線を戻すと「まずは1000本一万円コースがオススメだって」と屈託のない笑顔で訴えてきた。

「………」

(そうっスか…… 彩香さん、それは何のことを仰っていられるのですか?)

「あの… どこに電話してたの?」

僕は嫌な予感を覚えながら、恐る恐る訊いてみた。

「どこって… アートネ◯チャーだけど?」

(やっぱりそっちかい)と内心突っ込みながら「ありがとう、今度テカテカさんに遭遇したら、1000本一万円だけど、どうする?って聞いてみるよ」

「うん、頑張って。 きっとテカテカさんは体験してみると思うよ」

やはり、彼女はド天然なのだろうか?、と一抹の不安を抱えながら「ありがとね」と御礼を言って、脇目も振らずに学校へ向けて駆け出した。

(余計なことに時間を使ってしまった。 急がなくては)

separator

空は薄闇の深い藍色から漆黒へと変わり始めている。 多分あまり時間は残されてはいないだろう。

息急き切って校門の所までくると、学校はすっかり夜の帳に包まれてしまっていた。

(まだ開いてるだろうか?)

見上げるとその見慣れた学校が昼間と打って変わって、一つの巨大な要塞のように闇の中に浮かんでいるように見える。

思わず、新聞なんて明日にして、帰ろうかと怖じ気づくが、こんな些細なことで少ない友達を失ってしまう可能性を考えると、そうもいかない。

「フゥー」

一度深呼吸して、気合いを入れると、玄関に向けて駆け出した。

学校の周りにはもう生徒の姿は無い。 部活も、もう終わって皆帰ってしまったのだろうか? いつも遅くまで練習している、野球部の姿も見えない。

少々不思議に思いながら、玄関の引き戸に手を掛けて力を入れると、カラカラカラと乾いた音と共に、難なく扉は開いた。

(やった、まだ大丈夫だ。 しかし、いつ施錠されるか判らない。 閉じ込められる前に出てこなければ)

急いで靴を上履きへと代えると猛ダッシュで廊下を走った。

校内は何故か暗闇に包まれている。

普通、教師が残っていたら、廊下には明かりが点いていると思うのだが……。 もしかして省エネの一環で使わない場所の電気を消しているだろうか?

怪訝に思いながらも、仕方なくスマホのライトを頼りに暗い廊下を進んだ。

(しかし、こんな事になるのなら、最初から新聞なんて借りなきゃよかった。 最初から内容なんて理解出来ないと判っていたのに、僕は何で借りてしまったのだろう。 これは中二病ってやつなのだろうか? どっちにしろ今更悔やんでも仕方ない。 急ごう)

校内は森閑として、突然闇の中から、ヌッと何かが出てきてもおかしくない、不気味な雰囲気を醸し出している。

しかし、野球部までがいないってことは、もう残っているのは先生達だけなのだろうか?

その先生方も今時間は多分、職員室に籠ってる筈だ。 こんな時間に校内を彷徨っていることに関して、注意されずに済むことは、ある意味ラッキーかもしれないが、また怪異に襲われることを考えると、喜んでばかりはいられない。

(こんな時、誰か一人でも傍に先生がいてくれた方が逆に心強いかもしれないな。 ああダメだ。 嫌でも悪いことばかりが脳裏を過ぎる)

さっきテカテカに襲われたばかりの所為で、僕のオツムの中は恐怖で一杯になっていた。 周りの些細な音にさえも必要以上にビクついてしまう。

スマホを持っていない手を胸にあてがい、早鐘を打つ心臓を抑え込もうとした。 しかし、却って自分の緊張を肌で感じてしまい、余計焦りが生じる。

大丈夫だ。 今回はきっと大丈夫な筈だ。 自分に暗示をかけるように勇気を奮い立たせ、一歩、また一歩と廊下の闇を切り開いて行く。

もし、またテカテカが現れたとしても、彩香の…… と、とおさん……。 お父さんの……。 お、お父さん。 娘さんを僕にください…… 違う。

でも、いつかお父さんと呼ぶ日が来てくれればいいな、グフッ。 じゃなくて、パピーの発毛剤と育毛剤でモッサモサのマリモのようにして、マリモッサリって名前に改名してやるのだ。

暗い階段を一気に駆け上がると教室の前までノンストップで走った。

「ハァ… ハァ…」

流石に疲れる。 呼吸も苦しくて、肩で息をしてしまう。 でも、もう教室は目の前だ。 新聞を取ったら帰りはゆっくりと歩こう。

「ハァ… ハァ…ハァ……」

もう無理だ。 ここが限界だ。 もう走る気力も残っていない。

元々、僕は走ることが苦手なのだ。 特に長距離は嫌いだ。 だからいつもマラソン大会は欠席してた。 でも走る前のバナナだけは沢山食った。 応援にも体力は使うものだ。 だからいつもバナナは歳の数だけ食べた。 そして今年は吐いた。

ふぅっと息をつき、教室の引き戸に手をかけた。

(やっと着いたな)

そう安堵すると目の片隅に何か光るものが映った。 なんだろうか? あんな所に光源になりそうな物はない筈だが……。

目を眇め光源に焦点を合わせる。 どうやら光はクルクルと回転してるようだ

(ま……。マジ卍? そんな事あるわけない… だって……)

