【重要なお知らせ】「怖話」サービス終了のご案内

中編4
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日常は突然に侵される。

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ある日、私が家に帰ると封筒が届いていた。

送り主不明、消印なし。

実家からの何かかと思い開いてみる。

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中には大量の私の写真が入っていた。

授業を受けるところ、サークルに出席するところ、友達と食事に行ったところ—

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カサリ。

写真の中から一葉の紙片が零れ落ちた。

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警察に言えば大切なものを失う。

そんなデジタルの無機質な文字が整列する。

その正体不明の不気味さが私を捉えて離さない。

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警察に行けよという彼氏の言葉に私は躊躇した。

大切なものを失う。

それが私の命なのか、家族なのか、彼氏なのか。

不明瞭な鎖が私を縛る。

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それから日常は一変した。

一歩家から踏み出せば過剰に周囲が気になる。

どこかにいる。

悪意に満ちた眼差しが私を見ている。

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封筒はそれからも届き続けた。

連日の異常に感覚は麻痺していたが、得体の知れない恐怖だけは澱のように心に溜まっていた。

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そして、わかったことがある。

彼氏といる時間の写真はないのだ。

初めの封筒以来、彼は私と出かけるときに周囲を警戒してくれていた。

彼が泊まりに来ることも私を泊まらせてくれることも増えた。

お互いの家と、彼氏の隣が私の安住の地だった。

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だが、そんな安息日も儚く終わる。

次の封筒の中身はまた少し違った。

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料理をしているところ、お風呂に入っているところ、彼氏と繋がっているところ…

目がついに入りこんできたのだ。

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得体の知れない悍ましさに、私は込み上げるものを抑えきれなかった。

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トイレに駆け込んで胃の中身をぶち撒けた。

ツンと鼻が痛む。

滲む涙を拭うと、吐瀉物の海に異物を見つけた。

慌てて水を流し、確認する。

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カメラが隠されていた。

いつからか、ずっと、見られていた。

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寝室の扉、台所の壁、浴室の鏡、クローゼット。部屋のいたるところにカメラが隠されていた。

もう限界だ。しばらく彼の家に泊めてもらおう。

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そこで、不意に恐ろしい疑惑が鎌首をもたげた。

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いったい誰がこんな真似出来るというのだろう。

私のいない時間を知っていて、そして自由に部屋を出入りできる。そんな人間は1人しか心当たりがない。

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彼に連絡するのはやめにした。

代わりに実家の父に電話をかける。

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「どうした、何か辛いことでもあったのか」

初めはホームシックかと笑っていた父も、消え入りそうな私の声を聞いて少し深刻みを増す。

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「なるほどな…ならまず鍵穴を確認しなさい。傷がついてるようなら針金で開けた可能性もあるそうだ。粘土みたいなものがついていれば型を取ったとも考えられる」

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父の勧め通り鍵穴を確認する。だが、何も無い。

疑惑は確信に変わりつつあった。

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「いいか、確認しよう。お前の部屋を開ける鍵は実家のお前の部屋にスペアが1つ。これは誰も持ち出していない。それからお前のが1つ。これもどこかで紛失したりはしていない。そして最後に彼氏さん—三鷹くんだったか?彼に渡した合鍵が1つ。計3本だけ」

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ふう…と父がため息をつく。

「弱っているお前に追い討ちかけたく無いんだがな、あまりにも無防備すぎだ。女性の一人暮らしは危険だと散々言ったろう。それなのに付き合って半年の、人となりもわからん男に合鍵を渡すなんていうのはな」

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返す言葉もない。

初めての一人暮らしに初めての彼氏。

完全に舞い上がっていた。

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「鍵を変えなさい。費用は父さんが持つ。明日業者を向かわせるから。授業も明日は休みなさい」

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私は彼氏と別れた。鍵も変えた。

彼氏は怒り狂ったが、サークルの友達は皆私の味方をしてくれた。あいつは大学に来なくなった。

それでも、事態の好転は微々たるものだった。

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室内の隠し撮りがなくなったが、封筒は相変わらず届く。私の精神は着実に蝕まれつつあった。

真綿で縊り殺すようなやり口に、抵抗の意志は削ぎ落とされていった。

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帰宅の際にポストの確認が日課になったある日。

私は、中に何もなく少し安堵していた。

ところが。

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部屋に入ると異臭が鼻をついた。

何かが腐った臭いだ。

その元凶を見つけてしまい、意識を失った。

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どれだけ気絶していたのだろう。

外はもう暗かった。

相変わらず室内は異様な臭気に包まれている。

言うまでもなく、その原因は—

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壁面に磔られた一面の使用済コンドームだ。

内容物は腐り落ちて変色したものから真新しいものまで様々だった。床には劣化して千切れたゴムとその中身が広がっていた。

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鍵穴にはガムのようなものがついていた。

もう限界だった。

彼の暴挙に憤る気力さえなかった。

一刻も早く事件を収束させなければいけない。

私は父と警察に泣きついた。

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「すまんな、お前が1人暮らしし始めてから片付けるのも億劫になってしまって」

私は警察に行った足のまま実家へと帰った。

母が急逝して、私も去ったこの家は散らかり放題だが、あの部屋に比べればまるで天国だった。

慌ててカップ麺の容器などを捨てる父を手伝う。

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大量の領収書を、見るともなしに目を通した。

コンビニ食品の多さには少し辟易するが、それ以上にお金を使わせてしまったことがあった。

探偵費用に鍵交換費用—どちらも私の事件のために使われたものだ。額もゆうに3桁万を越す。

ごめんね、父さん。

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私が実家に帰ってきてからしばらくした朝。

捜査を依頼していた刑事さんたちが家に来た。

犯人の目星がついたらしい。

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「三鷹くん、1ヶ月ほど前に自殺していたよ」

刑事さんがそう切り出す。

私の脳はすんなりと受け入れられなかった。

そうすると何もかも辻褄が合わないのだから。

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「それにな、コンドームを鑑識に回したんだが、女性側からは皮脂が検出されたんだ」

体液ではなく皮脂。

それは、つまり。

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「そして、精液は君との血縁を示唆していた」

真相を理解し、ゆっくりと振り返る。

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父が 見たことのない顔で 笑っていた。

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@ネコカン
思いついた時我ながら気持ち悪すぎて吐きそうでしたね…

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一番の味方が最悪の元凶……

恐過ぎる((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

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