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長編8
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雪追(ゆきおい)

その冬初の本格的な降りになった昨晩からの雪は、翌朝には神秘的な白銀の世界を作り出していた。

雪の存在は、この田舎とは言い切れない地方都市の郊外の平凡な町並みさえをも、おとぎ話の一部であるかのように感じさせてくれる。

冬休み中の浩介と近所に住む同じクラスの和也は連絡を取り合い、「雪が他の奴らに荒らされる前に」真新しい雪を先取りすべく、朝のまだ早い時間、和也の住む団地のすぐ近くの広場で待ち合わせた。

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雪は止んでいたが、広場やその周りはほぼ無人状態だ。

人が出てこないのは、寒さや歩きづらい路面のせいもあるが、もしかすると、この地域に伝わる伝説のせいでもあるのかもしれない。

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この地域には昔から「雪追(ゆきおい)」と呼ばれる妖怪の伝説がある。

雪追は、雪の日にだけ現れ、見る人によって姿が異なり、それぞれの人の忌み嫌う人や物の姿で現れると云われている。

こちらから関わらなければ、何もしてこないが、一旦関わってしまうと、いつまでも執拗に追ってくると云う。

追われた者は、絶対に逃げきれず、仕舞には雪の異世界に連れていかれ、閉じ込められてしまうと云われている。

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この地域の住民は皆、雪追を伝説として認識してはいるが、実際にこの地域では雪の日の失踪者が昔から異常に多いせいもあり、信憑性を持った伝説として、今でも世代に関係なく、多くの人々の間で語り継がれている。

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浩介の家族も和也の家族もこの地の昔からの住人ではなく、伝説など子供を脅すための迷信程度にしか思っていない。

小学5年生の浩介と和也も、もう伝説を本気で信じて怖がるほど幼くはない。

確かに不気味で怖い伝説ではあるが、あくまでも現実とは区別された迷信として処理している。「雪追が出るぞ」という脅し文句は、もはやこの二人には通用しない。

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そんな怖いもの知らずの二人にとって、人気のない白銀の朝はむしろワクワクするシチュエーションでしかない。

待ち合わせてから間もなく、お決まりの雪だるまを作り始めた頃、再び雪がちらついてきたかと思うと、あっという間に本降りになってきた。

雪遊びはまだ始まったばかりで名残惜しかったが、とりあえず和也の住む5階建ての団地に避難した。

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「どうする?とりあえず家に来るか?」

「でもまだ早すぎて和也のおばさんに迷惑だろう。」

「それはいいけど、まだ遊び足りないから、あと少しだけ廊下で遊ぼうか?いくらか積もってるし。」

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この昭和風の団地の2階に和也は両親と住んでいる。

各階に10室ずつあり、その10室が並ぶ長い廊下の両端と真中の3か所に階段があるが、エレベーターはない。

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廊下や階段には雪が吹き込んでおり、場所によってはいくらか積もってもいる。

和也の住む2階の廊下や階段は近くに木があるせいか、手すりにも、床にも雪はあまり積もっていない。

しかし3階まで進むと、階段や手すりに短時間遊ぶのに十分な量の雪が積もっている。

雪が止むまで、あるいは、諦めて室内に戻るまでの一時的な遊び場としては十分だ。せっかく積もった雪を尻目に室内に戻るのはどう考えてももったいない。

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近所迷惑にならないようひそひそ声で話しつつ、ミニチュア雪だるまを作りながら下の通りを眺めてみると、隣の棟からこちらの棟に続く通路をこちらに向かって歩いてくる人影が見えた。

ピンク色のジャケットを着て、傘もささずにゆっくりと歩いてくる。

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「あっ、あれ米沢のババアだ。知ってるだろ?2号棟に住んでる、口うるさくて、いつも管理人に苦情ばかり言ってる厄介なババア。」

「聞いたことはあるけど、見たことはないな。」

「浩介は団地住民じゃないからな。ここの団地であのババア知らない奴はいないんじゃないかな?よし、一つお仕置きしてやるか。」

そう言うと、和也は雪のボールを作り始めた。

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「おい、やめとけよ。それこそ苦情出されるぞ。」

「浩介は臆病だな。バレなきゃいいんだろ?」

浩介と比べると和也はこういうところはまだまだ幼稚だ。

そのせいで時々小さいながらも厄介事を起こす。

浩介の制止も聞かず、和也は作った雪ボールを下に向かって投げつけ、さっと身を引いて隠れた。

浩介も、何もしていないが巻き添えを食うのは嫌なので、下から見えないように、仕方なく隠れた。

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雪というのは音を吸い取り、また、クッションにもなるためか、物音が聞こえにくくなる。

音がほとんどしないため、和也が投げた雪ボールが米沢さんに当たったのか外れたのかわからない。

また、米沢さんの歩く音さえほとんど聞こえないので、米沢さんが止まったのか、無視して通り過ぎていったのかもわからない。

二人は耳を澄まして、下の物音に神経を集中させた。

しかし、何も聞こえず数秒が経った。米沢さんが去ってしまったのか、あるいは、下から上をじっと見つめているのか全くわからない。

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30秒あるいは1分ぐらい経ち、もう米沢さんは行ってしまったと思ったところで、急に階段の下の方から、足音が聞こえてきた。

米沢さんに違いない。

怒って、雪ボールを投げた犯人を捕まえに来たのだ。

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まさかの反応に慌てた二人はとっさにその場を離れた。

一階から三階まで大した距離はない。すぐに逃げないと顔を見られてしまう。

浩介はとっさに三階の廊下に入り、すぐそこにあったアルコ―ヴのようなスペースに身を隠した。

和也はとっさに四階へ続く階段を上り、浩介とは離れ離れになってしまった。

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三階の廊下のアルコ―ヴのようなスペースに隠れながら、浩介は和也に腹を立てていた。