あまりの恐怖で一気に血の気が引き、身体が小刻みに震え、手を掛けた引き戸がカタカタと鳴っている。

(あ、あれは… テカテカだ。 多分そうだ。 でも何で……? せっかく髪型を変えて…… 変えたのに… 変えたんですよ? そうですよ、変えたんですよ。 意味がないと仰るのですか? それじゃあ、あんまりじゃないですか。 せっかく将軍様にしたのに、意味がないと仰るのですか。 ああ〜そうですか。 そっちがその気ならこっちだって。 こっちだって…… うわーん。 マジで怖いよぉ〜)

やばい、取り乱してる場合ではない。 ここは、なんとか対処しなければ。 取り敢えず教室の中に逃げ込もうか……。

そう思い、引き戸に掛けた手に力を入れるが、何故か全然開かない。

(おかしいな。 鍵など掛かってない筈だが)

両手で力任せに引いてみるが、ビクともしない。

(オイ、冗談じゃないぞ。 開けやがれ。 僕は将軍様だぞ。 扉の分際で… いい加減にしないと粛清するぞ)

何度も両手に力を込めるが、扉は微動だにしない。 何かがおかしい。 よしんば施錠されていたとしても、こんなにも動かなくなるものだろうか。

やばいぞ、これだと逃げ場所がない。 前回教室に逃げ込んだから、幽霊パワーで扉を開かなくしたとでもいうのか?

「クソ……。 卑怯だぞ」

僕は闇の中に、声を思い切り吐き出した。 しかし、暗闇からは何の返答もない。 それどころかテカテカらしき物体は妖しい光を放ちながらゆっくりと近付いてきている。

クソ……。問答無用ってことなのか? そんなに僕の金◯恩が欲しいのか。

ダメだ、これ以上、力を込めてもウ◯コを漏らすだけだ。 ここは一度冷静にならなくては。

引き戸から手を離すと、他に逃げ場所はないかと、辺りを見回した。 しかし、見渡す限り、何もない暗い廊下が続いているだけで、逃げ込めそうな所は何処にもない。

(背水の陣とはこのことかもしれないな)

観念するかのように、大きな息を吐き出すと、鞄から二つの箱を取り出した。

逃げ場所がないなら戦うしかない。 箱から中身を取り出し両手に発毛剤と育毛剤を構える。

正直こんな物、効果があるのかどうか判らないが、何もしないで頭を刈られるより、少しでも抵抗した方が何か打開策を見出せるかもしれない。

(さぁ、いつでも来い。 お前をモッサモサのマリモのようにして、阿寒湖に沈めてやる)

そう覚悟を決め、ゴクリと生唾を飲み込んだ。 しかし、足が震える。 やはり怖いものは怖い。

怪異を目の当たりにしてる恐怖と、髪を刈られる恐怖が綯い交ぜとなって、心臓が爆発しそうなくらい、ドクドクと脈打っている

距離は40メートルあるか、ないか。 暗いので正確な距離は掴めない。

テカテカのような者は僕に狙いを定めるように徐々に近づいてくる。 僕はその光景を黙って見てることしかできなかった。 恐怖で足が動かない。

ぬうっと暗闇に生首のシルエットが浮かびあがる。 間違いない、あれは夕方見たテカテカだ。 その顔は恐ろしいくらい憎悪に満ちている。 やはり前回奴の攻撃をかわしたのが悪かったのかもしれない。 その瞳には恨みがこもってる。

生首がくるりと上下逆さまになると、ゆっくりと下降を始めた。 そのまま地面に頭頂部を着地させると、凄まじいスピードで一気に間合いを詰めてくる。

(あんな風に滑って頭が火傷しないのだろうか?)

余計な心配が頭を過るが、今はそれどころではない。 前のハゲに集中しなければこっちまでハゲになってしまう。

暗がりに目を凝らしテカテカを捉えようとするが、イマイチ距離が掴めない上にそのスピードに僕の動体視力が追いつかない。

クソ、こんな光速テカテカアタックに対応できる訳なんてないだろう。 それに教室の反対側も壁だ。 今回は何処にも逃げ場所はない。 こうなりゃ一か八かだ。

僕はがむしゃらに育毛剤と発毛剤をその場で撒き散らし、横の壁に飛んだ。 何か策があった訳ではないが、本能というか、咄嗟の行動だった。

途端凄まじい風圧が直ぐ横を通り過ぎ、地鳴りのような轟音が後から追いかけてやってきた。

身体に当たった衝撃はない。 どうやら今回も間一髪でかわせたらしい。

そのまま壁に凭れるように蹲っていると、後方から、なにやら咳き込む声が聞こえる。

「クソ、苦しい。 目が痛い。 貴様今度は何をした?」

どうやら今回は壁に激突せずに途中で止まったらしい。 学習能力はあるようだ。

闇の中から苦しそうな声が断続的に聞こえる。

育毛剤と発毛剤の本来の効果とは違うが、テカテカには効いたのは確かなようだ。

僕は声のする方に向き直し、もう一度両手に持った物をテカテカのいる方に向けて噴射した。

「や、やめろ。 痛い、本当に痛い。 目が、目が、痛くて開けられない」

(マジか、こんな近くにいたのかよ‼︎)

