岩見沢市在住のKさん(四十五歳、男性)が五年前に体験した。
会社員のKさんは休日を自宅で過ごすことが多かった。平日は朝から晩まで働きづめのKさんが、休みの日くらい自宅でのんびりと読書をしたり映画を観て過ごしたいと考えるのは至極当然なことである。
週末になると仕事帰りに近所のレンタルビデオショップに寄り、そのときのフィーリングに合った作品を何本か借りるのだ。
いつもならアクションものや任侠ものを借りることが多かったKさんが、その日はなぜかJホラーの傑作「◯◯アリ」を借りてしまったのはどうした風の吹き回しなのか、Kさん自身も分からない。
大好きな任侠コーナーの隣の棚がホラーコーナーで、たまたまその作品が面陳されているのが目に入り、妙に気になったからとかそんな感じだったのだろう。
パッケージの裏をじっくり読んで詳細を確認する。
(ふむふむ、なかなか面白そうじゃないか)
そうしてKさんはその「◯◯アリ」とその近くに並んでいた「◯江replay」、「新生◯◯◯の花子さん」を手に取るとセルフレジに向かい、会計を済ませた。
寄り道をすることもなく真っすぐ家に帰ると、遅い晩ご飯を食べながら早速「◯◯アリ」の鑑賞を始める。
怖い話が苦手な妻は先に寝ていたので、一人きりでの鑑賞となる。雰囲気を出すために室内の照明は豆電球の明かりだけにした。
目の前には大画面高画質の49インチ、4Kのテレビが鎮座している。夏のボーナスで買ったばかりの最新のその薄型テレビにはホームシアターシステムも搭載されており、旧作のレンタルDVDでもそれなりに迫力を感じられた。
微細な音も聞き逃したくなかったのでヘッドホンを装着して、いよいよ再生を始める。
想像していたよりも怖かった。キャストも演出もストーリーも、どれもこれも素晴らしくて文句のつけようがなかった。
そして劇中に流れていた音楽もKさんの琴線に触れるものがあった。
(サントラほしいかも……)
オルゴールが奏でる死を予告する電話の着信音、あれ怖かったよな。でもよく考えると、あんな不気味な音楽を着信音に設定していた映画の主人公が何だか少しほほ笑ましく思えたりもするけれど。
「ようし。DLしよう」
映画「◯◯アリ」をすっかり気に入ってしまったKさんは早速、自宅のパソコンにサントラをダウンロードして、それをスマホにも取り込んだ。
完全にウケ狙いだった。
死を予告する着メロなんて非現実的過ぎる。映画や小説の中でしか起こりっこない。「ゴッドファーザー」の「愛のテーマ」を着メロにしいてる社長と似たようなもんさ。
Kさんは早く休みが終わってほしいとさえ思ったという。早く出社して、みんなにもこの不気味で笑える音楽を聞いてもらいたいと強く思った。
その翌日の夕方、早速電話がかかってきた。
ポロリロ、ピロリロ♪ ポロリロ、ピロリロ♪
相手は職場の同僚だった。
お気に入りの着信音をしばし堪能してから、ゆっくりと電話に出る。
「はい、もしもし」
「Kか、すまん。急で悪いんだけど二、三日仕事を休むことになった」
「どうした? 何かあったのか?」
同僚の声がいつになく沈んで聞こえたので、Kさんは心配した。
「おふくろが亡くなったんだ」
「ええっ、それはそれは……」
「昨夜、交通事故に巻き込まれて即死したんだ」
そのときの死亡時刻を聞いてKさんはがくぜんとする。Kさんが昨夜、映画「◯◯アリ」のサントラをパソコンにダウンロードした時間とほとんど一緒だったのだ。
まさかとは思ったけれど、偶然にしてはタイミングが良過ぎる。職場で近親者の不幸を聞く機会なんて一年に一度あるかないかなのに。
ぶるっと身震いしてからKさんは、スマホの着メロを死を予告するメロディーから無難なマリンバの音色に急いで変えた。
その一年後に、あのときの同僚の姉も亡くなった。
母親と同じように交通事故で帰らぬ人となってしまった。母親も姉も、友達や知り合いの車に乗っていたときに衝突事故に巻き込まれて亡くなったという。
後部座席の真ん中に座っていた姉は、激しい衝突によりフロントガラスを突き破って車外に放り出されてしまい、手足がバラバラにちぎれた状態で見つかった。
そう聞いて、Kさんはどうしてもあの映画を思い出してしまう。スプラッター描写も散見され、グロくて残酷なシーンも多かった「◯◯アリ」を。
あのとき、軽い気持ちで自身のスマホの着メロを不吉なメロディーに変えてから、同僚の身の回りで不幸が連鎖し始めているような気がして、Kさんは居たたまれなくなる。
次は同僚の番で、その次が……と考えると、恐怖で失神しそうになる。
そこでKさんは同僚におはらいを勧めた。その助言を受けて同僚がお寺でおはらいを行ない、由緒ある数珠を授かってからは、今に至るまで大きな不幸は起きてないということである。
作者秋元円