何もしてない自分までなぜ隠れないといけないのか。

和也の幼稚さのせいで、自分まで巻き添えを食ってしまった。

いや、見つかってしまったら、何もしていない、と真実を言えばいいのだ。自分は和也を止めようとさえしたのだ。

そんなことを考えていると、階下からの足音はそのまま上へ向かっていったようだ。おそらく、かすかに聞こえる和也の足音を追っていったのだろう。

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和也は四階を超え、五階にまで足早に逃げた。

顔を見られると後から苦情を言われてしまう。

こうなったら、五階の廊下を一気に走り、米沢のババアが五階の廊下に着く前に、真中の階段に逃げ込んでしまおう。

そこまで行ければ、あとは簡単だ。どこへでも逃げられる。

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しかし五階の廊下に入ろうとして愕然とした。

廊下への入り口があるはずのところはただの壁になっており、廊下への入り口がない。どういうことだ。

そして、最上階であるはずなのに、上への階段が続いている。

考えている暇はない。そのまま上への階段を上った。

しかし、六階も同じようになっている。そして、さらに上への階段が続いている。

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そんなことを繰り返し、九階か十階ぐらいまで来て、明らかに、何かがおかしいと考え、階段から手すりの外をよく眺めてみた。

いくら雪が降っているとは言え、遠くの建物や木やその他の何らかの物が見えるはずなのに、景色は一面の真っ白だけで、それ以外の物は何も見えない。

そうしている間にも、足音は迫ってきている。

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浩介は三階でもう10分ぐらい待っただろうか。

運よく、浩介の前を通過した人はおらず、怪しまれずに済んだ。

階段の上からは若い母親と小さい女の子が話しながら階段を下りていくのが聞こえたが、和也と米沢さんらしい声や足音は聞こえてこない。

もしかすると、二人とも上の階の廊下を通って、どこかへ行ってしまったのかもしれない。

とりあえずホッとして、浩介は和也の住む204号室に行ってみた。和也の母親が出てきた。

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「和也君戻ってますか?」

「あら、島本君。一緒じゃないの?和也は今朝島本君に会うって出て行って、まだ戻ってないんだけど。」

「さっきまで一緒だったんですけど、はぐれちゃって。」

「どこで?」

「ここの三階で...」

「えっ?そんなすぐ近くではぐれたの?」

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和也は真っ白だけの景色が見える階段を何階分上っただろうか。

もう脚が疲れて動かなくなってきた。

足音は相変わらず付いてきている。そろそろ追いつかれてしまうだろう。

もしかしたら、わざと追いつくのを遅らせて、追いかけること自体を楽しんでいるのかもしれない。

しかし、もう和也の脚は動かない。これで終わりだ。

米沢のババアはなぜこんなにも体力があるのだろう。

それとも、米沢のババアではない?

とにかくもう、素直に謝るしかない。

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そして、とうとうそれは和也に追いついた。

米沢のババアだとばかり思っていたそれは、しかし、気配だけで姿が見えない。

それでもすぐそこにいるのはわかる。

ここで和也はやっと自分は米沢のババアよりもっと恐ろしいものに追われていたのだと悟った。

雪追は迷信ではなかったのだ。

しかし、今更わかっても、もう遅すぎる。

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そしてそれは和也に覆いかぶさってきた。

和也は今までに体験したことのないほどの寒さ、いや、冷たさを全身に感じ、一瞬にして意識を失い、この異世界で絶命した。

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浩介は、最初のうちは、和也が米沢さんに苦情を言われることを恐れ、和也が雪ボールを投げたことについて黙っていた。

しかし、夜になっても和也が戻っていないと知らされ、思いもよらぬ深刻な事態になっていると理解し、仕方なく、すべてを話した。

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和也の行方について何か知っているのではないかと、米沢さんが疑われたが、和也が雪ボールを投げた時間帯に米沢さんが別の場所にいたことが証明され、また、浩介は米沢さんと面識がなく、実際に見たわけではないので、米沢さんの疑いは晴れた。

しかし浩介は確かに誰かが追っていく足音を聞いていることから、和也は他の誰かに連れ去られたのであろうと公式に結論付けられた。

こうして、雪の日の失踪者がまた一人増えた。

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しかし、この地域の一部の人たちは、この事件は人による人の誘拐事件ではなく、もっと「神隠し」に性質が近いものであることを知っている。

もちろん表立ってそう主張することはできないが。

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浩介はそれ以来、雪の日は、極力外出を避けるようになった。

幸い、この地域は冬でも雪の日はそんなに多くはない。

そして雪の日に外出せざるを得ない場合は、人を徹底的に避けるようになった。

関わらなければ何も起きないはずだから。

雪の日に外に人が少なく、いる人も皆不愛想である理由がやっとわかった。

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あの雪の日、和也が確信を持って、下の通路を歩く者が米沢さんだと思ったのは、ただ単に和也にそう見えたからではないのか。

そして和也はそれに関わり、追われ、姿を消した。

ばかばかしいと思っていた伝説が今ではとても怖く感じられる。

それでもそのことを表立って認めるのは迷信深い田舎者あるいは単純な子供のようで恥ずかしい。

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幸い、浩介の父親はいずれ転勤になるらしい。

それまでの間気を引き締めていれば、無事この地を離れることができるのだ。

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