暗闇でイマイチ何処にいるか判らないが、意外と近くから声がして焦った。 それよりもなんだか知らないが発毛、育毛ダブルスの効果は覿面だ。

僕は少しづつ近付き、まるで殺虫剤を噴射するように闇の中に噴霧した。

「き、貴様、なんだ、何を撒いているのだ?」

途端、苦しそうな呻き声が目の前から聞こえる。

「毛が欲しいんだろ? これは育毛剤と発毛剤だよ。 テカテカさんの求めてるやつじゃないのかな?」

「やめろ、俺はそんな物求めてない。 いや、本当は求めてるかもしれないが、そうじゃない。 そうでもないが、でも、そうじゃない。 兎に角そんなもの浴びせるな。 今まで一度として、そんな物の効果などなかったんだ」

一度噴霧をやめるとラベルに書いてある文字を目で追った。

「でも育毛剤にはグングン伸びる、今日から君の頭はジャングルだって書いてあるし、発毛剤には磯野◯平も大好き、確かな満足、無限毛って書いてあるぞ」

「クソ、よりによって、昔俺が使ってたやつではないか。 その2つを何年使っていたと思っているんだ。 全く効果はないんだよ。 効果が出てるなら俺がこんな悲惨な頭になっていないだろう」

僕は無言でテカテカに向かって噴霧し続けた。

「こら、貴様聞いてるのか? 痛い。 マジで痛い。 ついでに苦しい。 この二つは効果がないって言ってるだろう」

十分効いてると思うのは僕だけだろうか?

(なんか、想像してたよりも怖くないのかもしれないな。 あんなにビクビクして損した気分だ。 もうそろそろ『ひでぶ』とか言って消えてくれないかな? 早く新聞取りに行かないと玄関閉まってしまうよ)

「いい加減にしろ。 辞めないと、どんな風になってもしらんぞ。 貴様の頭の毛どころか皮膚までべろりと剥がしてやろうか?」

(今日の晩御飯は何かな? たまには焼肉とか家系か二郎系のラーメンとかこってりした物食いたいな)

「クソ、貴様、こっちを見ろ。 あっち向いていい加減な扱いをするな」

3分位噴霧し続けていると、空っぽになったのか、缶から何も出てこなくなった。

「やべ、なくなっちまった」

缶を振ると僅かに残ってるような気もするが、多分殆ど空だろう。 流石にこれでは退治できるとは思ってはいなかったが、次の手を何も考えてはいない。 さて、どうしたものか。

考えあぐねいていると、少し回復したのかテカテカがこちらに向きをかえ、涙目で睨みつけてきた。 生首だけを見ると、なんともおどろおどろしい妖怪なのだが、その涙の所為でどうも迫力にかける。

「ハァ、ハァ。 なんて恐ろしい育毛剤と発毛剤だ。 ここまでこの俺を苦しませるとは思わなかった」

(なんか可愛そうになってきたな)

「なぁ…実はもう一本づつ育毛剤と、発毛剤があるんだが、くらいたいか?」

僕は次の手が何も思いつかなかったので、取り敢えず嘘をつき、脅す戦法をとった。

するとやつは体全体と言っていいのか判らないが、勘弁してくれと言わんばかりにがぶりを振っている。

「そうか、じゃあやめてやる。 その代わり、もう僕を襲うんじゃないぞ」

テカテカは涙目で一度頷くと、霧散するように姿を消した。

「ふぅ、やれやれ、やっと消えてくれたか。 これで新聞を取りに行ける」

そう独白し、教室の扉に手をかけた。

(急がないと、玄関が閉まってしまう)

すると今回は簡単に扉が開いた。 やはりさっき開かなかったのはテカテカの仕業だったのだろう。

教室の中に入ると、自分の机まで、ゆっくりと進んだ。 もうテカテカの脅威に晒されることもないと思うと、自然と行動も落ち着いてくる。

「どっこいしょ」と机の前にしゃがむと、中にグシャグシャになった新聞がギュウギュウに詰め込まれていた。

(全く誰だよ、新聞をこんな風にしたのは?)

僕はそれを思い切り引き抜き、更にグシャグシャに鞄の中に詰め込んだ。

(よし、あとは学校を出て、横山の家に向かうだけだ)

踵を返し、教室から出ようとすると、目の端に何かキラリと光る物が見えた。 反射的に後退りし教室の中に戻ると、目の前を高速の何かが横切っていく。

「クソ、諦めてなかったのか」

恐々教室から顔を出し、通り過ぎて行った方を見ると、怒りに満ちた顔の生首が宙に浮いている。

どうやら、怒らせてしまったらしい。 やはりさっき1000本1万円コースをすすめておくべきだったろうか。

しかし、次の瞬間テカテカはフッと消えた。

(あれ?)

と思った瞬間、背中に凄まじい衝撃が走り、もんどり打って廊下に投げ出された。

「イテテ… 一体何があったんだ?」

訳が分からず、ゆっくりと顔を上げると、目の前に憤怒の形相をした生首が宙に浮いていた。

「貴様はもう許さん、ゆっくりと嬲り殺しにしてやる」

(ヤバイ… コイツ完全におこだお♡)

頭は意外と冷静なのだが、身体は強張り、恐怖で動かない。

「まずは、貴様の変な髪型から狩ってやる」

(やめろ、僕の金◯恩に罪はない筈だ)

テカテカがその首を近付けると、あんぐりと大きな口を開いた。

(マズイ、喰われる)

咄嗟に首を横に捻りその顎門(あぎと)から逃れようとする。 しかし、一瞬遅かったのか、頭に嫌な感触が走った。

「チッまずは半分か」

そう言いながらテカテカは口を牛のようにモシャモシャと動かしている。

反射的に自分の頭に手をやると、僕の金◯恩が半分消えていた。

(マジか? そうやって髪の毛奪うのか…… ハッキリ言って、キモいよ、そのやり方)

