中古車販売店に勤めているYさんが、今から二、三年前の夏に体験した。
その日、Yさんが整備した自動車には、どれも特に変わったところはなかったという。
その翌日、会社に出勤したYさんが昨日整備した車をざっと確認すると、車体の窓という窓に小さな手形が無数に付着している車が一台だけあった。
もみじのように小さな、子どものものだと思われる手形が、ボディーの外側からペタペタペタペタと、執拗なまでにつけられていた。
(昨日、きれいに拭いたばかりなのにおかしいなぁ。それに昨日はあんな手形なんて付いてなかったのに……)
Yさんは首をひねって考える。
(近所の子どもが敷地内に不法侵入したとか? いや、それはないな。そんなことがあったら必ず自動通報装置が作動して、警備員が駆け付けてくるはずだ)
考えても答えは出ないので、とりあえず様子をうかがうことにした。
するとその翌日も、ピカピカに磨いたはずのあの中古車の窓全体に、小さな手形がびっしりと貼り付いていた。そんなことが数日、続く。
この上なく気味が悪かったが、相変わらずYさんはどうすることもできなかった。
そんなある日の夜、Yさんがその車のタイヤの空気圧の調整していたときのことである。
うっすらとほのかに月が輝やく夜空のどこかから、白い何かが空を漂いながらふわふわと近づいてくる。白くて長い布のようで、妖怪の一反木綿を連想させた。
やがてその白いくて長い「何か」は、Yさんのすぐ横をかすめて通り過ぎ、店舗の壁にふわりとぶち当たる。と思った一瞬後に、姿が見えなくなった。
まるで壁を擦り抜けていったようだった。
念のため、壁の周囲や店舗内を確認しても、白く長い「何か」はどこにも見当たらなかったという。
あくる日の夕方、ついにYさんは一連の出来事を、思い切って仕事仲間に打ち明けてみた。おかしなことを言うやつだと気持ち悪がられたらどうしよう、と心配していたが、皆、案外面白がってくれたという。
「そりゃ、いわく付きの車なのかもな」
「ぞくぞくするねぇ」
その後、仕事そっちのけでオカルト談義に盛り上がり、仲間の一人がこんな提案をする。
「仕事終わりにみんなで怖い話、しないか?」
「いいね!」
そして気が付くと閉店の時間となっていた。営業を終えた店舗の中で、一人ずつ怖い話を披露していく。
それから一時間ほどたったとき。
「あっ!」
誰かが叫んだ。
Yさんの背後の壁から男の子の上半身が現れたというのである。
作者秋元円