僕は頭を押さえながら、立ち上がると、なりふり構わず廊下を走った。 もうどっちに走っているのかも理解してなかったが、奴の怖さとキモさにジッとはしていられない。

(クソ、髪の毛を半分喰われた。 ということはもう一生半分ハゲなのか? 冗談じゃないぞ。 これならまだ全ハゲの方がマシじゃないのか? 半将軍なんて、半チャーハンみたいな名前でなんか嫌だし、禿げた部分を隠す為に半分ロン毛とかにしても気持ち悪い。 それに僕が髪の毛を伸ばしたところで必然的に半チッチの出来上がりじゃないか)

縺れながらも夢中で走っていると今度は脹脛(ふくらはぎ)に激痛が走り、前につんのめって廊下を転がった。

「許さんって言っただろ」

顔の前には血走った目のテカテカが浮遊しながら、口をモシャモシャと動かしている。

ついに僕も全ハゲか、と落胆し頭に手をやるが、残された髪の毛は何故かしっかりとあった。

一瞬(おや?)と思ったが、今度頭ではなく足に違和感がある。 僕は、恐る恐るズボンの裾をめくると、アリンコが出来る位、剛毛だったスネ毛が脱毛剤ム◯モを使ったように綺麗サッパリ無くなっている。

(クッ… こいつは毛ならなんでもいいのか? ていうか今の一撃で足がメチャクチャ痛い。)

仰向けのままズリズリと腕の力だけで逃げようとするが、

「フンッ せいぜい足掻くんだな。 その方が殺しがいがあるってもんだ」

とテカテカが狂気じみた声音で叫び、今度は下腹部目掛けて上から降ってきた。

「ゴフゥ」

痛い。 マジで痛い。 痛すぎて意識が飛びそうだ。 今度は何処の毛を奪ったというのだ? そんなところに毛など生えて……。

いや… ある。 先週漸くチョロっと生えてきた大事なおけけが。

「さぁ… 次は何処を痛めつけてほしいのだ?」

完全に狂ってる。 本当にこいつは生前教師だった男なのか? 僕の大事なおけけを食べるなんて常軌を逸してるぞ。 毎日ブラシで叩いて刺激を与え、漸く生えてきた大事な隠毛だというのに。 まて、ここも狩られたってことは僕は一生パ◯パンなのか? 恥ずかしくて銭湯にも行けなくなるぞ。

そんなことは今はどうでもいい。 今度、銭湯行くとき油性のマジックでなんとかすればいいことだ。 それより今は助かる方法を探そう。 このまま、ここで死にたくはない。

取り敢えず、先生達に助けを求めようか。 まだ職員室にいる筈だ。 このまま一人でテカテカに挑んでも勝てる気がしない。

僕は壁を伝いなんとか立ち上がると、来た道を引き返し始めた。 次にどんな攻撃を仕掛けてくるか判らないが、やれることはやってみようと思う。

「ほぉ〜。 まだ立ち上がる気力が残っているのか?」

後ろから楽しそうな声がする。 どうやらこの状況を楽しんでいるようだ。 完全に頭がイカれているらしい。 僕は痛めた足を引きずり、階段を目指した。

壁をつたいながら歩いていると、不気味な笑い声が直ぐ後ろで聞こえる。

どうやらピッタリとついて来てるらしい。 テカテカの僅かな呼吸音も聞こえる。 しかし、何故か攻撃はしてこない。 まるで逃げ惑う僕を見て楽しんでいるようだ。

(クソ、悪趣味な奴だ。 絶対コイツは生徒から嫌われていた筈だ)

なんとか階段までくると、足を庇いながら、ゆっくりと降り始めた。

この時、何故かテカテカの気配がフッと消えた。 恐る恐る振り返ると、そこには何もない闇が広がってるだけで、奴の姿は何処にも見えない。

(もしかして3階にしか現れることが出来ないのだろうか?)

ふとそう思った。 前回も出たのが確か3―Aの前、3階だった。本当に3階にしか現れることができないのなら、助かったのかもしれない。

だが、油断はできない。 まだ不安は残っている。 どっちにしろ、職員室に行って、誰かに事情を説明するのが、今できる最善の行動なのかもしれない。

2階に下りると、左に曲がり、長い廊下の先を見た。 ずっと奥にぼんやりと明かりが灯っている。 どうやら職員室にはまだ誰かが残っているらしい。

僕は痛みを忘れて駆け出した。 いつ何処で、再びテカテカが現れる可能性もある。 その前になんとか助けを求めなければ……。

職員室の前にくると、何か感じたことのない、ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ〜ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾとする寒気に襲われた。 思わず中に入るのを躊躇ってしまう。

本当にこの中にいるのは生者だと言えるのだろうか? 妙な不安が脳裏を過ぎる。 しかし、ここで逡巡していても拉致があかない。

自分を奮い立たせるように「失礼します」と大声で叫び、僕は力任せに扉を開いた。

不安とは裏腹に室内は静まり返り、人の影は見えない。 ただ主人を失った机だけが整然と並んでいる。

やはり、何かおかしい。 なんぼ遅い時間とはいえ、電気が点いてる状態で、誰もいないというのがあるのだろうか?

一歩中に入り、中を見回す。 すると左奥の机に誰か座っている人影があった。

(なんだ、いるじゃないか)

ほっと胸を撫で下ろした。 見た事ない人だと思うが、ここにいるということは、教師なのだろう。 スキンヘッドの男性のようで、紺色のスーツを着ている。 ぱっと見、年齢は不詳だが、温厚そうな雰囲気だ。 でも、彼は本当に教師なのだろうか?

この際、そんなことはどうでもいい。 兎に角助けを求めよう。

辺りを見回しても何故か他には誰もいないのだ。 釈然としないが、今はこの人に頼るしかないだろう。

怪訝に思いながらも、その男性に近づき「すみません」と声をかけた。

しかし、僕の声が聞こえていないのか、男性は微動だにせず、ずっと俯いて、ブツブツ何かを言っているように聞こえる。

(オイ、オイ、勘弁してくれ。 テカテカ以外にもなんか変な者が出ちまったか?)

嫌な予感しかしない。 それでも「すみません。 助けてほしいんですけど」と大きな声で話しかけた。

男性は僕の声に呼応するかのように「髪をくれぇぇぇぇぇぇ」と耳を劈くような雄叫びを上げると、立ち上がり、一瞬のうちに顔だけをこちらに90度向け、その異様に歪んだ顔貌で僕を睨め付けた。

「うわぁぁぁ」

思い掛けない出来事に、僕は悲鳴を上げ後ろにへたり込んだ。

「コッコッコ」 あまりの恐怖に舌が縺れて、歯の根が合わない。

「コッコッコ」

(クソ、俺はニワトリか。 身体はあるがコイツは… コイツはテカテカだ。 でも、何故だ? 何故コイツがここにいるのだ)

当惑し、身動きができない。

「お前の毛を奪って、なぶり殺しにしてやると言ったじゃないか」

テカテカは不敵な笑みを浮かべると、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

(どうしよう。 こういう時はどうすればいいのだ?)

震える手で自分の制服を弄ると、ポケットにスマホが入っていた。

(そうだ。 これで誰かに助けを呼ぼう。 でも何処に連絡をすればいいのだ? 110番か? いや、警察じゃダメだ。 119か? 消防も違う。 118か? 海の上じゃない。 171か? 災害でもない。 0120―◯◯◯―◯◯◯か? 水のトラブル、クラ◯アンでもない。 0990―…… ダイヤルQ2はもうサービスを終了した。 クソ、考えが纏まらない。 どうすればいいんだ……。 そうだ、こんな時の為に母さんから教えてもらった番号があったではないか)

スマホを操り電話帳を開くと、緊急用と記された文字をタップした。

この番号は何か困ったことがあったら、電話しなさい。 きっとあなたを助けてくれるわ。 と母から言われ、登録しておいたのだ。

画面に03―36◯◯―20◯◯と電話番号が記され、呼び出し音がなっている。

(頼む、早く出てくれ)

1回程コール音が鳴った後、ガチャっと相手が通話にでた音が聞こえた。

「もしもし、助けてください」

気が急いて、つい早口になる。

「私、リ◯ちゃん。 お電話ありがとう」

意外にも救世主は、少女のようだ。 幼い女の子の声が通話口から聞こえる。

「助けてください。 今幽霊に襲われているんです」

「◯カ、この前、不思議な夢を見たの」

(夢ってなんだ? これはなんかの暗号か?)

「もしもし、夢ってなんですか? 兎に角助けてください」

「リ◯の前にお婆ちゃんが現れてね」

(一体なんなんだ? 今度はお婆ちゃんというキーワードが出てきたぞ。 どうすればいいのだ?)

「お菓子をいっぱいもらったの」

「お菓子をいっぱいもらったら、なんだと言うんですか?」

「◯カ、そのお婆ちゃんに見覚えがあってね」

(ダメだ。 会話がまるっきり噛み合わない)

僕は涙を堪えながら、そっと通話を切った。

(母さん、僕にはレベルが高過ぎて、全然彼女の真意が理解できなかったよ。 また人生の岐路に立った時、僕が大人になって彼女のことを理解できるレベルになってから、また電話することにするよ)

僕は目を瞑り、死を覚悟した。

(万策尽きたとはこのことだな。 さよなら、父ちゃん、母ちゃん、爺ちゃん、婆ちゃん、姉ちゃん、妹、あと担任の加藤先生。 それに音楽の松山先生。 あなたの綺麗な御御足(おみあし)は死んでも忘れません。 死ぬ前に一度踏んでほしかったです。 あと胸いっぱい匂いも嗅ぎたかったです。 きっと素敵なオイニーだったことでしょう。 きっと僕はその匂いでご飯三杯はいけます。 いろんな意味で良いオカズ♡でした。 ハァ… ハァ…ハァ… クソ、もっと、えちぃ事もいっぱいやりたかったのに。 このまま童貞で終わるなんてあんまりだ。

せめて死後結婚で綺麗な人と結婚できたらいいな。 ボン、キュ、ボンだと尚いいな。 性格は素直で、優しいのがいいな。 それで一緒に旅行とか行って。 待て、あの世で旅行とかできるのか? 観光地ってあるのかな? 地獄谷温泉とか? 地獄巡りとか? アカン… 旅行行こうとしたら、地獄行き決定してしまうような気がする。 てゆうか、テカテカは何をやっているのだ? 殺すなら、一気にやってくれ。 痛いのは嫌いなんだ。 いや、綺麗な女性に痛めつけられるのは、ちょっと好きかも♡

痺れを切らしてゆっくり目を開けると、呆れたような顔でテカテカが僕を見下ろしていた。

「お前……。 変態だな」

「人の心の中を読むな。 プライバシーの侵害だぞ。 幽霊でもやっていい事と、やっちゃダメな事があるんだぞ。 お前教師なのにそんなことも知らんのか?」

僕が憤慨(ふんがい)すると、呆れ顔から、憐れみの表情へと色を変えた。

(クソ、こんなハゲ教師に憐憫(れんびん)の情を抱かれるとは。 僕はハゲ以下の存在なのか? いや、待て。 そうか、コイツは教師だった。 だからここにいたのか。 ということはこれはテカテカの生前の姿ってことなのか。 生前の職場での生活を僕は見てるのか? しかし、それが分かったところで何だと言うのだ。 テカテカは何がしたいのだ? 身体を得て、パワーアップした俺を見てくれとでも言うのか? もうよく判らん。 兎に角、相手が攻撃を仕掛けてこないうちに、何か活路を見出さなければ)

僕は腕に力を入れると鞄を開け、中から新聞を取り出し、テカテカに向け投げつけた。

そんなもの痛痒もないのは自明のことだったが、今は少しでも時間がほしかった。

僕が立ち上がり、逃げだす時間が……。

しかし、残念なことに、どうやらそれも無駄に終わりそうだ。 何故か全身に力が入らず、身体が鉛のように重く感じる。

(ダメだ、腰を抜かしてしまったようで、上手く動けない。 本当にここまでなのか)

そう思った瞬間。 テカテカが落ちた新聞を手に取り、僕の前にしゃがみ込んだ。

「なんだ貴様、経済新聞など読むのか?」

憐れみから、幾分穏やかな表情に色を変えると、僕を顔を覗き込んでくる。

何を言っているのか一瞬理解できなかったが、震える声で取り敢えず「読むよ」と言ってみた。 テカテカの様子から、そう言った方が、話がうまく進みそうな気がしたからだ。

「そうか。 実は俺も政治や経済が好きでな。 今は社会科の教師をしている」

何を言っているのだ、このハゲは? 今はただの変態毛根収集家だろう。

「元だろ? あんたはもう死んでいるんだぞ」

その言葉にピクリと反応すると、目を見開き、脂ぎった顔を、更に僕に近づけてきた。

「死んでいる? 何を言っているのだ。 俺はこうやって生きているだろう。 生きてるからこうやって、仕事をしているのだ」

声を荒げ、生存してると言わんばかりに自分の胸を何度も拳で叩いた。

「死んでいるから、こうやって生きてる人を襲うんだろう? あんたはもう死んでいるんだよ、自分をよく見ろ」

(どうでもいいけど、あんまり近付かないでもらいたい。 顔は脂ギッシュだし、このオッサン凄く息が臭い)

僕の答えに、更に訝しげなギッシュ顔になると、

「何を言ってるのかよく解らんな。 俺は生きているし、これからも新しいカツラを作って色々な女子中学生と禁断の愛を楽しむのだ」と言ってニヤニヤと笑い始めた。

(本当に何を言っているのか解らんぞ。 大丈夫か? このうすらハゲは……)

「変態野郎。 早く地獄に落ちろ」

思わず口走っていた。 この変態口臭ロリハゲは本当に地獄に落ちた方がいいのかもしれない。

僕はありったけの声をテカテカに打つけたつもりだったが、彼は僕の声など聞こえないようで、ずっと「うら若き乙女のハァ… ハァ…」と呟きながら、ほくそ笑んでいる。

ダメだ。 人してダメだ。 こんな人が教師になっちゃダメだ。 ある意味死んでくれて、被害を未然に防げたのかもしれない。 コイツは完全にいっちまっている。

忘我の境に入るテカテカを見上げ、きっとこの人の死は、天罰だったのかもしれないなと思った。

てゆうか、これはチャンスなのでは? この自分の世界に陶酔してる今ならなんとか逃げれるかもしれない。

僕は力の入る腕だけで、匍匐前進(ほふくぜんしん)をして、この場から逃げようとした。 しかし、テカテカが僕の動きに気がつくと、

「逃がさないって言っただろう」

と、再び鬼の形相になり、半◯恩になってしまった僕の頭を鷲掴みにし、力任せに引っ張り上げた。 同時に「ブチブチブチ」っと嫌な音が耳に伝わり、頭皮に痛みが走る。

「この、この若い毛を手に入れて、俺の人生を彩るのだぁ〜」

言ってる意味はサッパリ解らないが、兎に角痛い。

「勘弁してくれ……」

もう、限界だった。 恐怖と痛みで、自我が崩壊しそうだ。 いっそのこと殺してもらった方が楽かもしれない。

それでもテカテカの暴挙は続いた。 残りの毛を両手で掴むと力任せに引き抜く。 頭皮に激痛が走り、一瞬気を失いそうになる。

(もう…… もうムリぽ……)

そのまま僕は床に投げ出された。

テカテカは僕の髪の毛を掴み、恍惚の表情のまま、さっきまで座っていた机へと近づくと、一番下の引き出しを開き、黒いモッサリとした塊を持ち上げた。

それを見た途端、胃の中の物が逆流してくる。

(マジか… あれは髪の毛だ。 多分今迄奪ってきた、髪の毛をコイツはここに大事にしまっていたのだ。 クソ、ヅラは校則違反じゃないのか? 持ち物検査をして、あんな物没収するべきだ。 本当に気持ち悪い。 キモハゲロリクサクサギッシュなんて今迄見たことないぞ。 僕が知る中でも、この人は最低クラスの人でちゅ)

テカテカはそのカツラを自分の頭に乗せると、窓ガラスに自分の姿を映そうと、色んなポーズを取っている。

(うわぁ〜。 キモい。 マジ引くわぁ〜。 もしかしてナルシストも入ってるのか?)

しかし、何やら様子がおかしい。 彼は窓を見つめたまま、身体を小刻みに震わせ、熱に浮かされたように何か呻いている。

「何故だ… 何故だ… 何故俺が映らないんだ……」

ポージングをしながら食い入るように窓を見つめている。

「死んでるから、映らないんだよ。 分かったか?」

残った気力でそう言うと、テカテカはヅラを被ったまま、つかつかと僕に近付いてきた。

(ブフォ(笑)…… コイツは予想以上に変だぞ。 これじゃまるで昔の笑◯亭鶴瓶じゃないか。 思いっきり不自然だし、一発でヅラだとわかる。 コイツはこんな物の為に頑張ってたのか? あんた本当に……。 本当に校内一のアホでちゅ)

そのまま彼が頭上に来ると、おもむろにしゃがみ込み、再び僕の顔を覗き込んできた。

(やめて。 本当にやめて。 アップは無理。 マジでムリぽ。 コイツは僕を怖がらせたいのか、笑わせたいのかどっちなんだ? そしてやっぱり口が臭い)

テカテカは何を思ったか僕の耳元まで顔を近づけると「俺は本当に死んでいるのか?」と落胆した声で話しかけてきた。

「そ♡ そ♡」

(テカテカ、だ、だめ。 そこはダメだ。 そんなところで話をするな。 耳に息を吹きかけるな。 僕は耳が弱いんだ。 多分一番の性感帯なのだ)

「なぁ… 教えてくれ。 俺はどうなっちまったんだ?」

囁くように切ない息吹を僕の耳に断続的に吹き掛ける。

(ダ、ダメだ。 本当にダメだ。 いろんな意味でダメだ。 なんだこの仕打ちは? 綺麗なお姉さんなら、いいけど、こんなオッサンに責められたくない。 これじゃラッキースケベならぬバットスケベじゃないか。 まるでアフロの鶴◯に嬲られてる気分だ。 気持ち悪いけど、でもちょっと気持ちいい。 そして口は臭い。 テカテカさん。 あんまりそこを責めちゃ。僕はこのままだと。 あ… あ… ああ……)

「何で何も答えてくれないんだ?… 俺はこれからどうすればいいのだ? 本当に死んでいるのか?」

悲痛な叫びとは裏腹に僕はゾクゾクと妙な快感に襲われ、天にも昇る衝撃に包まれていた。

(もうダメ… もうダメよ。 テカテカさん。 このままだと逝ってしまうわ。 そんなところばかり責められると、僕は、僕は………)

ビクンと大きく仰け反ると快感の波が僕を襲った。

(ううぅ… こんな逝かされ方なんて、あんまりだ。 完全に黒歴史だ。 初めての相手がハゲのオッサンなんて…… 僕はこれからどうやって人生を歩んでいけば良いのだ……)

「いい加減にしろ。 このハゲ。 お前の所為で僕の大事な初体験が台無しだ」

もう怒りしか湧いてこなかった。 テカテカの勝手な未練で僕の大事な毛と、貞操を奪われたのだ。 これ以上の屈辱があるか。

「悪かった少年よ。 毛は返す。 だから俺の行き先を教えてくれ」

「あと貞操も返せ」

「貞操とはなんだ?」

テカテカは不思議そうに小首を傾げる。

(クソ、無意識なのか。 無意識のうちに僕は犯されたのか)

泣きそうになりながら、頭をもたげると「あんたは線路上で列車に轢かれて死んだんだよ。 だから轢かれた場所にでも行ってみるんだな」と言って天を仰いだ。

もうダメだ。 本当に力が入らない。 僕はこのまま、どうなるんだろう? 例え髪の毛を返されたとしても、動けないんじゃ、意味がない。

「そ… そうか… 思い出したぞ。 確かに俺は列車に轢かれたんだ。 ヅラのために列車に轢かれたんだ。 何をやっているのだ。 親に買ってもらった大事なカツラを捜しに行かなければ」

ブルブルと打ち震えるように涙を流すテカテカ。 その表情から今までの険しさのようなものがすっかり抜け落ちている。

「ありがとう、少年よ。 君のお陰で新しい目標が出来たよ」

そう言うと、テカテカは華やいだ笑顔で霧のようにスゥーと音もなく掻き消えていった。

(クソ、自分さえ満足すれば、僕はどうでもいいのかよ)

でも、助かった。 ホッと胸をなで下ろす。 しかし、どうしたものか……。 このまま朝を待とうか?……。

「………」

「桐島? 何こんな所に寝てんだ? てゆうか、いつ入ってきた?」

「フェ?」

突然中空から声をかけられ、反射的に変な声を出してしまったが、辺りをよく見ると、不思議そうな表情で何人かの教師が僕を見下ろしていた。

訳が解らず戸惑っていると、数学の白石(しらいし)先生が僕に手を差し伸べてきた。

これはどういう事なのだろうか? テカテカが消えて、現実に戻ってきたということなのか? 白石の手を借りて起き上がろうとすると、嘘のように身体の痛みが消えていた。

驚きながら、恐る恐る頭に手をやると、どうやら髪の毛も完全に復活しているようだ。

次いで人目も憚らず、股間に手をやると、確かにモソリと毛の感触がある。 よかった。 本当に良かった。 これで大事なおけけも復活した。

首を横に向けると新聞も皺もなく綺麗に折り畳まさって床に落ちていた。

僕は白石に「すみません、もう大丈夫です」言って小さく笑うと、新聞を手に取り、鞄の中にしまった。

これでなんとか今日中には返せそうだな。 先生達がまだいるってことは、そんなに遅い時間ではないはずだ。

「それより、桐島その頭はどうしたんだ? イメチェンにしては斬新だな」

白石は笑いを堪えるように口元に手をやり、頬をピクピクと痙攣させている。 そんなに僕の髪型がおかしいのだろうか?

疑問に思いながらも、心配そうに見つめる先生達に「本当に大丈夫です」と噛み合わない返事を返し、職員室を辞去した。

途端職員室中から、爆笑の渦が巻き起こる。

何がそんなに面白いのだろうか? 将軍様に失礼だろうが。 いい加減にしないと収容所にぶち込むぞ。

しかし、何はともあれ、助かって本当によかった。

今回は本当に生きた心地がしなかった。 でもあれで本当に良かったのだろうか? 何故か悪い予感しかしない。 テカテカは多分成仏はしてはいないだろう。 もしかしたら、また踏切の近くで……。 まあ、いいや。 取り敢えずは帰ろう。 すこぶる疲れた。

僕は鞄を肩にかけると、身体が無事かどうか、確かめるように駆け出した。

どうやら大丈夫のようだ。 何処にも痛みはない。 どうやらテカテカは完全に治してくれたようだ。 恐るべし幽霊パワーだな、と感心したが、テカテカに犯された心の傷だけは一生消えないかもしれない、と少し恨んだ。

物憂い気分のまま玄関までくると、グラウンドではまだ野球部が練習しているのが見える。

(おかしいな… 来るときはいなかったのに)

やはりこれもテカテカが引き起こした怪異の一つなのだろうか? 靴を履き替えると、部活に勤しむ野球部を一瞥し、急いで学校を後にした。

(急がないと、横山に怒られそうだな。 今、何時だろうか? 職員室で誰かに時間を聞けばよかったかな)

校舎に付いてる時計を見上げるが、もう真っ暗で時刻を読み取ることはできない。 街灯がない所は真の闇に覆われている。

まいったな… そう独りごちると、ダッシュで横山宅へと向かった。

息急き切って横山宅に到着し、呼び鈴を鳴らすと、ちょっと面倒くさそうに彼が出てきた。

「遅くなってごめん」と謝罪し新聞を渡そうとすると、僕の頭を見て彼は爆笑し、お腹を抱えて玄関で転げ始めた。

どいつもコイツも失礼な奴だと憤慨し、新聞を上がり框に置くと、話もせずに帰宅した。

「ただいまぁ〜」

クタクタになりながら、リビングに入ると、僕の顔を見て、母がブフォッと息を吐き出した。

「どうしたの、その頭?」

その声で、家族全員僕の頭に視線を向ける。

途端、リビングは凄まじい爆笑の渦に包まれ、皆一様に涙を流しながら床を転がり始めた。

「そんなに変かな?」

「む、む、無理」

息が出来ないくらい、笑い転げる家族を横目に僕は自室へと続く階段を登る。

(やっぱり相当変な髪型だったんだな。 もう知らない髪型を勧められても断ることにしよう)

結局その日のうちに親父のバリカンを借りて、坊主にした。 少々坊主に抵抗はあったが、あのまま笑われるよりはマシだろう。 こんなことなら、最初から、坊主にしてもらえばよかったかもしれない。 そうすれば、テカテカにも襲われずに済んでいたかもしれないのだから……。

それから学校ではテカテカの目撃証言は出てきてはいない。 ただ、近所の踏切でスキンヘッドの幽霊が頻繁に出没してるという噂を最近よく耳にする。

それを聞くたびに自責の念に駆られるのだが、多分僕にはどうする事も出来なかっただろう。

あそこで僕がもっと適切な対処をしていれば、踏切での怪奇現象はなかったのではないかとも思うのだが、あれ以上どうすることも出来なかったのが実情だ。

きっとその内、誰かがテカテカを成仏させてくれることを祈ろう。 僕にはそうすることしかできない。 だって僕はなんの変哲もない、普通の中学生なのだから……。

多分ね……。

終わり

Concrete
コメント怖い
2
6
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ

@バジルくん さん
怖いとコメントありがとうございます。
桐島君シリーズを書く上で、アイテムとバトルシーンは色々考えさせられます。 一応桐島君は普通の学生という設定なので、素手で幽霊に立ち向かうのはちょっと辛いかな、というのがあって、毎回アイテムを考えて持たせてます。
あとバトルシーンなのですが、一応ホラーということなので、幽霊の怖さというのも念頭に置いて、且つ普通の怖い話とはちょっと違った形で怖さを表現できればなと考えて試行錯誤しながら作ってます。
今回はとても長い話になってしまいましたが、読んでいただき、ありがとうございました。

返信
表示
ネタバレ注意
返信